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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外217 元道士の胸中は

「海路を通り西国からいらっしゃったとは。いや、驚きました。確かに広大な魔の森を抜けた先に獣人の国があるらしいという話も、聞いたことがあります。それよりも西のお国というわけですな」
「正確な位置としてはエインフェウス王国の南西部ですね」

 応接室に通され、そこでゲンライの同行者である俺達についての事情を説明していく。リトウの疑問に答えると、彼はふんふんと感心しながら頷いていた。
 魔の森――獣魔の森の事だろう。エインフェウス王国については、眉唾物ぐらいの信憑性で語られる程度には存在を知られていたらしい。
 往復できたならもっと多くの情報がもたらされているだろうし、過去に森を踏破してこの国まで至った者がいた、ぐらいに考えておくのが正解か。いずれにせよ森を抜けるのはリスクが大きいから今後も当分は陸路の開拓は至難だろうと思うが。

 西国の噂話もあって、レイメイ大王の助太刀として西からやってきた、というのは、出自に関しては逆に信用されるものらしい。
 顔立ち、髪や瞳の色、服装等々……異国の者であることを証明する材料ならいくらでもある。
 本来なら馬鹿正直に言えば無用な警戒感を与えてしまうのだろうが、ゲンライやレイメイの味方とすることで、ショウエンの敵としての立ち位置が明快にできる、というわけだ。

「何はともあれ、レイメイ殿とゲンライ殿は友人です。個人的立場もそうですが、我が国としても私腹を肥やすために王位を簒奪し、圧政を敷くような輩とは相容れない立場。共闘して下さるのなら僕としても協力は惜しみません」
「……分かりました。その旨、必ずお伝えしましょう」

 とまあ、ここまでの状況や俺とレイメイの同行に納得してもらったところで、もう一点、伝えておかなければならないことがある。
 彼らも知っていなければならないし、必ず俺達を引き合わせてもらうためにも重要な情報だ。ゲンライに視線を合わせると、静かに頷く。

「実はのう。そなたの主君以外の余人には他言無用に願いたい重要な情報がある。良いじゃろうか?」
「は、はい」

 そんな風にゲンライが切り出すと、リトウは空気の変化を感じ取ったのか、居住まいを正して向き直った。

「ショウエンの奴は、儂と同様に仙術を身に付けておる。都に見に行ってみたが、奴は間違いなく仙気を纏っておったよ」

 その言葉を聞いた時のリトウの表情の変化は、かなり分かりやすいものだった。
 血の気が引いて、まさかそんな、という絶望的な表情になる。元々道士であるが故に敵の首魁が仙人であると聞けば、その脅威の度合いが何となく分かるのだろう。

「じゃ、邪仙……とは……」
「左様。人の世に混乱をもたらすために下界に降りる。これを邪仙と呼ばずして何と呼ぶか。仙人になるにしても方法は様々じゃが、奴は……相当なもんじゃな」

 そう言ってかぶりを振るゲンライ。

「それほどのもの、ですか」

 と、リトウは生唾を呑みこむ。ショウエンに関する正確な情報をおいそれと伝えられなかったのは、それだけで抵抗の気力を奪ってしまうような内容だからだ。
 ゲンライとその門弟達……仙術の修行を積んでいるカイ王子、リン王女がいるから対抗する方法はあるとは言えるけれど、それでもこれまでの状況、戦力比から見ても楽観視できるようなものではなかった。

「そこで、儂らが助太刀にって話になるわけだ。話を聞いた感じではテオドールは西方の魔術師の中でも随一だろうよ。儂から見ても底が知れん程だからな」
「レ、レイメイ大王殿から見ても、とは。いやはや。私如きには想像もできない世界ですな」

 リトウはひきつったような笑みを浮かべながら首を横に振る。
 そう。敵の脅威を伝えると同時に、状況が上向きになってきている事も伝えておかなければならない。リトウからは俺達との共闘をと、強く説得してもらうために。
 ショウエンの情報を伝える事と、俺達の助太刀に関してはセットで伝えるべき情報なのだ。
 つまり――同盟を結んで共闘しなければ勝ち目は薄い、と理解してもらう。誰だって好き好んで暴君の軍門に下って、生殺与奪の権限など、握られたくはないだろう。

「ショウエン自身だけでなく、その側近も怪しいところがありますが……連中は僕達が引き受けます。邪仙の力が将兵に向かわないよう尽力しますので、どうか共闘のお願いしたいと、そういうお話なのです」
「なるほど……。そういう事でしたか。つまりあなた方は私に、主君への強い説得を求めておられるわけですな」

 リトウはもう精神的な動揺から立ち直ったのか、真剣な表情で頷く。なるほど。有能な人物というのは間違いなさそうだ。

「僕達の同行等、少し事情がややこしくなってしまっていますが、状況を正確に分析できるお方と見込んでの事です。どうか口添えの程、よろしくお願い致します」

 丁寧に一礼すると、リトウは真っ直ぐに俺を見たまま、力強い意志を感じさせる目で頷いた。

「無論です。北方は今や酷い状況と聞きます。ましてや、敵が邪仙とあっては。今、私の背には、この地に住まう民達全ての命運がかかっている。必ずや良いお知らせができるよう、全力を尽くさせて頂きましょう」

 そう言って、リトウはすっくと立ち上がる。

「私はこれより城へ向かい、主君に説明と説得をしてくる所存です。あまり歓待できずに申し訳ありませんが、城からの使いが来るまでの間、どうか自分の家と思ってお寛ぎ下さい。家内や使用人にもそう伝えておきますので」
「かたじけないのう、リトウ殿」
「こちらこそ。ゲンライ殿が力を貸して下さることは心強い」

 そう言ってリトウは部屋を出て行った。

「うむ。柔和そうに見えたが……内心はかなり熱いのではないかのう」
「中々期待できそうだな」

 と、シリウス号での御前とオリエがそんな風にリトウを分析していた。
 水晶板のモニターを通してそれらの声を聞いたカイ王子が微笑む。

「民からの評判もいい人物という話だからね」
「うむ。人情家でなければそうはならんじゃろうな」
「道士だったってぇのも、まあ……そういう理由か」

 ゲンライとレイメイも、リトウの人柄には好感を持ったように見える。
 確かに。察しの良さや精神的な強さといい、こちらの想像していた以上に期待できそうな人物だ。最初から同盟を勧めていたのも、戦力を整える事で戦の被害を最小限に留めたいという考えがあってのことではないだろうか。

「後は、単独で戦おうとしている武官達がどう思うか、かしらね。戦意が高いのは結構な事だけど、それだけに文官の方が戦力差を正確に認識しているなんて、すぐには認めたがらないのではないかしら?」

 ローズマリーが羽扇の向こうで少し思案するような様子を見せる。ローズマリーは王城にいた頃、騎士団とも交流があったからな。武官の考え方の傾向にも察しがつくらしい。

「まあ、そこは説明して説得するつもりではいるよ」

 それは当初の方針から変わらない事ではあるので良いのだが。

「テオドールが来てから王城の騎士達一人一人、大分意識が変わった気がするものね」

 と、ステファニアが苦笑し、マルレーンも屈託ない笑みを浮かべながら頷いていた。

「タームウィルズに到着してからすぐの事ですよね」
「そうですね。イルムヒルトさん達の事件があってから、でしたか」

 笑顔のアシュレイの言葉に、グレイスが微笑んで応じる。

「まあ、騎士団とはいざこざもあったけど和解できたものね」
「ん。今回もきっと大丈夫」

 イルムヒルトがそう言うとシーラも頷いていた。
 まあ、そうだな。今回もそういう風に頑張りたいところではある。
 とはいえ、武官よりも肝心なところでは主君の説得だろう。
 メルヴィン王や騎士団長のミルドレッドが俺に好意的だったから騎士団とも後々良好な関係を築けたというところはあるし。

 逆に言うと、事情を知ってなお、主君が状況や戦力差を理解できないようだとそれはそれで問題がある。
 あまり聞き分けのない輩だと仲間に引き入れない方が円滑に進む、という事も有り得るが……。まあ、その時はその時だ。顔を合わせず、説得もしていない段階で色々と判断するのは早計だしな。
 今は、リトウの説明と説得の結果を大人しく待つとしよう。
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