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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外215 旅立ちの朝に

「新鮮な海産物が手に入りましたので、東と南の地方の料理を用意しました」

 と、コウギョクが説明してくれる。
 魚介類をふんだんに使った粥であるとか、カニの蒸し料理、シャコの炒め物、エビの入った饅頭等々……魚介類の料理の仕方が和風のそれとはまた違って、色々興味深く感じるところがある。

 粥も出汁をしっかりとって味付けされていたりして。胃を休めたり病人に食べやすくしたりという粥のイメージとはまた違う印象だ。饅頭は熱い肉汁を内側にため込んでいたりして。見た目は少し俺の知っている物とは違うが食べた感じでは小龍包に近い。
 コウギョクのお陰で色々食べられるのはありがたい。ガクスイやオウハクも喜んでくれているようだしな。

「ん。これは良い」

 魚介類豊富な食卓に、シーラも随分と喜んでいる様子であった。みんなも舌鼓を打っているようで笑顔が見られる。

「ふふ。みんなと一緒に食べられないの、少し気にしてたものね」

 イルムヒルトが言うとシーラはもぐもぐと口を動かしながらこくんと頷く。

「今は心置きなく満喫してる」
「確かに……これは美味しいわね」
 と、ローズマリーが料理を口に運んで味わってから感想を述べる。

「ふふ、みんなで食べた方が美味しいですよね」
「それはまあ……んん。そうかも知れないわね」
「確かに、それはあるかも知れません。不思議ですね」

 楽しそうに微笑むアシュレイの言葉に、ローズマリーは目を閉じて小さく咳払いして頷き、ヘルヴォルテはいつも通り表情を変えないまでも首を傾げていた。そんなローズマリーやヘルヴォルテの反応にマルレーンやセラフィナがにこにことしていた。

「ふふ」

 そんな彼女達の様子に、微笑ましそうに相好を崩すグレイス、クラウディア、ステファニアである。うむ。

「ああ。そうです。グレイス様。先程教えていただいた料理のお返しをしたいのですが。興味がおありでしたら何でも聞いて下さい」
「ありがとうございます。本職の方に秘密を教えていただけるのは恐縮です」
「いえ。先程教えていただいた品々の作り方はこちらでは貴重なものですから。交換材料としては今日の料理だけでは足りないでしょう」
「では……これはどうやって作ったのですか?」
「ええとですね――」

 と、グレイスとコウギョクは早速料理に関する情報交換をしているようであった。グレイス経由でミハエラやセシリアにも伝わるので、きっと帰ってからフォレスタニアでの食卓のバリエーションが増えるだろう。

 そういった調子で和やかに夕食は進んでいく。ヒタカの面々も含めての夕食だったのでにぎやかなものだ。シオン達とカリン達がもぐもぐやりながら満足そうに頷いていたり、動物組も食事という事でユラとリン王女が一緒に鉱石や魚を食べさせていたり。
 そうしてみんなの腹も膨れて食事が一段落してきた頃合いで作戦の話や明日以降の湾岸部訪問についての話もする。作戦の話については……まあこれも墓所については伏せなければならないが、そのあたりのことも別の言葉に置き換えれば問題が無かったりする。

「――その作戦については、我らからは賛成や反対を言える立場ではありません。将兵の損失を減らす方向で考えておいでの上に、一番危険な局面をお任せするしかないとあれば」
「そうですな。ショウエンらを倒さねば我らに勝ちの目もないとなれば……せめてその作戦が上手くいくように、尽力することをお約束します」

 作戦についての話をすると、2人はそう真剣な表情で言ってくれた。
 裏の事情を知り、仙人や宝貝に対して正しい認識を持てばこそ、ということだろう。才能ある道士が俗世を捨てた修行の果てに辿り着けるかどうかが仙人という存在だ。宝貝まで所有しているとなれば、これは将兵が闘気だけで倒す、というのは不可能に近い。魔人に対抗するのと同じく――空を飛ぶ手段というのも最低限の前提となるだろう。
 だから、ガクスイ達は力が及ばない事が申し訳ないと思っているようで。

「東に説得に赴いた際も、連中がそのことに納得してくれることを祈るばかりです。我らにできることがあるならば協力は惜しみませぬ故、何でも仰ってください」
「ありがとうございます」
「どうか御武運を」

 そう言ってガクスイ達は静かに拳と掌を合わせて一礼するのであった。
 作戦に関しては賛同してもらえたし、東へ訪問する予定もゲンライが報告した内容に問題があるわけではないので変更はない。
 ガクスイ達は東との同盟締結を待っているという状態であり、俺達の同行や作戦もそれを強く後押しするだろうと見立てているようだ。

 今日は既に夜遅いので、今から訪問するというわけにもいかない。明日、湾岸部へカイ王子達とシリウス号で出発する、ということになるだろう。



 さて。交代の人員が香鶴楼に食事と宿泊に行き、逆に俺達がシリウス号で戻ってきた形で、夫婦水入らず、というところだ。

「ん。こうやって抱きしめた時のテオドールの髪の質感とか、身体の感触とか。好き。髪が湿ってる時はいつもより柔らかい感じ」

 シーラにしっかりと抱きすくめられた状態のままで髪の間に指を通されて、撫でられたりしてしまう。

「あー。そう、なの?」
「ふふ、それは分かる気がしますね」

 そっと。背中側からグレイスにも抱きしめられて。みんなのお風呂上がりの仄かな香りが鼻孔をくすぐる。みんなも先に風呂に入って夜着に着替えていたりするので、何というか……頭がくらくらしてくる状況である。

「小柄だから華奢に見えるけど、テオドールは鍛えているものね」
「まあ……触れると私達とは違って、男の人なんだな、という感じはするわね」

 ステファニアの言葉に、ローズマリーも同意してそう言った後で少し赤面して小さくかぶり振っていた。

「んー。髪の感触も満喫した。潜入捜査中、テオドールを独り占めするような形にならないよう気を付けてたから」

 と、たっぷりと抱きしめられた後で、シーラが言いながら少し離れた。グレイスも合わせるように少し離れる。

「シーラはそういうところ、義理堅いものね」
「そうね。私だったら、こっそりテオドールに甘えてしまうかも知れないもの」

 イルムヒルトの言葉にクラウディアが少し悪戯っぽく笑って応じる。そんな風に口では言ってもクラウディアは律儀に約束を守るという事を知っているからか、みんな穏やかな雰囲気である。いや、穏やかというか、妖しい雰囲気なのだが。

「私は……テオドール様の普段の匂い、好きですよ。今はお風呂に入ったから消えてしまっていますが……なんでしょうね、あの香りは」

 そう言って首元のあたりに目を閉じて鼻先を近づけてくるアシュレイ。マルレーンもそれに倣うように一緒に鼻先を近づけてくる。改めて匂いと言われて嗅がれてしまうと若干気恥ずかしいが。

「あー。あれは多分……ポーション作成の残り香、かな」

 と、顔を寄せてくる2人の髪を撫でる。柔らかなのに指の間から滑り落ちるような髪の感触が、何とも素晴らしい、だとか、俺の方こそ思ってしまうところがあるが。
 ポーションと聞いてマルレーンが嬉しそうに笑みを浮かべて頷く。そうだな。マルレーンはポーションの調合風景がお気に入りだし。

「私は――テオドール君の体温が好きかな。人化の術を解いて触れていると、すごく落ち着くの。テオドール君だから、かも知れないけどね」

 イルムヒルトが俺の頬から首にかけてを、ほっそりとした手で撫でてにっこりと笑う。むう。

「いや、しかし今日は何ていうか……」

 今日は……みんないつも以上にべったりというか、甘えてくる雰囲気があるというか。風呂から上がって部屋に戻ってきたら、抱きしめられたり撫でられたりといった感じだ。

 ……潜入捜査で別行動していたからかな。敵か味方か分からない土地で潜入捜査ということで、みんなも口には出さないまでも心配してくれていたかも知れない。

「ん……。そうだな。明日からまた忙しくなりそうだし、みんなと一緒に過ごす時間は大事にしたいな」

 そう言うとみんなも微笑んで頷くのであった。



 ――そうして明くる日。やや遅めの時間に起き出し、身支度を整えてから香鶴楼に泊まった面々に連絡を入れた。朝食は用意してあるとのことだったので、シリウス号に残る交代人員が来るのを待ってから、みんなで香鶴楼に向かった。

 循環錬気にもたっぷりと時間を使い、体調はすこぶる良好だ。魔力も充実している。
 ここのところ習慣になっていたからあまり意識していなかったが、潜入捜査中はみんなとの循環錬気も途切れたから、だろうか。その分、今日の体調と魔力は絶好調というか研ぎ澄まされているのを感じる。うん。循環錬気については今後も習慣にしておくのは大事だな。

 そんなこんなで香鶴楼に到着。みんなと共に朝食をとる。
 朝食には昨日と同様、粥が出てきた。昨晩よりもさっぱりした味付けではあるが、やはり出汁等がしっかりと利いていて美味であった。

 食事を終えて、香鶴楼の大食堂へ向かうと、カイ王子とリン王女、ゲンライもそこで待っていた。すっかり旅支度、といった風体である。

「コウギョクさん、もち米ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」
「いえ、殿下のお役に立てば幸いです」

 カイ王子の言葉にコウギョクが相好を崩す。

「もち米、ですか」
「うむ。食用というよりは、儂らにとっては浄化や破邪の武器になる代物でな」

 なるほど。もち米を使った術か。道士らしいと言えばらしい。
 説明してくれるゲンライの肩には何やら一本足の梟が止まっていた。片足がない、というわけではなく、最初から一本足の梟のようだ。奇妙な魔力を感じるが。

「こやつは儂の使いで、タクヒと名付けておるよ。同じ名前の妖魔もおるのじゃが、それにちなんでのものじゃな。霊鳥の類で、人が数人乗る事ができるぐらいには大きく変化することもできる」

 ゲンライが梟の嘴の下あたりを撫でると、心地よさそうに目を閉じて頬を主に擦り付けているタクヒである。それから俺の方に向き直り、頭を下げるように挨拶してきた。

「ああ、よろしくタクヒ」

 梟か。目が大きいから結構表情のある、愛嬌のある生き物だと思う。人懐っこい感じだし、シャルロッテが会ったら多分喜ぶだろう。

 さて。ここからみんなでシリウス号に乗って東の湾岸部か。ゲンライの名はあちこちで通っているが、伝手が少ないのは事実だし、説得には気合を入れて臨むとしよう。
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