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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外213 リン王女の憂鬱

「こちらの状況の進捗を聞きに、君主であるガクスイ殿が香鶴楼を訪問してくる、という話になっている」
「弟子達が湾岸部の調査を進めていてくれたのじゃがな。向こうの共闘派の人物との協力を取り付けた、と報告があった。それがつい昨晩の事になる」

 カイ王子とゲンライが現在の最新の進捗状況を教えてくれた。
 ああ。俺達が到着する前に、香鶴楼では何かしらの会合をしていた様子だからな。だとすると、もう少し到着が遅れたら、2人が湾岸部に出かけて入れ違いになっていた可能性もあったわけだ。

「先に東の将軍との話をつけてしまう、というわけですか」
「停戦派も、兵力不足をその主な理由としている。それは確かに客観的に見て事実ではあるし、東との同盟に道筋がつけばそうやって反対する根拠も弱くなる」

 なるほど。反対派の憂慮を取り除くと言うべきか。外堀を埋めると言うべきかは立場によって意見が分かれるところではあるだろうが、どちらにしても同盟の行く末次第なのだろう。

「では、南東部の君主の説得へ向かう前に、ガクスイ殿に報告をしてから、ということになるのでしょうか?」
「そうなるだろうね。テオドール殿やレイメイ殿達が協力してくれるという事も、ガクスイ殿には報告をしておきたいのだが……」
「突然の訪問でしたからね。裏が無い事を示す意味でも、僕達が協力することになった経緯の説明は必要でしょう。巻物の事は伏せて説明できるよう、少し方便を考えておきましょうか。ええと……この土地の君主と太守殿についてもお聞かせ願えますか?」

 カイ王子が頷いて色々と教えてくれる。
 ここの太守はショウエンへの抗戦を唱える派閥の中心人物ということである。かといって過激に戦いを煽るでもなく、冷静に戦力差を見た上で勝つための道筋を考えて動いているという……なかなかの切れ者のようだ。

 城に関わる人員の出入りが少ないので政情に左右されず活動できる、ということで香鶴楼の活用を提案したのは君主であるガクスイという話だ。だからここの太守がカイ王子、ゲンライの後ろ盾になっている、というわけだな。

「話を聞いていると、ガクスイ殿の方針も戦いに傾いているようでござるな」
「基本的にはのう。しかし……本格的な戦ともなれば傷付くのは民や土地じゃからな。責任ある立場故に思い悩む事も多かろうよ」
「難しい問題ではあるが……戦いを避けようと道を模索するのも、間違っているとは言えないね。避けられないのならより犠牲が少なくなるように手を打つのが次善の策だ」
「心情としては戦いを避けるという意見に賛同してやりたい気持ちもある。しかし……ショウエンがこのまま勢力を広げれば、更に多くの血が流れるであろうからな」

 そう言ってゲンライとカイ王子はかぶりを振った。実際のショウエンの振る舞いを見てきた身としては、停戦に応じるのが更なる災いを招く、と考えているわけだ。
 確かに、な。この上始原の宝貝を手にされたら、どこまで大事になるのか少し想像がつかない。

「その点、テオドール殿の策は、兵達の犠牲を最初から減らす方向で考えられているのに感服させられた。私も全霊を以って望む故、どうか御助力をお願いしたい」

 そう言ってカイ王子は拳と掌を合わせて深々と頭を下げる。

「こちらこそ。殿下やゲンライ殿がいてこそ可能な策ではありますので。僕達についても協力者ということでよろしくお願いいたします」

 そんな風に答えるとカイ王子とゲンライは明るい表情になって頷くのであった。



 さて。シリウス号からの人員の移動も融通が利くようになり、香鶴楼でも十分な人員が滞在できるということで。
 ガクスイの到着を待つ間、香鶴楼にて人員を交代しながら待つ、ということになった。まあこちらの料理を色々食べられるということで、ありがたい話ではある。
 滞在費用に関してはいくつかの魔道具を珍しがったので代金替わりに引き渡した。それから、魚介類系の食材も持ってきているので、食材の交換を持ちかけたところ、コウギョクは快く応じてくれた。

 早速船から冷凍されていた魚介類を香鶴楼に持ち込んでみたところ――運ばれてきたそれらの食材を前に、コウギョクが感動の声を上げる。

「おお……。こんな内陸部でこんな新鮮な魚介類を手に入れられるとは思ってもみませんでした」
「喜んでいただけて何よりです」
「ガクスイ様が訪問してきた折に、腕によりをかけて料理させてもらいましょう。勿論、船でお待ちの皆様の分もお作りしますよ」

 コウギョクは食材を見てほくほく顔だ。

「船で運んできたのは迷宮で得た食材が主なのですが問題なさそうですか?」

 そう尋ねると、コウギョクは食材をしっかりと検分して、改めて頷く。

「とても新鮮でいい食材だと思いますよ。それにしても、迷宮、ですか?」

 目を瞬かせるコウギョクである。いい機会なので王子、王女やゲンライにも一緒に聞かせる形で迷宮の事を軽く説明する。

「ヴェルドガル王国にはそういうところがあるのです。複雑に入り組んだ迷路の内部に様々な魔物が出没し……それを討伐することで食糧や魔石を含めた資源を得られるというわけですね。修行の場としても活用されています」
「それはまた興味深いのう……」
「修行、か。確かに実戦的だ」
「きっと私が、まだ見たこともないような……様々な食材の宝庫なのでしょうね」

 と、目を閉じて何か感じ入っているコウギョクである。
 何となくだが、コマチに少し似たところがあるかも知れない。コマチが魔法技師や絡繰りの職人であるのに対して、コウギョクは料理人という違いはあるけれど、自分の仕事に対して並々ならぬ情熱を燃やしているというか。

「この国の情勢が落ち着いたら遊びに来てください。迷宮は危険が伴いますが、市場には日々迷宮産の食材が並びますからね」
「それは面白そうだね」
「何と素晴らしい……。西方の食文化や料理にも興味がありますから、是非訪問もしてみたいところです」
「それでしたら……僕達の中ではグレイスが一番詳しいかも知れませんね。僕も多少料理はしますが、少し王道から外れた奇をてらった料理を作る事が多いので」

 と、グレイスに視線を向けると、少し彼女は目を丸くする。

「私ですか? あまり参考になるかは分かりませんが……そうですね。私も東国の食文化には興味があります」

 と、少し恐縮しながらも乗り気なグレイスである。
 まあ、グレイスはセオレムでの晩餐の後に宮廷料理人の味付けを再現したりしていたからな。ヴェルドガル王国の食文化について色々聞くなら、俺達の中ではグレイスが一番というのは間違いがないと思う。

 リン王女はと言えば、迷宮の話はぴんとこなかったようだが、蟹や海老が気になるらしい。恐る恐るといった感じで蟹を覗き込んでいるその横で、小蜘蛛達――カリン達も海老の尻尾を持ち上げて、顔を見合わせて首を傾げていたりして。

「何だか、堅そう……。これ、美味しいの?」

 と、コルリスの腰のあたりにしがみついたままで首を傾げるリン王女。

「殻は硬いですが中身は柔らかいですよ」
「お味噌汁やお鍋に入ると、味が深くなって美味しいのです」

 アシュレイやユラがそう答えるとマルレーンも一緒ににこにこしながらこくこくと頷く。ティールがその横でフリッパーをパタパタと動かして同意する、というように声を上げていた。
 ああうん。ティールなら確かに、魚だけでなく蟹や海老なども食べるか。そんなティールの仕草にリン王女がにっこりと笑顔を見せていた。中々和やかな光景だ。
 ということは、王宮があった場所はやはり内陸部ということなのだろう。

 そんな歳の離れた妹の反応に、カイ王子が静かに微笑む。

「リンは……ここのところ、段々と戦いが近付いているのを実感していたのか、不安そうにしている事が多かったからね。ああして笑顔になってくれているのは、私としてもとても嬉しい」
「リン王女は、体術はともかく仙術には才覚が見られる。相応に勘も鋭いようでの。兄の役に立ちたいと、術を教えてほしいとせがまれた。もしもの時を考えて役立ちそうな術を教えはしたが……それだけではショウエンを間近で見た事のある、リン王女の不安を打ち消すことはできなかったのやも知れんな。だからこそ……そんな不安をそなた達の協力が打ち消してくれたか」

 2人の言葉に目を閉じて頷く。アシュレイもマルレーンも、それにユラも。境遇的に自分に重なるところがあるからか、割とリン王女に親身になっているようにも見える。

「味方が増えれば……心強いものですからね。リン王女の見立てに応えられるように頑張りたいところではあります。もし日々の訓練で協力が必要でしたら、僕もお手伝いしますので」
「ああ。それは心強いな。私も不安が無いと言えば嘘になるからね」

 カイ王子が明るく笑う。
 うむ。対邪仙、対宝貝を想定して色々空中戦の訓練を積むのも良いだろう。何はともあれ、ガクスイと太守に報告をしたら、今度は湾岸部へ直接乗り込んで説得、ということになるか。
 報告や交渉を失敗しないように気合を入れて臨むとしよう。
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