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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外210 仙人の門弟は

 香鶴楼の上階にある一室に、その兄妹はいた。
 兄の方は年齢的には俺より年上、だろうか。落ち着いた物腰だ。妹の方はマルレーンより年下、ぐらい。兄の身体の陰に隠れるようにしてこちらを窺っていた。

「カイ王子とリン王女じゃ。先帝の――異母兄妹であり、今は儂の弟子、ということになるのかの」

 と、ゲンライが紹介してくれる。そうして、ゲンライはレイメイという親友や、西方の国のレイメイの知り合いが助太刀に来てくれたと、掻い摘んで俺達の事を説明する。

「姓をシュン、名をカイと言う。師父はああ仰って下さったが、今の私は王子、とは呼べぬな」
「リ、リンです。よろしく、お願いします」

 落ち着いた様子で苦笑するカイ王子と、些か緊張している様子のリン王女である。
 リン王女はいきなりたくさんの人が現れたものだからか、カイ王子の後ろから出てこないままで、おずおずと頭を下げていた。
 峻戒王子と峻鈴王女、か。

「お初にお目にかかります。西方はヴェルドガル王国より参りました。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」

 というわけで、こちらも自己紹介をする。シーラ、レイメイ、イチエモンもそれぞれ名を名乗った。
 前王朝の王子が生きているという噂も聞こえてきたが。どうやらゲンライに保護されていた、というところだろうか?

「話せば長くなってしまうが……3代前の帝が病弱での。実務を任された佞臣の専横により、政情に混乱が起こった。その混乱に乗じてショウエンという人物が実権を握ったことに端を発する」

 と、ゲンライが今の状況に至るまでの話をしてくれる。鐘淵、か。
 3代前。つまりカイ王子らの祖父にあたる人物が高齢を理由に執務を任せたらその者が私腹を肥やしたらしい。
 そこに見事に不正を暴いた官吏が現れた。件の官吏は一躍時の人となり、皇帝の信頼や宮廷内部の人望を得て、実権を握っていく。

「当時はショウエンも公明正大で清廉潔白な臣の鑑、と言われておったがな」
「当時は、ということは……実際はそうではなかった、と」

 俺の言葉に、ゲンライは頷く。

「……間もなく当時の皇帝も亡くなり、カイ王子の父君が即位することとなる。これが……2代前の皇帝じゃな。件の官吏は自分の血縁の者を側室に据え、自身は皇帝の外戚となる」

 カイ王子の父である皇帝は即位した時はまだ若く、政治的な立場も弱かったそうだ。そして余計に件の人物を重用し、頼り、実務も任せきりにしていたらしい。

「万事は上手くいっている。そうほとんどの者が信じていた。だが……そうではなかったのだ」

 カイ王子は首を横に振る。

「一人の重鎮が、その人物に懐疑的でな。カイ王子に忠告してきたらしい」
「そう。祖父の代……ショウエンが頭角を現して以来、都の内外で不審な死が散見される、とね」
「暗殺……」

 シーラが眉を潜める。

「儂や王子はそう見ておるが……しかし王子以外の件に確証があるわけではない」
「事故死や病死……ある時、宮中で起きた火災もそうだ。後から考えてみれば、全て奴にとっての得となっている。だが、その頃にはすでに、奴は位人臣を極めたと言って良いような状態だった」
「不審に思っても表立って批判できる者もいない、ということでござるか」
「政そのものは順調だったからね」

 イチエモンの言葉に、カイ王子がそう言ってかぶりを振る。

「しかし、そうして忠告してきた重鎮も、それから程無くして亡くなってしまった。話を聞いた時は半信半疑だったが、そこで私は無性に恐ろしくなった。その内、父が国情の視察に向かうという事で、それに付き添うことになった。妹も連れて行ったのは……視察が終わったら少しの間宮中から離れて、母方の親戚の元に身を寄せようと考えていたからだ。亡き母の故郷を見せたいという我儘も通りやすくなるだろうと、そんな風に考えたわけだね」
「だけど……道中で山賊に襲われたの」

 リン王女が辛そうに言う。

「そう。山賊を装った連中だ。顔ぶれの中に見知った将軍がいたのは衝撃的だったな。私を庇って父が殺され、妹を守ろうとして兵士達に追いつめられ……あの時はもう駄目かと思ったものだが」
「儂は……下界に異変があったことを察知して、修行を切り上げ、人里に降りてきた時期じゃったな。件の土地の周りをうろついている人間が都からきた、というところまでは突き止め、皇帝周辺の調査をしていたのじゃがな」

 そこで皇帝と王子が視察に宮中から出たという情報を掴んで……上手くすれば宮中の情報を得る機会もあるかと考えて、後を追ったらしい。
 そして襲撃に出くわし……身代わりの術を用いて王子と王女を始末したと刺客らに思いこませたというわけだ。

 ゲンライとしてもその時点では情報不足だったため、一時的な死を装わせ、状況を把握するまで匿うだけ、というつもりでいたらしい。
 しかし話を聞いてみれば敵は宮中の重臣や将軍。迂闊に帰すなどすれば、みすみす死なせるようなものだ。だから、保護を続けざるを得なかった。

「黒幕が分かっているのなら成敗してしまえばいい……と儂も思ったのじゃがな。そう上手くはいかなんだ。本人も仙術や宝貝を操り――側近の武官、文官共からして真っ当ではなかった。あれだけの実力者を揃えておるのではな。仮に奴の目論見を表沙汰にしても、その時は実力行使に出たであろうな」
「……邪仙、というわけですか」

 ゲンライは静かに頷く。ゲンライが仕掛けたが力及ばず。撤退を余儀なくされたわけだ。

「何せ、儂の弟子の内一人も、その力に魅せられ、出奔してしまいおった」

 弟子一人が裏切った、と。ならば、ヒタカ――オリエのところに敵の刺客が現れた事についても説明がつく。

 あれよあれよという間に次の皇帝が即位するも、カイ王子の異母弟はまだ少年。件の暴君は正式に摂政の立場となり――そこから本性を現したと言うべきなのか。皇帝の死を何者かによる陰謀だと断じて、粛清と恐怖政治を表立って始めたらしい。刺客として動いていた件の将軍は、のうのうと出世していったらしいが。

「即位した先帝は体が弱くてな。成人できるか覚束ない。しかしまだ跡取りがいないと問題になったそうじゃ。先々を憂いた先帝が自ら禅譲したという体で、奴はまんまと皇帝の座についた……というわけじゃな」

 禅譲――つまり皇帝の位を譲り渡した、ということだ。
 強硬的な手法、弾圧、粛清、重税に容赦のない懲罰といった恐怖政治は……そのまま維持されているらしい。

「先帝の禅譲に疑義を唱えた各地の太守達はそれに反目。正当性を認めず国内は分裂。あちこちで農民の反乱が起こったり山賊が幅をきかせたりと、以来、国内は混乱状態に陥っている」

 ショウエン自身は……今までは地方の平定にそこまで本腰を入れていなかったらしい。不安定な政権の地盤固め……と見せかけ、墓所の封印を解くための情報集めに走っていたからではないか、とゲンライは分析しているようだ。
 ただ、各地に手勢を放って山賊や工作活動をさせたりと色々暗躍はしているらしい。国内の分断と混乱を煽っているところがあるようで。……多分それも封印を解くための時間稼ぎなのだろうという気がするが。

 いずれにせよ、打倒するには戦力を整える必要があると感じたゲンライとカイ王子はこうして名士と呼ばれる太守を頼り、仙人に門弟達と共に、香鶴楼を根城に秘密裡に活動しながらも修行を行なっているというわけだ。

 太守達も名目では前王朝への不忠を口にしてショウエンを責めるものの、……忠義故にショウエンに反目しているのか、それとも野心を秘めてこれを好機と捉えているのかパッと見では区別がつかないところがある。それに各地に敵の手勢が入り込んでいないとも限らない。
 故に味方として信頼していいものかどうか、慎重に立ち回らざるを得ないところがあるわけだ。

「私は……師父と共に修行の旅をして、それまでの自分の暮らしが何を犠牲に成り立っていたのかを知った。だから重要な事は……仇討ちであるとか、誰が王となるかではないのだと思う。一日も早く混乱を治め、民の笑顔と安定した生活を取り戻すことなのだ。今は各地の太守との調整さえ満足にできないような体たらくではあるが……この身に換えてでも、何としてもショウエンを打倒しなければならない」

 そう言って自身の掌を見つめ、それから拳を強く握るカイ王子。その言葉に、ゲンライが少し心苦しそうに表情を曇らせたのが分かった。
 王子のその手に――新しい生傷の痕が見て取れる。傷付き、塞がり、その上からまた重なった傷。
 かなりの洗練された魔力といい、立ち居振る舞いから伺える体術のレベルといい……相当過酷な修行を日々繰り返しているのだろうというのが伺えた。

 その時だ。懐に入れておいた麒麟の鱗が……脈動するように魔力を増大させたのが分かった。取り出すとぼんやりとした光が、カイ王子の方へと引き寄せられるように光の粒を放っていた。

「……それは……?」
「まさか……」

 麒麟の鱗を見て首を傾げる王子と、目を丸くするゲンライ。
 そう。そうだな……。ヨウキ帝から預かった、ヒタカの秘宝。仁徳を持つ為政者に反応する麒麟の鱗――。
 ゲンライの人を見る目は間違っていなかった、ということだ。

「そいつが反応する、か。まあ、腕利きを集めたり、信用度を図る、ってことならな」

 レイメイがにやりと笑う。

「そうですね。色々と協力できることもあるかなと。まずは、近くに待たせている仲間達を紹介したいのですが」

 そう言うと、ゲンライとカイ王子は顔を見合わせてからこちらに向き直り、真剣な表情で頷くのであった。
いつも拙作をお読み頂き誠にありがとうございます。
日頃からの感想、ブクマやポイント等、日々の更新にとって誠に励みになっております。

さて。登場人物が増えてきたということもあり、
番外編に入ってから延び延びになっておりました、
初出の登場人物紹介の記事を活動報告にて投稿しました。

701~950話まで、大体50話ごとに分割して紹介しております。
ネタバレを避けるために簡素な内容ではありますが、活用して頂けましたら幸いです。
+注意+
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