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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外207 香鶴楼の奥へ

 まずは街行く腕っぷしに自信のありそうな連中に景気の良い話はないか、と尋ねてみる。

「そう言われてもな。なんせこのご時世だからな」
「そうなんだよな。北方を統治してるのがアレだからよ。折角儂らも武術を鍛えたんだ。何とかしてあいつを一泡吹かせてえんだが……」
「そのために仕官するにしても、どうせなら良い主を、と考えてしまうところもありましてな」
「あー。分かるぜ、そりゃ」

 と、レイメイやイチエモンの言葉に、男は話題が合うと思ったのか、相好を崩した。

「しかしどうもな。辺鄙なとこに篭って修行ばっかりしていたせいか、すっかり時勢に疎くなっちまってよ」
「こうして、道着を新調してまで師匠や兄弟子達と出てきたのは良いのですが、というところですね」

 苦笑して言うと男が肩を震わせる。

「なるほどな。ここの太守様も確かに立派なお方だと思うが……前線からは少し離れてるからな」

 そう言って男は、件の暴君と戦うのならここよりももっと北上すれば前線となる要衝があるし、東の湾岸部を治める人物の方もまた目的に沿うのではないか、と教えてくれた。
 但し腕っぷしに自信があるならの話だと、にやりと笑って付け足していたが。
 要するに、ここは南方中央部を治めている人物の勢力圏内、ということなのだろう。湾岸部を治める将軍も、これまた相当な勇猛な人物らしく、領民にも慕われているという話であった。
 いずれも暴君と交戦中、ということになるわけだ。

「ん。参考になった。もう一つ聞きたい。折角街に降りてきたわけだし、これからの事を考えて、景気づけに高くてもいいから美味い店で食事をしたいという話をしてた」
「あっちの通りにあった、香鶴楼という店はどうかな? 随分と目立つ……格式の高そうな店だが」

 シーラとイチエモンの質問に、男は少し思案する。

「あー。ああいう高そうな店は俺らには手が出ねえから味は知らねえが、店主や店自体も含めて、評判は悪くないんじゃねえか? けどよ、あの店はお偉いさんの接待や滞在に使われるような店だぜ。客層が客層だから、振る舞いには注意するんだな」

 とのことだ。いや、予想以上に良い情報が聞けた、という感じではあるが。
 男に軽く礼を言って別れ、街を歩きながら相談する。

「裏付けを取るために、さっきの情報を元にもう少し聞き込みをしてみますか」
「そうだな……。まだ昼飯にも少し早いしな」

 聞き込みの方法は、先程に引き続きといったところだ。
 お偉いさんが来る店なら尚の事。仕官の口を求めるのにコネが得られるかも知れないということで言い訳が立つからな。



 そうしてそこから同じような要領で世間話の形を借りて聞き込みを進めていく。政情や各地方の統治者らに関する噂話。現在の戦況等々。
 香鶴楼に関しては、ここ数日会合のような席が開かれているそうである。素性はよく分からないが人の出入りが多いとか何とか、そんな噂話も聞けた。

「さて。香鶴楼に関しては些か気になる情報もありますが、予定通り昼食を取りに向かってみるということで問題ないでしょう」

 値段設定は高級店のそれだが、普通に食事もできるという話だからな。

「ん。情報がどうあれ、私達は新参の余所者。もしここまでの行動で誰かに注目を受けていたとしたら、ここから行動を変えてしまう方が逆に不審に思われる」
「矛盾が出ないように言動に関しても一貫させているでござるからな」
「まあ……そうなるか。あまり悠長な事も言ってられねえし、打ち合わせ通りに早めに仕掛けるべきだな」
「仕掛けと言っても、平和的なものですからね。肩の力を抜いていきましょうか」

 というわけで連れ立って香鶴楼へと向かう。
 扉を開いて店内に入れば――また内装もかなり立派なものだった。ただ……あまり華美になり過ぎないように抑え目にしているようで、飾り格子の窓であるとか間接照明の提灯が吊るされていたりだとか、全体的に上品な雰囲気だが、それが逆に格式の高さをうかがわせるところはある。


「いらっしゃいませ。お食事でしょうか?」
「ああ、そうだ。ただ、少し事情があってな」

 応対する従業員に対して、色々と話をする。
 山籠もりして師弟で武術の腕を磨いていたが、昨今の事情を知って義憤に駆られて降りてきた事、仕官も含めてこれから修行を活かして天下の役に立ちたいと考えている事などの話をする。

「あー。要するにだ。弟子達の前祝いってわけじゃないが、これからの事を考えてだな。固めの杯を交わすために豪勢な食事をしたいって考えてたんだ。ただ、辺鄙なとこに篭ってたせいで、少々最近の時勢やらにはどうにも不慣れでな」
「なるほど。そうでしたか。その物腰、さぞかし腕の立つ武術家とお見受けしました。当店を選んでいただけたのは大変光栄な事に御座います」

 と、従業員はにこやかに笑って一礼する。かく言う従業員の女性も武術というか体術の心得があるように見える。ある程度レイメイや俺達の実力も分かるようだった。
 まあ、これはこれでいいとしよう。香鶴楼に出入りする面々から興味を示されやすくなったと言える。

「世事には不慣れだが、この通り手持ちの方は心配ねえ。食事や酒の内容はそっちに任せても良いか?」
「畏まりました。そういうことでしたら素晴らしい日になるよう、私共も腕に寄りをかけさせて頂きましょう。ささ。お席へ案内致します」

 従業員はそう言って、店内を案内してくれた。大食堂といった雰囲気の、テーブルの並ぶ広間を抜けて――更に奥へ案内される。
 朱塗の柱が立ち並ぶ廊下から伝統を感じさせる庭園を見てとる事ができる。
 風格のある廊下を抜けて、少しこじんまりとした、上品な内装の一室に通された。内々での宴席や歓待に向いているという雰囲気だな。
 同じような部屋が幾つか並んでいるようで、いくつかの会合や宴会を同時に行えるようだ。どこからか弦楽器の幽玄な音色も聞こえてくる。

 従業員は手際よくお茶を淹れると一礼する。

「では、料理が運ばれてくるまで少々お待ち下さいませ」

 そう言って従業員が立ち去る。

「これは……路銀を大分消費してしまいそうでござるな」

 と、苦笑するイチエモンである。

「まあ、情報収集に役立つなら、ということで。長丁場になりそうなら改めて金策を考えれば良いですし」
「食事は楽しみだけど。留守番のみんなに悪い」
「ああ。それはある、かもね」

 シーラの言葉に肩を震わせる。その話を聞いていたのか、シリウス号の方でも笑い声が漏れていた。

「後は宴会の席を長丁場にして、周りの席で会合をする奴がいれば、そいつらに聞こえるように話をしたりすればいいってわけだな」
「そうですね。そういう機会がないようでしたら、気分が悪くなったと言って店内で休ませてもらって、その場で従業員等に話をする機会を作る、という手もあります」

 要は店に長居できる理由と、金払いの良い客としての立場があれば良いのだから。
 仕官の口を求めている武術家、武芸者という事で、興味を示す者もいるだろう。
 これで出方を伺って……対応の仕方を見て味方かどうかを判断していけばいい。味方であるなら改めて腹を割って話し合えばいいし、仮に敵であるなら相応の対処をするまでだ。巻物が昨晩この店にあった、というのは事実なのだから。

 それに……敵から情報を引き出すだけならサトリも同行しているから苦労もないしな。
 と、そこに料理と酒が続々と運ばれてくる。

 炒飯、スープに魚の蒸し物、餃子や春巻に似た点心、麻婆豆腐と……色々だ。酒は老酒、という奴だろうか。
 先程応対にあたってくれた従業員が一礼する。

「香鶴楼は各地の料理が集まり交わる食の殿堂に御座います。特に指定が無かったために各地方の料理をお出ししようということになりましたが、如何でございましょうか」
「それは良いな。食べ比べる楽しみがあるってもんだ」

 レイメイが笑う。
 まあ、地理的には東南寄りとはいえ、それでも中央付近だからな。地方によって料理文化に違いがあるとしても、このあたりならあちこちの料理文化が結集していてもおかしくはないか。

「それからもう一点。お客様の新たなる門出が幸先の良いものになるようにと、主が後程挨拶をしたいと仰っておりました」

 香鶴楼の店主――いや、楼主と言うべきだろうか。どうやら俺達の話はその人物の興味を引いたらしい。という事は、その場で世間話としてレイメイと仙人だけが知る思い出話を披露してやれば、香鶴楼に滞在している面々等にも話が伝わるのではないだろうか。
 仙人の立場からすると、志を同じくして且つ腕に覚えのある者を求めている、という可能性は高いわけで。会合というのも、それ関係ではないかと推測しているのだが。
 まあそれで仙人が行動を起こさないようなら巻物はともかく本人は不在ということだ。敵対的か友好的か様子を見つつ対応を考えるという方向に移ることになる。

 レイメイと視線を合わせて頷き合い、従業員に一礼する。

「それは光栄です。是非お話をしたいとお伝え下さい」
「では、後程――。ごゆっくりお楽しみ下さいませ」

 従業員は相好を崩して一礼すると退出していったのであった。
 さてさて。ここからどう転ぶかは分からないが……まあ、何はともあれ道筋もできてきた。
 楼主が来るまでのんびりと食事を楽しませてもらうのが良いだろう。
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