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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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90 秋の夜

「お久しぶりです、ベリーネさん」
「これは、アシュレイ様。その後お変わりありませんか?」
「はい。お陰様で」

 ベリーネと面識のあるアシュレイやフォレストバード、グレイス、ヘザーが彼女と話をしている。ベリーネとロゼッタは、アシュレイからしてみると仲人的な存在ではあるのかな。

「お誕生日だとお聞きしておりましたが、随分賑やかですね」

 みんなとの再会の挨拶を終えて、俺に話しかけてくる。

「んん。こんなに人が集まるとは思ってませんでしたけどね」
「活躍なさっていると言う事なのでしょう」

 周囲を見渡していた彼女が目を留めたのは、壁際で果実酒をちびちびとやっていたミルドレッドである。
 騎士団長である事を知っているのか、ベリーネの表情に少々驚きの色が浮かんだ。

「……テオドールさん?」
「何です?」
「あの方って騎士団長さんなんじゃないですか?」
「ですね」
「騎士団長さんと親しいのですか?」

 んー。ミルドレッドと親しいのかと言われると……そこまででもないような気がするが。どちらかというと、ミルドレッドから気に入られている感じはする。魔人襲撃の時の作戦などが彼女のツボだったらしい。

「いやまあ、騎士団とは色々ありまして。それでと言う感じですかね」

 などと話していると話が聞こえたのか、ミルドレッドがやって来た。

「陛下の代役を仰せつかっているのだよ。個人的にもというか、騎士団(うち)の者が日頃世話になっているというのもあるが」
「メルヴィン陛下が……?」

 ベリーネは怪訝そうな面持ちになった。

「ベリーネ先輩」

 ヘザーがベリーネに何事か耳打ちする。ベリーネの顔が今度こそ驚愕に染まって、それから乾いた笑い声を漏らした。

「はは。魔人の撃退に、陛下の直臣ですか。確かに見込んではいましたが……これは想像以上というか、驚きですね。御見逸れしました」

 と、静かに俺に頭を下げてくる。

「いえ。彼女の事は良いお話だったと思います」
「ふふ。とんだ御無礼を働きました」

 ベリーネのそれは悪意と言う感じではないから、な。俺としてはあまり怒る気にもなれないと言うか。まあ、再会のやり取りとしてはこんな所だろうか。

「何時までこちらに?」
「そんなに長居はしませんよ。帰りもガートナー伯爵の竜籠に便乗させていただく予定ですので。シルン男爵領の方は……街道の魔物も、冒険者とケンネル様の関係も、そこそこに落ち着いていますのでご安心を」
「ケンネル氏の事はアシュレイに話してあげた方が喜ぶかと」
「そうですね。そうさせていただきます」

 ベリーネは、アシュレイの所に行って話し込んでいた。
 途中、マリアンが近くを通り、ベリーネにスカートの裾を摘まんで挨拶をしていたが。
 マリアンの所作やその特徴から、何か思う所があったのか、しきりに首を傾げたり、「いや、まさか。聞いている特徴と違うし……」などと呟いているのが聞こえた。

「テオ」

 振り返ると、父さんが近付いてきた。

「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、父さん。そちらの状況は?」
「心配はいらない。私の不始末をお前に押し付けるような事は、もうしないさ」

 尋ねると、そんな風な事を言いながら苦笑した。

「……侯爵家には?」
「春からの税の方を少し弄った。冬場に領内の道が少々崩れたりするような事もあるかも知れんが。後は、侯爵家に遠慮して手付かずになっていた領地内の鉱脈を掘る準備だとか、農地開墾の準備も行っている。侯爵領にもそれとなく鉱夫や開拓民を募集していると噂を流しながらな」

 ……うわ。物資が滞った上、いざ道が直っても儲けそのものが出にくくなっているわけだ。
 侯爵家は春の収入をあてにしてるだろうし、冬場に舞踏会だなんだと浪費していつもの調子で借金していると、とんでもない事になるだろう。

 鉱夫と開拓民の募集……というのはあれだな。侯爵家の領民に対するアフターケアを兼ねた攻撃と言うか何と言うか。
 雇用を創出し、伯爵領側に領民を好待遇で流入させて、更に侯爵家の税収を減らしてしまおうという算段か。

 元々、侯爵領の鉱山は段々産出量が落ちてきてジリ貧と言う事だし。行く行くは先が無いとなれば新しい仕事を探さざるを得ない。そこに降って湧いたような同業の「次の話」が出てくるとなれば……これは飛びつくだろうな。
 まして、これから冬だ。春になって情報が伝わる頃には侯爵家にとって致命的な事になっている可能性が高い。

「という事なので、心配はいらんよ。侯爵家に打てそうな手は大体想定しているからな」

 ……と言う父さんの笑みは何だか何時もより黒かった。

「テオドール殿」

 先客万来というか。続々挨拶に来るな。今度はメルセディアとチェスター、タルコットだ。

「誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます。その後、お変わりはありませんか?」
「私は相変わらずだな。迷宮探索を続けている」

 騎士団達は残り2つあるはずの封印の扉を捜索中だ。この辺、ローズマリーの方から情報が出てくるかもしれないが。
 ローズマリーの方からは、俺が話を聞きに来るようなら古文書解読の結果を話す、と言う事らしい。

「こちらも何とか迷宮探索をやっているよ」

 と、チェスターが言う。
 ……今にして思うと、ローズマリーがチェスターを組み込んだ理由も、切り離した理由も何となく想像は付くのだが……。
 ともあれ病気を理由に静養ということになっているからな。今一番ゴタゴタしている時だろうし、暫くは面会は無理だろうとは思う。

「俺の方も、まあまあという所だ。学舎の方は充実している。いずれ工房で警護役を任せてもらえると言う話でな」

 口元に笑みを浮かべ、目を細めたのはタルコットだ。タルコットは――何だか家から離れて非常に落ち着いた感がある。
 警護というのは工房だけに留まらないだろう。恐らく、アルバート王子の警護役全般を受け持つ事になるんだろうと思うが。

 まあ……彼らの状況は、とりあえずは安定しているようだ。



 誕生日の祝いも一段落し、夕暮れ時になると、段々と集まった人もはけて行った。何時ものメンバーとマルレーンが最後に残り――誕生祝いの片付けを手早く済ませて、ゆっくり寛ぐ事にした。

 窓から見える夜空には真円に近い月。明日は満月、か。
 迷宮は裏迷宮と繋がってしまって、潜るのには危険が伴う日ではあるのだが……ふむ。なかなか丁度良いタイミングだと思う。というのも、満月の夜は別の儀式を行うのには向いている日ではあるのだ。

 つまり魔物召喚の儀式である。月の魔力を借り、星の巡り合わせによって縁を結び――術者の望む魔物を世界のいずこから召喚し、術者と引き合わせる、というもの。

 術者に合わせた物が召喚されてくるので、まあ、召喚術士や魔物使いにとっては月に一度の重要な日ではあろう。召喚された相手が契約を承諾してくれるかは……また別の話なのだが。
 マルレーン姫の護衛、護身については準備が早ければ早いほどいい。明日は魔法陣を描く為の材料や、召喚や契約の為の触媒などを購入して来るのがいいだろう。

「うーん」

 イルムヒルトは果実酒を飲んだらしく、頬を赤らめたままで仲良くシーラとうたた寝している。酔ったからか安心感があるからかは分からないが、人化の術まで解いてしまっていた。彼女の身体に、覆いかぶさるようにしてシーラも眠っている。
 何となくだが、イルムヒルトは酒に強いのかなというイメージを勝手に抱いていたのだが……どうやらそれほどでもないようだ。

 長椅子の隣には、グレイスとアシュレイ。グレイスの膝の上にマルレーンがいて。マルレーンは夜にあまり強くはないらしく、うつらうつらと船を漕いでいる。

 昼間の賑わいが嘘のように静かな夜になった。虫の集く声も聞こえて来て、如何にも秋の夜、という感じがする。
 こちらの中秋の名月と言うのは無いと思うし、まだ満月ではないのだが煌々と輝く月は見事だった。

「月が綺麗だね」

 ……んん? 何の気無しに言ってから、もう1つ意味がある事に気付く。

「本当。明日は満月でしょうか?」
「……明日も晴れると良いですね」

 彼女達は微笑むと、小首を傾げるように体を預けて来る。ふわりと僅かに香る、柔らかな匂い。
 いやまあ……もう1つの意味が通じないのは分かっているけれど。それはそれでというか、別に良いか。
 そっと目を閉じて。何時ものように循環錬気をしながら、誕生日の夜は更けていった。
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