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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外167 大蜘蛛来訪

「家内だ」

 色々な話がまとまったということもあり、シリウス号の到着やジンの帰りを待っている間にレイメイはシホさんを紹介してくれる。

「シホと申します」

 と、シホさんは丁寧に一礼する。
 落ち着いた色合いの着物。物腰の柔らかな老婦人という印象だ。レイメイとの経緯を考えれば、穏やかに見えても芯の強い人物なのだろうけれど。
 髪も眉も綺麗な白髪であることを除けば、見た目も随分若々しく見える。これは多分……レイメイが髭を剃れば見た目的な年齢も揃ってくるのだろう。

 だが、レイメイと2人で並ぶと実に絵になる。長年一緒に過ごしてきた距離感というのか。穏やかで落ち着いた雰囲気だ。
 というわけでこちらも一礼して名を名乗る。自己紹介が終わるとシホさんは朗らかに微笑んで言う。

「里の皆共々、よろしくお願いしますね」

 そう言ってから、シホは御前にも挨拶をする。

「御前様。お久しぶりでございます」
「うむ。シホも元気そうで何よりだ」

 御前とは面識があるんだったな。2人は親しげに言葉を交わす。
 そう言えばツバキとジンにあった時、御前は2人とは初対面だけれど、知っている者の面影がある、というような事を言っていたが……ツバキとシホさんは少し似ているような気がする。

 と、丁度そこにツバキが戻ってくる。宴会になる旨を、ジンに知らせに行っていたのだ。蜘蛛にそのことも伝えてきて欲しいと追加の伝言をしてきたというわけである。

 改めて見てみると……シホさんとツバキでは表情の作り方や性格は全然違うような気がするが、やはりどこか似ている。
 鬼達は長命で老いないから、世代としてはどれぐらい先でも後でも全く不思議がない。少なくとも、ツバキと御前は面識がなかったから、比較的新しい世代なんじゃないかと思うが。
 そう思っていると御前も気になっていたのか、ツバキを呼んで顔をまじまじと覗き込む。

「うむ。やはりシホの面影があるな」
「そのあたりは自分でも驚きですね。私はシホ様から見ると5代先の孫――来孫なので先祖返り等と周囲に言われておりますよ」

 5代先か……。人間であればそれで概ねの世代の年齢に察しはつくのだが、鬼達は長命なので世代間の年齢がよく分からないことになっている気がする。
 レイメイとシホの世代の形質が色濃く出た事と、ツバキの力が他の鬼達に比べて大きく見えるのは偶然ではないのかも知れない。才能面でレイメイ譲りの部分があるのか。

「ジンは、ゴウラの家系であるな?」
「ああ、ジンのとこはどいつもこいつも分かりやすい顔をしてやがるな」

 そんなレイメイの返答に、シホさんやツバキが笑う。
 それからシホさんは上機嫌にレイメイに話しかける。

「それにしても……こんな沢山のお客様を、一度に里にお招きするなんて、今までなかったんじゃありませんか?」
「そうだな。これから空飛ぶ船や蜘蛛もやってきて宴会になる予定だ。今若い連中にこっちでも料理やら酒やら、準備をさせてる」
「それはまた、賑やかで楽しそうなことになりそうですね」

 と、レイメイとシホさんが朗らかに言葉を交わす。

 シリウス号もゆっくりとした速度でこちらに向かわせていたが、そろそろ里からも見える位置まで来たらしい。外からどよめきと歓声が聞こえてくる。

「シリウス号が見えてきたようですね」
「ふむ。面白そうじゃねえか。それじゃあ外まで見に行くか」

 俺の言葉にレイメイはにかっと笑うのであった。



「――おお。本当に空飛ぶ船じゃ」
「白く光っとるぞ」
「やっぱり船でも空を飛ぶには翼が必要なのか?」
「そりゃあんな風についてるなら必要なんじゃねえか?」

 と、外に出てみると往来に出てきた鬼達がそんな風にシリウス号を見上げながら噂話をしている。屋根の上に登っている者もいるようだ。
 まあ、鬼の形質が濃い者達には大人から子供まで、怖がっている雰囲気が全く無いあたりは流石と言うべきかも知れない。

「綺麗な船ですねえ」
「そうだな。見事なもんだ」

 と、シホさんの言葉にレイメイが頷く。
 そうしてシリウス号は里の、平地の端につけるような形で停泊する。そこからタラップを降ろし、船に乗っていた七家の長老やフォルセト、ユラ、ティール達を改めてレイメイ達に紹介すると共に、鬼達との宴会に備えて持ってきた酒樽やら食材やらを次々里に運び込む。

「これは……芳醇な香りじゃのう」
「甘い香りのする酒だな。うむ。楽しみだ」

 といった調子で、酒樽が運び込まれる事に鬼達の期待値というかテンションが上がっているような気がする。鬼達も大酒飲みというイメージがあるので相当な量を持ってきたはずなのだが……何となく一晩で酒が全部無くなりそうな気がする。まあ……目的としてはそれで果たされているので別に構わないが。
 広場にて土魔法で簡易の竈を用意したりして、持ち込んだ食材をみんなで調理したりしていると、ジンも里に戻ってくる。

「頭領。ただ今戻りました」
「おう、ご苦労。蜘蛛の奴は何か言ってたか?」
「宴会も楽しみだが、隣国の話も気になるから、できるだけすぐ里に来ると言っていましたよ。先に始めていても構わないが異国の酒は残しておいて欲しいと」

 ……なるほど。大蜘蛛も宴会好きか。
 そんな話をしていると真っ白な何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。大きな鳥の翼のように見えたが、よく見るとそうではない。糸を編み込んでグライダーのように形成して空を飛んでいるのだ。

「あれが大蜘蛛だ」

 レイメイが言う。里の上空を一周すると地上に降りてくる。白い塊が地上に降り立つと、大きな糸玉となって中心に向かって糸が波打ち、渦を巻くように集まっていく。渦巻く糸の向こうに、時折巨大な蜘蛛の姿がわずかに垣間見える。虎柄に似た胴体と赤い瞳と――。

 糸玉のサイズそのものが縮んでいき――人ぐらいの大きさになったかと思うと、糸が内側から弾け、そこに人影が佇んでいた。纏っている魔力は相当濃密なもので、御前、レイメイの喧嘩相手だったと言われれば納得するだけの風格を秘めている。

 長い黒い髪、赤い瞳。……美女と呼んで差支えないだろう。糸で編んだのか、白い光沢のある着物を纏っていた。裾のあたりに虎の模様が施されている。虎の模様を持つ蜘蛛……。土蜘蛛、だろうか。
 八つある目の内の二つは人間の形をしているが、残り六つは丸い形のままで、装飾品のように額に規則正しく額に配置されている。そのあたりはアルケニーに似ているかな。

「人の姿を取るのも随分と久しく感じるが、こんなもので上手く化けられているか?」
「問題ねえだろうよ」
「ならば良いが。鬼も蛇も、それに人の娘も……久しぶりだな」
「はい、大蜘蛛様」

 シホさんが静かに一礼する。大蜘蛛とも面識があるわけか。

「そなたも息災なようで何よりだ」
「お前もな、蛇よ」

 御前とも挨拶を交わす。そうして大蜘蛛は周囲を見回した。

「しかしまあ……この光景は驚きだ。空に浮かぶ白い船に、人とは思えぬ気配を纏う人の子か。何やら我が眷属に近しい者のにおいもするが……」

 そう言って大蜘蛛はこちらに視線を向けてくる。

「お初にお目にかかります。名をテオドール。姓をウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します。西方にも蜘蛛の性質を持った種族の知り合いがおりますよ」
「なるほどな。得心いった」

 大蜘蛛は鷹揚に頷く。そうして周囲の状況を見回して確認すると、口を開いた。

「まだ宴会は始まっておらぬか」
「そうですね。まだ料理の用意が出来ていません」
「ならば、面倒な話を先に済ませてしまうか。屋敷で話をしたい」
「良いだろう」



 というわけで、宴会の準備は皆に任せ、俺はレイメイや御前達と共に再び屋敷に戻る。シホさんも宴会の準備を手伝うので別行動という形だ。

「で、何の話だ?」
「まずは、これを見てもらえるか?」

 蜘蛛はそう言って懐から何やら妙な衣服を取り出して見せた。それを見たレイメイが少し驚いたような表情を浮かべた。大蜘蛛は静かに頷く。

「やはりか。そなたの手の者には隣国の道士だったか、仙人だったかを巡ってのいざこざと聞かされた。実は先月あたりだったか。我が領地に迷い込んで、暴れに暴れた下郎がおったのだ。当人には然るべき報いを受けてもらったが……術者が使役していた死体によって、小蜘蛛共が多数やられてしまってな。この服は――その術者や死体共が身に着けていたものだ」

 使役していた死体――。それにあの衣服。僵尸(きょうし)か。別名キョンシー。仙術というよりは道術の分野なのだろうが……。

「敵の手の者、か……? すまねえな、こいつは儂の責任だ」
「違うな。我を見くびらないでもらおうか」

 レイメイが言うが蜘蛛は目を見開き、牙をむいて笑うとそれを言下に否定する。

「旅の目的が鬼の里にあったとしても、通り道で狼藉を働くのはその者がただ下郎であるが故。行先の者に責を求め、矛先を向ける相手を間違ったりするほど落ちぶれてはおらんぞ? それよりも……あの下郎はそなたの友人の手の者ではないのだな?」
「……あいつには里周辺の状況は知らせてある。黒霧谷に迷い込んだとしても、お前を敵に回すような事はしねえはずだ。そもそも、キョウシを戦いの手駒にするようなことは、あいつなら絶対にしねえし、弟子にもさせねえだろうよ」

 ……キョウシには、確か二種類あるんだったか。道士が死体を故郷まで運搬するために使役するという宗教的なものと、死体が妖魔と化したものと。
 状況を整理すると――。キョウシを扱う敵の道士がこの地方にレイメイを探しに来て、間違って黒霧谷に迷い込んで、小蜘蛛達や大蜘蛛に攻撃を仕掛けた、と。

「そうか。では、我の巣を焼き、小蜘蛛共を殺したあの下郎の主は――我にとっても敵だ。隣国に向かうというのなら我も同行させてもらう。然るべき応報を味わわせてやらねばならん」
「あー……そう来るか」
「お主は昔からそうだったな。倍返しが基本というか……」

 レイメイと御前は揃って渋面を浮かべる。

「不都合なことでも?」
「儂は今回の事でお前に強く言える立場にねえが……今回は共闘相手がいる。お前さんに好き勝手に暴れられると段取りがな」
「ふむ」

 大蜘蛛は少し思案した後こちらに視線を向け、にっこりと……妙にフレンドリーな笑みを向けてくる。

「鬼や蛇から我の事をどう聞いておるかは知らぬが……。そら。我ならば助っ人としても頼りになるぞ? 自力で海も渡れるが、敵の居場所が分からぬのでは意味がない。ならば、折り合いをつける腹積もりなら十分にある」

 と、言ってくるが。まあ、そうだな。大蜘蛛もしっかり敵との因縁が出来てしまっているし。ここで断ると後々蜘蛛との関係も良いものにはならないだろう。

「みんなと連係して動くと約束してくれるのなら、それで構いませんよ」

 と、即答する。大蜘蛛も妖怪である以上、約束をすればそれを違えることはあるまい。御前とレイメイが度量に信頼を置くのであれば、こちらもその点を信じさせてもらう。

「おお。話せるではないか。よかろう。約束しよう。代わりに我を然るべき戦いの場につれていくのだ」
「そのつもりです。ところで、大蜘蛛と呼ばれていますが他に名前はあるのですか?」
「いいや。大蜘蛛と言えばこの地では我の事で通じる。だが、人に化けた時に、オリエという偽名も名乗ったこともあった、な」

 それを漢字で表記するなら織重、か。蜘蛛糸を扱うところからだろうか。

「敵地で大蜘蛛と呼んでしまうのも、性質を知られて対策を打たれてしまうかも知れませんし、正体を隠す意味合いでもオリエさんと呼ばせて下さい」
「よかろう。そうと決まれば我らは仲間であるな」

 オリエが頷く。

「ふむ。では改めて、固めの杯を交わすとしようか。どうやら料理も良い塩梅のようだしな」

 と、御前が苦笑するのであった。
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