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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外161 三つ巴の物語

 シリウス号の点検とアルファの健康診断にも大きな問題は無かった。
 内部設備は七家の長老達が見てくれているので、その後は甲板に戻ってアルバートに魔道具の術式を渡す。

「それじゃ、船内の設備をちょっと借りるよ」

 そう言ってアルバートはシリウス号の中へ向かう。
 甲板ではのんびりと陽の光の下で、木の板に魔法陣を引いて、シグリッタが妖怪達の絵を描いていたりしているところだった。シグリッタの描画速度は相当なものだ。筆を走らせるとどんどんと妖怪達の姿が本の空白ページに再現されていく。妖怪達もその名人芸にかなり盛り上がっている様子だ。
 ケウケゲンやすねこすり達がシグリッタの後ろから、描き上げられていく絵を興味深そうに覗き込んでいるという状態である。

「お疲れ様です、テオ」

 と、グレイスがお茶とお菓子を用意してくれる。

「ん。ただいま」

 これで俺の予定していた仕事は一通り終わりだ。後は腰を落ち着けてのんびりと休息できる。

「ふむ。出先であるし、まだ仕事も控えている。万全にしておくのは重要よな」
「私達も手伝える仕事があれば良かったのですが。流石に魔法生物の調子を診るのでは出来ることがありませんからな」

 御前とタダクニがそんなふうに茶を飲みながら言う。

「お気持ちだけでも嬉しいですよ。僕こそ休養と言いながらお相手できずに恐縮です」
「いやいや。こうして茶を飲んで話をしているだけでも楽しいものよ。魔法生物達の様子やシグリッタの絵にしてもそうだ。色々と楽しませて貰っておるよ」

 と、御前が上機嫌そうに笑みを浮かべる。

「しかし、そなたに時間ができたのなら、改めて色々話をしておくべきであろうな。鬼達の事についてであるが」
「ああ。そうですね。アヤツジ兄妹の対応が優先になっていて、そのあたりの話は後回しになっていましたし」

 そう答えると、御前は静かに頷いてから言葉を切り出す。

「頭領は――鬼ではあるが不可思議な神通力を用いる変わり種であった――というのは、妾の認識ではあるな。そなた達の話を聞くに及び、あれは大陸の術であったかと今にして理解した」
「仙術の使い手とは一度戦ったことがありますが……まあ、まだ底を見ていないというところはありますね」
「確かにな。あの者が好んで使っていた変化や分身が奥義というわけでもなかろうしな」

 ……変化に分身か。仙術らしいと言えばらしいが。

「頭領は――元々この土地で生じた鬼でな。あの頃は単独で行動しておったよ。山に住んでいた妖魔と反目し、一度はこの地を追い払われたと聞く。そうして戻って来た時には神通力――いや、仙術で山の妖魔を叩きのめした、というわけよな」
「故郷を追われて旅をしている間に、どこかで仙人との知己を得た、というところでしょうか」
「話を聞くにそうなのだろうな。昔の奴めは……早い話が力を得て暴れ回るあたり、悪餓鬼と変わぬような性格ではあった。竹を割ったような性格で義理堅いから、嫌いではなかったがな」

 と、御前はどこか楽しそうに頭領の事を語る。
 御前によればそれはかなり昔の話、らしい。話を聞いてみればその頃はまだ暴れても周囲に対する影響も出なかったそうで。多分まだ御前も神格を有していなかった、ということなのだろう。同様に、その鬼も単独行動をしているようで、まだ頭領とはなっていなかったようではあるが。

「しかしそうして山の勢力に変化が起きると、情勢も変わる。切っ掛けはどうだったか知らぬが、まずは鬼と大蜘蛛が喧嘩を始めた。いや、最初は子分の妖怪どもと、小蜘蛛の小競り合いだったのかも知れぬな。あの鬼は喧嘩が好きで、蜘蛛も外敵に対して好戦的だったから始末に負えぬ」

 義理堅い鬼が仲間をやられたと蜘蛛を敵視し、小蜘蛛がやられたと、蜘蛛もまた鬼と山の妖怪達を敵視することになる、というわけだ。
 子分同士の小競り合いから話が大きくなっていくというのは……人間でもよくある話かも知れない。

「だが鬼の手下と子蜘蛛がこっちにも戦いの場を移してきて、鏡淵を汚してくれてな。文句を言えばお前はどちらの味方をするつもりかなどと、連中が言いおった。それで妾も頭にきてな。どちらでもないと啖呵を切って双方叩き伏せ……三つ巴の大喧嘩に発展していったというわけよ」

 最初は鬼対蜘蛛。そこに巻き込まれて御前が参戦か。

「とは言え、大妖怪が暴れればそれなりに影響も出るものだ。平原より向こうは、結構あちらこちらに戦いの爪痕も残っておるぞ。妾は清浄な水を力の源泉としておったから、近場にある里の田畑も荒れぬように場所や戦い方を選んでおったが――それで人から敬われたというのはあるのだろうな。その頃だったか。里の者達が蛇を大切にするようになっていたのは」

 御前にも眷属というか蛇仲間はいるらしく、子分同士の戦いに負けて傷付いた白蛇を、1人の娘が妖怪達から助けようとしたらしい。
 妖怪達を追い払ったのは駆けつけた御前であったらしいが、子分の妖怪を痛めつけられた鬼がそこにやって来て――思わぬ事が起こったそうだ。

「奴め。娘に一目惚れしてしまいおった。いや、今思い出してもあの時の顔は笑えるものであったな。鬼が魂を抜かれたようになるなど、中々見れるものではない」

 と、御前が肩を震わせる。皆もその展開は予想外だったのか、目を丸くしている。

「一目惚れ、ですか」
「うむ。その娘というのが……また美しいが人にしておくのは勿体ないぐらいの性格でな。鬼に言い寄られて、きっぱりと断った。人里を顧みずに暴れ回るような者をどうして好きになれる、とな。暫くしてから、鬼は妾や蜘蛛に対して約定を申し出てきたというわけだ。里は関係ないから巻き込まぬようにしたいとな」

 なるほど……。それは何というか、分かりやすい。

「不平を言ったのは蜘蛛だ。人里を避けて戦っていては鏡淵にも手出しをしずらい。そんな約束など自分が不利になるだけだ、とな。だから妾も言った。鬼がそのつもりなら、こちらに否やはない。しかし蜘蛛が不満であるならば、いっそ互いに矛を治め、領分を定め、互いに攻め入ることのないように約束をしてはどうかとな。そうして妾達の間で話し合いの席が設けられたというわけだ」

 そうだな。2対1の状況になってしまえば蜘蛛の不利は揺るがないだろうが、御前は停戦の機会があるなら御の字と思っていただろうし、大きな力を持つ蜘蛛に自棄になって暴れられても困るだろうし。

「妾は領地を今までの通りにし、人里にも手出しをさせないことを奴らに約束させた。人里を条件に入れたのは……かの娘が鍵となるのは分かっていたからだ。鬼は……条件を飲んだ。鬼が勢力の一部を蜘蛛に譲ると条件を出し、蜘蛛もそれらの話を承諾した」

 かくして一帯は平和になったが……それからも鬼は足しげく娘のところに通っては花やら魚やらを贈っていたそうだ。やがて、娘も鬼の気持ちに応えて、妻となることを承諾した……らしい。

「……変われば変わるものだ。あの暴れ者がああも大人しくなるとはな。そうして鬼と娘は岩見ヶ岳に住み始めた。詳しい経緯は知らぬが、いつの間に鬼の同族共もあちこちから集まって来て、あの山は鬼の頭領とその一族が住まう土地となった。鬼達の出自がどうであれ、あの山の連中は人里にも蜘蛛の領地にも不干渉を貫いておるよ」
「結婚を機に、鬼の頭領は落ち着いた性格になったという感じでしょうか」
「そうさな。最後に会ったのはもう随分と前ではあるが、頭領と呼ばれるのに相応しい落ち着きと貫禄にはなっておったぞ」

 ……鬼の妻であるその人物の影響も結構ありそうだな。んー。そうなると、人に対してはそこまで敵対的ではないとは思うが。ある程度話もできるだろう。
 岩見ヶ岳か。高峰が連なる結構な山岳地帯ではあるが、御前も話をするのに手を貸してくれるらしいし、頭領の居場所を目指して動くだけなら迷ったりもしないだろう。

「蜘蛛はどうなのですか?」
「あやつは魔力の沸き出す霊場の1つを受け取って満足している。元々外の事にはそこまで興味がないらしくてな。好戦的な性格ではあるが話をすれば聞く耳と度量ぐらいは持っておる」

 そうなると、蜘蛛に関してはこっちから刺激しない限り向こうも敵対的な行動はとらない、ということで良いのかな。
 御前と鬼の頭領とが話をするとなれば、蜘蛛も動く可能性も無きにしも非ずだが……まあ、今は気にし過ぎても仕方がないか。
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