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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外157表 怨嗟の咆哮

「ここまでの事をやってくれたんだ。貴様らは生かしてはおかんぞ」
「やれるものならな」

 距離を取ってサキョウと向かい合ったまま……ゆっくりと高度を上げていく。
 サキョウは烏帽子、狩衣というゆったりとした出で立ちだが、衣服の下に不自然な魔力反応が幾つも見える。
 研究のためなら手段を選ばない考え方、物を隠すのに向いた衣服。それにこの状況にあってこの自信だ。何か相当な隠し玉を持っていると見るべきだろう。

 あの、手にしている太刀も妖刀に似た煌めきを放っているが、どうも魔力反応を見る限りアカネのものとも、サキョウの仲間達が使っているものとも別種のようだ。

 空間を焦すような魔力の高まりと共に。俺はウロボロスを。奴は太刀を構えて向かい合う。
 そうして。
 互いに呼吸を合わせたかのようなタイミングで間合いを詰める。
 俺はシールドを蹴って。奴は太刀を振るう体勢を整えたままで滑走してきた。大上段から振り下ろされるサキョウの一撃と、ウロボロスによる胴薙ぎの一撃とが激突。互いの魔力が干渉して紫色の火花が散る。

 猛然とした勢いで打撃と斬撃を応酬する。振り下ろされる斬撃をウロボロスで斜めに逸らし、側頭部への打撃を見舞えば奴の半身が後ろ側に回転するように下がる。追撃はさせないとばかりに空いた片手から呪符が放たれていた。こちらも転身して避ければ寸前まで俺のいた空間を爆風が呑み込む。

 呪符が貼り付けばそのまま爆破するし、避けてもああして任意の距離で爆発させることができるのだろう。爆風の方向にも指向性を持たせられるらしく、近接戦闘でも問題無く使える代物のようだ。
 明らかに対人を意識した、殺傷のための術。タダクニの教えてくれた退魔のための術とは、同じ流れを汲んでいながらまるで異質だ。

 爆風を避けたところへ、斬撃波が飛んでくる。闘気ではない。太刀の魔力をそのまま放ったという印象だ。マジックシールドで斜めに逸らし、最短距離を突っ切るように踏み込めば、サキョウは目を見開き、その場に留まって応じた。

 迎撃の刺突。切っ先をウロボロスで滑らせるように逸らしながら踏み込む。突き込むように蹴りを繰り出せば奴は膝を上げるようにして受け止めようとした。が――それは悪手だ。
 こちらの足裏が触れた瞬間に捻りを加えながら魔力衝撃波を叩き込む。その瞬間、何かが砕けるような音が響いた。打ち込んで、広がるはずの魔力衝撃波が、音と同時に減衰している。

「これは――!」

 サキョウは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの――その口元が笑いに歪む。手の中に渦巻いた黒い何かを、至近から叩き込んで来る。

「餓喰魂!」

 シールドによる防御は間に合う。サキョウの手から放たれたそれは複数の頭部が融合して集まった、黒い骸骨のような式神だった。
 めきめきと音を立てるようにシールドごと喰い破ろうとしてくる。それにこちらの動きを抑えさせた上で、奴が太刀を鞘に納めたまま、魔力を溜めるような仕草を見せた。

 居合か――!

 紫電を鞘に走らせ、サキョウが横一文字に斬撃を振り抜いてくる。結界がなければ地平まで薙ぎ払わんばかりの斬撃波。自身が放った式神も真っ二つに切り裂いて――。結界を紫色の一閃が激突して揺るがす。
 しかし、そこに俺はいない。サキョウの背後に飛んで、一挙動でウロボロスを脇腹に叩きつけていたからだ。

 またしても砕けるような音。一撃を食らったはずが、転身しながら太刀による斬撃を見舞ってくる。ウロボロスで受け止め、シールドを蹴って間合いを開く。今の攻撃もサキョウにダメージはないようだ。

「空間を飛び越えるとは――。信じられないような手札を持っているな」

 サキョウがそんな風に先程の攻防を分析している。
 コンパクトリープは……使わさせられた、という印象だな。決め手にできるなら伏せておきたい手札ではあったが、一度見せた以上は何度も使うべきではあるまい。
 だが、こちらも今の攻防で、1つはっきりしたことがある。

「形代の術だな」
「さあ、どうかな?」

 サキョウは無表情のままだ。そうして太刀を構える。
 衣服の下に仕込んでいるのか、それとも……どこかの拠点にそういったものを用意してきているのか。
 砕けるような音は、本来奴が受けるべきダメージを身代わりの人形が肩代わりして受けているということだ。どれだけ仕込んでいるのか知らないが、要所要所でダメージを肩代わりさせての捨て身の戦法で構わないと、奴は考えているらしい。

 攻撃を当てて尚、揺るがない。痛みを感じない。そういう魔法生物を相手取るような戦略が必要となるのだろうが。問題は――それをまともな攻防の中に織り交ぜてくることだ。

 ならば――まず、形代の術を残らず剥ぎ取るまでだ。魔力を練り上げながら、どちらからともなく踏み込んでいく。
 触れる。太刀と竜杖が触れる。その瞬間に魔力を操って衝撃打法を叩き込んでいる。立て続けに砕けるような音が響いた。形代の術が剥がれ落ちていく音。何の事はない。攻防全てに魔力衝撃波を織り交ぜてやれば、軽微ではあってもダメージを通すことができる。形代の術は一回身代わりになるだけの術。いくら重ねておこうが、触れる度に壊されているならいずれは尽きる――!

「まともな攻防が意味を成さんとはな!」

 形代の術が単なる攻防の中で壊され続けるることを嫌ったか、太刀を力任せに振り払い、その反動でサキョウは大きく後ろに飛ぶ。そこから――青白い火の玉を放ってきた。膨れ上がるようにして般若のような形状の鬼火となると、蛇行しながらこちらに迫ってくる。

 ヴェノムフォースを撃ち込んで無力化。ウロボロスを叩きつけて粉砕しながら鬼火の中――最短距離を突っ切る。

「ソリッドハンマー!」

 右手で頭上に掲げたウロボロスの先端に大岩を生み出してサキョウに迫る。既にソリッドハンマーの間合いの内側――。振り被って殴りつければ、奴は太刀を眩く発光させながら迎え撃った。ソリッドハンマーを正面から真っ二つに切り裂く。

 だが――。ソリッドハンマーの制御は手放していないし、空いた左手でも術を用意している!

「爆ぜろ!」

 レゾナンスマイン。切り裂いたソリッドハンマーを内側から爆砕して、至近よりサキョウに散弾を浴びせる。

「ぐぅっ!」

 爆発と土煙を突っ切ってサキョウが飛び出す。そのこめかみのあたりから出血が見えた。
 いくら事前に仕込もうが、無数の散弾を浴びせられればそれで纏めて削り取れる。そして僅かとは言えダメージが通ったという事は、仕込みが切れたということだ。

 真っ向から斬り込んで来て――斬撃を受け止めて切り返す。近接戦闘の最中に魔法と呪符を撃ち合う。斬り、払い、打ち、巻き上げ、踏み込んで。風の弾丸を飛ばし、呪符の爆風を相殺しながらキマイラコートからカペラの後ろ足による蹴りでサキョウを吹っ飛ばす。

 ぎりぎりで防御は間に合ったらしいが――!
 お構いなしに間合いを詰めれば、奴はこちらを迎え撃つように、一旦身体を小さく屈めて咆哮と共に魔力を解放した。爆発するように全方位に髑髏や鬼火のような面相を持った衝撃波が走り、そのまま渦を巻くようにサキョウの身体を守る。

「人間相手にこれを使うことになるとはな!」

 その向こうで――奴の衣服の下に仕込まれていた魔力反応が連動するように膨れ上がり、サキョウ本人と一体となっていく。同時に、筋肉組織のような何かがメキメキと音を立ててその身体を包んでいく。

「そうか。これは――」

 魔道具を複数仕込んでいたわけじゃない。全てで1つの魔道具だったわけだ。
 奴自身の魔力と一体となって魔力が1つの生物のように融合し、変質していく。総髪の長い髪が白く変色し、鬼とも骸ともつかない面当てに顔が覆われ――獣の頭蓋のような装甲が手の甲や肩に競り上がり、亡者の怨嗟の声があたりに響く。装甲の隙間から、鬼火に似た青い炎が吹き上がり、瘴気にも似た魔力が奴の身体から溢れ出して吹き付けてくる。

「これが――人体実験の成果……か」

 恨みや辛み――。穢れを力と変えるような。
 言うなればこれは自身を触媒に、一時的に妖怪に変じるような術だ。
 月の民の魔人化にも近い。呪法、邪法と呼ぶのも生易しい。
 形代の術を維持したままでは発動できないような性質だろうから、奴にとっては本当の切り札なのだろう。

 装甲を纏ったその姿は、鬼か骸を模した鎧武者、という印象だ。奴の周囲を守っていた式神の結界が散り失せていき、青い鬼火を纏った白髪の骸武者が太刀を構える。

 こちらも――練り上げた魔力と環境魔力を取り込んで混ぜ合わせ、力を爆発的に高めていく。マルレーンとユラの祝福や加護が俺の身を覆う。

 互いに猛烈な速度で突っ込んで、妖気を噴き上げる太刀と竜杖を激突させる。膂力も突っ込んでくる速度も、先程までとはまるで別物。人外のそれだ。
 斬撃、斬撃。鬼火を噴き上げる刃が描く軌道の中に、怨霊の顔が薄っすらと見える。様子見で展開したシールドはあっさり両断されていた。
 だからこちらも。怨霊ごと打ち砕くように研ぎ澄ませた魔力を込めて打ち合う。

 薙ぎ払い、叩き込み、打ち下ろして逸らしては跳ね上げる。攻防の中でヴェノムフォースを放つも、纏った怨霊の類が膨大過ぎて決定打にならない。
 この分では分解術式も効果が薄いな――。後から後から怨霊を放出されたのでは、仕留めるのに時間がかかって反撃の余地を残してしまうだろう。

 ミラージュボディを飛ばして左右に跳んで、あらぬ角度から打撃を叩き込む。衝撃打法が頭部を捉えたが、それでも堪えた様子が無い。妖怪化している分肉体的にも頑強になっているのだろうが――。躊躇のない切り返し。身体のすぐそばを斬撃に掠めさせ、ぎりぎりの死線を踏み込んで。全身の動きを連動させて掌底から螺旋衝撃波を叩き込む。掌底が――まともに胸を捉えた。

 胸を押さえてサキョウが回転しながら後ろに吹っ飛ぶ。が、追撃には至らない。両肩の装甲と思われた獣の頭蓋が大きく口を開いた。
 怨嗟とも咆哮ともつかない叫びと共に、青白い閃光が走る。結界の壁に閃光が激突。結界全体を揺るがすような衝撃が走った。 

「バロール!」

 魔弾に乗って薙ぎ払うような閃光を縫うように避ける。間合いを詰めてすれ違い様――!
 打撃を叩き込んで通り過ぎる。反転。奴もまた太刀を手に追いかけてくる。バロールの光と鬼火の輝きを空間に残して幾度も交差して竜杖と太刀をぶつけ合う。奴の身体から立ち昇る炎から人玉が切り離されて、随伴してくる。それらをネメアとカペラで迎撃しながらサキョウと高速で飛び回りながら切り結ぶ。

 怨霊、怨念を力の源泉としているからか。攻撃を加えれば、その後の奴の力が増す。そういう性質であるらしい。

 しかし高速戦闘の経験。近接戦闘の技量はこちらが勝る。
 すれ違い様の攻防で幾度か打撃を叩き込んでいるが、その度に奴の力が膨れ上がるのが分かる。どんどん圧力が増していく。速度が、膂力が膨れ上がり、衝突の度に軋むような衝撃が走る。

 打ち合って斬撃を掻い潜り、殴り飛ばす。そうしてまた力が膨れ上がる。速度が増していく。それに合わせて、理性的だった奴の動きも、どんどんと獣じみたものになっていく。制御能力の限界か、それとも妖怪化の精神への影響か。

 切り結んで掻い潜り、再度の螺旋衝撃波を腹部に叩き込む。直上に吹き飛ばされたサキョウが獣じみた咆哮を上げた。太刀から。鎧の隙間から。鬼火が更に勢いを増して噴き上がる。

「来いッ!」

 足を止める。奴は嬉々として大上段に刀を振り上げ、打ち下ろしてくる構えを見せた。

 今や奴は穢れと怨嗟をばら撒く災厄そのもの。人と妖怪と。この地に住まう者、全ての敵だ。みんながこの戦いの行く末を見守っている。応援してくれている。だから――環境魔力は通常では使い切れない程に集まっている!

 直上から突っ込んでくるそれに合わせて、周囲に漂う環境魔力を一気に受け入れ、練り上げて増幅する。肉体の限界を超えた増幅強化は刹那で充分に事足りる――!
 赤く染まる視界の中で。咆哮と共に大上段から打ち込んで来る巨大な斬撃を、力任せに真っ向から受け止める。両肩の口の中に閃光を溜めて、地上目掛けて力任せに押し込もうとしてくる。逃げ場のない状態から怨嗟の咆哮を浴びせようとでも思ったのだろうが――。

 その動きが途中で止まる。

 奴は正面から力勝負で止められるとは思っていなかったのか、青白い炎の中に光る眼を、見開いた。
 過剰に高めた魔力を、肉体からウロボロスとバロール側へ分散させる。
 太刀を押さえるのはウロボロスに込めた魔力に任せ、バロールに多重シールドを展開させて。サキョウの退路を断つ。
 間髪を容れず間合いの内側に踏み込んで、その胸に手を添えた。両肩の頭蓋口腔内に宿る輝きが増すが――遅い。その前に練り上げた魔力を解放していた。

 魔力の球体が膨れ上がって、次の瞬間。魔力衝撃波を無数に重ねて球体内部で炸裂する。本来なら人間相手に使うような技ではないが、こいつ相手なら話は別だ。

 膨れ上がる怨嗟の魔力と弾け飛ぶ無尽の衝撃波が拮抗する。ダメージを受けた分防御に回しているのだろうが――見る見るうちに均衡が崩れて削られていく。

 形成した衝撃波の為の魔力場が、限界を超えて爆裂する。
 直上に吹き飛ばされ、結界の壁に激突する。太刀から鎧から。あちこち砕けて、面当ての向こうから奴の生身の顔が覗いていた。憤怒と苦悶に歪んではいるが、やはりその顔は獣じみたもので。鎧は砕けてもまだ妖怪化までは解けていないということか。また力が増していくのが見える。

「それなら、そのままでいい。気合を入れて受けるんだな」

 巨大なマジックサークルを展開する。
 ――光魔法第9階級。スターライトノヴァ。

「ぐ、るおおおおおおおおおおッ!」

 咆哮と共に、両腕。両肩から合わせた閃光を放ってくる。真っ向から受けて立つ。

「吹き飛べッ!」

 視界全てを埋め尽くすような、光の柱が放たれた。

「お、おっ、おおおお! うおおおあああああああっ!」

 怨嗟の閃光ごと押し返し、サキョウの身体を極大光の中に呑み込む。
 結界にスターライトノヴァが到達した瞬間。クラウディアと七家の長老達が結界を解除する。そのまま天を貫くような光の柱となって一切合切を押し流していく。
 生命反応の輝きを光の柱の中に捉えながら――頃合いを見て、放出し切る前に術を解除すれば――白煙を上げながら遥か上空よりサキョウが落ちてくる。

 その身体は……貧相なぐらいに痩せこけていた。
 ああ。怨嗟の力を打ち消すような性質の力を浴びて、それでも攻撃を受けた奴の術式は力を絞り出そうとして何とか拮抗しようとした……その結果というわけだ。追い付かない分は奴自身から生命力や魔力という形で奪っていったと。

 まあ、弱々しいながらも一応生命反応は残っているな。
 反撃の力なんて微塵も残ってもいないだろうが……念のために落下してくるところに封印術を叩き込んでやれば、きっちりと光の鎖が身体に巻き付いていた。
+注意+
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