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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外156 静寂の原野にて

 サキョウとイスズが実際に鬼の山までの距離、天候や時間を見ていつ出発するかの判断を下すのだろうから……どちらにせよ平原まで足を運ぶ流れになるだろう。
 アヤツジ兄妹とて、あまり悠長に行動しているわけにもいかない。村に逗留する前に実際の山の様子を見るという行動に出るのではないかと俺は見積もっているが、さて――。

「ふむ。他にもいくつか質問があるのだが、良いだろうか?」
「はあ」

 あまり乗り気ではないといった様子で、気のない返事をするイチエモンに、男達が尋ねる。大人数が宿泊できるような宿なり屋敷なりは集落にあるのか、自分達の他にここ最近で村を訪れた者は等々……。
 逗留するような宿はないが、頼めば泊まれそうな屋敷もないわけではない。村を訪問したのは前は巡業の薬売りぐらい、と、イチエモン達が答える。

 そんな答えに男達は頷くと言った。

「ふむ。実は調査に来たのは我々だけでなくてな。他に本隊がいるのだが、連中を今呼んでくる。手間は取らせんし、いくばくかの礼もしよう。平原まで我等を案内して欲しいのだが」



 そうして集落の外れに待機していた本隊が呼ばれ、まずは実際に山を見に行って判断を下すという流れになった。
 農民に変装しているイチエモンの部下は、畑仕事があるから案内等は手伝えないということでその場に残り、イチエモン自身は報酬があるのならということで一団を案内するという流れだ。

 アヤツジ一味が村の道を行けば、それを見た村の農民が恐れをなしたように家の中に引っ込む。……とは言え、あれも実際の住人ではなく、こちらの仕込みであったりするが。
 本物の村の住民は、村の外れの民家に作った地下区画に避難中である。隠蔽魔法で隠してあるのでアヤツジ一味の興味がそこへ向くことはあるまい。

「お気を悪くしないで下せえよ。何せこんな田舎なんで余所から人が来るなんて滅多にないんでさ」
「ふむ。詮方なき事よ。お上からの書状を持って来ている。後でそなたからも事情を説明してもらえれば助かるのだが」

 と、偵察役であった片割れが言う。用意周到なことだ。元々サキョウは宮仕えだったわけだし、そういった命令書などの偽装もそう難しいことでもないのだろうが。

「分かりやした。案内の後でで構わんですか?」
「ああ」

 そんな会話を交わしながら平原へ向かう。集落の真ん中を突っ切り、外れに差し掛かり……そこから少し歩くと道も段々と草が生えて、整備されていないという印象になってくる。
 そうして――連中が平原へと踏み込む。里の近くの小高い山を少し迂回するように進めば、平原から鬼の山を望むことができる。そうした位置まで誘い込むというわけだ。

「――おかしな場所だな、ここは」

 と、それまで黙って周囲を観察していたサキョウが言った。

「兄様、何か気になることでも?」
「いや――。凪のようだと思ってな。虫の声もなければ鳥の声も遠い。平原から生き物が消え失せているようだ、と思ってな」

 ……中々に勘が鋭い。そしてそれは正しい。
 戦場になるという事で精霊に近い妖怪達がこの場を一時的に忌避するなら、虫も鳥も同調して逃げ出したりする。だから、今この一帯は、一時的に生物の極端に少ない空白地帯となっているのだ。

 それを、不審に思われた。だが――それも把握した上でのことだ。
 幻術にしても隠蔽術にしても全てを補ってくれるわけではない。仕掛けを多くすればするほどどこかに不自然が生じ、見破られる可能性がある。
 虫や鳥の声がしないというのは、潜むことを決めた俺達も承知の上だ。その上で、仕掛けを組んでいる。
 だから――もう少し。連中の今いる位置とて結界の内側ではあるが、誘因役として命を張っているイチエモンの安全を確保してやる必要がある。

「あー。そいつは、この一帯の力を持つ主様がこの場所をお気に入りでしてな。他の生き物を寄せ付けないところがあるんでさ。山の方と違って、人里周辺の妖怪は大人しい性質って言われてますが……このあたり一帯も本当は村人もあんまり立ち入らねえ場所でして」
「ふうん? となれば猟師としては商売が上がったりねえ」
「まあ、そうですな。ここじゃ狩りはできません。子供達は構わずここで遊んでるんで、いるのは人間好きの神さまって言われてますがねえ……」
「……なるほどな。確かに、この地方には人里でも妖魔の目撃情報が多い、という資料を見たことがあるが……」

 それはサキョウがまだ陰陽寮にいた時の話か。鬼達の住む山ということで朝廷も情報は押さえているからな。サキョウは周辺の環境を少し訝しんでいたようだが、予備知識があったことが逆に幸いしてか、ある程度納得した様子だった。

「では、このあたりでは何時妖怪が現れても不思議ではない、ということか」
「そうなりますな」

 疑念は環境に対してのもの。イチエモンは疑われてはいない。
 視界を塞いでいる人里付近の山を迂回し――そうして鬼の住む岩見ヶ岳が一団の視界に入る。

「あっちに見える、あの高い山々でさ。岩見ヶ岳と言って、鬼達が住んでると言われてる場所でしてねえ」

 イチエモンが一歩脇に引くようにして山を指差す。

「……連峰か。捜索範囲が広いな」
「一旦集落で拠点を作り、体勢を整えてから調査に向かう、というのがよさそうですね」

 サキョウが岩見ヶ岳を見て眉を顰め、イスズが笑う。全員の視線、注意が山の方向に向いた、その時だ。
 イチエモンがふらりと、近くにあった池に向かって倒れ込む。水音がしてその姿が水面に消えた。水音に連中が驚いたようにそちらを見る。

「――今ッ!」

 そうして。池の中へ姿を消すのを合図として平原のあちこちから光の柱が立ち昇った。

「何ッ!?」

 サキョウ達が身構えるが、気付いた時にはもう遅い。
 あっという間に結界の光が走り――平原を外界から断絶するように、クラウディアを頂点とする巨大な光のピラミッドが形作られていた。要所要所の結界維持を務めるのは援軍としてきてくれた七家の長老達だ。
 平原には池が何ケ所か存在するが、結界が形成された後となっては水中や地中に潜って逃げることもできない。
 こうすることで、陽動役のイチエモンに関しても地下水路を通って敵団から安全に距離を取ることができる、というわけだ。

 そこで俺達も初めて連中の前に姿を現す。アヤツジ一派の正面――向かい合うようにして対峙する。

「アヤツジ兄妹――サキョウと、イスズだな?」

 魔力を漲らせて問いかければ――サキョウは目を見開き、そして牙を剥くようにして獰猛な笑みを見せた。

「……誘い込んでの罠とはな。しかもこれだけの大掛かりな術――。巫女の予知を侮っていたか。それとも――。ああ、そうか。貴様が予知にあった客人だな?」

 そう言って奴は俺を見据えたまま腰の刀を引き抜く。奴の全身から余剰魔力が迸り、青白い火花を散らした。イスズも酷薄な笑みを顔に貼り付けながら、羽衣のような布をゆらゆらと揺らす。恐らくは、あれがイスズの武器、ということになるのだろう。

「兄様に逆らう愚か者。人形を壊したのもお前達ね?」
「だとしたら、どうだというのです?」

 赤い目のグレイスが双斧を構え、眉根を寄せる。連中が都でやらかした所業を不快に思っているのは、俺だけではない。

「決まっているでしょう。兄様の敵は殺す――殺すわ。さあ、お前達。踊りの時間よ」

 やはり一団の中には絡繰り人形も混じっていたようだ。イスズの号令に、人形達が隊列を成してその正体を現す。
 幻術で人間に見せかけていただけだ。4対の腕を生やす人形達――骸の面当てと甲冑を纏った絡繰り人形達。まともな人間には扱い切れないような大弓を携える者や、重厚な装甲と鉄拵えの十字槍を構える武者人形もいた。
 その光景にローズマリーがイグニスとマクスウェル、ジェイク達を従え、薄く笑った。

「東国の絡繰り人形、か。さて。どの程度のものかしらね」

 他の連中も、投降する気など毛頭ないとばかりに得物を手に取り、闘気や魔力を漲らせている。やはり、衣服の下に妙な魔力反応があるな。気になるのは、連中の中で数人――恐らく腕の立つ者の持つ刀が妖しい気を放っている事だ。

「罪人のあなた達が妖刀使いだったとは聞き及んでいませんが――?」

 詰問するようなアカネの言葉に、男達は意味有り気に笑う。サキョウとイスズが外法によって作り上げたということなのだろう。
 どいつもこいつも――。元より包囲した程度で諦めるような輩だとは思っていないが。

「――始めようか」
「はいっ、テオドール様」
「ええ。行きましょう」

 軋むような音を立てて。アシュレイとラヴィーネの足元より氷が広がっていく。ステファニアとコルリスが生み出す石壁や水晶の塊を核として覆うように氷壁や氷の柱が作られていき、あっという間に氷の砦が形作られていく。
 ステファニアの用いるディフェンスフィールドで防御陣地をより強固な物に固め、マルレーンの召喚したデュラハンやピエトロの分身達、そして滞空するソーサーが陣を守る。陣地上空をアルファやベリウス、リンドブルムが飛翔した。

「――あれを攻略するのは骨が折れそうですわね」
「仮に連中の仲間が前衛として攻めて来るのなら、迂闊な援護射撃もできないはずだ。まずは距離を取って攻めてくるのなら前衛の始末に注力するべきだな」
「そうですね兄様。これだけの規模の結界。いつまでも維持してはいられないはず。さあ……お前達。訓練の成果を見せなさいな」
「はっ!」

 イスズの号令一下、男達が得物を構える。その脚甲が光を放ち、足の裏に青白い光を放つ、球体のようなものが生まれた。
 浮かぶ。空中に浮かぶ。それがサキョウ達の作り上げたものであるならば、訓練とは空中機動のことを指すのだろう。
 それを証明するかのように空中を滑走するように動き、侍と術師達、そして絡繰り人形の集団は一糸乱れぬ隊列を組み上げて見せた。しかし、そこまでだ。隊列を組み上げながらも、サキョウ達は自分達からは攻めてこようとはしないない。

 結界の維持が可能な時間を見越して、無理に攻めるということしないというわけだ。
 だがその場合、こちらの戦力が怪我を負えば、交代して陣地に逃げ込む事で安全に回復し、戦列に復帰できる。
 そういったの陣地の強みを……連中は丸きり無視することに決めたようだ。結界が解除された後の事を考えて、無理に攻めずに防御的に立ち回ろうというのだろう。

 結界の維持と陣地、という点だけ見て判断したのならそれは正しい。しかしサキョウもイスズも計算に入れていない。何のためにここまで広い結界を構築したのか。

「隊列を組ませてのまともな戦闘なんて――させると思うのか?」
「っ!? 貴様ら! 散れっ!」

 言うが早いがサキョウとイスズ、絡繰り人形達が大きく跳ぶ。少し遅れてアヤツジ兄妹の仲間達が散開した。そこを――不可視の巨大な物体が突き抜けていく。避け損ねた術師が1人、跳ね飛ばされていった。
 巨大な物体。シリウス号が敵団のど真ん中を突っ切り――光と風の偽装を解いて、空中に出現した。陣地とシリウス号で挟撃する形となる。

「空飛ぶ船だと!?」
「あんなものが……一体何時から!」

 敵との遭遇、戦闘は最初から想定内だったのだろうが、シリウス号の突撃には流石に連中も動揺を隠しきれなかったらしい。

「行くぞっ!」

 一派の隊列を突き崩し――そこからシーラとイルムヒルト、イングウェイ、シオンとマルセスカ、シグリッタ、タダクニ達が飛び出す。シグリッタのインクの獣とタダクニの作り出した式神がシリウス号の周辺を舞う。呼応するように防御陣地から俺達も分断した敵目掛けて突っ込む。
 結界による包囲。陣地とシリウス号による挟撃と分断。多少頭数を増やしたところで、利点を無力化してから制圧するだけの話だ。
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