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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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85 竜牙の戦士

 ――アルラウネの口付けを飲んだ後から破邪の首飾りを装備しても有効なのか確かめる為だとか。
 装備していない時に盛られてもすぐ吐き出せるように味見しておく必要があるだとか。
 そう言った理由を並べて説き伏せ、首飾りを手に入れてすぐに、俺自身がアルラウネの口付けを服用する事を、みんなに納得してもらった。

 効果は一時的な物である事が解っていたし、もし中毒性があってもアシュレイの治癒魔法がある。俺自身の自由意志が一時的に無くなると言うのもまあ、彼女達であれば割合安心して任せる事が出来るし。

 後は服用時と発動時の俺の挙動をカドケウスに記憶と再現させて、出来る限りそれらしくなるように真似れば良い。
 そう言った所まで含めての対策だ。茶に口をつけた時点で盛られた事は分かっていた。混入させた時の味が解っていないと、普通の毒薬との2択に対応出来ないからな。

 アナスタジアは顔を覆っていたヴェールを取り去ると、喜色満面の笑みで俺の頬を撫でて来る。……こいつ。

「さて……ようやく手に入った、という所ね。何から手を付けようかしら」

 腕組みしながら、嬉しそうな表情で部屋の中を歩き回る。
 アナスタジアは黒確定だが、最初の質問は聞いてからにしよう。何か情報を得られるかも知れないし。
 その後は――問答無用でライトバインドで拘束してから、意識が吹っ飛ぶ程度に張り飛ばせばいいかな?

「まず……絶対に人に話せない弱味や秘密を喋りなさい。それともお前のような子供には、そういうのは無いのかしら?」

 なるほど。秘密を握っておけば……後は必要になった時、それを理由に呼び出したり出来る。隷属魔法という証拠を残さずとも、いざという時にまた秘薬を盛って操ったり出来るし、手札を切るまでは表面上の関係も良好なままに維持出来るだろう。
 まあ……手口は分かった。

「刺された後……ストレージのデータを消せなかったのが心残りなんだよな」
「スト――何ですって?」

 ま、前世の話だ。秘密は秘密だが、言ってもどうせこいつには解らない。

「ライトバインド」

 怪訝そうな表情をしているアナスタジアを指差し、魔法を発動させる。

「なっ!?」

 光の輪が集束していって、その体に触れるか触れないかという所で光の輪が砕け散った。同時にアナスタジアの袖の部分が内側から弾ける。
 アナスタジアは驚愕の表情を浮かべながらマジックシールドを展開しながら後ろに飛んだ。脇から人形が迫ってくる。

「お前……! どうやって!?」

 アナスタジアの悪態を耳にしながら、手にしたウロボロスで迫って来た人形を薙ぎ払う。人形の胴体部分を砕いて部屋の隅まで吹き飛ばした。

 こちらを睨んでいるアナスタジアのその腕には腕輪やら指輪やら。ひらひらとした衣服の下に、過剰なまでの装飾品を身に着けていた。
 魔法に対する防御用のものか。俺のライトバインドを防いだのもそれだろうが――魔石が過負荷に耐えきれずに砕けたようだ。

「おのれ!」

 忌々しげに怒鳴るアナスタジアの声に呼応するように、扉や窓から人形が室内に飛び込んでくる。その数は1体2体ではない。
 それぞれに鉈だの斧だので武装していた。屋敷のそこら中にいた、と言う事なのだろう。俺に人形をけしかけながら、アナスタジア自身は奥の扉から逃げようとしている。扉に魔法陣の光が輝いている。魔法の鍵で施錠して閉じ込めようというわけだ。

「どけ」

 迫って来る人形を薙ぎ払う。
 人形のパーツがバラバラと飛び散るが、空中で静止すると砕かれた部分以外を各々に繋ぎ合わせて、再び戦列に復帰してきた。

 時間稼ぎだな。マジックシールドを展開しながら、床を蹴って正面にいる人形をなぎ倒して進む。扉ではなく、壁をウロボロスで粉砕しながらぶち抜き、次の部屋に飛び込む。その部屋も人形の群れ。
 その向こうに戸口から出て行こうとしていたアナスタジアがいて……目を見開いて一瞬こちらを振り返ったのが解った。人形共は相手をするだけ無駄だ。真っ直ぐ直線に突き進み、更に壁をぶち抜いて進む。
 アナスタジアを追うと、そこは開けた中庭になっていた。

「人の家で――無茶苦茶をしてくれるわね!」

 振り返ったアナスタジアの手にはマジックサークルが輝いている。次の刹那、こちらの展開したマジックシールドに岩の塊が叩きつけられた。
 逃げるつもりではなく、開けた場所で戦うつもりだったか。上等だ。

 ウロボロスを構えて向き直る。屋敷の、中庭に面した窓や扉から人形の部品が無数に飛び出してきた。頭に腕、足や胴体。
 組み上がってムカデのような異形の形態を取ると、地面を這うように迫ってくる。下から振り払われた人形の連結腕を避けながら、すれ違いざまに頭部を粉砕する。人形は、止まらない。パーツの1つ1つ、それぞれが独立した魔法生物と言う事だろう。

 更にアナスタジア本人からは魔法による援護射撃。人形を前衛にして、自身は距離を取りながら氷の散弾を放ってくる。魔法を使わずに身を躱しながら、目の前のムカデ人形に杖を翳す。

「トランプルソーン」

 木魔法で絡め取り、その動きを封じ込める。半端に粉砕しても無事なパーツ同士で組み上がるだけ。だったら、纏めて固めてしまうまでだ。
 茨の球体になったそれにレビテーションをかけ、ウロボロスで殴り飛ばしてアナスタジアに向かって撃ち出す。

「くっ!」

 アナスタジアは目を見開く。向こうも自身にレビテーションを使いながらの大跳躍を見せた。ぎりぎりの所を茨の球体が通過して行く。
 その間も人形の部品はまだ増えている。組み上がって竜のような姿を取ると顎を開いて俺に肉薄してきた。
 ウロボロスを眼前で回転させ、巨大なシールドを生み出す。竜の頭を丸ごと受け止め、シールドの裏で、それよりも更に大きな規模のマジックサークルを展開する。

 雷魔法第7階級――。

「ライトニングブラスト!」

 シールドの解除と同時に、サークルの直径に匹敵するほどの巨大な雷撃が竜人形の口の中に突き刺さる。竜の後頭部を爆散させ、集合全体に雷の衝撃を伝播させていく。
 竜の身体が、動きを止める。先端から解けるようにバラバラと崩れて落ちていく。

「やってくれる!」

 アナスタジアは、またもこちらに背を向けて逃げ出している。中庭の先にある、ガラス張りの家屋の中へ逃げ込んでいった。
 当然、こちらもアナスタジアを追って、そこへ踏み込んでいく。そこは――。

「……温室、か」

 木々や草花が生い茂る温室。
 植えられているのは薬草、毒草の類だ。マンドラゴラもここで栽培してたな? 一部をアルラウネとして育てていたか。
 奴が俺を誘い込んだのは――この温室自体が証拠の塊みたいなものだからだろう。手口がバレたならバレたで、それを利用しようというわけだ。
 証拠の保全を盾にして大規模な魔法を使わせない為に、と言った所だろうか。

 アナスタジアは温室の奥にいた。懐から何か白い――刃のようなものを取り出しこちらを睨んでいる。それは、竜の牙か。

「来なさい!」

 言いながら、それを地面に放る。牙が投げられた所から地面が盛り上がるようにして現れたのは骸骨兵であった。

 スケルトン……などという粗製ではない。
 竜牙兵。或いはスパルトイと呼ばれる魔法生物。竜の牙を触媒として呼び出す代物で――かなり強力な戦士である。
 全く……。資金の潤沢な事で。大魔法を使えない状況にして近接戦闘で仕留めようと言う腹なのだろうが。

「邪魔だ」

 迷わず突っ込んだ。竜牙兵の握る2本の曲刀にウロボロスを打ち付ける。
 奴はそれを曲刀を交差させて受けた。1本でウロボロスを押さえたまま、もう1本で突きを見舞ってくる。頬のすぐ横を掠める白刃が煌めきを放つ。
 そのまま刃を押し付けるようにして引く事で、曲刀ならではの斬撃を見舞ってくる。こちらはこちらで、空中にシールドを作り出してそれを蹴って側転する事で斬撃を回避した。

 刀を振り切った所に反撃を加えようとして――視界の端にアナスタジアがマジックサークルで魔法を放とうとしているのを捉えた。
 偽装が、甘い。サークルの紋様から発動しようとしている魔法を読み取り、竜杖をバネに棒高跳びの要領で上に跳ぶ。

 一瞬遅れてヒートフォッグが眼下に発生した。空中に飛びあがった俺を打ち落さんと、高熱の霧の中から竜牙兵が飛び出してくる。空中で切り結んで弾き飛ばすが、木の幹を足場にして転身、俺を主人の元へは行かせまいと、間を置かず迫ってくる。

 竜牙兵の動きに合わせるように、遠隔からマジックシールドを展開して空中戦の足場をアナスタジアが作り出す。
 空中に留まる竜牙兵と更に打ち合う事になった。
 こちらの真似事だが……即興でやっているとするなら、なかなかどうしてやるものじゃないか。

 竜牙兵と矛を交えていると、下方から火球や雷撃も放たれる。シールドで防ぎ身をかわし、2本の刃を交差させるように斬りつけてきた竜牙兵の一撃を受ける。

 戦っているのが竜牙兵だからだろうか。仲間を巻き込むとか、そういうのはお構いなしだ。さぞかし魔法によるフォローもしやすかろう。

 だが。

 竜牙兵は勇敢な戦士。死への恐怖もなく戦い続ける。それが――仇だ。
 足裏にシールドを展開して足場を作る。アナスタジアからの魔法攻撃への防御を兼ねたものだ。同時に横から迫って来た竜牙兵向けて魔法を放った。

「マグネティックウェイブ!」

 土魔法第6階級。奴の持つ曲刀を磁力で絡め取る。
 竜牙兵はそれでも武器を手放さない。この辺、竜牙兵ならではの恐れ知らずの闘志と言うべきなのだろうが――。
 磁力で力任せに引っ張り、振り回すように遥か上空に向かって放り投げた。温室の天井をぶち破り、骸骨が空を舞う。こちらもそれを追って、更に上空へ飛び上がる。

「な、に!?」

 アナスタジアの驚愕。落下してくる竜牙兵。フォローしようにもアナスタジアの魔法の射程は及ばない。竜牙兵が空中に追いかけてきた時点で、主従は分断されたも同然。

「消えろ」

 再度マグネティックウェイブを用いて竜牙兵の持つ刀を絡め取る。ウロボロスが顛末を予期したのか、楽しそうな唸り声を上げた。
 オーバーハンドで投げ捨てるように。
 アナスタジアの屋敷の屋根目掛けて全力で投擲する。磁力と重力によって猛烈な加速度を加えられた竜牙兵は、屋敷の屋根に激突。ぶち破って姿が見えなくなった。多分、粉々だろう。

「化物か……?」

 その光景を目にしたアナスタジアは、呆然とした表情で悪態を吐いた。
 温室に降り立って向き直ると、かぶりを振って俺に言ってくる。

「……待ちなさい。それだけの力があるのなら、私の仕えている方に協力した方が賢いわ。きっと、重用して貰える」

 敵わぬと見たら、今度は懐柔、か。
 いや、本気かどうかさえ怪しい。本人ではないと言う事になっているのだから、この場さえ切り抜けてしまえば、後で知らぬ存ぜぬで通せるのだし。

「……仕えている? よく言うよな、本人の癖に」

 俺の言葉に、アナスタジアの眉が僅かに動く。流石に貴族社会で慣れているだけあるな。カマかけに引っかかるほど甘くはないか。
 とは言え、俺としてはほぼ確信している。アルバート王子も疑っていたようだし、さっき顔を撫でられた時に、確認済みだ。

 あの指輪は王宮お抱えの魔法技師秘伝の魔道具だ。複数あれど、他所に出回っているものではない。使えるのは――王宮、特に王族に関係が深い者だけだ。

 領主達の来訪と共に城を不在にする王女。同時期に社交界に現れる占い師。それに――捕まっていないマルレーン姫暗殺未遂事件の犯人。
 アルラウネの口付けみたいな剣呑過ぎる秘薬にしたって、他人には任せられないだろうし。

 秘薬などを保有しながら迂遠に権力闘争などをしていたのは……なるべく不自然でない王位継承を装う為だったり、女王になってからの地盤固め、その下準備といった所か。グレッグ派のような魔術師嫌いの派閥を引き込んでいたのは魔法に疎い方が都合が良かった、と言う事なのだろう。

「何の、事かしらね? 良いから聞きなさい。私の主は――」

 薄く笑うアナスタジアだったが、続く俺の言葉に顔を引き攣らせる事になった。

「ま、答え合わせは止めておくよ。俺はただ、毒を盛った曲者を張り飛ばしただけって事で」

 言うが早いがウロボロスに魔力を込めて、地面を蹴る。

「まっ、待て! わたくしは!」

 肉薄。振り抜かれようとするウロボロス。止めようとマジックシールドで受けるアナスタジア。盾と杖がぶつかり合い、青白い火花が弾ける。

「王だ! わたくしはお前を王にしてやれる!」

 そんな悲鳴を上げる。その話は、前に断ったはずだ。
 集中を切らしたのか、均衡は長く続かなかった。砕け散るような音。均衡が崩れた事による衝撃波。アナスタジアの身体が後方に弾かれ、木の幹に激突して庭園に転がった。
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