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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外150 水底の主

「鬼が仙人から預かった品に凶悪な罪人か……。そりゃ難儀な話だなあ。それで俺らとの面倒ごとが起こらないようにってことか」
「まあ、そうなるね。兄妹とは山の付近の平野部で戦いに持ち込めればと考えているんだけど」

 アヤツジ兄妹についての話をすると、あぐらをかいた河童は、腕組みをして思案していたようだが、やがて自分の膝のあたりを水かきのある手でぴしゃりと叩いて言った。

「よっし分かった。前もって話を通しに来たってのが気に入った。すぐ案内してやる、と言いたいところなんだがな。話を通して許しを貰えたらってことになるだろうな。暫くここで待っててもらえるか? 多分、俺らにも関わる話だし、大丈夫だと思う」
「ああ、分かった。ありがとう」
「良いってことよ」

 礼を言うと河童は笑い、水の中に潜っていった。そうして暫くの間、淵のほとりに腰かけて待っていると河童が戻って来て顔を出した。

「御前様がお会いになるそうだ。お前さん、泳ぎに自信はあるかい?」
「泳ぎ? 水の中でも呼吸はできるし動けるけど」
「ほーう。流石神さんの遣いだ。そいつは都合がいいや」

 河童はにやりと笑う。何やら、神様の遣いということで納得されているような気がするんだが。

「実はこの淵……水草の影に通路があってな。あちこちに通じてんのさ。泳げねえのなら、ちょっと息を止めてもらってる間に、俺が御前様の社の近くまで連れてっちまおうかと思ったんだけどな」

 と、河童が言う。

「ああ。そういうことなら」

 と、水中呼吸と暗視の魔法を用いて淵の中に入る。肩に乗ったシーカーもしっかりとキマイラコートに掴まる。

「……いや、ほんとに肝が据わってるんだな。まあ、いいや。こっちだ。付いてきな」

 河童は感心を通り越して寧ろ呆れた、という印象ではあるが……そのまま約束通りに案内をしてくれた。河童の後に続いて淵の中に生い茂る長い水草を掻き分けて進む。そこは通路というか……水中洞窟という風情だ。

 うねるように続いていて所々空気が有ったりまた水に潜ったりと、洞窟は真っ直ぐには続いてはいない。横穴も開いていたりと、内部は中々に複雑な構造のようだ。
 確かに、河童の生活空間としてはあの淵では少々手狭ではと思ったが……こんな空間が地下に広がっていたわけか。
 やがて開けた場所に出る。河童に続くように水流操作でついていくと、空気のある広い空間に顔を出した。

 ……地底湖か、ここは。湖面を泳ぎながら、河童が言う。

「ここいら一帯は、他の場所に比べても妖怪が多いって言われてるがな。大物が大喧嘩したりした後で折り合いをつけて約定を結んでいるから、力の弱い者達も安心ってわけなのさ」
「約定?」
「ああ。互いの領分から出ずに、戦いは避けるってな。で……お前さんが戦いの場所として借りたいって平原は、御前様の所領なんだよ」
「……妖怪側にもそんな事情があったのか」
「あるんだなあ。鏡淵の御前様、岩見ヶ岳の鬼達、それに黒霧谷の大蜘蛛ってな。御前様はまあ、俺の後ろ盾でもあるし、地下洞窟を俺らの住処としてくれた……話の分かる御方だぜ。人里でも神社で祀られてるが、あっちじゃ直接話せないし、俺が陸を歩いて行って案内するってわけにもいかねえしな」

 と、河童は自分の皿を撫でる。なるほど。それで本人のいる場所に直接案内をしてくれるというわけだ。

 御前に鬼に蜘蛛か。河童の話からでは「御前」の正体がよく分からないが、口振りや肩書きから見るに水が関係しているような気がする。
 人里付近に出没する河童の後ろ盾であるなら、人里付近もその御前の縄張りと見ておくべきなのだろう。

 そうして地底湖を横断していくと――何やら地底湖のほとりに鳥居と社が見えてくる。灯篭に明かりが灯り、ぼんやりと照らされていた。粗末な社ではなく色々と装飾も施され、立派な物だ。

「これはまた、すごいな」
「この鳥居と社はな、俺達一家や御前様を尊敬してる他の妖怪達とで建てたんだぜ」

 と、河童が嬉しそうに言う。途中に見た横穴のどこかが河童一家の住処ということになるのかな?
 地底湖の妖怪謹製神社か……。鳥居を潜り、社の前まで行ったところで、河童が社に向かって声を上げた。

「御前様。お連れしました」
「ご苦労――」

 社の奥から返答がある。独りでに社の扉が開いて、暗闇の中から赤い輝きが浮かび上がる。闇の奥からゆったりとした動作でそれが姿を現す。赤い目と、真っ白な鱗――それは白蛇だった。しかし、体長は何メートルもあろうかという、大蛇だ。静かで落ち着いているが強い魔力を感じる。この魔力は……高位精霊に似た雰囲気があるが。

「お初にお目にかかります。西方のヴェルドガル王国より、このヒタカの地に住まう鬼に話があって参りました、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
「ふむ。妾の名はミハヤノテルヒメという。河童達のように御前でも構わぬぞ」

 漢字を当てるなら水早輝姫、かな? 蛇はその身体を川に例えられることもあるし。となると水早御前、というところか。人里でも神社に祀られているし、妖怪というよりは神様と呼んだ方がしっくりくるかも知れない。さて……では、話をしてみるか。



「――では、情報を集める傍らで都の罪人絡みの騒動に巻き込まれた、と。宮仕えは大変よな」

 河童の立ち合いの元、地底神社で色々と御前に話をする。話を終えると、御前は首を横に振った。

「まあ……個人的には兄妹のやらかしたことを見せられて業腹というのもありますよ」

 立場だとか協力して貰っている義理もあるが。アヤツジ兄妹のやり口は気に入らない。それに巻物に関わってくるつもりなら、既に俺の立場からみても敵だ。
 御前は、俺の言葉に愉快そうに笑った。

「なるほどな。そなたは、鬼と気が合うかも知れんな」
「鬼達とは……敵対しているというわけではないのですか?」
「首魁とは古い喧嘩相手よな。約定はあるが別に憎しみ合ってはおらぬつもりだ」

 御前はどこか楽しそうに笑う。そうして言葉を続けた。

「そなたが同族の争いに我等を巻き込むまいと筋を通そうというのは、好感が持てる。鬼達も悪い印象は抱くまいて」

 そう言って貰えるのは助かる。しかし、それは巻物に関わることであって、御前とは直接の関係はない。作戦のために御前の所領である平原を使わせてもらうというのは、どうなのだろうか? 御前の考えによってはまた別に作戦を考える必要がある。

「平原に関しては、御前の所領と聞きましたが……」
「無闇に土地を破壊するつもりがないのなら戦いの場として利用するというのは構わぬ。戦いの後に土地に穢れを残さぬ、というのも条件ではあるがな。巻物の話はこの地の平穏にも関わって来ること。妾とて他人事で済ませるわけにもいかぬであろうよ。それに――」

 御前は一旦言葉を切って、俺をじっと見る。そうしてしばらく俺を見つめていたが口の端をにやりと歪める。

「……ふむ。そなたは我が眷属かそれに近しい者と懇意にしているのではないか?」

 御前の眷属と懇意……。
 んー。蛇と言えばイルムヒルトやラミア、ナーガ達。水属性という意味ならアシュレイもそうだし、水竜親子やマール、グランティオスの面々も入ってくるだろう。

「そう、ですね。伴侶や友人関係に心当たりはありますが……」
「ふふん。妾の見立ても中々のものであろう」

 と、御前は楽しそうに笑う。

「そなたを信用するのは、まあ、そういうことだ。希薄な者達もそなたの来訪を歓迎しているようだし、河童がどこかの神の遣いではないかと言った理由も分かろうというものよ。その魔力、人の子のものとは到底思えぬ」
「ありがとうございます」

 一礼すると御前は静かに頷く。
 これで、平原を使っての戦いへの道筋はついたと言えるのかな。それにしても、戦いの後に土地に穢れを残さない、か。それは、戦い方を気を付けていれば何とかなるのか、それとも戦いの後に穢れを祓うための儀式を行えばいいのか。
 御前に聞いても良いが……これに関してはタダクニやユラに聞いて見るのがいいか。
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