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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外149 淵に住まう妖怪

 やがて見えてきた陸地を北に進めば、そこが目的の地域だ。
 山間部に鬼達が住まい、人々は鬼達の支配圏から外れた平野部にいくつかの集落を作り、そこで暮らしているとの事である。

 俺達が注目しているのは、その中でも比較的大きな、北東に位置する集落だ。
 農村は幾つか点在しているようだが、鬼達の住む山に向かうのなら、そこが最後の拠点ということになる。そこを抜ければ後は人家も何もない。草の生い茂る原野を抜けて鬼達の山に至るだけである。

 これは……住民が山間方面の鬼や妖魔を怖がっているから開発が進んでいないということなのだろう。だから道沿いにやって来て鬼達の住む山に向かうとなれば、その前にこの集落に立ち寄る可能性が高いということになる。補給や休息、情報収集といった行動が可能だからだ。

 しかしまあ、長閑な風景だ。緩やかな川の流れや田畑があって、茅葺屋根の家々が建っていてと……空から眺めるには風情のある良い景色である。

「上から見る分には平和そうではあるかな」

 炊事の煙も見えるし畑仕事をしている人達の姿も確認できた。

「まだアヤツジ兄妹は来ていない、ということかしらね。予知を警戒したり、鬼達の情報収集するために目立たないよう行動しているとしたら、その限りではないけれど」

 ローズマリーが言う。そうだな。平和そうだからと、まだ連中が来ていないとは限らないわけで。
目立たないように大人しく行動しているという分には、こちらとしては有り難い話ではある。慎重な性格なようだから、行く先々で無軌道、無計画に暴れるようなことはしないだろうとは見積もってはいるが。

「では、それを確かめに行ってくるでござるよ」

 変装したイチエモンが言う。白髪交じりの薬売りに扮している。顔は見せているが素顔とは違うのだろう。目立たない、特徴らしい特徴のない、しかし人の良さそうな薬売り、という印象だ。

「それでは、バロールをよろしくお願いします。もしもの時はバロールが足場を作るので、それに乗れば高速飛行も可能ですので」
「承知でござる。では、お任せあれ」

 と、イチエモンはバロールと共に薬売りとしてシリウス号から降りて行った。
 まずはあの集落で潜入調査を行い、余所から旅人が最近来ていないかを確かめ、来ているのならその内訳はどうだったか。男女連れだったらこんな顔では無かったか、など、段階を踏んで聞き込みを行う、という段取りだ。

 逆に……既に連中がここにまで来ているのなら事態は急を要する。存分に戦える状況の構築に努めるという形になるだろう。
 例えば、動向を監視しておいて鬼の山に向かうところで仕掛けるとか、或いは山まで追いかけ、鬼達に警告しつつ探し出して仕掛けるとか。

 そうこうしている間に集落に降りたイチエモンが、村人に接触し、薬売りの営業トークを開始していた。

「こんな田舎に薬売りとは珍しいですのう」
「いやいや、かえって商売が繁盛するのですよ。この後何軒か回らせてもらおうと思っているのですが――」

 といった調子で傷薬や胃腸薬の効能がどうとか、本職っぽいセールストークから、世間話に混ぜて行商はこのへんにも来るのかという話に展開し、余所者が最近来なかったかという話題に自然に繋げたりしていた。
 ……このあたりは流石の手並みというか何というか。ヒタカの情勢を把握している間者ならでは、というところだな。

 肝心の聞き込みの結果については――近隣の集落の者ならともかく、外から人が来ること自体珍しいとのことで……どうやらまだアヤツジ兄妹は現れていないらしい。いくつかの家々を回ってイチエモンが薬売りに交えて聞き込みを続けるも、結果は同じような感じだった。

 となると、後は道沿いにシーカーやハイダーを配置して人の往来を監視しつつ、周辺を巡って細かな地形を把握することで地理的な有利を得たり、迎撃のために周囲を巻き込まないような場所を見繕う必要があるだろうか。

「少し村の周辺を見て回ってくるよ。村の方はとりあえず問題なさそうだし。光魔法で偽装すれば目立たずに下見できる。一応、シーカーを連れて行こうと思う」
「分かりました。妖怪も人里付近にいるという話ですし、充分にお気を付けて」
「うん。行ってくる」

 というわけで……みんなの見送りの中、光魔法で迷彩を施し、シーカーを肩に乗せる形で飛び立つ。
 ふむ。村の近くに雑木林があるようだ。とりあえず上空からでは様子が分からないから、そのあたりを目指して移動してみるか。

 レビテーションを風魔法で推進させて、木立ちの中に降り立つ。
 雑木林の中に小道があり、道沿いに綺麗な小川が流れている。空気も澄んでいて水の流れる音も心地良い。……今がのんびりできる状況ならば、散歩するのにも良い雰囲気だと言えるのだが。

 シーカーでシリウス号側に映像を中継しながら、木立ちの奥側へと続く小道を歩いてみる。
 木々の間からでも村の様子が遠くに見える。ここに人員を配置できなくもないが……村で戦うような状況は極力避けたいな。
 それからこの小道だ。どこに続いているのやら。
 そんなことを考えながら道を歩いていくと、何やら小川が深くなっている場所に出た。淡々とした澄んだ水を湛え、水草が水中にゆらゆらと揺れている。
 そしてその淵を何やら悠々と泳いでいる生き物がいた。
 ああこれは……河童か。姿を隠して移動しているとは言え、こんな人里の近くで普通に遭遇するとは思わなかった。

 ……このあたりの人里付近に出る妖怪は案外友好的だという話だし、出来るならコンタクトが取れたら、とも思うのだが。
 他の妖怪に話を付けたり、といったことはできないだろうか? 山の裾野の原野付近にシリウス号を待機させられるという状況を作れれば、仮にアヤツジ兄妹が道沿いに来なかった場合でも対処ができるわけだし。

 少し思案してから、偽装を解いて改めて話しかけてみることにした。さて、と。深呼吸を一つしてから、なるべく穏やかに声をかける。

「――えっと、こんにちは? ちょっと話があるんだけど、聞いてもらっても良いかな」
「は? え?」

 河童はこちらを向いて、気の抜けたような声を上げると水音を残して水面下に消える。
 駄目だったかな、と思っていると――少し離れたところから改めて水面から嘴よりも上だけを出し、周囲の様子を見回して。俺が1人だと分かると首まで浮上してくる。

「なんだ……驚かすなよ。こんなとこに童が1人で来たら危ねえ。大人に大目玉食らうぞ」

 と、河童が言う。何やら普通にもっともな説教されてしまったが。
 ふむ。髪も黒くしているし、服装も和装だからな。あまり警戒されていない印象ではあるが。

「いやあ、実はこの村の子供じゃないんだ。少し話を聞いて欲しいんだけど」

 そう言って淵に腰を下ろす。河童はこちらを値踏みするように首を傾げていたが、やがて口を開く。

「ふうむ。何だか、小っちゃい連中がやけに賑やかにしてて、俺も妙に気分が良かったが……今分かった。お前さんが来たからだな? どっかの神さんの遣いか何かか?」

 小っちゃい連中というのは精霊のことだろうか。ティエーラや精霊王の加護はヒタカの精霊や妖怪達にも影響が出るようではあるな。

「んー。遣いで来たってわけじゃないけど……まあ、知り合いにはいるよ。別に悪い話をしに来たつもりはないんだ」

 答えると河童は頷いて程々の距離まで近付いてくる。

「肝が据わってんだな、お前さんは。俺達が人を水に引っ張り込むって知らねえのか?」
「そういう事をするなら、最初から子供だからって心配したりしないだろうし」

 俺の言葉に河童は満更でもなさそうに笑う。笑ってから楽しそうに肩を竦めて見せた。

「まあ……昔は人間にちょっかいも出してたんだがな。ある時、ちょっかいを出した侍に投げ飛ばされて、見逃してもらう代わりに、もう悪さはしねえって約束したのさ」

 ……なるほど。律儀な事だ。河童は淵から陸地に上がってくると、俺の隣に腰かける。

「話ってなぁ、何だ? 面倒事じゃなければ聞くだけは聞くぞ」
「そんなに難しい事じゃないんだ。人里付近に住んでる妖怪の間で、お偉いさんみたいな知り合いがいたら、紹介してくれないかな? 実は……もう少ししたら都で悪さをした性質の悪い人間が鬼の住む山を目指してやってくる。そいつらには俺達で対処するから、土地の妖怪や神様には、前もって話を通したいと考えてる」

 河童は……そんな俺の言葉に、目を何度か瞬かせていた。
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