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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外145 少女の決意

「魔法的に偽装をした、というわけね」

 ローズマリーが中庭に転がった人形の頭部を見て眉を顰めた。
 なるほど。その頭部には動いていた時のような人間を模した精巧さはない。特徴をよく捉えた写実的な造形ではあるのだろうが、流石に人間と見間違える、ということはないだろう。

「非常に高度に洗練されてはいますが……形代の術の応用、でしょうな。恐らくは」

 と、陰陽寮長官のタダクニ氏が教えてくれた。
 本来は本人の身代わりとして災厄や呪詛を引き受けたりしてくれる術、という話だ。本来は護身のための術も、アヤツジの兄妹に掛かればこういった悪用のされ方をするわけか。

「用いるために本人の爪や髪等が必要になる、というわけね。人形の髪だけは本物だわ」
「恐らく、効果を高めるためにはそれなりの量も必要なのでしょうな」
「方向性が今1つ合いそうにないわね」

 ローズマリーは肩を竦めると人形の残骸から離れる。
 ドッペルゲンガーも変身に血が必要、と形代の術と似たところはあるが……。ローズマリーは色々画策しても、何か行動を起こす時は自ら身体を張っていたりしたからな。こういうやり口は好かないのだろう。

「けれど、呪法の類には無防備でしょうね。元々が本人の代わりに呪いを引き受ける目的の術でしょう?」

 クラウディアの言葉を受けて、視線を送れば、俺を見てタダクニ氏も頷く。

「本来防御用の術を攻撃に使っているわけだしな……。精度を上げても根っこの性質は変わらないか」

 だから、タネが割れてしまえば、ヴェノムフォースでなんとでもなる。ヒタカにも魔法技師に相当する面々はいるが……術式の体系が違うので、ここはアルフレッドにこっちに来て貰って、しっかりとした魔道具を作ってもらう必要があるな。ライフディテクションも通用すれば、見つけ出すだけなら更に簡単になるのだが、これは試してみないと分からない。

 まあ、まずは内裏と中央官庁にこうした人形が入り込んでいないかだけは早急に見ておく必要がある。
 それに関しては帝達が効率良くチェックするために、現在招集をかけているところだ。纏めて見て、どれが偽者なのか把握した後に分断して呼び出し、機能停止させる、というわけだ。



 さて――。
 内裏で小火騒ぎがあって、帝の大切にしていた私物が焼けてしまったという話をでっち上げ、再発防止の徹底を呼びかけるための緊急招集と訓示ということで、中央官庁の面々を順繰りに呼び出していく、ということになった。
 中々上手い手だ。唐突な全員参加の呼び出しではあるが、大臣クラスのお偉いさんが怒っているからということで言い訳が立つし、秘密も守られる。ついでではあるが、個々の防災意識も高まるので特にデメリットがない、というわけだ。
 中央官庁前内の中庭に集められた者達を、光魔法で姿を消し、少し上空からみんなや帝、ユラや陰陽寮長官達と睥睨する。

「さて。連中の中に人形はいるかな?」
「……いました。正面から見て右端を始点に……縦から2番目。横から3番目の班の中に1人……同じく縦4番目、横2番目の列に1人です」

 そう言うと、帝達の表情に緊張が走る。内裏に出入りする者達。巫女寮と陰陽寮の人員達は生活圏が帝やユラに近過ぎる。察知されないように立ち回っているのだろう。それらの人員の中には人形はいなかった。
 そこに来て官庁の役人を見ていく段になったところで、これだ。中々見つからないので弛緩していた空気が一気に引き締まる。

「予想はしていましたが……予知に引っかからない為に目立たないように行動しているわけですから、紛れ込ませた数そのものは少ないのでしょう」
「……だろうな。ユラが居なかったらと思うと、慄然とするところがあるが」

 ユラがいなかったら、か。その時はアヤツジ兄妹ももっと派手に動いていただろう。人間と見紛うばかりの精巧な人形。その技術は犯罪者として追われるようになってから完成させたのだろうが……。

 しかし、改めて発見したことで、ライフディテクションを用いても生命反応がない、というのは分かった。後は……人形だと発覚した者を個別に呼び出し、迅速に機能停止させていくだけだ。



「――お前は偽者。アヤツジ サキョウの人形、だな?」

 訓示に顔を出したかチェックするという名目で班を別のところに呼び出し。更に人形には個別に上司から用件があるのでまだ帰らないようにと伝えて足止めし、官庁の奥まった一角に足止めする。

 そこに面会に行き――。マジックサークルを展開しながら出会い頭にそう伝えてやると、人形は即座に反応を示し、俺に襲い掛かって来ようとした。最初の人形がそうだったように、首をひねりながら跳び上がろうとして――しかしそれは叶わない。がくんと身体が揺れる。

 床に潜んでいたカドケウスが、人形の足首を掴んだからだ。そこに容赦なくヴェノムフォースを叩き込めば一丁上がりだ。機能不全に陥って止まったところに掌底を叩き込み、魔石を破壊してやれば処置完了である。

「ふうっ……」

 確認された最後の一体を停止させたところで、大きく息を吐く。呼び出しと確認、分断と機能停止。諸々進めていたら色々時間が取られて、真夜中になってしまった。
 サキョウはどうやら、真面目で寡黙な性格、且つ家族や恋人等と同居していない者にターゲットを絞っていたようだ。あまりコミュニケーションを取らず、ボロも出しにくいというわけだろう。

 5年前に犯罪が発覚するまでは官庁に出入りしていたわけだから……最初から標的の目星を付けてしたのかも知れない。
 派手に招集をかけたこと。人形を残らず機能停止させたことで、兄妹も露見を察知しているだろう。もしかすると、最初の人形が破壊された時点で逃げるなり或いは別の策を練るなり、行動を開始している可能性はある。


 機能停止した人形は官庁の人員に預け、猫の姿を取ったカドケウスを連れて、部屋を出てみんなの待っている一角へ向かう。

「最後の一体まで、停止させてきました」
「お疲れ様、テオ君」

 転移魔法でやって来たらしいアルバートが真剣な面持ちで迎えてくれた。東国では顔も割れていないから変装用指輪を遠方に持ち出すリスクを鑑みて、そのままでやってきたらしい。

「お疲れでしょう。まずは腰を落ち着けて、休まれてください」
「ん。ありがとう」

 アシュレイの言葉に腰を下ろすと、マルレーンがお茶を淹れてくれる。心配そうな表情だったので、大丈夫というように笑みを返すと、マルレーンも小さく微笑んで頷いてくれた。

「此度の事。テオドール殿には頭が下がるな。感謝の言葉もない」
「いえ。騒ぎや被害を最小限にするには、これが最善だったかと」

 みんなや帝やユラ達も口々に労いの言葉をかけてくれる。確かに……サキョウのやらかした所業の後始末なので、気が滅入る仕事ではあった。
 その分というか、最後まできっちりと仕事をこなそうというか、もっとはっきり言えばアヤツジ兄妹を叩き潰そうという気持ちが沸々と渦を巻いていたりするが。
 だから、まだ終わりではない。一仕事終わったが、話をしておくべきことは他にもある。

「後は……兄妹の所在をどう掴むか、かしら?」

 イルムヒルトが言うと、グレイスが表情を曇らせる。

「潜伏先として思い付くところでは、被害者の家を強奪していた、というところでしょうか?」
「ああ、それはグレイスに同意見だな。何体か人形がいるなら、隠れ家の候補も分散しているってことだから」
「発覚した場合、こちらの動きも察知しやすい、というわけですか」
「……悪知恵の回ることね」

 アシュレイの言葉に、ステファニアも目を閉じて首を横に振る。それからクラウディアが口を開く。

「こっちが人形を破壊した以上は、逃亡するか、或いは反撃に打って出るか、かしらね」
「どっちにしても、5年も逃げ回っているような連中。かなり用心深い、と思う」

 シーラの予想でも中々難しいか。確かに、容易には所在を掴ませないだろう。
 さて、そうなるとどうしたものか。街道の検問も、術を利用して移動する手段があるならあまり意味がないだろうしな。
 思案していると、ユラが決然とした表情で立ち上がり、そして言った。

「わ、私が……。私が予知でアヤツジ兄妹のこれからの動向を探れば、動きも掴めるのでは……!? 彼らの残した人形があれば、占う事はできるはずです……!」

 これからの動向。連中がどういう目的や行動方針で動くか、か。確かに、ユラの予知で見通す事ができれば、こちらとしても迎撃態勢を整えれば良いのか、逃げていくのを追えばいいのかがはっきりするが――。しかしそれは……。

「いや、待て。それは認められん。そなたの力は、見えていないものを見ようとした場合の、身体的な負担が大き過ぎる。特に、連中は身を隠そうとして動いているのだろう? それを見ようとするのは――」

 と、帝がユラを説得するように言った。
 そう、だな。ユラの能力は身体を触媒にするために、焦点の合っていないものを見ようとすると相当な負担がある。予知できた場合は、結構な精度で見通せるのだろうが。
 予知にすら含まれない場合は、嫌な予感がする、程度に留まってしまうようではあるが。
 帝が説得しようとするも、ユラは泣き出しそうな顔で首を横に振った。

「け、けれど……。私は、私の力で何とかできるかも知れないのに、何もしないというのは嫌なのです! アカネだって狙われて、沢山の人が傷付いて……時間を与えたら、また新しい犠牲者が出てしまうかも知れない……!」

 ……だったら、自分に反動があるのを承知で、か。そういう気持ちは――分からなくもない。
 今回の事件は、帝が言っていたようにユラがいたという、ただそれだけで抑制になっている。だから、ユラが責任を感じる必要はどこにもない、はずだ。だけれど、ユラはそれで良しとすることができないのだろう。手が届くかもしれない。そういう能力を持つが故に。

「要するに、ユラ様の身体に反動が来ないような方法があれば良いのでしょう?」

 そう言うと、みんなの視線が俺に集まった。

「……と言うと?」
「循環錬気……ユラ様との魔力の交換を行った上で、本来ユラ様にかかるであろう負担を、こちらで引き受けます。負担というか……オリハルコンにて予知を発動する為の仲介し、ウロボロスを術式の発動体として制御する、という形になりますが」
「そんな方法があるとは……」

 説明すると、帝とユラは目を丸くする。グレイス達と視線が合うと、みんなも俺を見て頷いてくれた。うん。みんながそうして応援してくれるというのなら、俺も気合を入れて臨むことができる。
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