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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外143 事件の影に

 仙術の使い手の名前、所在や鬼の住まう地を確認しつつ、覚え書きにこちらの言葉で写し取る。
 漢字や平仮名、片仮名に相当する文字もあるようで、一覧表を貰ったり、漢字に相当する文字で一般的なものを教えて貰ったりした。ユラやアカネ、帝の幼名に使われている字もだ。

「日常で3種類も文字があるのね。西方でも古代文字はあるけれど……」

 と、ステファニアが一覧表を見て言う。ユラ達が日常的にそれを使い分けているのを感心しているようだ。

「元になったのはこの字からですよ。発音に合わせ簡易に変形させていって、こうなったのです」
「私達としては、西方の文字も興味がありますね」
「ああ、それは確かに」

 と、ユラとアカネは楽しそうな様子である。

「表音文字と表意文字では少し違いますが、ある程度は対応表を作れますよ」

 西方の文字もアルファベットに近いからな。ローマ字に近い形でヒタカの言葉に当てはめるのはそう難しいことではない。
 俺達の名前と共に対応表を紙に書くと2人は暫くの間それを眺めているのであった。



「わあ……」

 そうした情報交換の後で、予定通りにシリウス号で出掛けた。海の上を飛んだり、海上を普通の船のように進んで、海底の様子をモニターで見たりといった具合だ。
 飛行するにしても陸地程変化に富んでいないので、寧ろ海底遊覧の方向で動いてみたが……これが中々に好評だ。
 シーラやティールと一緒に並んでモニターを覗き込み、魚の群れが泳ぐ様子に視線を奪われているユラである。アカネもそんなユラの様子に相好を崩していた。

「けれど、あまり派手に飛び回れないのが残念ね」

 イルムヒルトが苦笑する。まあ、そうだな。陸地を飛んでいければ空からの映像も色々見せられたのだが。

「私は楽しいですよ。空は術式で飛んだことがありますが、海底の様子なんて、初めて見ましたから」

 と、ユラが屈託なく微笑む。
 なるほど。そういうことなら、やはり海を見ることにして正解だったらしい。
 海も透き通っていて綺麗だしな。それにヒタカノクニの沖合は中々に生態系も豊かで、見所も多い。珊瑚やヒトデ、蟹や烏賊……と魚以外の海洋生物もじっくり観察できるしな。



 そうして沖合を遊覧し……夕方頃になって巫女寮に戻って寛いでいると、通信機に連絡が入った。
 アルフレッドからの通信だが、デレクの魔法審問の内容を伝えてくるものであった。
 刺客達の名前から始まり、同僚、雇い主の名前……。
 魔法審問を知らない相手なら簡単な物だと言っていたが、デレクの自負に間違いはなかったという事か。黙秘も魔法薬でできないわけだしな。

 刺客連中についても色々話を聞けたそうで。連中は最初、アカネに不意打ちの一撃を加え、戦闘能力を奪った後に前衛が飛び出し、余力があれば拉致するのも視野に入れていたそうだ。
 しかし、不意打ちの後にアカネは一撃を受けた勢いに逆らわず、そのままあっさりと崖下に落ちたようにも見えた、と書かれていた。

 アカネ自身は不意打ちで落とされたと言っていたし、それは事実なのだろうが……その場に留まっても殺されるか捕縛されてしまうかだったと考えれば、応戦しない、踏み止まらないという判断は正解だったとも言える。実際のところ、崖下の海に落ちたことで追撃が成されなかったわけだしな。

 武人として咄嗟の判断力が優れている、と言えるところではあるのだろうが……アカネからして見れば不覚を取ったという事実だけだ。不意打ち後の対応について、生き延びてからどうだったと言うのは、彼女にとっては言い訳を重ねるようなものなのだろう。

 まあ……刺客達から見たアカネの対応はさて置き、その他の分かった事は早速聞いてみるべきだ。



「アヤツジ……? それは――本当ですか?」

 ユラとアカネは魔法審問で得られた情報に随分と驚いていた。2人が引っ掛かりを覚えたのは雇い主の名前ではなく、刺客の同僚の姓、アヤツジだ。

「魔法審問の中で出た名前のようですが……有名な人物なのですか?」
「有名……と言いますか……。アヤツジの兄妹は、罪人として追われている身です。兄のサキョウと妹のイスズは若くして天才の名を欲しいままにし、一時は兄妹揃って陰陽寮と巫女寮の長官は確実だろう、などと噂されていたのですが……」

 ユラは表情を暗くして、言いにくそうにしている。何か不祥事を起こして、今は罪人ということか。左京と五十鈴の兄妹、ね。

「サキョウに関しては陰陽術だけでなく、武芸や絡繰り人形に関しても高い技術力を持っていたようです。しかし、屋敷の地下にて忌まわしい研究をしているのが明るみに出て……帝が捕縛の為に人員を差し向けたのですが……。武士や術者の包囲をものともせず、多数の死傷者を出して逃走。以来、行方知れずとなりました。5年ほど前の事件になりますか」

 ユラに変わって、アカネが言葉を引き継ぐようにして教えてくれた。
 また……随分な経歴の持ち主だな。完全に武闘派の術師ということか。
 明るみに出ただけで捕縛されるような研究というと……人体実験でもしていたか? それならば、先程ユラが表情を曇らせ、言い澱んだ理由も分かる。

「要するに、人道に悖るような実験を行った外道、という理解で構いませんか?」
「はい。被害者が屋敷の地下から逃げ出したために事件が発覚しました。間違いなく大罪人です」

 ああ、やはり人体実験をやらかすような輩か。兄妹揃って逃走ということは、兄の所業を妹も知っていたか。或いは積極的に協力していたか。

「……絡繰り人形に関する技術者というのも気になるところね」
「夜桜横丁で見た……あれを製造できる技術を持つと言うことになるのかしら……?」

 ローズマリーの言葉に、クラウディアが眉を顰める。
 人形に関して詳しく話を聞いてみれば……これはヒタカノクニにおけるゴーレムのような扱いらしい。
 心臓部に魔石を組み込み、歯車等の機工で動く。内部機構については夜桜横丁で鹵獲したものを解析している。
 高度な技術を持つ者が作れば、複雑な命令を聞いたり、高度な戦闘もこなせるというのも、迷宮で見た通りだろう。
 都にも技術者がいるとのことで、行灯や湯殿に組み込まれた魔道具等の製作も、そこの管轄とのことだ。

「そうなると……西方で言うなら魔術師にして魔法技師、ということになるでしょうか?」

 アシュレイが眉を顰める。

「魔法技師か……。厄介だな」

 ……実力と技術があっても倫理がない。聞くだに溜息しか出ないような手合いだ。
 5年前から行方知れず。手がかりを残さないよう逃亡生活を続けていたとなると、あまり派手な活動はできなかっただろう、と推測されるのがせめてもの救いではあるのか。
 逆に……派手に活動するには優れた予知能力を持つユラが邪魔になる、というのは充分に考えられる話だ。予知能力の性質を理解しているなら、動きを見せなければ探知もされない、ということではあるから。

「雇い主に関してはどうでしょうか?」

 グレイスの質問に、ユラとアカネは首を横に振る。

「そちらについては……名を聞いたことがありませんね」
「同じく。天子様なら何かご存じかも知れませんが」
「……あまり雇い主との落差が激しいようだと、アヤツジの兄妹が唆したり、操ったりして利用しているだけ、という可能性も出てきますね」

 雇い主ではなく、兄妹こそが黒幕という可能性。

「いずれにしても……これは陛下に情報を伝えて早めに対応するべきでしょうね。刺客や雇い主に関しても、情報を得られる可能性がありますから」

 そう言うと、ユラ達は揃って頷いた。これは再び内裏に足を運んで、帝と面会してくる必要がありそうだ。
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