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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外127 巫女の遣い

「お疲れ様、アシュレイ」
「結構深い傷だったのですが……何とかなって良かったです」

 アシュレイが安堵したように微笑む。
 怪我人に関してはアシュレイの懸命な治癒魔法の甲斐もあり、出血を止めて傷も塞ぎ、骨も繋がった。顔色も良くなって呼吸も落ち着いてきたので、危険なところは脱した、と考えても良いだろう。

「とりあえず海水はクラウディア様が魔法で綺麗にして下さいましたので、着替えさえて船室の寝台に寝かせておきました」
「魔法で治療を施したといっても……ああいう大怪我をしたところから一度意識が無くなってしまうと、暫くは目を覚まさないでしょうね」

 艦橋に戻って来て彼女の待遇を報告してくるグレイスの言葉に、クラウディアは目を閉じる。

「彼女をどうするにしても、情報収集をしておかないと対応も決めかねるわね」

 と、ローズマリーが顎のあたりに手をやって言う。その言わんとしているところを察したのか、マルレーンが真剣な面持ちになった。
 そうだな。偵察そのものの秘密を守ろうとするなら、容体は安定したわけだし、秘密が漏れないことを優先するのなら、目を覚まして俺達の姿を見られない内に宿場町に戻してくるという考え方もある。
 しかし……もし転落事故ではなく、暗殺等の謀の類や事件だった場合――。そのまま宿場町に戻すというのは、また彼女の身に危険が及ぶ可能性が高い。

「彼女の事情……というよりは、身の安全がはっきりしない内は勝手に戻さない方向で考える方が良いだろうね」

 そう言うとマルレーンの表情が明るくなる。謀殺の類かも知れないとなると、マルレーンは自分の境遇を重ねてしまうところがあるだろうし、実際その可能性は充分に考えられる。
 抱え込む事で偵察の機密性にリスクが生じるのは、まあ、仕方がない。
 そもそも情報収集や偵察に来たとは言っても、侵略や攻撃の意図を以ってそうしているわけではないのだから。

「あの宿場町に住んでたり、どこかに泊まっていて帰ってこなかったなら、きっと騒ぎになる」
「そうね。シーカーで情報も集められると思う」

 シーラとイルムヒルトが水晶板でシーカーを操作しながら言う。そうだな。目的とも一致しているし船室に眠っている彼女に繋がる情報にも注意を払っておく、という事でいいだろう。

「目を覚ました後の事はどうするのかしら?」
「シリウス号の船室に寝かせている以上は、変装と幻影で全て誤魔化しきるのも難しいかな。それならいっそ、最初から事情を明かして色々聞いてしまう手もあると思う」
「話をして信用してもらう、というわけね」

 ステファニアの質問に答えるとそんなふうにして微笑む。そっちの方が好み、ということなのだろう。
 幻術そのものもな。船室そのものを覆って誤魔化し切るなんて大掛かりな手もあるが、維持するのが大変だし最初から疑ってかかられると看破される可能性が高くなる。見も知らぬ部屋で目を覚ましたら当然現状把握に努めるだろうし。

 そうして幻術を見破られて不信感を抱かれてしまうぐらいなら、最初から事情を伝えた方が良い。それでこちらの事情に理解を示してくれないようなら、安全な場所まで運んで船から降ろし、後は適当に離れた場所に河岸を変えて偵察を続ければいいだけの話だ。

「船室にはカドケウスを配置しておいて、目を覚ましたら食事でも持っていく。こんなところかな」
「そういうことでしたら、厨房で何か食べやすいものを用意しておきます」
「私もお手伝いしましょう。説得するといったような、微妙な機微のお話ではあまり役に立てそうにありませんので」

 グレイスが立ち上がると、ヘルヴォルテもそれに続いた。

「じゃあ、そっちは頼む」
「はい。お任せください」

 といって、2人は連れ立って艦橋を出て行った。
 さて。では、送り込んだシーカー達からの情報に注視するとしよう。
 シーカー達は宿場町のあちこちに分散し、街並みを見て情報収集に適した場所を見繕っているという段階だ。
 宿場町だけあって、大通りに宿屋が点在しているのでどこにするか迷うところではあるが……。
 円卓の上に広げられた紙には通りの様子が描かれ、シグリッタが色々と見たものの印象を簡単に記述している、というところであった。

 何というか。水晶板を通して送られてくる街並みを見ると、時代劇や京都の映画村を思い出すところがあるな。生憎看板等に使われている文字は読み取れないが、例の巻物の字と同じようなルーツがある、ように思える。
 住民の姿は人間族では黒髪黒目の者が多くを占めているのは間違いない。中には……三毛の猫獣人の女性等もいたりするが。

 聞こえてくる言語はと言えば、こちらはしっかり魔道具を装備して耳を傾ければ、意味するところも分かる。
 というより……ティールと話した時と違い、流暢にこっちの言語を話しているようにしか聞こえない。恐らくこちらから話しかけても同様なのだろう。月の民の翻訳魔法は大したものだ。

「うむ……。この団子は絶品だな」
「そりゃどうも。ありがとうございます、旦那」

 と、串団子を咀嚼して笑みを浮かべて店の主人と軒先で談笑しているのは、シーカーを送り込みに行った時に見た獣人の旅人だ。
 普通にお客として応対されているところを見るに、獣人だから立場が悪いだとか、そういうこともなさそうである。これも情報収集の一環だし、イングウェイも普通に行動できそうということで、水晶板を見て満足そうに頷いていた。

 シグリッタの描いてくれた図面を見て、街並みの大体の様子を把握する。

「んー。宿屋の格を見て――繁盛してそうな大店と、比較的普通の宿。それから柄の悪い客層が泊まっている宿、の3種類にそれぞれ送り込もうか。幅広い情報が集まると思う」

 富裕層、一般層、それから裏社会からの情報収集というわけだ。

「ん。じゃあ、私は柄の悪いところを探す。そういうのは雰囲気で何となくわかる」

 シーラはそう言ってシーカーを動かしていく。

「シーカーは全員宿屋に行かせる形ですか?」

 シオンが尋ねてくる。送り込んだシーカーは全部で5体だが……。

「通りにも2体残した方が良いかな。何か騒ぎがあればすぐに察知できるし」
「それじゃ、私が操作してる子は大通りに残すね」
「うん。マルセスカ。じゃあこっちは大店で」
「では私の操作しているシーカーは比較的普通の宿を探してみようと思います」
「はい、フォルセト様」

 といった調子でそれぞれの操作するシーカーの分担も決まっていく。
 世間話等からも情報は充分に得られる。シーカーの操作担当と情報収集担当に分かれて、それぞれのシーカーから聞こえてくる情報で気になる内容を紙にメモしていくというわけだ。
 社会制度について色々情報を集めたいところではあるのだが……まあ、すぐには結果は出ないか。

「……テオドール。これは彼女のことではないかしら?」

 と、情報収集担当としてメモを取っていたローズマリーが声をかけてきた。
 大きな宿を担当しているシオンの操作しているシーカーからの情報だ。確かに身形が良かったように思えたから、大店の宿泊客だったとしても不思議はないが。

「――ええ。昨日と同じように、海を見に行くって言ったきりでして……。昨日も一昨日もその前の日も、日が暮れる前にお戻りになっていましたが、今日はまだ、というのが気になりまして」

 そんな内容の会話が聞こえてくる。床下からの情報収集なので声だけしか聞こえないが……宿の女将と女中、といったところだろうか?

「そいつはよろしくないねえ。あの方は都の巫女様の遣いだって言ってただろ? すぐに人をやって探させた方が良い。なに、取り越し苦労ならそれで済む話さね」
「分かりました。サカキさんに声をかけてみます」

 そんな内容に、思わずみんなと顔を見合わせる。
 巫女の遣いが毎日海を見に行っていた……? どうも、単なる転落事故で片付けられないような話になってきたように思うが。
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