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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外105 シルン伯爵領の昼下がり

 醤油と味噌を塗ってそれぞれ違う味の焼きおにぎりを作り、塩おにぎり共々見学に来てくれた領民や父さん達に試食してもらう。試食会ではあるが、俺達もおにぎりで昼食だ。シルン伯爵領を流れる小川の近くで敷布を広げ、日向でのんびりとおにぎりを頂く形である。
 んん。これは塩加減がいいな。塩辛くなり過ぎず、米の僅かな甘みと風味が何ともいい具合だ。焼きおにぎりも少しだけ焦した醤油や味噌の香ばしい風味と味わいが何とも言えない。

「ん。美味しい」
「天気の良い日に外で食べると一味違うのう」

 と、シーラとアウリアがもぐもぐとやりながら言う。マルレーンもにこにこしながらその言葉に頷く。

 そうだな。爽やかな風と明るい陽射し。長閑な景色の中でみんなと一緒におにぎりを食べるというのは……何というか、若干のピクニック気分になるというか。

「お茶をどうぞ」
「ん。ありがとう」

 グレイスにお茶を注いでもらって、それを飲みながら一息入れる。

「ああ、美味しいな……。これは自分で植えて、収穫して食べたらもっと美味しく感じるんだろうな」

 と、ダリルはおにぎりを口にしてしみじみとした口調で言う。
 ガートナー伯爵領の跡取りとしては、先々が楽しみな言葉かも知れない。父さんはそんなダリルの言葉を聞いて、穏やかに微笑んでいた。
 父さん達は既に米を食べたことがあったが……ノーブルリーフ農法ということで味に磨きがかかっているということもあり、かなり好評な様子だ。シルン伯爵領の領民達もおにぎりの味に驚いている様子であった。

「むう。確かにこれは美味ですな」
「この香ばしさ……何とも言えませんな」
「この焼きおにぎりに塗ってある調味料ですが……これは醤油と味噌と言って、米を麹カビで発酵させて作っていく必要があります」
「なるほど……。単に作った米を食べるだけではないのですな」

 醤油と味噌について説明すると領民達はその話を興味深そうに聞いてくれた。藁も色々な使い道があると説明するとふんふんと熱心に耳を傾けて頷いている。

「収穫量も多く長期保存にも向く。副産物の使い道も様々と……良いことづくめではないですか」
「少々繊細な作物で、収穫の手間もかかるところはありますが」

 と、稲作についての注意点を述べるが、元々新しい作物や水田、ノーブルリーフ農法に興味があって集まった面々である。それらの注意点を聞いてもなお、かなり乗り気な様子だ。
 ミシェルと協力して水田の仕事を手伝うことで実際の稲作を体験し、理解を深めてもらう、という流れになっている。この試験用水田の結果が良好なら、ノーブルリーフ農法と合わせて稲作も広がってくれるだろう。
 さて。領民達はこれで良いとして。その他に、父さんとマルコムには伝えておくべきことがある。

「水田は今までに無かった形態の農法なので少し特殊ですが……普通に畑で栽培できる作物もあちこちから色々集めています。じゃがいもやコーン等は作物としてもかなり優秀かなと」

 面積当たりの収穫量の試算などをまとめた資料を父さん達に見てもらう。
 このへんはどちらも主食足り得る作物だからな。植物園でも栽培しているが、それでは俺達が個人的に楽しむだけになってしまう。作物を作ってもらうことで普及を進めていく、というわけだ。
 気候的にもシルン伯爵領からブロデリック侯爵領まで、それほど大きくは変わらない。ミシェルの纏めてくれた資料を参考にすれば、温室が無くても育てられる作物の種類が分かる、というわけだ。

「私の領地では現在でも農地拡張を進めているところです。シルン伯爵領やガートナー伯爵領と競合しない作物を主眼に置いた方が、領地としても売りになるかも知れません」

 と、マルコム侯爵が言う。確かに領地によって違う作物を育てた方が良いという部分はあるな。父さんは頷いて、また別の見地からの言葉を口にする。

「違う作物を育てることで、病害等にも対応しやすくなりますからな」

 別種の作物を色々育てておけば、何かの病害の流行で全部駄目になってしまうという事態を防げるわけだ。危機管理の意味合いにおいても、確かに重要だな。

「では、種子と栽培法を書いた資料を早めにお渡しできるよう準備を進めておきます。合成肥料が流通するようになるのは、もう少し時間がかかると思いますが必要なら言ってくれれば調達しますので」
「それから……ノーブルリーフの株分けですね。水魔法が使える人材がいらっしゃるなら種子から育てても問題有りませんが――」

 といった調子でアシュレイと共に父さん達と水田や新しい作物、各領地へのノーブルリーフの株分け等々の話を進めていく。
 ダリルは真剣な表情で打ち合わせの内容に耳を傾けていた。この分だと、ヴェルドガル東部では育てられる作物の種類がかなり増えることになりそうだな。



 水田と作物関係については円満に纏まった、という印象だ。軌道に乗れば色々な作物を気軽に手に入れられるようになるので、今後が楽しみである。
 アシュレイの屋敷で父さん達をのんびりと歓待し、転移魔法で種子の受け渡しをしたりと言った用事を済ませ――それから俺達はフォレスタニアに戻ることになった。
 ついこの前までエインフェウスに出かけていたし、他にも仕事があるので何日もフォレスタニアを留守にしているわけにもいかないのだ。

「――領主の仕事、か。新しく領地が出来たばかりで大変だろう」
「いえ、補佐してくれる皆が優秀ですので、随分助けられていますよ。領主の仕事というよりは……今回は他にも色々仕事がありまして」
「ふむ。テオは、指折りの魔術師でもあるものな」

 父さんの言葉に苦笑する。アシュレイの屋敷の中で――領民達もいないため、プライベートな空間に近いのだ。父さんと肩の力を抜いたやり取りができる。

 平常通りの領主の仕事というのもそうだが、転移施設建造の準備をしなければならない。
 期限の定まっていない仕事としては――ベルクフリッツの持っていた巻物の解読であるとか、ワーグナー公の遺した司書の改修になるだろうか。
 それに加えて先々の事……つまり並行世界への干渉を行うための準備、というのもあるが、これに関しては別世界の俺の記憶の中に、必要な術式の記憶があるので長期的な視野で準備を進めていけば良い。

 並行世界への干渉の肝となるのは、ウロボロスと似たような魔道具の創造だ。それを送り込むことで向こうの世界との繋がりを確保するわけだ。
 つまり、最初の段階として、こちらの世界でもう1つのウロボロスとも言える存在を作る必要がある。
 全く同じ物を作るというわけではないが、いずれにしてもウロボロスに限りなく近い魔道具を作る、ということに変わりはない。

 その際――幾つか特殊な触媒が必要になるのだが……まあ、これに関してはティエーラや精霊王達にも話を通し、協力してもらって集めていけば良いだろう。
 当てもなく集めろと言われれば少々難易度の高い希少品ばかりではあるのだが、今の状況と環境ならばそう難しいものでもないからな。

「それじゃあ、僕達はそろそろ帰ります。父さん達も帰りの道中お気をつけて」
「うむ」
「テオドールは無茶するからな。体調を崩したり怪我しないよう気を付けてくれよ」
「ああ。ダリルもな」

 と、父さんとダリルに笑って受け答えをする。

「またお会いできる日を楽しみにしています」

 ミシェルが笑顔で言った。

「ええ。タームウィルズやフォレスタニアにも、何時でも遊びに来てください」
「そうですね。オルトナもみんなと一緒なのが楽しいみたいですから」

 オルトナと動物組もまたいつぞやの時のようにハグをし合って、一時の別れを惜しんでいる感じではあるが。オルトナの周囲に鉢植えのノーブルリーフ達が浮かんでいたりして、前と違ってオルトナの周囲も賑やかな印象になったな。
 そんな光景にみんなが相好を崩し――そうして和やかな雰囲気のまま、みんなと別れて俺達はシルン伯爵領を後にしたのであった。
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