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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外91表 狂獣変化

 激突。ウロボロスとハルバードがぶつかった瞬間に衝撃波が広がる。闘気を込めて押し込もうとするが、当たり負けはしない。環境魔力を取り込んで爆発的に力を高めて真っ向から対抗する。
 目を見開いたベルクフリッツの、闘気を纏った蹴り足が跳ね上がる。側転。暴風のような一撃が身体のすぐ側を薙いでいく。体勢を立て直すより早く、至近から氷の槍を叩き込めば、奴は腕に纏った闘気でそれを受け流していた。

 そのままの位置からハルバードが迫ってくる。長柄の武器を振り回すには短い間合い。しかし奴は自身の身体を支点にするようにして柄を回転させることで有効となる間合いを変えている。杖術にも通じるような独特の武器の使い方。その一撃をウロボロスを膝で支えて受ける。
 ベルクフリッツは長柄の得物の中程を握り、オールでも扱うように両端で攻撃を繰り出してくる。こちらもその場に留まってウロボロスで応戦する。

 ――技術戦。凄まじい速度で竜杖の両端と斧槍の両端とが幾度となくぶつかり合って絡み合う。巻き込んで相手の得物を弾き飛ばすような動きと、相手の身体を狙う得物の動きが攻防の応酬の中に織り交ぜられる。魔力と闘気が無数の火花を散らした。

 突き込んで来る槍の穂先を逸らして石突きで側頭部を狙う。奴が斧槍を持つ軸を回転するのを確認して同時に横に回避。先程まで俺の後頭部があった空間を、引き戻された斧の刃が後方から切り裂いていく。

 それをも回避するのを予測したか、石突きの先端を掴んで斧槍の届くぎりぎりの間合いで薙ぎ払いを見舞ってくる。斜めにシールドを展開して槍の穂先の方向を逸らして、反撃とばかりに雷撃を放てば、奴は空いている片手を突き出した。
 奇妙な印が掌の前に浮かんで、そこから牙の生えた球体――生き物とも魔法生物とも判断のつかない物体が飛び出す。雷撃に喰らいつくように激突して相殺。破裂したかと思うと、間髪を容れずにベルクフリッツが突っ込んでくる。

 額のあたりに印が浮かび上がる。奴の纏っていた外套そのものが螺旋を描くように立体的に複雑な形を作り、獣人の腕のように変形。そのままベルクフリッツの背中に融合するように定着する。
 仙術――! 疑似的な身体部品を作り出すような術と見れば良いのか。作り物の腕ではあるのだろうが、ベルクフリッツの闘気を纏って、そのまま打ち掛かってくる。

 こちらもネメアとカペラを呼び出して応じる。ネメアとカペラの動きはこちらで制御。でなければ奴の体術に対応できないからだ。

 近接格闘戦に魔法とネメアの爪やカペラの吐息を織り交ぜ、ベルクフリッツの繰り出す武技、仙術、爪撃、闘気弾といった攻撃に対抗する。
 至近で斬撃と打撃と飛び道具とを応酬し合い、シールドを蹴って左右に跳び回りながらウロボロスとハルバードを交錯させ、手の内を読み合う。

「おおおおっ!」

 ベルクフリッツの咆哮。空中だというのに平面状に奴の影が広がって切り離される。そこから召喚されるように取り込まれた魔物の影が立体的に伸びた。
 ――バジリスク!

「バロール!」

 ベルクフリッツと切り結びながら、魔力を宿したバロールを光弾として解き放つ。
 弾丸となったバロールは目を閉じたままで動く。石化の邪視は通じない。魔眼を見開こうとしたバジリスクの影。その頭部を正確に光の弾丸が射貫いていく。
 水が弾けるようにバジリスクが形を失ったかと思うと、別の魔物に変化する。水晶の尾を持つサソリ。散弾のようにぶっ放される毒気を宿す水晶弾。バロールがソリッドハンマーを作り出して盾を作り、そのまま岩石を叩きつけて反撃。

 高速で突き出されるハルバードの穂先とウロボロスの角を絡めてぶつけ合い、背中から生えた腕が放つ闘気の爪撃をネメアの魔力爪撃が迎え撃つ。
 植物の魔物が放つ花粉を風魔法で散らし、爆炎で蔦を焼き払って。

 印が結ばれ、奴の背中に生えていた腕が翼に変化する。風を纏って凄まじい速度で飛翔しながらハルバードを振るってきた。魔力光推進で応じる。
 光の尾を後に残して高速で飛び回りながら打ち合う。天地が目まぐるしく入れ替わり、すれ違い様の攻防で火花と衝撃波が散る。仙術。印と同時に光や炎が走って身体の間近を掠めていく。見切り、切れない。発動する術の正体が分からないから先読みが利かない部分がある。だからこそ速度を上げて、的を絞らせないようにシールドを蹴る動きで幻惑する。


 土の槍。脇腹を掠らせるように突っ込んですり抜けながらマジックサークルを展開。ウロボロスを叩きつけてそのまま間合いの内側へ飛び込む。

「切り裂け!」

 一瞬の交差。逆手に握った黒刃で薙ぎ払ってすれ違う。闘気による強化や防御さえ役に立たない、ヴァルロスの斥力刃だ。
 刀身をごくごく短く展開した分、生成が早くなって、魔力の消費も抑えられている。一瞬の斬撃として用いるだけでも、相当に凶悪だろう。

「ちいっ!」

 防御しようとした腕を切り裂き、そのまま脇腹に裂傷を刻んだが、舌打ちをしながらもベルクフリッツは止まらない。その傷も攻防の中で再生していく。あれは魔物の再生能力なのだろう。
 こちらとしても斥力刃を連発とはいかない。再生してしまうのなら単発で終わる。決定打には至らない。だが――こういうのはどうだ?

「これは――!?」

 闇魔法シャドウダガーを行使。身体の周囲に火花を散らす黒刃を幾つも浮かべる。
 ルセリアージュの統率していた舞剣の動きを思い描きながら、身体ごと飛び込んで。打ち合いに合わせて立体的に交差させながら放つ。

 ベルクフリッツはハルバードで闇の刃を散らすが――本命の軌道として一本だけ斥力刃を混ぜ込んでいる。防御をすり抜け、肩口を易々と貫通して、突き抜けたところで蒸発するように消失する。
 やはり。俺が仙術の印から先読み出来ないのと同様だ。ベルクフリッツは魔法そのものにまでは詳しくない。だからこういった手も読めない。術の違いを見た目から判断し切れない。
 獣人の五感も反射神経も、魔法の種類の判別にまでは及ばない。それは知識や魔力感知の領域だからだ。

 無数のシャドウダガーを随伴させながらベルクフリッツに突っ込む。
 本命の手があるのかないのか。防御不能の手札がこちらの技の中に紛れ込むと理解させただけでも、それは読み合いや駆け引きにおいて大きな意味合いを持つ。展開するマジックサークルの大きさを偽装して、斥力刃を生み出したと思わせて虚実を織り交ぜる。

 結果として立体的な軌道で舞うシャドウダガーを大きく避けなければならない。その分だけ攻防の駆け引きが一瞬遅れる。そこを押し込む。踏み込みが甘くなった分だけこちらが踏み込む。1つ、2つと打撃を叩き込み、その中に斥力刃を混ぜ込んで切り裂く。
 部位を破壊すれば再生するまでのタイムラグがある。その分動きが甘くなり攻防が遅れる。

「ぬ、ううううおおおっ!」

 爆発的な闘気を放出してシャドウダガーを吹き飛ばし――打ち込んだウロボロスを力任せにハルバードで振り払う。覆面として纏っていた布も切り裂かれ、吹き飛んで獅子の顔が露わになった。
 だがそれは。その顔は――。
 黒い目と赤い瞳孔。獅子の獣人だとしても余りに長く尖った鋭い牙の数々。
 取り込んだ魔物の力を引き出し、全力で戦えば戦う程にその様は獣人からもかけ離れていく。
 こんな力に――代償が伴わないとは思えない。
 現に生命反応も、魔力反応も奴の状態の変化を捉えている。

 こいつは――自分の状態を理解しているのだろうか?
 魔物の力を取り込むにしても――恐らく堪え切れる器が必要だ。だから鍛練するし、実力が足りなければ多数の魔物の力に肉体の方が耐えきれない。
 拮抗する実力の相手と戦えば消耗がある。しかし取り込んだ魔物の力はそのまま宿っているわけだ。
 短期決戦で相手を圧倒できればそれでいい。それだけの力はあるだろう。けれど……肝心の本体が統率し切れないほどに傷を負って消耗すれば?

 ――それでも、奴は凄絶と呼べるような笑みを見せた。

「貴様の、考えている事は分かっている。その力を取り込めなくなってしまうのは残念だが……このまま追い込まれて自滅するぐらいならば、我が秘術を以って貴様らを皆殺しにするしかあるまいな!」

 そんな言葉と共に、巨大な仙術の印が足元から展開する。ベルクフリッツはハルバードの柄を握り潰していた。
 ぎしぎしと軋むような音と共に、身体が隆起する。被毛が黒く変色していき、宿っていた生命反応が混ざり合って、肉体ごと膨れ上がっていく。こいつ――。

 魔物達の闘争本能を結集させ解放したそれは――既に獣人ですらない。本体が制御し切れないのなら解放して消耗させてしまえばいいというわけだ。理屈は分かるが、これは――。
 力の奔流に身を置き、委ねることで起こす形態変化。それは狂獣変化と言って良い。恐らく、力を使い切るまで敵も味方も見境なしに動くもの全てに攻撃を仕掛けるだろう。

 辺り一帯を揺るがすような咆哮。黒獅子の怪物と化したベルクフリッツは、直前まで戦っていた俺を敵と見定めたか、闘気を漲らせながら空中を走ってくる。

「バロール!」

 バロールに乗って、魔力光推進で対抗する。すれ違い様、ウロボロスの打撃を眉間に叩き込む。
 直撃したウロボロスの一撃は効いているのかいないのか。金属の塊でも叩いたかのような手応えだった。眉間から血を流しながら遥か彼方まで行き過ぎて、そこから鋭角に折れ曲がって獅子が戻ってくる。振り返った時には既に傷も塞がっていた。
 膨大な量の闘気が巨大な爪撃となって放たれた。地平の彼方まで切り裂くような、幾重にも重なる闘気の刃。その上を滑るようにバロールと共にすり抜ける。

「テオ!」
「テオドール!」
「手出し無用!」

 みんなやイグナード王を言葉で制する。速度が違い過ぎる。他の誰が割って入っても、これではまともに戦えない。
 爪撃の向こうに待ち受けていたのは獅子の口腔から放たれる業火だった。吐息まで使う。これも取り込まれた魔物の能力なのだろうが――!

 風魔法と水魔法で遮断。最短距離を突っ切って至近からマジックサークルを展開して巨大な雷撃を放つ。雷撃を浴びながらも咆哮を上げる。平衡感覚を揺るがすような咆哮に風魔法で抗う。
 本能的な動きに修練が刷り込まれているのか。そのまま武術じみた動きで手足の爪が繰り出される。
 避ける。避ける。当たれば消し飛ぶような威力。広がった体格差を逆利用して間合いの内側に踏み入って幾度も打撃を叩き込み、掌底から魔力衝撃波を打ち込む。

「レゾナンスマイン!」

 振り回す手足を避けながら肘関節を内側から破壊。バロールと共に直上へ飛ぶ。ウロボロスに魔力を込めて――。奴の眉間目掛けて突っ込む。
 片腕は破壊している。まだ再生はしない。迎撃しようとするもう片腕を高速飛行ですり抜けて、全身の動きを連動させて眉間目掛けてウロボロスを突き込むと同時に魔力を解放した。

 ウロボロスによる増幅と収束をした螺旋衝撃波。練り上げた魔力が炸裂。黒獅子が上体を捻りながら後方に弾かれる。

 それでも――奴は意識を手放していなかった。痛みと怒りにのたうち回るように咆哮を上げる。
 いや、奴のそれは意識と呼べるものではない。闘争本能と破壊衝動に突き動かされる獣は、痛みや衝撃では止めるに至らない。封印術は届かない。しかし、怯ませることはできた。
 大魔法を叩き込み、力そのものを削り切るならば今が好機――!

「行くぞッ!」

 ウロボロスを構えて幾重にも重なるマジックサークルを展開する。ウロボロスの咆哮。術式が完成すると紫電を放つ暗黒の重力球が狂獣の至近で膨れ上がる。

「ル、オオオオッ!」

 捉えたッ!

「おおおおおッ!」

 ヴァルロスの術は魔人ならではの術。普通の肉体が扱うには限界を超えたものだ。
 術式の維持による負荷と、ベルクフリッツが闘気を漲らせて重力場に抵抗する反動とが、こちらに伝わってくる。
 めきめきと軋むような音を立てて超重力と狂獣の膂力、闘気、無数の魔物達の生命力がせめぎ合う。幾百? 幾千? 数え切れないほどの魔獣達の気配。

 指先の毛細血管が弾けて、痛みと共に血が零れる。骨が軋む。構わない。互いに切り札は切った。ここで押し切れなければ形勢が逆転されるからだ。闘争本能も破壊衝動も。力尽く。諸共に押し潰す――!

 赤く染まる視界の中で、均衡が崩れる。術式の反動――抵抗が一気に失せた。黒獅子の骨が砕け、ひしゃげる感覚と共に狂獣の身体が縮小していく。

「今っ!」

 重力場が急速に消失していき、落下していくベルクフリッツの姿が見える。魔力光推進で追い縋る。残った魔力を練り上げて、ベルクフリッツの肉体とすれ違い様に封印術を叩き込む。
 そうして――吸い込まれた魔法の楔から、光の鎖が幾重にも絡み付いた。
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