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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外91裏 獣魔決戦・後編

「ははっ! 楽しいねえ! あんた名前は!? あたしの名前はジナイーダだ!」
「シーラ。顔を隠しながら名前を名乗るとは思わなかった」
「はっ! 名前なんざいざとなりゃ変えりゃいいのさ!」

 真正面から迫ってきた金属鞭に向かってシーラが突っ込む。真珠剣を手に真っ向から迎え撃つ構え。
 対する女獣人――ジナイーダがスナップを利かせれば空気が爆ぜるような音を響かせて鞭の軌道が縦から横へと変わる。

 シーラがシールドを展開。軌道の変化を予期していたとばかりに下を滑り込むように姿勢を低くして突っ切る。
 ジナイーダはその手並みに口笛を吹き鳴らし、後方に飛翔しながらシーラと一定の距離を保ちつつ更に鞭を振るう。闘気を纏う鞭が破裂音を響かせれば、そこからシーラに向かって闘気の衝撃波が放たれる。
 先端を直撃させずとも、鞭の攻撃圏内ならばジナイーダの思うがままの距離と角度から仕掛けることができる。

 鞭という武器。射程は長くとも至近に寄られれば防御面で脆いのは事実だ。しかしジナイーダはそれを補って余りある技術を持っていた。
 シーラの放つ斬撃波や投げナイフといった飛び道具に対しては獣人ならではの反射速度で対応して回避。下がれば追い、追われれば下がる。付かず離れずの戦術。姿を消し、幻惑的な動きを見せるシーラを追えるのは、ジナイーダの感覚が優れるが故だろう。五感を総動員してシーラを近付けさせない。

 頭上や背後から迫る闘気の衝撃を、シーラは勘と反射速度で右に左に跳んで避ける、避ける。追うようにジナイーダの鞭が唸りを上げて迫る。シーラは避けながら闘気を飛ばして攻撃を応酬する。

 どちらも片時も止まらない。一定の距離を保ったままで、回避しながらの攻撃を繰り出す。空中を舞い踊るように2人の間で無数の斬撃と衝撃波が飛び交う。

 その最中に――シーラが懐から紙でできた球体を取り出し、放り投げる。得体の知れない物体だが、当たるような軌道ではない。距離を取りながら球体の位置を把握しつつ、シーラの動きにだけ注視する。

 シーラは――自分が放り投げた球体目掛けて闘気を飛ばしていた。それによって球体が破裂したかと思うと周囲に真っ黒な煙が広がる。夜桜横丁の絡繰り忍者達から鹵獲した煙玉だ。

「小細工を!」

 後ろに飛びながら煙の動きを目で追う。どう足掻いたとて、シーラが煙を突っ切ろうとすれば空気の流れで煙が動く。寧ろ見切りやすいとばかりに煙の流れを目で追い――不自然な動き目掛けて鞭を叩き込む。
 仮にフェイントであっても距離を取っている以上、次の瞬間には鞭を引き戻して対応できる。

 何かを鞭が叩く手応え。爆ぜるように真っ二つになったのは水でできた身代わりの分身だった。しかしそれを見て取ったジナイーダが鞭を引き戻そうとするより速く――それに何かがへばりついていた。

「何っ!?」

 シーラの持つアラクネアリングの粘着糸は、ある程度放出する際の性質、形の調整が可能だ。ただ一本を高速で飛ばしたり、網状にして放出したり――或いは、弾丸状にして張りつけた後に固めたり。
 シーラの狙いは――金属を編み込んで作った鞭に粘着弾を付着させることにより、その動きを阻害することにあった。だからこそ水の分身を飛ばして鞭を繰り出させたのだ。

 煙の中から最短距離を突っ切ってシーラが突っ込んでくる。
 驚愕の表情を浮かべるジナイーダ。鞭を振るうが、それは彼女の理想とする軌道とはほど遠いものだった。鞭の動きと闘気によって固まった粘着弾を弾き散らすが――最速、最短の距離を迫るシーラを追えない。その時には既にシーラに間合いの内側まで踏み込まれている。

「甘いッ!」

 ジナイーダは笑った。鞭を持たない左手が身体の陰で隆起し爪も巨大化する。魔物の腕と爪への変形。突っ込んでくるシーラを迎え撃つように、闘気を纏った魔物の爪により刺突が繰り出される。
 これが――ジナイーダの奥の手だ。鞭を掻い潜った相手を待ち受ける必殺の貫手。
 隠し武器というにはあまりに巨大な爪は相手の認識を狂わせる。間合いの取り方も繰り出すタイミングも、変形を身体の陰に隠す手並みも、完璧だった。

 だが――。身体の周りに水の渦を張り巡らせたシーラが転身する。闘気で強化した水の渦に、爪の軌道が逸らされる。渾身の貫手を受け流されて、ジナイーダの身体が流れた。
 水の鎧に込められたシーラの闘気は相当なものだ。鞭のような武器を使うのだから、最初から近接用の奥の手を隠し持っていると、シーラは予期していた。
 だからこそ間合いを詰められる絶好の機会に臨んで尚、攻撃より防御に力を注いで突っ込んだのだ。

「――甘い」

 すれ違いざま。シーラの真珠剣の峰がジナイーダの後頭部に直撃する。

「がッ!?」

 シーラは防御に闘気を集中させていたために峰打ち自体は大した威力ではない。しかし、真珠剣が帯電しているとなっては話は別だ。衝撃による意識の空白と、否応無しに委縮する筋肉。
 雷撃で身体の自由を奪い、シールドを足場にして体勢を入れ替えたシーラから次なる攻撃が繰り出される。水の渦と闘気を纏った踵落としが、ジナイーダの脳天を捉えていた。
 二度目の衝撃で、ジナイーダは完全に白目を剝いて落下していったのであった。



 グレイスの漆黒の闘気が、斧を振り上げる腕の動きに連動し、下から噴き上がるような衝撃波となって迫る。それを――猛禽の兄弟は紙一重で避けた。

「ちいっ! 化け物か、この女は!」
「これだけの破壊力! いつまでも持つわけがない! 怯むな!」

 びりびりと大気まで振動するほどの、桁違いの破壊力。当たればただでは済まないと確信できる程の威力を秘めているのが窺えた。

 グレイスの闘気は――兄弟が今まで一度も見たことのないような、特殊な性質を持つ闘気であった。放出されたままグレイスの周囲に舞うように留まり、生き物のようにグレイスの動きに呼応する。そんな印象だ。得体が知れない。グレイス本体よりも闘気そのものに本能的な恐怖を感じる。

 それでも――繰り出される技を回避はできている。兄弟は梟の獣人だ。梟の能力を体現するように、最高速を維持したままで夜の森を突っ切ることができるほどの目の良さと、獣人ならではの反射速度を持っていた。

 加えて、兄弟ならではの連係。それらを活かしてグレイスと交戦する。
 しかし触れれば吹き飛ぶ破壊力だ。入れ替わり立ち代わり互いの隙を補うように戦っているが、まともに切り結ぶ事はできない。正面に立って受けるなど、以ての外だ。

 だから間合いギリギリで切り結ぶような消極的な戦い方になってしまう。消耗を待つと口にしたが、それまでに被弾を許せばそれで終わりだ。何かしらグレイスを切り崩すための手段が必要だと、兄弟は感じていた。

 そのための力は――ある。ベルクフリッツから与えられた力――。グレイスの踏み込みから遠ざかり、闘気を込めた羽の弾丸で応射しながら、一瞬だけ兄弟は視線を交差させる。
 旋回して次。次の攻防で――勝負を仕掛ける!

 そう心を決めて、黒翼の梟がグレイスに迫る。そうして身体の内側に秘めた力を解放した。

 黒梟の身体を中心に、暗黒の空間が広がる。取り込んだ魔物の能力だ。
 元々梟の獣人である彼らにとって闇夜は有利なフィールドではある。もっとも――それは、グレイスにとっても同じことではあるが。

 闇に紛れるように迫る兄弟。黒梟はグレイスを避けるように上に飛び――白梟は横合いからグレイスに突っ込む。その動きを――グレイスは赤く輝く瞳で目で捉えていた。
 闇では幻惑にすらならないことは最初から兄弟にも分かっている。グレイスの纏う夜の気配は自分達に通じるものがあると、十分に理解していた。
 だから――次の攻撃が本命だ。グレイスの刃圏ぎりぎりを見極めて軌道を変えるようにすり抜けていく白梟の身体が、眩い閃光を放つ。闇から光へ。白光が見る者の網膜を焼く。
 昼の明かりの中では光による目晦ましは使えない。だからこその暗闇。

 白梟は真横一文字に闘気の斬撃を放ち、直上を取った黒梟が光に紛れて全霊とも言える程の闘気を振り絞り、大上段に構えた剣を打ち下ろすように、真っ直ぐに落ちてくる。

 グレイスの目は、確かに閃光によって閉じられている。縦と横の波状攻撃。
 しかし――。

 グレイスの周囲に広がる漆黒の闘気に、白梟の一撃と黒梟の身体が触れた瞬間、それらの軌道が完璧に捕捉されていた。漆黒の闘気が身体の内から更に噴き上がり、それを纏った斧で正面と頭上を同時に薙ぐ。

「な――」

 ただそれだけで兄弟の一撃は、斧で散らされ、そしてあっさりと受け止められてしまっている。
 重い大岩を叩いたような、そんな印象。それはそのままグレイスと兄弟達の出力と膂力の差に他ならない。力を溜めた渾身の一撃が、咄嗟に放つグレイスの力を突破できない。

 それでもまだグレイスの視界は回復していない。ならば闘気が手薄になっているところを狙えば良い。闘気に触れないように動けばいい。

 だが、そこまでだ。グレイスが腕を振るえば、その勢いで黒梟は弾き飛ばされ、細く絞られた針のように闘気が形を変えて、飛沫の散弾となって兄弟を襲う。
 威力はないが、兄弟に身体に僅かな手傷を負わせる。それで。それだけでグレイスには充分だった。視界は奪われていても、血の匂いさえあれば事足りる。
 爆発的な速度で正面に踏み込んで来る。白梟が離脱しようとするが、それは叶わない。足に鎖が絡んでいた。

「捕まえましたよ」

 理由は分からない。しかし動きを完全に捕捉されている。未だ目は閉じられているというのに。

「う、おおおっ!?」

 引き寄せられて、裏拳を叩き込まれた。無造作な動作からは想像もつかない破壊力。羽を散らして猛烈な勢いで白梟が吹き飛ばされる。
 グレイスは視力がようやく回復してきたのか、目を開いて黒梟を見やる。今まで目潰しの効果があったというのに、最初から居場所が分かっているとばかりに、視線を合わせてきた。

「こッ、こんな! こんな馬鹿な話があるかッ!」

 絶望的な光景と事実に慄然としながら喚く黒梟。確かに、兄弟は肉体的な強度では他の高弟達には劣る。だが――グレイスにとって当たり前のような攻撃ですら、兄弟には全霊をもって受けなければならない。そんな理不尽なまでの力の差がそこにはあった。



 デュラハンと交戦しているのは槍使いのホークマンだ。疾走する馬の突撃を飛翔して回避しながら闘気を込めた刺突で応戦する。

 跳ね上がる首無しの騎士の大剣。大型の武器とは思えない程の速度。

 突撃も斬撃も、まともには受けられない。デュラハンの攻撃はそれだけの重さや破壊力を秘めている。しかし魔物の力で風を操る能力を得たのだ。飛行の速度はデュラハンの上を行く。

 その飛行速度を以って、デュラハンに対抗する。斬撃を避け、騎士が受けにくい角度から刺突を繰り出す。しかし、デュラハンの身体がずれるように動いて間合いの外へ出ていた。馬自体が横に跳んだのだ。人馬一体というのが生易しいような、凄まじい反応速度。そして通常の騎馬では有り得ない挙動。

「……騎士同様、馬もまともな生き物ではない、ということか」

 だとするなら、真っ当な方法で騎士も倒せるかどうか分かったものではない。埒が明かない。
 その上でホークマンは考える。首無しの騎士は召喚獣だ。戦いが始まろうかというその時に少女が確かに召喚していた。
 ならばまともに相手をするよりも本体である術者を倒してしまえばそれで勝ちではある。

 だから――デュラハンとの攻防の中に、術師本体を狙う攻撃を織り交ぜた。
 遠い相手を狙撃するような、針のような闘気の刺突。防御陣地の仲間達や空を舞う円盤状の盾に阻まれて実際に攻撃は届かなかったが――それだけで、デュラハンの動きをある程度抑制する効果が期待できる。一度でも見せておけば術者本人への視線だけでもフェイントになる。

 攻撃の性質もまた、敵の防御を抜いて一撃を加えるのに都合の良いものだ。

 速度で勝るが故に取れる戦法。マルレーンを狙う動きに対応するために、デュラハンは大きくは動かなくなった。その周囲を舞うように飛び回りながら羽の弾丸や槍の刺突を繰り出してデュラハンを引き付け、時間を稼ぎながら闘気を練り上げる。

 術者に攻撃を繰り出し、それを庇うのなら倒し切れるだけの一撃をデュラハンに叩き込む。そういう筋書きだ。

 どちらでも良い。術者本体を倒そうが、デュラハンを倒そうが。強敵を1人引き付けているという、それだけでも仲間達への助けになっているのだから。
 しかし――。不意にデュラハンの姿が虚空に消える。

「何!?」

 その姿を追って視線を巡らす。そして見る。
 召喚術師の少女がマジックサークルを展開しているのを。送還してからの再召喚――。デュラハンを有効な戦力として扱えないなら、手元に引き戻して仕切り直そうというわけだ。決然とした表情で少女がホークマンを見据える。

「舐めるな餓鬼が! 望み通りに貴様から仕留めてくれよう!」

 そう言ってホークマンが全身の捻りを加えて槍での刺突を見舞う。針のような刺突どころではなく、螺旋を描く砲弾となって防御陣地本体にいるマルレーンに迫る。
 溜め込んだ闘気による渾身の一撃だ。生半可な防御で止められるものではない――。

 しかし。予想に比して誰も召喚術師の防御には回らなかった。直撃。砕け散る水晶。

「な、に!?」

 コルリスの作り出した水晶の像に、幻影を被せただけの代物だ。そうして本体をも見失って視線を巡らして――再召喚されたデュラハンの姿を捉える。
 ホークマンは歯噛みしてそれを追う。幻術があるというのなら本体を捉えるのは難しい。先程のように身代わりを作られれば、それを遠くから見分ける術をもたないからだ。
 そうして首無し騎士へと追いついたところで――デュラハンの懐から巨大なマジックサークルが広がるのが見えた。
 幻術。術者本人の姿は馬上にて騎士と共にある。

 誘い込まれたという事実を悟るも、既に遅きに失している。巨大な雷撃の渦がマルレーンの細剣の先端から放たれていた。広域制圧のための雷魔法。第7階級ライトニングストーム。

 雷撃の渦の中、遠のく意識を繋ぎとめようとホークマンは歯を食いしばる。だが、それも無駄な話だった。馬上から飛び立った首無しの騎士が迫ってくる。馬は術者本人を乗せて防御陣地に戻っていくのが見えた。

 笑っていた。デュラハンの手にしているその首が、笑っていた。大剣をその背に負うと、空いた片手でまだ身体の痺れているホークマンの襟首を掴み、猛烈な速度で飛翔する。向かう先はアシュレイの作り出した氷の柱――。

「う、おおおおあああっ!?」

 顔面から分厚い氷の柱に叩き付けられる。二度、三度。氷の柱に罅が入り、完全に意識を失ったところでデュラハンはホークマンを放り捨てるのであった。



 ボリスの繰り出す拳を、イグナード王が受け流す。
 腕に纏った闘気に流れを作り出し最小限の動作と闘気の量とで、最大限の効果を生み出す。流れた身体にそこからの反撃。正拳を紙一重で頬に掠らせ、跳ね上がるボリスの爪撃。天を切り裂くような一撃を、イグナード王は転身して避けていた。
 そのままイグナード王が爪撃を放ったその手首に触れたかと思うと、巻き込むように腕が絡む。勢いに逆らわず、ボリスは腕を折られないように回転して跳ぶ。跳んで、そのままの位置から繰り出される更なる爪撃を、イグナード王は遠ざけるように投げ飛ばす。
 体勢を立て直したボリスの口元に笑みが浮かぶ。爪に纏った闘気から衝撃波を縦横に放ちながらボリスが突進する。イグナード王は横に飛ぶ。追随するように迫るボリスと激突。肘打ちの打点を逸らすようにイグナード王も腕で突進を受け止める。

「素晴らしい……! これがイグナード王か!」
「そなたこそ。このような場で見えるには惜しいな」

 そんなイグナード王の言葉。至近でボリスは獰猛な笑みを浮かべ、闘気をますます漲らせて自身の速度と威力を増強させていく。ボリスのそれは正しく剛の拳と呼ぶべきだろう。闘気を込めてから繰り出す一撃は必殺の威力を秘めている。

 それでも先程、大振りになった攻撃を避けられ、そのまま腕を折られそうになったのは事実だ。今度はそうはさせないとばかりに、細かな動きで無数の拳や貫手が繰り出される。

 互いの技を受け流し、拳同士を激突させて。
 火の出るような至近距離で凄まじい速度での攻防が繰り広げられる。武芸対武芸。獣人対獣人。尋常ならざる速度での手の内の読み合い。
 手首の跳ね上がる動き1つで放たれる闘気の弾丸が、お互いの頬や鼻先を掠めていく。上体を逸らしてボリスが避けた分、僅かに間合いが開く。そこに直下からイグナード王の蹴り足が跳ね上がり、応じるように避けた動作の反動で勢いを付けたボリスの打ち下ろしの手刀が放たれる。

 瞬時に収束された闘気の砲弾が同時に放たれて、衝突して爆裂を起こす。間合いが開いて、反転。どちらからともなく退かずに突っ込む。

 攻防の中でより強い闘気を練り上げ、切り崩してから本命となる一撃を一気に叩き込む。互いの狙いは明確だ。
 無数の攻防のやり取りの中で、イグナード王がボリスの攻撃を掻い潜って至近より更に近い間合いに踏み込む。そうして拳を脇腹に添える。
 全身の動きと踏み込みを連動。添えているだけの状態から、瞬間的に凄まじい威力を爆発させるような一撃が炸裂した。ボリスの脇腹から突き抜けるような衝撃が打ち抜いていくが――その手応えに攻撃を打ち込んだはずのイグナード王が目を見開いていた。

 触れたボリスの身体は真っ当な生物のそれではない。まるで岩石か何か。鎧を叩いたかのような感覚。歯を食いしばってイグナード王の一撃を耐え切ると、そのまま爪撃を見舞ってくる。
 闘気を集中させた腕から、イグナード王の胸にかけて、裂傷を与える。

「ぐっ!」

 引く。イグナード王が後ろに下がる。下がった分だけ踏み込む。爪に闘気を集中させて。イグナード王もまた、闘気を纏って防御の構えを見せた。爪撃への対抗策。致命傷に至らないよう、首と心臓を、腕で防御している。
 しかしボリスは冷徹に闘気の薄い場所を見極め、そこに渾身の貫手を叩き込んでいた。狙いは腹。臓腑を穿つような一撃。

 そして――そこに信じられないものを見る。
 闘気を纏った爪は、突き刺さらなかった。闘気による防御の、薄い場所を狙ったというのに。
 イグナード王の動きに巻き込まれ、腕の骨がへし折られていた。戦慄が遅れてやってくる。

「この速度で、内面に闘気を集中させて受け止めた……ッ! 攻撃を――誘導されただと!?」

 理屈は、分かる。ボリスにとって信じ難いのは闘気を操る精度と速度。そして正確無比な読みだ。
 手傷を負い、体勢を崩されても尚、防御と回避の全てが反撃のための技に直結している。しかも既にイグナード王は次の技を繰り出そうとしていた。
 では、次に何の技が来る? 打撃? 斬撃? 無駄だ。魔物の能力を発動している自分にはその類の攻撃は届かない。防御に闘気を回すことなく、攻撃に全てを注ぎ込むために得た能力なのだ。
 ならば有り得るとすれば関節の破壊――! もう一方の腕を破壊して戦闘力を奪うか、或いは首を折りに来て殺しに来るか――! その一撃を耐えて、残りの闘気を蹴撃に込めて反撃を――。

 しかし、イグナード王の攻撃は、そのどちらでもなかった。首を守ろうとするボリスの肩口と脇腹へ。同時に手刀を叩き込む。衝撃が身体の内側へ突き抜けていく。
 どちらも一撃一撃なら耐えきれる程度のものであったはずだ。だが、異なる角度から打ち込まれた2つの衝撃が体内で激突してより大きな破壊力を生む。攻撃に込められた力に比して異常な衝撃に、ボリスの身体が揺らぐ。

 そして次の瞬間、ボリスが目にしたのは大きく拳を引くイグナード王の姿だった。膨大な量の闘気が引いた拳に集中しているのが見える。
 柔も剛も極めているからこその歴代最強の獣王なのだと。ボリスは言葉ではなく本能で理解する。そうして繰り出される拳が巨大な闘気の砲弾となって、ボリスの視界全てを埋め尽くしていた。
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