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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外91裏 獣魔決戦・中編

「邪魔だ、雑魚めが!」
「ぐおっ!」

 魔を宿した獣人の一振りで、武官が大きく後ろに吹き飛ばされる。大振りになったその隙をつくように、地面すれすれに突っ込んでいったのはレギーナだ。
 闘気を漲らせて獣人の腕に身体ごと取りついたかと思うと、全身のバネを利用して肘関節を破壊する。

「ぐっ!?」
「今っ!」

 苦悶の声と共に跳躍するレギーナ。入れ替わるように攻撃に移る武官達の集中攻撃。如何に再生能力を有するとはいえ、腕を折られて攻防もままならないところに集中攻撃を浴びてはひとたまりもない。頭部に痛烈な打撃を浴びて、再生能力より先に意識を狩られて白目を剝きながら倒れていく。

「大丈夫ですか?」
「かたじけない! これならまだまだ――!」

 吹き飛ばされた獣人も、アシュレイの放った遠隔治癒の術式ですぐさま立ち上がって戦列に戻る。

「ちっ! まず、あの治癒魔術師の娘を叩き潰せ! 戦力を集中しろ!」

 ベルクフリッツの手勢達としても、防御陣地の中央で氷の要塞を広げながら治癒術式を操るアシュレイこそが最大の障害と認識したらしい。密集体型を取って突破しようとする構えを見せた。だが――。

「コルリス!」

 ステファニアの言葉と共に地面が爆裂する。地中から飛び出した巨大な水晶が、密集体型を取った獣人達を下から襲ったのだ。氷結した地面と破裂する水晶の散弾。
 反射速度と運動神経に物を言わせて、大きく跳躍して回避する者もいたが、ベルクフリッツから飛行能力を与えられていないのでは、空中で軌道を変えることもできない。

「そこねっ!」

 イルムヒルトが光の矢を放つと同時に、呼応するようにセラフィナとラヴィーネ、エクレールが弾幕を放つ。跳躍したその後――着地点を狙うような弾幕に、まともに飲み込まれる。

「うおおっ!」

 光の矢、音響弾、氷弾や雷の雨に悲鳴がかき消された。
 防御陣地を力押しして、もう少しで前衛を崩せそうになった時だとか、こちらが何かを仕掛けようとした瞬間に後衛が援護に回る。寸断され、出端を挫かれ、そして回復されて体勢を立て直される。ベルクフリッツの手勢達にしてみれば、厄介極まりない。

 何とか手薄なところを見つけても、そこをピエトロの分身が足止めしてくる。分身達を相手にしながら正確無比な軌道で飛んでくる光の矢を捌くというのも至難の技だった。

「おのれ!」

 それを、空中から見ていた犀の獣人が仲間の援護に向かおうと突っ込もうとするが、それを阻むように横合いから飛翔する甲冑騎士が割って入る。

「邪魔をするな!」

 激高してバトルアクスを振り回す。対する騎士――イグニスは無言のままでそれに応じる。
 マクスウェルが核を明滅させ、それを手にしたイグニスが呼応するように兜のバイザーの下で目を光らせた。
 犀の獣人からしてみると、イグニスは最初眼中にない相手だった。
 器物であるイグニスを見ても野生の勘は何も感じない。生物ではないからこそ強敵、脅威と認識できない。

「おおおおっ!」

 咆哮しながら長柄の戦斧を凄まじい勢いで振り回す。対するイグニスはと言えば、その一撃一撃を受け止めていなす。反撃まで繰り出してきた。
 顔のすぐ近くをマクスウェルが通り過ぎていく。その風圧に目を見開き、犀の獣人はイグニスに対する認識を改め、突っ込んでいく。

「鞘を付けたままで……。この俺を生け捕りにしようとは、侮られたものだな!」

 そう言ってイグニスを睨みつけ、切り込んでいく。大上段に打ち込んだ斧をイグニスがマクスウェルの柄で受け止める。そう。マクスウェルの刃は金属製の鞘で覆われたままだ。
 だから、自分を殺す気が無いのだと、犀の獣人は理解する。予想以上ではある。しかし問題のない相手。力でも技量でも。自分の方が上だと切り結んで理解した。

 犀の獣人は闘気を爆発させるように漲らせると、一気にイグニスを押し込んでいく。矢継ぎ早に繰り出す戦斧の嵐。激突して無数に火花を散らす。

 そうして大上段。押し合う形になったところで、大体のイグニスの力を見て取った犀獣人はそのまま膂力に任せて押し切ろうと、ますます闘気を漲らせる。
 その時だ。先程の獣人の言葉に答えたのは――イグニスの後方に控えるローズマリーであった。

「侮る……というのは違うわね。この場合は、その方がわたくし達が気兼ねなく本気を出せるという、ただそれだけの話よ」
「何……!?」

 羽扇で口元を隠し、空中に佇むローズマリー。その掌にマジックサークルが閃いたかと思うと、そこから魔力の糸が縦横に張り巡らされ、イグニスの身体に接続した。

「これは――!」

 途端、イグニスがその出力を増す。闘気を漲らせた犀の獣人を押し返し、弾き飛ばしたかと思うと斧を振りかぶって突っ込んでくる。
 それに合わせようと犀の獣人は斧を頭上に掲げ――!

「ぐはっ!」

 すれ違い様に一撃を脇腹に食らっていた。咄嗟の、闘気による防御は間に合った。しかし。
 理解出来ない速度で振り下ろされるマクスウェルの軌道が変化したのだ。何が起きたのか理解できずにイグニスを追って振り返り、そして犀の獣人は見る。
 イグニスの腕関節が、生物であればあり得ない方向に曲がり、手首が限界を超えて回転しているのを。大きな斧を易々と、複雑な軌道で振り回しながら迫ってくる。

「こ、こいつ! ゴーレムの類か! だがそれならそれでやりようが……!」

 迫ってくるイグニス。そして振り回されるマクスウェルのその軌道が、複雑怪奇に変化する。
 イグニスとマクスウェルの連動術式。磁力線のレールを周囲に作り、その上を走らせるようにマクスウェルが高速で動く。
 その中で、特定の条件を満たした瞬間――つまり意識が散らされて防御が甘くなったところに、反射的に本命の一撃が磁力加速で叩き込まれるという寸法だ。

「高位魔人に対抗するための術式の応用発展形だ。我が主の組んだ術は、生き物が反射速度で見切れるものではない」
「闘気を集中させて受けられると思うのなら――受けてみなさいな」

 マクスウェルとローズマリーの声。相性の問題で勝ちの目がないと。そう断じる。
 気兼ねがいらないというのは、防御が甘いところに磁力加速の一撃を叩き込んではそれこそ必殺だからだ。マクスウェルは人格を持つ武器。無闇に殺しをさせるのは育成方針とは異なる。有無を言わさず叩きのめして勝てるのなら、そうするだけの話――。

 正面。胴薙ぎの軌道で迫る一撃。犀獣人は反応しようとしたが、そのままイグニスの胴体が腰から回転して軌道がまるで違うものに変化する。同時に行われる魔力光推進での加速。すれ違うと同時に、たっぷりと遠心力の乗った一撃が後方から叩き付けられていた。

 雷撃。マクスウェルの用いた術式が犀の獣人から一瞬だけ身体の自由を奪う。イグニスがレビテーションと共にシールドを蹴って、即座に方向転換する。そのまま――。

「ぐ、お、おおおおっ!?」

 武器を振るう、というには余りに複雑怪奇な軌道だった。
 イグニスとマクスウェルが幾度も犀の獣人に打撃を叩き込む。磁力加速とイグニスの膂力を合わせた、その一撃一撃は、変則的な軌道でありながらも重い。
 闘気の集中が甘くなれば術式に定められた通り、正確にそこを狙うのだからひとたまりもない。嵐のような打撃の渦に飲み込まれて、犀の獣人はそのまま墜落していった。



 シリウス号を守るのはアルファ、それからフォルセトとシオン達。それからリンドブルムだ。
 シリウス号自体は……機動力を活かして攪乱に使うよりも、適度な高度に浮かべて敵の標的とすることで敵戦力の分散を狙うというのが今回立てられた作戦である。

「こ、こいつら――!」

 そうして地上から跳躍して甲板に乗り込んだ獣人達をシオン達が迎撃する。空中にシールドを展開して縦横無尽に飛び回るシオンとマルセスカ、シグリッタの連係に、獣人達は対応ができない。
 インクの獣が突撃を仕掛けてきて、視界を塞いだかと思うと、そこにシオン達が切り込んで来るのだ。

「行きますよ」
「こっち!」

 姿は見えない。臭いを感じない。音はインクの獣達のせいで紛れて分からない。フォルセトの隠蔽魔術を受けたシオンとマルセスカの動きを、生物的な感覚を頼りにする獣人達は見切ることができない。

「た、体勢を立て直すぞ! 一旦離脱を――!」
「そう易々とここから逃がすと思いますか?」
「な、何!? うおおっ!」

 あまりの攻撃の苛烈さに引こうとするが、甲板から飛び降りようとしたところで、空中でフォルセトとアルファ、それからリンドブルムが波状攻撃を仕掛けてくる。

 光弾と化したアルファ、突撃用シールドを纏ったリンドブルムが右に左に跳ね飛ばす。空中を舞うように突っ込んできたフォルセトの錫杖を受けようとするが、空を飛べない者が空中で攻撃を仕掛けられては如何ともしがたい。風の渦を浴びせて攻防をままならなくしたところにフォルセトが好き放題錫杖を叩き込む。

 ただ宙に浮かぶシリウス号が、難攻不落の空中要塞と化していた。
 船体に対する攻撃も意味を成さず、アルファが嬉しそうに輝きと勢いを増して凄まじい速度の攻撃を繰り出してくるばかりだ。

「空を飛べない者はあの船に近付くな!」

 ベルクフリッツの高弟達が戦況を見て歯噛みする。
 イグナード王の連れてきた戦力は想像を遥かに超えるものだった。地上も空中も、攻め落とすことができない。空を飛べる彼らとて、テスディロスやヘルヴォルテを相手にして、切り崩すことができずにいる。

「……どうやら、貴様は――雷撃に対して耐性を持っているようだな。獣魔の森の魔物の中に、そういうものがいたというわけだ」

 テスディロスの静かな言葉に、半人型の狐の獣人は忌々しげに舌打ちする。
 確かに。ベルクフリッツの手によって、彼は雷撃を操る能力を手に入れた。獣魔の森の沼に棲んでいた魔物の能力。
 だからこそテスディロスの相手ができているが……彼の最大の武器もまた、テスディロスに通用しないのだ。

「邪魔だ! 退け!」

 サイズと呼ばれる長柄の武器を手にテスディロスと打ち合う。闘気を漲らせて切り結ぶが反発するように武器が弾かれる。火花を散らして切り込み、サイズを振り下ろすがテスディロスは闘気の盾を作り出すとサイズの斬撃を斜めに逸らして雷の槍の刺突で即座に反撃を繰り出してくる。鼻先を掠めていく槍の穂先。
 能力のお陰で拮抗している。だがそれでは足りないのだ。勝敗の行く末が揺蕩っていて、どう転ぶか分からない。何とか均衡を崩し、仲間の援護に向かうことで防御陣地を切り崩さなければならない。 
 幾度もテスディロスと武器を交えるその最中、狐獣人は仲間と一瞬視線を交わす。ヘルヴォルテと戦っているホークマンの仲間だ。

 何とか膠着状況を抜け出さなければならない。そのための策を思い付いた。仲間もそれを理解した。ならば後は実行に移すだけだ。
 テスディロスと切り結びながらも、少しずつ押される振りをしながら下がる。仲間もだ。ヘルヴォルテに押される振りをして、互いの距離を埋める。

「今だ!」

 仲間の声と同時に、正面から来るテスディロスを無視して狐獣人はヘルヴォルテの背中目掛けて雷撃を放っていた。
 テスディロスの攻撃は、仲間が割って入ることで防ぐ。能力を封じ合っての単純な白兵戦であるなら雷撃を使うだけ力の無駄だ。一瞬の交錯であるなら仲間も雷撃を浴びるということはない。

 その一撃で膠着した戦況の天秤を傾け、そのまま押し切る――はずだった。

 狐獣人の放った雷撃が虚空を薙いでいく。代わりに肩口から槍の穂先が飛び出していた。

「な……んだとッ!?」

 激痛に身を焼かれながら状況把握に努める。正面に捉えていたはずのヘルヴォルテが、真後ろにいる。理解不能な光景だった。

「遠くから見れば誘導が目に見えるのよね。多対多の戦いに持ち込むつもりなら、こちらも少しばかり援護させて貰ったわ」

 防御陣地に陣取るクラウディアが静かに言った。

「切り札を先に切ると、対応される可能性があります。貴方方は、私が移動したのを見てから反応できるだけの身体能力がありますので」

 クラウディアの言葉に同意するようにヘルヴォルテが言う。
 援護。あの距離から一体何を援護したというのか。移動とは?

「があっ!」

 サイズを背後にいるヘルヴォルテに向かって振り切った時には、ヘルヴォルテは既にそこにはいない。
 仲間の獣人がテスディロスの雷撃をまともに浴びて落下していく。何をされたのか。痛みと衝撃で混乱の最中にある彼には理解できなかった。
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