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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外91裏 獣魔決戦・前編

「ククク……」

 黒い斧槍を手にしたベルクフリッツが低く笑いながら片手で印を切れば、その身体が宙に浮かぶ。足元には白い靄のようなものが纏わりついていた。
 幾人かのベルクフリッツの弟子達にもだ。ベルクフリッツの作り出した靄が足に纏わりつき、そして宙に浮かび出す。

 仙術において天仙に至った者は不老不死となり、世界と同化して自在に飛翔できるなどとも言われるが、ベルクフリッツは正道を歩んでいるわけではないし、それを目指しているわけでもない。
 ただただ強い力を求めるが故に仙術を習得した。魔物の力を取り込むことを実践した。だからその飛行術は代替――外法として位置付けられる術だ。

「……自分を含めた他者に飛行能力を付加、か。便利そうな術ではあるかな」

 シリウス号の甲板から降りてきたテオドールと空中で向かい合う。
 シールドを中空に展開してテオドールはベルクフリッツとほぼ同じ高度に留まる。ベルクフリッツはその光景にますます嬉しそうな笑みを浮かべる。そうしてどちらからともなく互いに向かって突っ込んでいった。

 激突。テオドールの手にしたウロボロスとベルクフリッツのハルバードが重い金属音を周囲に響かせ、互いの得物がぶつかる度に衝撃波が輪となって広がっていく。

 それを合図とするように、他の者達も一斉に動き出した。

「行きます!」
「ええ! 始めましょう!」

 練兵場に降り立った後衛達。アシュレイの声と共に、その足元から周囲に向かって、猛烈な勢いで氷結した空間が広がっていく。空間内に氷の柱が林立し、ステファニアも呼応するようにマジックサークルを閃かせれば、ディフェンスフィールドが展開して拠点内部に氷の要塞が作り出される。
 マルレーンのソーサーが浮かび、デュラハンやイグニス、ベリウスが氷の要塞に降り立つ。

「あの女どもを捻り潰せ! 我らの拠点で好きにさせるな!」

 そんな言葉と共に、飛行能力を付加されなかった獣人達が防御陣地に殺到した。
 敵拠点内部に陣地を作るというのは、相手の自尊心を刺激して敵を呼び込むという狙いがある。だからベルクフリッツの手勢達の動きは、狙い通りの反応と言えた。

 地上部隊に対してシリウス号を当てるようなことはしない。地上の戦力に散り散りに逃げられるようなことになっては後が面倒だからだ。
 獣人達は魔物を取り込むことで、好戦性が増している。怯懦を一切知らないとばかりに咆哮を上げて突っ込んでくる。ベルクフリッツの前だということも、それを後押ししていた。

 それを――空間を制圧するような密度の濃い弾幕で迎え撃つ。
 獣人達はそれにすら怯まない。弾雨に身を晒し闘気を漲らせて突っ切ってディフェンスフィールドにまで突っ込む。氷の柱も何もかも砕いて陣地の奥深くまで食い込もうとするように突っ込む。

 それを迎え撃ったのはレギーナ率いる側近の武官達であった。
 アシュレイ達と共に防御陣地内で敵の迎撃を行う形だ。武官達の実力は確かな物だが、ベルクフリッツの手勢のように、底上げされているわけではない。だから敵の動きが鈍るディフェンスフィールド内部で戦うことで戦力を補い、後衛の守りを強固なものとする。

「おおおっ!」

 切り込んだ武官の一撃を受け止め、獣人が払う。それだけで武官は大きく後ろに飛ばされていた。シールドを足場に空中に留まる。まだぎこちないが、シリウス号の甲板で戦える程度――補助として用いて落下しない程度には訓練している。
 吹き飛ばされた同僚に追撃をさせじと別の武官が切り込み、斬撃を鉤爪で受け止めた敵にセラフィナの音響弾が炸裂していた。

「があっ!」

 頭蓋を衝撃波で揺らされ、苦悶とも怒りともつかない咆哮を上げる。氷の柱を蹴って戻ってきた武官が隙をついて脇腹に斬撃を見舞うが、あっという間にその傷を血泡が覆い、再生していく。それは――トロールの再生能力だ。
 魔物の力を取り込んだのであるなら、その能力も一部ではあるが引き出すことができるということを意味していた。

「気を付けるのじゃ! 空を飛んでいる連中は精鋭のようじゃ!」

 アウリアの警告の声が戦場に響く。
 飛行能力を付加されたベルクフリッツの高弟と呼べる者達は、複数の魔物の気を身体に宿している。鍛練により耐えられる肉体――器を作り出し、そこにベルクフリッツが魔物の力を吹き込むことで力を増強する。

 そういった連中は――野生の勘や好戦性を通常の獣人より強く発現しているのか、グレイスやシーラ、シオン達やデュラハン、ヘルヴォルテ、テスディロス達といった強者達を見極め、積極的に攻撃を仕掛けようと突っ込んでくる。
 そして――イグナード王と相対する熊の獣人も、特に異常な力を持つ者の一人だ。

「――儂の相手はそなた、というわけか」

 猛烈な勢いで突っ込んできて爪撃を見舞ってきた獣人の攻撃をいなし、投げ飛ばした相手を見やりながらイグナード王が言う。赤く輝くその瞳を見て、イグナード王は眉を顰めた。

「我が名はボリス。門弟達を指導する代役を我が師――ベルクフリッツ様より仰せつかっている身だ。我が勝利を収めれば、師が獣王にも勝るという証明にもなろう」

 そう言って全身から異常な量の闘気を立ち昇らせ拳を構えるボリス。
 要するに、ベルクフリッツの門派における師範代ということになる。無手と無手。互いに空中で構えて向かい合い――そして真っ向から突っ込んでいった。
 闘気を纏った拳が繰り出される。空中で半身になって身を躱し、そこから肘打ちを繰り出せば、ボリスは闘気を帯びた掌でそれを受け止める。反撃とばかりに、直下からイグナード王の顎を砕くような軌道で跳ね上がる蹴り足。当たらない。ボリスの動きを加速させるようにイグナード王の腕が上に振り切られ、蹴り足の軌道を加速。回転させるように後ろに吹き飛ばす。

 半身を引いたイグナード王が無造作に腕を真横に振るえば、五条にも重なる闘気の爪撃がボリス目掛けて放たれていた。
 体勢を立て直すと同時に、咆哮するボリスが応じるように爪撃を放つ。闘気と闘気が激突して爆裂が巻き起こった。



 グレイスは――2人の獣人を纏めて相手にしていた。
 頭上と側面。2方向から切り込んで来る獣人と切り結ぶ。
 覆面の隙間から覗く獣人の特徴は猛禽のそれだ。翼の色は黒と白、綺麗に分かれていた。二体の獣人の斬撃を、双斧でそれぞれ受け止め、そのまま猛烈な勢いで斧を縦横に振り回して切り結ぶ。獣人達は片刃の長剣をそれぞれ装備している。
 頭上の黒い猛禽を斧の一閃で後ろに下がらせ、眼前の獣人目掛けて踏み込んだかと思うと、双斧を揃えて叩き込む。

「ぬおおおっ!」

 白い猛禽の獣人が全身から闘気を漲らせて得物の強度と身体能力を補強。グレイスの一撃を剣で受け止める。グレイスの踏み込みの分だけ後ろに下がるが、押し切るには至らない。獣人が吹き飛ばされるより早く、もう片方の獣人が跳ね返るように戻ってきたからだ。

「膂力で我等兄弟の上を行くとはな! だがっ!」

 獣人兄弟達に気後れした様子はない。膂力で劣るなら速度や技量、連携で補うとばかりに矢継ぎ早に切り込む。凄まじい速度の波状攻撃。入れ替わり立ち代わり、兄弟ならではの呼吸の合わせ方でグレイスに攻撃を繰り出す。

「なるほど……。言うだけのことはあります」

 そういったグレイスの足元から漆黒の闘気が渦を巻いて巻き起こる。
 舞うように斧を振るうグレイスと、代わる代わるに攻撃を繰り出す2人の獣人。いくつもの金属音と火花が空中に散った。



 ――防御陣地周辺。あちこちで空中戦が巻き起こる。
 シーラと相対するのは同じく人間の姿が強く出ている女獣人の1人。覆面の隙間から覗く耳や、その尻尾は、シーラと同じ氏族である猫獣人であることを示していた。

「こんなところでお仲間を相手にするとはねぇ!」

 そんな言葉を口にして飛び回りながら金属の鞭を振るう獣人。闘気に操られて複雑な軌道を描いて迫る鞭を、並外れた動体視力と予測で見切ってシーラが攻撃を回避する。そして眉根を寄せた。

「同じ氏族であっても、きっと話は合わない。人質を取るような輩は、気に入らない」
「はっ!」

 女獣人は吐き捨てるように笑うと、更に攻撃を苛烈なものにしていく。
 手元の動き。闘気の流れ。それらを見ることで鞭の軌道を予測できる。瞬間瞬間姿を消して幻惑しながら真珠剣で切り込む。



 ディグロフは――シリウス号から降りてきたオルディアの姿を見出すと、何人かの仲間を引き連れ、彼女の所へと真っ先に突っ込んでいった。身辺の側には前衛としてベリウスやウィンベルグが控えていたが、迎撃に移ろうとする彼らの動きを手で制して、オルディアはディグロフと向き合う。

「わざわざ戦場に出て来られるとは思いませんでしたよ。こうして見つけてしまった以上は、捕えて有効に活用させてもらうとしましょうか。エルフの使役する精霊の力程度で、我等を止められるとは思わぬことですな」

 そんなディグロフの言葉に、オルディアは目を閉じる。そして言った。

「それができるのならば、好きにすればいい。私はもう、自分の運命から逃げるのは止めにしたわ。――運命。そう。私の力はきっと――貴方達に使われるべき運命だったとさえ思えてくる」
「訳の分からない事を――!」

 そう言って、ディグロフが踏み込む。同時に引き連れていた獣人達が、ベリウスとウィンベルグが横槍を入れられないように攻撃を仕掛ける。
 闘気を纏いながら猛烈な勢いで突っ込んでくるディグロフに対して、オルディアが行ったのは無造作に眼前に手を翳し、マジックシールドを展開する。それだけだった。

 ただそれだけで、マジックシールドに攻撃を叩き込んだディグロフの力が、速度が、目に見えて減衰、動きそのものがゆるやかに停滞する。

「な、に!?」

 身体から何かが奪われていくような、奇妙な感覚。
 自身の周囲に緑や紫の魔力に似た煌めきをディグロフは目にするが、それが何かが分からない。
 単純なマジックシールドに見えたものは――幻影によって見た目の変化を齎された瘴気の塊に他ならないのだが――ディグロフにはそれを知る由もなかった。作り出された瘴気の塊。その只中にディグロフは留まり続けている。

 明らかに速度の落ちたディグロフを、オルディアは身体ごと避ける。
 目で追える速度だ。決して速くはない。文官であるディグロフから見ても決して武術的に優れているとは言えないような、お粗末な身のこなし。目で追えているのに動作が追い付かないという矛盾。
 オルディアを追ってディグロフが振り返ると、彼女の掌の上に、何やら虹色に輝く宝石のようなものが浮かんでいた。

 自身の身体の周りに、煌めく気流のようなものが舞っている。その気流が宝石に向かって流れ込んでいくのが見えた。
 危険だと、野生の勘が告げる。怪我をさせずに捕えることを諦め、闘気を振り絞って弾丸を叩き込む。その闘気弾すらも、オルディアに届く前にやせ細るように虚空に消えていく。気流の輝きが増した、ような気がした。
 酷く寒いとディグロフは感じた。力を引き出そうと振り絞れば振り絞る程に、身体の内側から熱が奪われていくような。それは、悪手だ。
 外に放出せずに内側で練り上げるのが正解だったのに、全く逆の行動を取ってしまった。その結果として、膝から崩れるように力が抜けていく。そんなディグロフに向かって。

「返すわ」

 眩い閃光がオルディアの振るう宝石から放たれた。至近距離から白光をまともに顔面から浴びて、ディグロフの身体が手も無く後方に吹き飛ぶ。
 その性質が闘気によるものであると判断するよりも早く、ディグロフは洋館の壁に激突してそれをぶち破る。身体能力を補強するはずの闘気がない。衝撃によってディグロフの意識は飛んでいた。

「後付けの力……。特にあなたの場合は、鍛練も伴っていない。引き剥がすのは、容易だわ」

 そうして、ウィンベルグやベリウス達と交戦している獣人達に目を向ける。オーロラのような色合いの輝きがオルディアの身体の周囲に舞った。
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