挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

835/1237

番外90 獣魔の主

 ディグロフは、やはりその屋敷の中へ逃げ込んでいった。目指す場所はそこで間違いなさそうだ。
 ベルクフリッツの拠点は森の奥にある。兵士達を今から派遣するには遠い距離。立地も森の中と、やや進軍させるには難しい場所と言える。
 ディグロフが報告に向かった事を考えれば、連中は程無くして必要なものを纏めて拠点を引き払い、また別の場所に潜伏する方向で動くだろう。
 そこでイグナード王の側近の武官達を戦力として引き入れ、シリウス号で連中の捕縛に向かう形となる。

「それでは、ベルクフリッツの拠点に向かって飛行します。迅速に到着するために相当な速度を出すので、その点を踏まえてしっかりと座席に身体を固定し、戦闘の心構えも今の内にしておいて下さい」

 伝声管で艦内全体にアナウンスを行う。艦橋や船内のみんなが座席に着いたことを目視と伝声管で確認し、そして方位を合わせてシリウス号が進み出す。すぐに火魔法による加速が行われ、猛烈な勢いで景色が流れ出した。

 ディグロフが単身で逃げ込める距離だ。人里離れているとは言え、シリウス号であるなら直線距離を突っ切るので、僅かな時間で到着できる。

「ディグロフ同様、取り巻き達も同じような力を隠している可能性がありますね」

 と、真剣な面持ちのグレイスが言う。グレイスにしてもテスディロス達、オルディアにしても呪具の封印は既に解いてある。いつでも臨戦態勢だ。

「そうだな。洞窟で戦った獣人達の実力も参考にならないかも知れない。油断せず、充分に気を付けるように」

 そう言うと、みんなが真剣な面持ちで頷く。
 マルレーンが地図上で光点を浮かべ、エクレールの待機している位置を示している。そこに向かって一気にシリウス号が近付いていく。
 そうして――森の彼方に、ベルクフリッツの拠点が見えてくる。

 速度を緩めてエクレールを船内に回収。モニター越しのライフディテクションには多数の反応が見える。ベルクフリッツの手勢が屋敷にいるということなのだろう。
 そのままシリウス号の迷彩を解いて、屋敷の間近まで一気に間合いを詰める。
 そうして、屋敷から何人か獣人達が顔を覗かせた。甲板に姿を現したイグナード王が大音声を響かせる。

「獣王イグナードである! 屋敷に逃げ込んだディグロフと、その主であるベルクフリッツに告ぐ! 儂の外遊中、ヴェルドガル王国での誘拐未遂事件を画策した首謀者である嫌疑がそなたらにはかかっておる! 手向かいや逃亡はせず、大人しく投降するが良い!」

 抵抗を止めて投降するようにとイグナード王は呼びかける。首謀者達はともかくベルクフリッツの屋敷にいる獣人達がどこまで事情を知っているのかは分からない。獣王の名を出し、正当な理由から捕縛しに来たと言えば、事情を全く知らなかった者は大人しく投降する可能性がある。
 まずはそこで線引きをして戦意を挫いたり切り崩しを狙うわけだが――。連中の反応はややこちらの予想とは違った。

 屋敷の窓から得物を手にして庭に飛び降りたり屋根の上に登って、牙を剥き出しにし、闘気を身体から立ち昇らせている。
 しかも顔に布を巻きつけて個人の特定ができないようにしているという。交戦する気満々だな。

 事情を知っていてベルクフリッツについていこうと考える者達、ということか。
 敵の戦意は充分なようだが、この反応……。ベルクフリッツから力を与えられてこちらに対抗できると考えているということだろうか。
 対抗――どこまでだ。国軍を敵に回してまで抵抗すると?

 俺も甲板に向かい、連中を直接見やる。この距離だとモニターでは一部しか見えないから、全体を俯瞰して生命反応の動きを見たい。どさくさに紛れてベルクフリッツだけが逃げるような状況は避けたいからだ。

 そうやって甲板まで出て、敵の動きを観察していると、屋敷の中から1人の獣人がディグロフらしき覆面の獣人を伴って現れた。ディグロフは泳がされていた事を察したのか、随分と憎々しげな表情を覆面の下で浮かべているようだが……問題はディグロフではなく、一緒に現れたもう1人の獣人の方だ。
 ホークマンから引き出した情報と一致する……大柄の獣人。一際強大な生命反応。

「恐らく、奴ですね」
「どうやら……間違いなさそうではあるな」

 顔に布を巻きつけているが、現れただけで分かる程だ。身のこなし。歩き方だけで周囲の者達とは比較にならない程に凄まじく洗練された武術、体術を身に付けているのが窺える程に。
 身体的な特徴や僅かに覗く目元から察するに、イグナード王と同じ大型猫科の獣人……のように見えるが。……獅子獣人、だろうか?

「ベルクフリッツだな?」
「如何にも――」

 イグナード王が問いかけると、奴はそう答える。そしてそれから隣に立つ俺を見ると――布を巻いた覆面の下で一瞬大きく目を見開き、それからにやりと笑ったらしかった。

「イグナード王が現れたと聞いて見てみれば……信じられんな。それ以上の極上の獲物と巡り合えるとは」

 ……俺を見据えて、奴はそう言った。

「イグナード陛下との直接対決を嫌がって人質を取ろうとしていた割には、随分と堂々としているじゃないか」

 挑発、というよりは奴の目的に見当をつけるための探りを入れれば……奴は小さく肩を震わせた。

「……クク。他の獣王候補共ならいざ知らず……イグナード王相手となれば流石に力の出し惜しみができぬとは考えていたがな。そら。このような姿を衆目に晒しては――その後の統治が少々やりにくくなる」

 掌を空中に向けて鋭い爪を見せるベルクフリッツの身体から、膨大な量の闘気が立ち昇り始める。……生命反応の輝きが異常なものになっている。幾つもの別種族の個体を示すような煌めきが混然一体となっているような。

 しかし……決して清浄な印象はない。瘴気ではないものの――何か真っ当な手段で得た結果とは思えない邪悪さがそこにはあった。
 ベルクフリッツの瞳にも変化がある。白目の部分が黒く変色。瞳孔が赤に。四肢から膨大な量の闘気と火花を散らす。

「これは――」 
「東から流れてきた術者から学んだ仙術の一種だ。仕留めた獲物に然るべき術を施し、その後に喰らうことでその力を我が物とする――」

 仙術? 仙術と言ったか?
 ああ、そうか。獣魔の森より更に東は、極東に繋がる土地なわけか。ベルクフリッツは獣魔の森に東から流れてきた術者と知己を得て、そしてその術を身に付けた。

 ……そして、こいつは獣魔の森に棲む高位体や変異体の魔物を、儀式を経て喰ったわけだ。
 俺を見て獲物と言ったのもそうだ。戦いの相手という意味ではなく、文字通り喰って力を取り込もうと考えている。だとするなら――。

「お前は――オルディアもそうするつもりだったわけか?」

 イグナード王が問いかける。

「貴様の養女か。クク……。何やらエルフとは違う生き物のようだからな。事と次第によっては、と考えてはいたがな」

 オルディアに目を付けたのは野生の勘か。性質が悪い。ベルクフリッツは――魔人ではなく、獣人であるのは間違いないようではあるが。肉体的に優れた種族に、鍛練と仙術か。
 確かに魔法と違って仙術の方が獣人との相性は良いように思える。かなり……始末に負えない組み合わせだ。

 ベルクフリッツの周囲の取り巻き共にも変化があった。めきめきと音を立てて闘気と筋力が膨張していく。1人に1つずつ、別の生命反応が宿っているような不自然な輝き。見覚えのある魔物の生命反応に酷似している者もいる。
 ……自分だけが知る秘術をそう簡単に周りに伝授するわけがない。周りの連中はベルクフリッツから力を吹き込まれた、と見るべきだろう。恐らく、そういう術があるのだ。
 ディグロフを見る限り並の獣人より遥かに強力になるのは間違いない。連中が強気になるわけだ。

「……奴の習得している仙術とやらには、少しばかり心当たりがあります。業腹ではあると思いますが……魔法に近い術や絡め手を身に付けていると思うので、僕に任せては貰えませんか?」

 そう隣のイグナード王に言う。

「……そなたが窮地だと判断したら割って入るぞ」
「分かりました」

 イグナード王の返答に頷く。
 グレイス達もイグナード王と同じ気持ちなのだろう。彼女達の心配してくれている気持ちには、分かっているというように小さく笑って頷き返す。

 ウロボロスを手に魔力循環で力を高めながらもベルクフリッツを見やれば――奴は嬉しそうに覆面の下で笑った。
 俺の見立てを言うのなら――ベルクフリッツはもう真っ当な生き物としては、とっくに引き返せないところにいる。
 加えて、暗躍しながら仲間を集めて鍛練したり、間者を送り込んだりなど……着々準備を進めていた事を考えると、獣王になってから後に、本気でエインフェウスを作り変えるつもりなのは間違いない。
 ここできっちり止めないと……エインフェウス一国だけには留まらない災禍になるな、これは。
 さて。では――気合を入れてかかるとしよう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ