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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外88 官吏の心の内は

 官吏達はすぐにやって来た。到着から程無くして、身嗜みもきっちり整えてはいるが、それ以外の事に気を回していた余裕はあるまい。
 件のディグロフはすぐに分かった。呼ばれた4人の官吏の内、犬の獣人は1人しかいなかったからだ。犬獣人というからどんな姿かと思ったが……ジャッカルやコヨーテのような、野性味のある顔立ちであった。狼獣人達に比べるとやや小柄。そして武官では無く文官であるという話だ。
 なるほど。立ち居振る舞いは、確かに武術を修めた者のそれではない。魔力の異常も……見られない。文官であるというのは間違いないのだろう。

 いずれにしても他の官吏達がやや戸惑っている印象なのに比べ、堂々とした態度であるように思う。

「これはイグナード陛下。此度はどうなされましたか」

 官吏の内1人が質問してくる。イグナード王ははっきりとディグロフを見据えて言った。

「ふむ。ザインベルグの官吏達――特にディグロフに話を聞きたいと思ってな」
「私に、ですか。はて。どういったご用件でしょう?」

 名指しをされても動じたところがないというのは、相当な胆力を備えているようにも見える。心当たりがあろうがなかろうが、こういった形の主君の訪問で名指しを受けるというのは、用件が平穏なものではないと察しがつくからだ。
 心当たりはないが失態を見せまいと毅然としているとするなら、有能な証拠ではあるかな。逆に……露見を察した上で開き直っているとするなら不遜な態度でしかないが。

 後者であるなら……心情的に追い詰められていないということだ。
 ベルクフリッツという後ろ盾がいるからと考えることもできるが、ディグロフ個人に関しても奥の手を隠し持っている可能性が高い。
 一方でザインベルグの武官、文官達を抱きかかえて謀反を起こす、という線も想定の範囲内である。シリウス号がある以上、離脱も応戦も可能だし、それならそれでこちらとしてもいくらでもやりようはある。
 ディグロフだけでなく、他の官吏の様子にも注意を向けておこう。
「儂がヴェルドガル王国へ訪問した事はかねてからの通達のあった通りだ。しかし外遊中に横槍を入れてきた者がおってな。故に、こうして境界公の協力を得て、急ぎエインフェウスへと戻ってきたわけだ」
「横槍、ですか」
「うむ。オルディアを誘拐し、儂に対しての人質として利用しようとした。我が国出身の獣人達だ。メルヴィン王の協力により、捕縛されたその者達には魔法審問が行われた。そこで――そなたの名が出てな」

 そう言ってイグナード王が視線をシリウス号へと向ける。甲板に梱包されたホークマンの副官が連れて来られ、ディグロフと視線が合う。
 ホークマンの副官は切羽詰まった情けない表情であったが……ディグロフが動じていないからかどちらも一言も発さなかった。代わりに周囲の官吏達が反応する。

「誘拐とは、卑劣な……!」
「事実だとすれば、獣王陛下への裏切りに他ならない……。ディグロフ殿! これは一体どういうことなのです!?」

 同僚達から詰め寄られるも、ディグロフは静かに目を閉じ、そして開くと言った。

「魔法審問ですか。あれは……認識を問う、というものであったはず。ヴェルドガル王国の魔法技術が確かなものだとしても、私を陥れようとする者の策謀の可能性もありましょう」
「そうだな。しかし、魔法審問によって下手人からそなたの名が出たというのは事実。故に、そなたには潔白を証明するための調査協力を要請しに来たのだよ」

 イグナード王が言うと、ディグロフは納得した、というように頷く。

「なるほど。そういうことでしたか。勿論調査には協力します。納得がいくまでお取り調べ下さいませ」
「そうさな。ここにはおらぬが、氏族長であったコーバックも一味の1人であることが判明している。証拠品として竜籠と飛竜も押さえていてな。その線と金の出入りから調べを進めていくことになろう」

 と、言われてもディグロフには外面的には動じた様子が無い。しかし――。

「もう1つ聞きたいことがある。ベルクフリッツという名に聞き覚えは? 儂は――今回の事件の首謀者と見ているのだがな」

 そんなイグナード王の言葉にディグロフは弾かれたように顔を上げた。目を見開き、イグナード王を見やる。他の獣人達は――官吏にしても武官、文官にしても、特にこれといった反応を示さなかった。

 ベルクフリッツが怪しいのは確かだ。こちらが首謀者として見ている、というのも。
 ディグロフがベルクフリッツと通じていると仮定した場合、一番の打撃となることは何か? 
 それはベルクフリッツが誘拐事件を画策したと、表沙汰にされてしまうことだ。卑怯、卑劣が嫌われるエインフェウスでは、それだけで獣王としての目が遠のく。まあ、肝心の顔が割れていなければまた名前を変えることもできるのだろうが――。

 とは言えこの揺さぶりは冷静沈着なディグロフにも有効だったらしい。そしてこうやって反応してしまっては言い逃れはできない。疑惑が確信へと変わる。
 それをディグロフも理解したのだろう。溜息を吐いてかぶりを振った。

「情報源はコーバックか。露見からまだ大した時間も経っていないだろうに、あの方の名を漏らすとはな」

 そんな言葉に武官達が素早く反応した。四方から槍を構え首の周りを押さえ込むように囲う。
 ディグロフは――そんな武官達の動きにも抵抗を示さなかった。

「やけにしおらしくしていたが……この場を穏便に凌いで、何らかの方法で策謀の露見と儂の訪問を、ベルクフリッツに知らせるつもりだった、というところか?」

 イグナード王がそう尋ねると、ディグロフは口の端を歪ませた。当たらずとも遠からず、か。

「何故だ?」

 何故。何故官吏として地位を得ていながら裏切るような真似をしたのか。そこまでする見返りは? ベルクフリッツがディグロフに何をしてくれるというのか。そういった諸々を込めての言葉。

「ふ、ふふ。最強の者が獣王となるというのなら、私が仕えるべきはあの方に他ならない。あの方のお役に立つために私は官吏を目指したのだから。ベルクフリッツ様の元で、エインフェウスは更に精強な国となるだろう」

 ディグロフは目を見開いて笑う。最初から――出世することそのものがベルクフリッツのためだったと。相当に心酔しているのは間違いないようだが。

「それがベルクフリッツに心酔する理由か? 強者を自負するなら堂々と継承戦で挑めば良かっただろうに、何故誘拐などを画策した?」
「さあて――何故でしょうな」

 ディグロフは、そういって笑った。

「しかし1つだけ言えることはある。私のように生来の力に劣る者でも、あの方に付いて行けば……このようになれるということ――ッ!」
「離れろ!」

 警告を発する。武官達は身構えたがそれでも足りなかった。
 突如として。ディグロフの身体から闘気が渦を巻いて、周囲を取り囲んでいた武官達を弾き飛ばしたのだ。間髪を容れずに大跳躍。易々と中庭から城の壁の上まで跳んで取りついたかと思うと、そこから城の外へと更に跳び出していく。
 獣人達をしてもそうはいないだろう、飛び抜けた身体能力。体術の類でさえない、闘気による強化を用いるだけの大跳躍。あれが――ベルクフリッツの与えた見返り、か?

 推測は後だな。マルレーンに視線を向けると彼女は真剣な表情でこくんと頷いた。逃走の手段があることも想定して、既にエクレールが追跡を開始している。
 普通ならば逃がさないように動くが、ディグロフのように心酔している相手から居場所の情報を引き出すのは中々に難しい話だ。だから、わざと逃がして案内させるという手立ても考えていた。
 後で牢屋や輸送中の警備を甘くするとかで逃がすつもりでいたが、あんな力技で逃げるというのはやや予想外ではあるかな。

 エクレールに風と光の魔道具を装備させ音と姿を消させれば――相当な隠密性と速度で追跡ができる。加えてライフディテクションも発動可能だ。
 これならば獣人達であれ察知することも力任せに振り切るのも難しいし、森の中を紛れるように進まれても見失うこともない。

「これより謀反人、ベルクフリッツを捜索する。兵士達に通達を――」

 と、イグナード王が指示を飛ばすと、呆気に取られていた城の人員が慌ただしく動き始めた。
 ザインベルグ在中の者達は外に向かう前に、兵士達の許可を得てからにするように通達を出させる。
 その上でシリウス号を高空に停泊させ、道以外を使って逃げようとする生命反応があった場合、それを追う、というわけだ。勿論、強大な生命反応がザインベルグ内に見られた場合は、ホークマンの話で判明している身体的特徴と照らし合わせて事情を聞く、ということになるだろう。

 だが、ベルクフリッツはザインベルグにはいないのではないかという予想も立てている。その場合、もっと東――獣魔の森に寄った場所に拠点を作っているのではないかと思われる。

 ディグロフは――最初にこちらを撒こうとするだろう。ベルクフリッツのいる場所から逆方向へ向かったりだとか。
 そこで自分を追跡できなかったと確信すれば、どこかの段階でベルクフリッツの居場所へ向かうというのは充分に考えられる。
 ベルクフリッツに事の露見を知らせるためだ。ザインベルグに常駐していないなら、この事態も察知できないだろうからな。

 ザインベルグからの人の出入りは俺達がシリウス号で押さえ、ディグロフの位置はエクレールが掴み――そして泳がせてベルクフリッツの居場所へ案内させるという寸法だ。
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