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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外85 飛行船への強襲

 シリウス号が出発するまで魔石等の準備が必要。 
 そんな名目でその場に留まり、イグナード王はイグナード王で用事があるので大規模な歓待はできないまでも、食事の用意をさせるということで俺達が城に留まる理由を作り出し、敵がシリウス号に対して動きやすいと思われるような状況を作ってやる。

 その間に通信機でシリウス号側に連絡を入れて、手ぐすね引いて敵の襲撃を待つ、という形だ。オルディアとレギーナを狙ってくることも考えられるが、その場合はシリウス号側でなく、こっちで迎撃するだけの話である。

 敵が動きを見せないならそれはそれで良い。その場合は適当な頃合いで東に出発してしまうし、動くなら叩き潰してから東へ向かう。都に敵がいるなら残さないに越したことはない。

 ディグロフの名前や誘拐の実行犯、飛竜や竜籠を押さえられているという事実を知って焦るということは、調べればあの蝙蝠の氏族長にも繋がる証拠が出てくる可能性が高いということだ。
 そうなれば今のタイミングで動く動かないに関わらず、あの氏族長を待っているのは身の破滅となる。
 尻に火が点いた状態で刻限を曖昧に区切られて、どれほど正常な判断力を保っていられるだろうか。

「……苛立った様子で、何人かの若い獣人達に声をかけて人を動かしておるようじゃな。どうも、精霊の話を聞いておる限りでは、戦うための準備をしておるのは間違いなさそうじゃぞ」

 と、アウリアは連絡要員の精霊の話にこくこくと首を縦に振って耳を傾けていたが、そんなふうに状況を教えてくれた。
 緊急時だから人を動かしていると抗弁できなくもないが……。まあ、状況から見るとますます怪しい動きではあるかな。

「本人も動くつもりなのかしら?」

 イルムヒルトが首を傾げる。

「その場合は言い逃れもできなくなるから楽なんだけどね」
「あの男はあれで結構な実力を持っている。戦力が足りなければ本人が動く可能性は高いな」
「確かにこの状況で手勢を動かすとなると、時間的にも人員的にもかなり制限されてしまうわね。船の襲撃に加われる面子は誘拐犯の仲間、ということになるのでしょうし」

 イグナード王の言葉に、クラウディアが目を閉じてそんなふうに言った。

「シリウス号の情報を持っていないなら……私なら翼を壊せば飛べなくなる、と思うかも」

 シーラが敵の考えを推測して口にした。マルレーンもその言葉に同意するようにこくこくと頷く。

「ああ……。それはそうかもな」
「確かに、薄くて壊れてもおかしくない……ようにも見えるよね」

 アルフレッドが苦笑する。翼を壊せば飛べないというのは確かに自然な発想だ。
 情報も手勢も、そして準備の時間も足りない状況。短時間の襲撃で最大限の効果を上げようとするなら……シリウス号の翼を狙うというのは大いに有り得る。まず移動手段を封じ、証拠隠滅の時間を作る。その上でオルディアを狙えば……逆転の可能性も高まる、か?
 問題は――翼を狙えば良いという発想が勘違いであることなのだが。
 まあ、その点については可能性が高いから通信機でシリウス号側にもう一度連絡しておこう。

「翼は飛行に関係ないのですか?」
「飾りというわけではありませんが……無くても飛べるのは事実ですね」
「それに、翼だってそうそう簡単には壊せません。すごく頑丈なんですよ」

 と、オルディアの言葉に俺とアシュレイが答えると、彼女はレギーナと顔を見合わせて安堵したような表情を浮かべていた。

「それは良かったです。あんな綺麗な船が壊されるのは嫌ですし」
「うん。私もやだ」
「ふふ」

 オルディアのそんな言葉にセラフィナが同意する。そんなやりとりにグレイスが微笑む。
 と、そこでアウリアが言った。

「連中、そろそろ動くようじゃな。日暮れ時に乗じ、覆面やら外套やらを用意して湖に向かうつもりのようじゃ」

 ……顔を隠して近付いて、そこから一気に襲撃するつもりだな。
 短時間の強襲で、こちらの行動を阻害さえできれば良い、と考えれば、やはり翼狙い。
 その後は都の外の森に逃げ込むなどしてしまえば追撃も難しいし、どさくさに紛れて街中にも戻って来れると踏んでいるのだろう。

 だが、そう上手くはいかない。シリウス号側と連携するために光魔法で姿を消したバロールを城の窓から放ち、高空に打ち上げる。そこから眼下をライフディテクションで見やれば――確かにシリウス号に向かっていく一団が見えた。図体の良い獣人達と、その中央に蝙蝠の氏族長。フード付きの外套を被って暮れいく森の都の木々の間を……迂回しながら進んでいく。

 人数。方向。バロールの監視の目で得られたそれらの情報を通信機で連絡。同時に会議室の皆に伝えて情報を共有する。

 シリウス号にはイグナード王が警備として残した武官が若干名。
 飛行船は証拠も乗せているので、物見遊山の人々も遠ざけられている。蝙蝠の氏族長率いる連中は、湖畔まで到着すると、木々に隠れるようにやや離れた位置から武官の様子を窺った。

「連中にしてみれば、最低限、重い一撃を翼に通すことができればそれで充分、と考えるわけだ」
「破壊工作を行うとするなら、翼が自然に壊れたように見せかけられればそれが理想でしょうけどね」

 ローズマリーが肩を竦める。そうだな。泥棒と同じで、そもそも破壊工作があったと気付かせないというのが理想かも知れない。中の証拠ごと隠滅しようと火をつけようにも金属の船では如何ともしがたい。内部に潜入だとか、それ以上を望むのはハイリスク過ぎる。

「となると、警備の武官に話しかけて、気を惹いている間に死角からの攻撃を仕掛ける――」

 一団の中から1人が離脱していく。連中の一味と言わんばかりの外套も仲間達に預けて、気安い様子で警備の武官達に話しかける。
 世間話だとか、シリウス号の話だとかをして注意を惹き付け――。その隙を見て船への襲撃を仕掛けるわけだ。
 バロールの瞳に映る生命反応が、一気に増大していく。連中が闘気を高めているのだ。残った者達で間合いを詰めて翼に一撃を加えて破壊。離脱するという作戦なのだろう。

 連中の視線の向き等から察するに、警備からは船体で死角になるであろう、湖の中心側の翼に攻撃を集中させるつもりらしかった。

 湖畔から闘気を纏って一気に跳躍。翼目掛けて獣人達が放物線を描いて跳んで行き、それに合わせるように湖面すれすれを蝙蝠の氏族長が飛行する。上と下から挟み込むように攻撃を加え、翼をへし折るつもりなのだろう。

 だが――。
 タイミングを合わせて闘気を纏ったそれぞれの得物を叩き込んだというのに、虹色の波紋が船体全体へと広がっていっただけで、それ以上の事は何も起こらなかった。連中が――期待していたようなことは何も――。

「い、一体……何でできているのだ、この船は!?」

 余りの強固さに獣人達の動きと思考が止まった。そこに――。

「ぐはっ!?」

 光弾と化したバロールが直上から降下。翼の上に留まっていた獣人の内1人の、背中に突撃を加えて吹き飛ばしていた。
 そしてシリウス号にも動きが起こる。

「曲者共! そこを動くな!」

 というテスディロスの声と共に、船に残っていた面々が空中に飛び出したのだ。敵が襲撃を仕掛けた翼側を包囲するように展開する。

「その人も連中の一味です!」

 異常を察した警備の武官達が何事かと見回したところに、シオンとマルセスカが猛烈な速度で突っ込んでいく。シオンは警備と一味の間に割って入って守るように構え、マルセスカが問答無用で突っかけていた。
 シグリッタは――敵を逃がさないようにインクの獣を大量に放ち、翼の周辺を取り囲むように黒い獣の渦を作り出す。翼の周りの湖もだ。湖の上に立つラヴィーネが凍り付かせて氷の槍衾とでも言うべき空間を作り出していく。

「こ、こうなっては仕方がない! あの黒い獣達をどうにか叩き潰し、囲みを破って森へ逃げ込むぞ!」

 蝙蝠の氏族長コーバックが叫ぶ。しかし――。

「どこへ逃げるというのだ、コーバック?」

 その命令に応じるように、空中に浮かんだテスディロスが言った。
 外套で顔を隠しているというのに、身元が割れている。襲撃も予期されていたというような対応。その事実に、コーバックはぎこちなく振り返る。
 そこには甲冑と雷を纏った騎士が空中に佇んでいた。幻影の魔道具を発動させたテスディロスの姿。

「お、おのれぇ!」

 そこでコーバックの精神は限界に達したらしい。圧力に負けたというようにテスディロスに躍り掛かる。他の獣人達もコーバックに応じるように攻撃や離脱を行おうとする動きを見せた。

 1人がシリウス号の翼を蹴って、インクの獣を強行突破しようという動きを見せる。そこに突っ込んできたのが、光弾と化したアルファだ。横合いから猛烈な速度で突っ込んできたかと思うと鋭角に折れ曲がり、空中を二度、三度と体当たりを食らわせ、錐揉み状態で吹き飛ばす。
 湖畔に落ちようかというところでリンドブルムが掻っ攫い、甲板目掛けて死なない程度の高度と速度で叩きつけていく。

 意識を失った獣人を、甲板にのっそりと姿を現したコルリスが結晶で固めて動きを封じてしまう。
 それを見ていた獣人達は呆気に取られたように口をぽかんと開けた。

「くっ!」

 1人が仲間を救い出そうと甲板目掛けて突っ込むが、それも無謀だ。姿を消していたベリウスが突っ込んできて上から踏み潰してしまう。

「な、何だ……!?」

 見上げるそこに、巨大な獣の顎。口の中に揺らめく真っ赤な業火。抵抗すれば火炎を吐き掛けるとばかりに三つ首の内の1つが圧倒的な火炎の柱を空中目掛けて吹き上げる。

「投降するなら命は助けますよ」

 と、空中を高速で舞うウィンベルグとマクスウェル。光弾と黒いインクの獣が空中を飛び回り、シリウス号の周りに氷の槍衾が広がっていく。逃走も抵抗も無意味だと言わんばかりの光景が船の周囲に広がっていた。

「は、速い!」

 シールドからシールドへ。鋭角に。立体的に飛び回るマルセスカの動きが、どんどん速度を増していく。並の獣人でさえもマルセスカの動きについていけない。
 反応はできても変則的な体術と武器の動きが見切れないのだろう。後頭部に鞘に納めたままの得物が直撃してマルセスカに相対していた獣人が白目を剝く。

 それでも――コーバックは抵抗を止めない。テスディロスに向かって咆哮を上げながら突っ込んでいく。空中を絡み合うように切り結ぶ。

 コーバックは繰り出される槍を、予め分かっていたと言わんばかりの機動で避けながら足首に装着した刃物をすれ違いざまに繰り出してくる。闘気を纏った刃がテスディロスのすぐ横を掠めていく。
 離れ際。コーバックが顔を向けると、衝撃波のようなものが一瞬遅れて飛んでくる。それをテスディロスは左腕で受け止めていた。

「……なるほどな。蝙蝠であるなら……音を操る、か。攻防どちらにも使えるようだな」
「お前らが魔道具で空中を飛べるようになったとは聞いている! だがな! 我等は生まれた時から空を自由に舞ってきたのだ! 空中戦で後れをとるものか!」

 そう言いながら、コーバックが飛ぶ。腕に武器を身につけないのはそこに皮膜があるからだ。それを補って余りある、足首に装着した剣。空中を飛び回りながら腕に勝るとも劣らない器用さでテスディロスに切り込んでいく。
 闘気を纏った斬撃を繰り出したそこで――コーバックはテスディロスの姿を丸ごと見失っていた。光。光の尾を目で追ってそこにコーバックは信じられないものを見る。

「氏族長と聞いたから老齢かと思ったが、存外若いし、動きも鋭い。闘気も操るのならばまあ……死にはすまい」

 そんな声が。コーバックが予想していたより遥か遠くから聞こえる。それは青白く輝く雷光の騎士の姿だった。手にした槍も鎧も。半ばから雷と同化している。

「な――」

 テスディロスの本領。機動力と火力を備えた雷光との一体化。幻影の魔道具がないなら立ち昇る瘴気の渦が見えるのだろうが――。
 青白い稲妻と化したテスディロスが複雑な軌道を描いて突っ込んでくる。

「う、おおおおおっ!?」

 悲鳴を上げながら離脱しようとコーバックが飛ぶ。だが、余りにも速度が違い過ぎる。慣性をまるで無視したテスディロスの一撃から逃れる事ができない。
 一閃。テスディロスの手にした一条の雷がコーバックを薙ぐと、一瞬遅れて周囲に余剰な雷光を撒き散らした。

「頑強な身体があるのなら死ぬことはあるまい。そういった加減は得意な方でな」

 そんなテスディロスの声が耳に届いたかどうか。
 白目を剝いて落下していくコーバックを、地上にいたコルリスが結晶を形作った巨大な腕で受け止めて、そのまま梱包してしまう。
 加減が得意、か。電圧と電流を調整して非殺傷の一撃を繰り出せるのかも知れない。
 まあ、いずれにしても襲撃してきた連中は残らず制圧完了というところか。
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