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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外73 獣王出陣

 斜面の陰にあった洞窟入口はかなり広い。
 軒先からひさしが突き出すように岩が迫り出していて、雨風を凌げるようになっている。
 そんな洞窟の入口を入ってすぐの広いスペースに飛竜達が寝そべって、鎖に繋がれている状態だった。飛竜達は昼寝中だったらしい。セラフィナの能力のお陰で無音だったために見張りが倒された異常にも気付かずにいたようだ。
 飛竜達に関して言うなら敵ではないから起こす必要もない。スリープクラウドを用いてちょっとやそっとでは起きないように深い眠りに陥らせておけば、とりあえずは問題あるまい。

「足跡が結構ある。ゴブリンの足跡と、獣人の足跡と……」

 シーラが洞窟の入口を調べながら言った。
 獣人の足跡と大型の竜籠2台という数から相手の規模が推測可能だが……こちらより大人数であるのは間違いなさそうだな。イグナード王とオルディアの事情を考えれば表沙汰にしたくないから、こちらは大人数の動員ができないところではあるが……さて。

 非戦闘員であるアンブラムには、梱包した見張り連中を連れてレビテーションでシリウス号に戻ってもらい……それから洞窟内に侵入を開始する。

 じっとりとした嫌な空気だが。ゴブリンにとってはこれが快適なのだろうか。少なくともここを利用している獣人達にとってはあまり良い環境ではなさそうだ。そして中に入って分かったが、天井や壁にぼんやりと光る苔が生えていて、洞窟内はある程度照明が無くとも見通すことができる。こちらだけ暗視の魔法を使って視界を確保し、相手のランタンや松明を潰してしまうというような手は使えないようだ。

 洞窟内は自然にあった空間を更に掘って小部屋や通路を作ったような印象がある。
 入口から奥へ続く通路は広々としているが、元がゴブリン用だから脇道は小さな通路が多いな……。このあたりの通路や小部屋は獣人達も使えないだろう。
 だが巣穴を接収して実際に利用しているのだから、獣人達にも使いやすいであろう比較的大きな部屋を利用しているのだと思われる。

 と、そこでコルリスが何かに気付いたらしく、脇にある部屋を爪で指差す。

「敵がいる、というわけではないようね」

 ステファニアがコルリスの意図を伝えてくれる。
 嗅覚と聴覚で察知をされないように対策を施しているが……コルリスに関して言うなら魔力を嗅覚として感知しているために、空気の流れに左右されない探知が可能だ。

 部屋を覗き込んでみると、そこそこ広い部屋で寝袋やランタン等が置かれていた。残念ながら連中の得物の類は放置されていないようだ。連中が寝ていたり酒を飲んでいたりと、油断していてくれればこちらとしては面倒がなくて助かったのだが。

「見張りを置いていた事等も含めて……警戒感は持っているようですね」
「そのようだ。統率が取れているということは指揮官が優秀だということだろう」

 イグナード王はそう言いながらも、寧ろ不敵に笑ってみせた。そんなふうに笑うイグナード王自身は、武器の類を基本的には使用しないらしい。己の身体と体術が武器という信条のようだ。
 獣王の称号に相応しく、臨戦態勢になったイグナード王を傍から見ても隙は無い。洗練された武と闘気。無手であることが不利に働くとは思えない。
 一方でレギーナは手甲と脚甲が武器のようである。イグナード王の近くでオルディアと姉妹のように育ったのなら、イグナード王の影響を受けていても不思議はないか。イグナード王とは武術における師弟関係なのかも知れない。

 ともあれ、レギーナ自身も相当な練度のようだし、2人の心情を考えるならここは俺達もサポートに回る形で動くというのがいいだろう。

 敵方が警戒感を保っている事を確認した上で洞窟を更に奥へと進む。

「この先――曲がり角の向こう、沢山人がいるみたい。多分、今までで一番広い空間になってる」

 セラフィナが能力で曲がり角の先の音を集めてきて、そんなふうに教えてくれた。
 構造や敵の位置が把握し切れないので転移魔法による強襲は難しい。……奇襲ではあるが、敵戦力と正面を切ってぶつかる形になるか。というより敵指揮官は出来るだけ戦力を集中させているのかも知れない。人数が多いほうが戦いには有利だからだ。
 退路があるかどうかは不明。一気に制圧するのは無理だが、別の出口が存在していて、そこから逃げようとするのならば途中で分断したり、船に残ったフォルセト達や空から強襲可能なリンドブルム、アルファと連携して外に逃げた相手の位置を捕捉する、というのは可能だろう。

「どうなさいますか?」
「一気に踏み込んで、初手で何人か無力化する。イグナード陛下が自分達の存在に気付いているという状況で、仲間達が無力化されたとなったら、向こうも後に引けなくなるから。人数で勝っているなら逃げるより応戦しようと思うだろうからそこを叩き潰す」
「分かりやすくて良いな。気に入ったぞ」

 グレイスの質問に答えるとイグナード王が口の端を歪ませて笑った。アンブラムの変身した猿獣人への反応から、連中が一味であるのは間違いない。
 では……一気に踏み込んで畳みかけるとしよう。

「行くぞっ!」

 そう言って、俺、イグナード王、レギーナにグレイス、シーラ、テスディロス、イグニスとマクスウェルという面々で広間に踏み込む。

 連中は――果たして談笑しながら食事をとっていたらしい。
 こちらが踏み込むと、真っ先に反応したのは大広間の一番奥にいた黒い狼の獣人であった。眼帯を付けた獣人が、踏み込んでいったこちらの面子を見て声を上げる。

「イグナード王だとッ!? 露見したか、使えぬ猿めが!」

 狼の獣人が叫ぶのと、俺の魔法が発動するのがほとんど同時。雷撃の槍を投擲。入口から最も近い位置にいた獣人目掛けて迫る。それを、獣人は反射神経だけで避けようとしたが、掠めただけで身体の自由を奪う。そこにシーラの粘着網が叩き込まれて倒した獣人を地面にへばりつける。

「てめえら、敵襲だ! ぶっ殺せッ! 生かして帰すな!」

 それを見て舌打ちした指揮官の狼獣人が蛮刀を抜き放って仲間達に応戦を命じる。
 獣人達の反応は速かった。驚愕の表情を浮かべていたのは一瞬の事。狼獣人の号令一下、座っていた体勢から地面に爪を突き立てたかと思うと、跳ね上がるように跳躍して空中で武器を抜き放ちながらこちらへと向き直り、着地した時には臨戦態勢を整え終えていた。運動能力と反応速度に優れているのは分かっていたことだが――。

「ブレンか! 久しいな!」
「ああ。前の獣王継承戦以来じゃねえか!」

 イグナード王は笑う狼獣人――ブレンに向かって真っすぐ突っ込んでいく。

「おおおっ!」

 途中で敵の獣人が雄叫びを上げながら割って入るが、イグナード王の対応は尋常ならざるものだった。――身体の回転と闘気の動きを連動させ、巻き込む渦のような流れを作り出す。槍を逸らしながら渦に巻き込むように引き込み、得物を持つ獣人ごと自分の身体の方へと引き寄せる。

 洞窟の地面を踏み砕きながら上から打ち下ろすように放たれた裏拳が、体勢を崩された獣人を捉えていた。獣人が洞窟の底に衝突するように叩き付けられて亀裂を走らせる。止まらない。イグナード王の疾駆する軌道上にいた別の獣人は闘気を纏った掌底で打ち上げられて大広間の上の方まで木っ端のように軽々と吹き飛ばされていた。
 コンパクトな動作から繰り出される一撃一撃が、凄まじい威力。研鑽された体術と卓越した闘気の操作技術。その相乗効果によって、無手の一撃が必殺の破壊力を秘めている。

 一方で、レギーナは身の軽さと動きの速さを信条としているらしい。シーラにも迫ろうかという凄まじい速度で踏み込んだかと思えば、反応が遅れた獣人の武器を掻い潜り、腕に絡み付いたかと思うと関節を極めていた。相手も獣人。反応して腕を引っ込めようとするが、その動きを加速させるように闘気を漲らせたレギーナの全身が追随する。
 反射的な敵の動きを逆手にとって一瞬の交差で関節を破壊。敵の身体を蹴りながら離脱。

 なるほど……。これが獣王とその弟子、ね。相当なものだ。

 イグナード王やその背を守るように立ち回っているレギーナには、近くにカドケウスを潜ませて不意打ちに備えておけば問題無さそうだ。
 特にイグナード王は、あのブレンという獣人と面識があるようだし、笑っているところを見ると邪魔しても悪い。

 俺のすべきことは、戦況や敵の動きを見ながらできるだけ多くの連中を叩き潰して、イグナード王とレギーナが戦いやすくしてやることだ。

 柱を右に左に蹴って、斜め後方から突っ込んでくる獣人。その手に剣。同時に正面からも獣人が突っ込んでくる。こちらを魔術師と見て取って体術で翻弄しようという構えなのだろうが――甘い。

「トランプルソーン!」

 空中から来る獣人は軌道を変えられない。茨の球体による木魔法でぎちぎちに絞め上げて拘束しながら、正面から来る獣人を迎え撃つ。
 足元を薙ぐような斬撃を小さく跳んで避けながら間合いの内側に踏み込む。杖を振るうには近過ぎる間合いから、魔力衝撃波を叩き込んでやる。魔術師の一撃等とタカを括っていたのか、それで獣人は悶絶した。後方の茨球をレビテーションとマグネティックウェイブによって動かし、鳩尾のあたりを押さえて動きを止めている正面の獣人に勢いを乗せて叩き付けてやる。

「ぐはっ!」
「ぎいいいっ!?」

 そのまま磁力で振り回す。獣人を閉じ込めたままで茨球を振り回して別の獣人に叩き付ける。閉じ込められた獣人は、どうにか内側から闘気によってぶち破ろうともがいているようだが、こちらもトランプルソーンの制御を手放してはいない。破壊されそうになった所から補強し続けるだけの話だ。
 破れるものなら破ってみればいい。中の獣人が闘気を放出すればした分だけ、振り回しているトランプルソーンの破壊力も増すから好都合だ。

「ぐあっ!?」
「ちっ! だ、誰かあの魔術師のガキを止めろ!」

 結果として――闘気で強化されている茨球のトゲで切り裂かれて、幾つもの悲鳴や怒号が飛び交う。
 ミラージュボディで分裂して攪乱しながら茨球を振り回して立ち回る。

「入口が!」

 誰かの声。俺達が入ってきた通路は、既にアシュレイの氷によって塞がれている。仮に俺達を突破してもあそこから逃げることはできない。
 その状況を見て、連中の視線が一瞬泳いだ。視線の先には――別の通路だ。まだ敵の戦意は挫けていないが、だからといって退路のあるなしは心理的には重要なのだろう。複数の出入り口は、ゴブリンの性質上存在するだろうと踏んでいたが案の定だ。

 だから俺も、別の退路があるのだとしても敢えて塞がない。退路を完全に塞いでしまえば連中も決死の覚悟を決めてしまうからだ。
 代わりに闇魔法によって紛れさせたバロールを放って、退路付近に待機させる。逃げようとした相手にバロールからの魔法を浴びせて逃走を防止する、というわけだ。

 さて。準備はこれでいい。ここからはみんなと共に暴れるだけ暴れて敵の頭数を減らし、注意を引き付け続けるだけだ。敵の数が減り、こっちに注目されればされるほどイグナード王達は自分の戦いに集中しやすくなるからな。
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