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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外69 人質奪還戦

 北門を素通りさせ、そのまま進ませる。タームウィルズに入ろうとしている商人や冒険者、旅人や領民等の列も通り過ぎて、そうして猿獣人の一団は街道を進む。
 先導するのは熊獣人。続いて猿獣人の連れていた男達。隊列中央に猿獣人と人質達。男達が人質同士を分断し、魔人の娘に目立たない位置から短刀を突き付ける形で……護衛の女獣人が迂闊に動けない状況を作っているようだ。門を通り過ぎ、少し人から離れた頃合いで、女獣人も武器を取り上げられ後ろ手に縛られているようだった。

 要するに……猿獣人の引き連れている男達も、こういう汚れた仕事だと承知の上でやっているということだ。非合法な仕事を請け負ったからには、明るみに出た場合のリスクも承知の上ということだろう。雇われなのか何なのかは知らないが、こちらからの遠慮も呵責もいらない相手という意味でもある。だから――徹底的に叩き潰す。

 国賓の連れて来た重要人物を拉致して、悠長に歩いてエインフェウスまで戻るとは思えない。
 どこか近くに仲間がいて、竜籠か何かを持ち込んでる可能性は高い。だが……今回は奪還が最優先だ。別動隊がいるとしても人質を奪還した後で、余裕があれば叩き潰す、ぐらいで良いだろう。どちらにせよ、獣人達――実行犯の身柄を押さえていれば情報は引き出せるのだから。

 カドケウスに充分な距離を取らせて慎重に尾行させながら、獣人達の門からの距離、街道にいる人々の位置情報を俺の手元にある土魔法の縮小模型上に再現していく。

 同時に、みんなが模型を見ながらマジックサークルを展開。呼吸を合わせる。
 そして、獣人の一団がタームウィルズに入る人々の列から離れて行き――充分な距離が開いた。他者を戦闘に巻き込まない距離。獣人達の一団が、孤立する位置。
 そして先頭の熊獣人が何事か話しかけ、猿獣人がそれに気を取られた瞬間――。

「今だ!」
「ええっ!」

 クラウディアの声と共に、充分に時間をかけて練り上げた転移魔法のマジックサークルが展開した。タームウィルズ周辺は迷宮の範囲内。つまりティエーラと契約している迷宮管理側のクラウディアの転移魔法で、細やかな移動ができる。

 転移魔法が発動するその瞬間、イグナード王と視線が合う。頷いた俺にイグナード王が頷き返し、光に包まれる。

 ――そうして俺達の姿は、獣人の一団を包囲するような形で出現していた。
 同時に、発動待機に入っていたみんなの魔法が展開して、アシュレイとラヴィーネ、ステファニアの作り出す氷壁と土壁が有無を言わさない速度で展開し、獣人達の隊列と無関係の者達とを、猛烈な速度で分断する。連中の背後。退路を断つ形。

 連中は――まだ突然の状況変化についていけない。
 マルレーンの召喚したシェイドが暗黒の壁を作り出して周囲からの視線を遮断。セラフィナは音を外部に漏れないようにかき消す。これで空間の内側でどんな会話が行われ、何が起ころうが外からは分からない――!

「敵だ! 正面! 構えろ!」

 一瞬遅れて猿獣人が叫ぶ。男達が腰の得物に手をかけたそのタイミングで――グレイス、シーラ、フォルセト、それにテスディロスが連中の進行方向――真正面の暗黒の中から飛び出して突っ込んで行く。だが、それすらも陽動――。

「ちっ! イグナードの養女を――!」

 猿獣人が何かに気付いたように振り返った瞬間。猛烈な速度で黒い刺突が地面から放たれていた。それを――猿獣人は反射神経だけで跳躍して避けていた。カドケウスの初撃を、勘で避けるか。だが、それで十分。

 俺は転移魔法で隊列の中央、直上に出現していた。視覚と聴覚を寸断した空間外からの急降下による奇襲。感覚がどれほど鋭敏だとしても知覚できない。加えてカドケウスを動かすことにより、地面に意識を向けさせている。対応できるものならしてみるがいいっ!

 急降下と同時に人質に短刀を突き付けていた男の脳天にウロボロスの石突きを直撃させて、同時にネメアを食らいつかせて肩口を咬み砕いて利き腕の自由を奪う。
 女獣人の近くにいた男には、バロールの光弾を放っている。着地と同時に踏み込み、もう1人近くにいた男に魔力衝撃波の掌底を叩き込む。
 猿獣人が飛び退った時には幾つもの苦悶の声と骨の砕ける音とが重なり、人質の周囲にいた男達がまとめて崩れ落ちていた。

 猿獣人が驚愕の表情を浮かべて目を見開く。退路と五感を寸断した上での多方向からの完璧な奇襲だ。猿獣人に牙を剥いて笑みを向けてやると、奴は憎々しげに俺を睨み返してきた。

「邪魔をするか! 魔術師風情が、この距離でこの俺に――!」

 猿獣人の得物は手甲、脚甲に組み込まれた鉤爪であるらしい。お誂え向きの武器で、身のこなしとの相性も抜群と言える。そこから闘気を纏う斬撃が連なるように矢継ぎ早に繰り出された。
 それを――ウロボロスとネメア、カペラ、マジックシールドを総動員して、弾き、逸らして、受け流す。目を見開く猿獣人と一瞬視線が交差する。

 潜り込んで直下――。下方から突き上げるように魔力衝撃波の掌底を放ち、動きが止まった瞬間に転身して背中側からウロボロスで打ち下ろす。猿獣人は地面に叩き付けられるが、ぎりぎり闘気による防御を間に合わせていた。地面に片足をついてバウンドするように大きく後ろに跳ぶ。

 下がるなら跳んだ分だけ間合いを詰めて、更にウロボロスを打ち込んでいく。

 人質は――猿獣人との距離が開いた瞬間、ヘルヴォルテとウィンベルグが掻っ攫っていった。猿獣人が驚愕の表情で目で追おうとするが――もう俺が間合いを詰めている。
 僅かに反応が遅れて猿獣人が防戦一方となる。流石の反射神経だ。ぎりぎりで俺の攻撃を受け止め、そのままいくつもの火花が散った。

 救出した2人については――空を駆けるイグニスとマクスウェル。デュラハン、そしてイルムヒルトが、舞い踊るようにヘルヴォルテ達と人質達を護衛している。もはや連中に人質を取り戻す術はない。空中戦が出来なければ、あの布陣を破ることおろか、近付くことすら不可能だからだ。後は――完膚無きまでに叩き潰すだけだ。

「邪魔です!」

 グレイスを止めようとした男は、彼女の纏う暗黒闘気の威力を見誤る。さながら小枝でも折るように、男の闘気を纏った剣を切り飛ばし、あわや胴体ごと寸断というその手前で、グレイスの斧が停止する。
 茫然とした表情を浮かべた男は、鎖によって膝から下をかっさらわれ、巻き上げられて地面に叩き付けられた。グレイスが拳を握り潰すような仕草を見せれば、闘気を纏った鎖が巻きついた足を容赦なく締め上げ、骨の砕ける音と絶叫が響き渡る。
 あれでも十分に手心を加えている。グレイスが本気なら、初撃で真っ二つになっていただろうから。

「遅い――ッ」

 シーラに対応しようとした男は姿を消しながら迫る、その踏み込みの速度と身のこなしに対応できない。一瞬の交差で手足に斬撃を食らい、もんどりうって転げたところに粘着性の蜘蛛糸を浴びせられて脱落する。

 フォルセトを止めようとした男も同様だ。剣と錫杖を合わせたと思った時には足元から生えた蔓に絡め取られ、体勢を崩されて、カウンターの要領で顔面に錫杖を叩き込まれていた。体術と魔法の一体化。フォルセトの技量も相変わらず見事である。

「もう眠りなさい」
「ぎっ!?」

 そう言ってフォルセトは、倒れて悶絶する男に雷撃を放ち、問答無用で意識を奪う。

 テスディロスを止めようとしたのは――熊の獣人だ。叩き込んだ斧は、瘴気の槍に受け止められていた。鍔迫り合いの形になった後に、テスディロスがこれ見よがしに変身して見せたのだ。
 瘴気と紫雷を纏う騎士のようなその姿に、熊獣人が目を丸くする。

「ま、魔人……だと!?」
「ほう。その反応……。貴様は知らなかった、ということか?」

 テスディロスの言葉に、熊獣人は困惑している様子だった。
 連中の目的に探りを入れる意味合いもある。イグナード王の恩人の娘が、魔人であるかどうか、知っていたかどうか。意外そうな反応を見た限りでは……エインフェウス国内の政争である可能性が高まったと言える。

「まあ……どちらにせよ貴様は叩き潰すまでだ」

 そう言ってテスディロスが槍を払って雷光と化しながら横へ飛ぶ。熊獣人は全身から闘気を漲らせて、対抗しようとその動きを追った。
 反射神経ではその動きに付いていける。闘気の量も相当なもので、熊獣人の身体能力に申し分ない。だが――惜しむらくは魔人への対策が何もないことだ。

 テスディロスの性質は瘴気の雷撃。その一撃に対して熊獣人の対抗手段はあまりに脆弱だった。少なくとも闘気だけで対抗しようとするなら、相当な物量で相手をしなければならない。
 それでも熊獣人の纏う闘気の量は相当なもので、テスディロスと打ち合うこともできた。鋭角に軌道を変えて突っ込んでくるテスディロスと、右に左に跳び回りながら大きな斧を振るって切り結ぶ。

 だが、そこまでだ。空中で自在に軌道を変えられるテスディロスに対して圧倒的に速度と小回りで劣る。地上戦しかできない熊の獣人では、離脱も回避もままならない。
 即ち、祝福無しで態勢を立て直すことができないまま、テスディロスに防戦一方の形で押され続けるというわけだ。そうなればどうなるかというと――。

「ぐっ……おおっ!?」

 何度目か、武器を交差させた瞬間――闘気の守りを蝕んだ雷撃が熊獣人の身体にまで届いていた。
 身体の自由を奪われ、天秤が一気に傾く。
 瘴気槍の穂先が跳ね上がるように動いたかと思えば、熊獣人の巨体が空中に巻き上げられていた。稲妻さながらの鋭角な角度でテスディロスが熊獣人の身体に追随する。
 二度、三度と。空中で往復して体当たりを食らわせる。通電と瘴気侵食によるダメージは、それだけで屈強な熊獣人の戦闘能力を根こそぎ奪っていった。地面に落下した時には意識を失い、白目を剥いていた。

 そう。対策も無しに覚醒魔人と戦えばこうなる。ましてやテスディロスの性質を考えれば当然の結果だろう。

「ひっ……か、覚醒魔人なんて、聞いてねえぞ!」
「じょ、冗談じゃねえ!」

 その光景に男達に恐怖と動揺が走る。周囲を包み込む暗黒空間に向かって逃げ出そうとするが――片方は待機していたベリウスに掻っ攫われていった。姿は透明なのに赤い眼光と白い牙だけが尾を引いて。猛烈な速度で悲鳴と苦悶の声が彼方へ遠ざかっていく。もう片方は地面から飛び出したコルリスによって地中へと引きずり込まれて、悲鳴すら上げることができなかった。

「な、何かいる! 暗闇の中に何かいるぞ!」
「か、身体が! 勝手に!? ひいいっ!」

 ベリウスやコルリスだけでなく、ローズマリーのマジックスレイブも滞空している。操り糸で同士討ちを行わせ、更に敵を攪乱していく。
 男達の戦意はもう奪ったと言っても良い。実質的に残ったのは敵団のリーダーである猿獣人だけだ。

「き、貴様ら、まさか……まさかッ!?」

 猿獣人は、一団のリーダーとして迎撃の指示を下しながらも、そのまま戦うか逃げるか、人質を取り返すか奪還するかの判断を迷っていたようだが――初手で彼我の戦力差を見誤った。

 接触からここまでがあっという間の出来事だ。次の指示を出すまでの僅かな間に目的の人物も奪われ、仲間達の戦意も挫かれてしまった。
 ようやく俺達の正体にも思い至ったようだが、判断は遅きに失した。気が付けば取れる選択肢はもうない。

「ま、待て! 待ってくれ! 話を聞いてくれ! これには事情があるのだ! あの熊の獣人とて獣王殿の護衛の1人なのだぞ! これはイグナード陛下に頼まれた極秘任務――!」

 切り結びながらも猿獣人がそんなことを叫ぶ。苦し紛れか。

「言いたい事があるなら審問官に言うんだな。人質を取るような輩と、話す口は持っていない」

 情報を絞り取るつもりでいるから殺すつもりはないが、投降を呼びかける事もしない。この手の輩は叩いて叩いて、徹底的に叩き潰す――!
 クリエイトゴーレムとミラージュボディを併用。実体を持った分身と共に、左右に分裂するように跳んで攻撃を繰り出す。その両方からの攻撃を――猿獣人は足を止めて受け止めようとした。
 ミラージュボディの幻影の中からゴーレムが飛び出してくる。クレイゴーレムがへばりつくように間合いを詰めて、猿獣人が驚愕の表情のままそれを振り払おうとした瞬間――!

「爆ぜろ」

 両手の自由を奪ったその瞬間に、土で作った分身が破裂して大音響と閃光を撒き散らしていた。ゴーレムの体内に仕込んだ、アルフレッド特製の音響閃光弾が炸裂したのだ。

「ぎいいっ!?」

 それを、猿獣人はまともに浴びてしまう。目も耳も良すぎる。だからこの手の攻撃に引っかかる。そして感覚系を潰されれば、それを頼りにしていた分だけ脆くなる。
 嗅覚と触覚を潰すために風を起こして空気の流れをかき乱しながら踏み込む。情報を遮断された猿獣人は全身に闘気を纏ったまま、ともかく間合いを開こうとでも言うように後ろに飛んでいた。
 攻撃を直接叩き込むには、少し遠い間合い。だが、感覚が戻るまでの時間稼ぎはさせない。そうやって俺から少しでも遠ざかり間合いを開こうとするのもこちらの予想の範囲内だ。

 ウロボロスを打ち下ろす瞬間に、術式が完成して一抱えもある岩が杖の先端で膨れ上がった。土魔法、ソリッドハンマー。

「――潰れろ」

 ウロボロスの動きに合わせ、上からの大岩が猿獣人に直撃した。

「げべっ!」

 その方向からの攻撃に意識が向いていなかったのだろう。
 直撃を受けて地面に叩き落とされ、大の字になったまま猿獣人は白目を向いていた。まあ……闘気を纏っていたからな。死にはしないだろう。念のために封印術を叩き込み、土魔法で固めて梱包しておけば問題あるまい。
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