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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外66 王の憂慮は

「儂には――長い付き合いになる友人らがおったのだ。そう……。出会ったのは獣王になる前に遡るかの」

 イグナード王はどこか遠くを見るような目になると、空を仰ぐようにして言った。獣王になる前。イグナード王は王位に就いて相当長いというが……。

「あの時は――確か狩りをしていて森の奥に入り過ぎたのだったか。獲物を追い詰めたは良いが、少し前に降った大雨で土が緩んでいた。崖が崩れ、下を流れる川まで転落しての。いや、今なら壁面を蹴って上に戻って来れるとは思うのだがな。あの頃はまだまだ技量が甘かった。そんな頃の話よ」

 と、イグナード王は軽く冗談めいて笑って言った。俺はその言葉に苦笑する。
 落下途中で崖から崖を蹴って上に復帰、ね。まあ……優れた獣人なら魔法無しでも出来るんだろうな。
 イグナード王にとってそれは悪い思い出ではないのかも知れない。どこか懐かしそうに話しているように見えた。
 ともかく当時のイグナード王は怪我を負い、川に落ちて流され意識を失った後で、その一家に助けられた、らしい。父と母と。子供が1人。

「エルフを何代か前の先祖に持つ親子だと言っておったな。混血だからエルフ達とも折り合いが合わず、森の中で暮らしていると言っていた。森の一部を切り拓き、畑を作り、鶏を飼い――水車小屋を建て……。まあ、晴耕雨読の生活ではあるな」

 隠者とその家族、といったところだろうか。

「儂としては命の恩人に当たるわけだ。またその父親が随分と知性的な男でな。随分な量の蔵書を持っておったよ。儂はまあ……その後、礼と鍛練を兼ねて森に入っては動物や魔物の狩りをして、家族の元を訪れたりしていたが……。いつしか恩人であり友人となり、様々な本も読ませてもらうようになった。儂が獣王となれたのも森での鍛練ばかりではなく、考えながら戦うだとか、様々な着想をそれらの蔵書から得た故、かも知れんな」

 なるほどな。イグナード王の理知的なところはそういう部分から生じているわけだ。
 そうして、イグナード王はその家族とかなり長い間親交を持っていたらしい。

「ところがだ。儂が獣王になったその日。その報告に訪れると、一家は何者かの襲撃を受けていたのだ。家は破壊され、水車小屋は吹き飛び、つつましやかだった家は見る影も無かった。襲撃者は……魔人達であったよ。空を自由に舞い、瘴気をばら撒く死の先触れ。加勢に入ろうとしたが……そこで気付いた。一家もまた魔人であったのだとな」

 魔人による襲撃……か。他人事ではない、話だ。

「――魔人の親子……ですか」

 エルフとの混血を名乗ったのは、不老であるのを誤魔化すため、か。
 別の魔人が襲撃してきたのは同族同士の仲間割れ、か、それとも。

「儂は思考が真っ白になりながらも助けに入ったよ。襲撃してきた魔人達相手に戦った。エインフェウスは力ある者が氏族を纏め獣王となる国。ならば魔人とて。ましてや命の恩人であり友人だからとな――」

 だが、それでもその時には既に遅かった。イグナード王と一家の共闘により、その魔人達は何とか倒したけれど。母親は子を守るために散り、父親もまた致命傷を負った。
 そうして……今わの際に、男は事情を話してくれた、そうだ。
 自分達は、魔人だ、と。

「覚醒に至れず、力も弱い魔人達は……集まって互助を行うこともあるそうだ。盗賊団のふりをしつつも、領主に目を付けられ過ぎない程度に悪さをして負の感情を収穫したりだとかな。我が友はそうした生活の中で女の魔人と出会い、その間に子を設けた。だが……その間に生まれた子がな」

 まだ年端もいかないというのに覚醒をした、ということだった。問題は……それが戦闘型ではなく、補助型であったことだ。
 補助型……ヴァルロスの腹心であるザラディもそうだったが……。
 仲間内で最も強い盗賊団の首魁がその子供の能力に目を付け、野心を抱いた。だから、親子は逃げた。しかし、居場所を突き止められてその顛末だった、ということになる。

「隠遁生活を営むにあたり、一家が魔人としての破壊衝動を抑えられたのはその子の能力故に。力を奪って宝石の形に留めておくことができるそうだ。その能力を父と母、そして自分に使い。そうして魔人としての力を捨てて、人として生きた。そなたは魔人となることを呪いと言ったが……。確かに、そうなのかも知れんな。我が友は魔人としての力を封印して以来、見るもの聞くもの、何もかもが美しく映ったと、そう言っておったよ」

 封印術に似た能力を持つ子供の魔人。いや、力を奪って宝石のような形にするということは、その宝石から力を引き出すことも出来るのかも知れない。
 それは……確かに。当人の戦闘能力が低いのなら、利用できると野心を抱く者が出てきてもおかしくはないな。

「そして陛下は、友人の子供を引き取った、と?」
「察しの通りだ。魔人といえど友人として共に過ごしたあの日々に。最期に残したあの言葉に。偽りなどないと信じたのだ。子もまた、己の持つ能力故に自らの力を封じたまま、人との間で生きていくことができた。そして儂は獣王。庇護するのは難しい話ではない」

 ……ああ。そういう、ことか。
 そこまで語るとイグナード王は、嘆息して己の掌を見やる。

「最強の獣王などと称賛は受けるが、儂ももう、それなりに歳でな。そう遠くない内に力も衰え、何時か若き戦士に敗れるであろうよ。そのことに不満はない。獣王として歩んできた道に悔いは何一つない」

 そう言ってイグナード王は開いていた掌を握る。そうして言葉を続けた。

「ただ一つ気掛かりなのは友の遺した忘れ形見だ。儂がいなくなった後、あの者に安住の地はあるのかと、最近思い悩む事が増えてな。そこに来てそなたの話を耳にしては、居ても立ってもいられなくなった」
「そういうことだったのですか」

 答えると、イグナード王は顔を上げてそれから頭を下げてくる。

「迂遠な方法でそなたの心の内を試すような真似をした無礼と不誠実、どうか許して欲しい」
「いいえ。僕は魔人を庇護するという立場を取ると同時に、母を魔人によって奪われていて、魔人殺しでもあるのですから。ましてや恩人の子の事ともなれば、慎重になるのは当然のこと。謝罪は、必要ありません」

 そう答えても、しばらくイグナード王は顔を上げなかった。
 だけれど、色々と納得が言った。イグナード王の立ち回り方だとか、テスディロス達に話を聞きたいと言ったことだとか。
 獣王としての立場が失われればその子を庇護する力も無くなると危惧していたわけだ。
 イグナード王としてはあまり時間があるとは思っていなかったのだろう。ましてや、それまでほとんど交流の無かった異国の貴族相手の交渉となれば。機会を逃せば、何時になるか分からない。多少強引でも会いに行かねばならない。

 その気持ちは……分かる。俺だってイグナード王の悩みは他人事ではない部分がある。グレイスやクラウディア、イルムヒルトだって、それに近い立場ではあるだろう。みんなは、足場を確保できたけど、その人物は、自身が魔人であることさえ、明かしていないのだろうし。

 魔人の襲撃で親を失うとか。能力を封印して人の中で暮らすとか。色々俺やグレイスとダブって見える部分が多いな。当人が望むかどうかはまだ分からないけれど、できるだけイグナード王とその人物の力になってやりたい。
 これはもう交渉云々等という話ではない。ヴァルロスとイシュトルムに頼まれたことに対する責任が、俺にはある。そう思う。

「僕の立場は、先程お話した通りです。未だ人と魔人の共存の道を模索している道半ばですが、その意思に同調してくれる方であれば、拒む理由はありません。もっとも……当人のお気持ちは重要かと思いますが」
「それは、確かにな」
「……テスディロスとウィンベルグ。2人にお会いになられますか? フォレスタニアにいるので、すぐにお話ができるかと」
「是非、話を聞きたい」

 イグナード王は俺を真っ直ぐに見据えたまま頷く。では、みんなに事情を説明しつつもイグナード王はテスディロス達と引き合わせることにしよう。
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