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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外65 獣王の思いは

 まずは街中を一通り案内してから居城にて歓待。一夜明けたら幻影劇場や運動公園へ、という予定を組んでいる。
 その中でイグナード王は何かしらのリアクションを取ってくるかなと予想しているが……さて、どうだろうか。

 イグナード王は塔の上から景色を眺めていたが、こちらに向き直ると頷いた。

「ふむ。待たせてしまったかな」
「いえ、ここからの眺めも気に入って頂けたなら何よりです」
「そうさな。良い景観だ」

 イグナード王は俺に応じるように口の端を歪ませる。
 意識的な場合は表情も分かるか。入口の広場から浮石を使って下へ降りる際も感心したように腕組みをして小さく頷いていた。

 というわけで外門から街中へと入り、フォレスタニアの各所を案内していく。区画分けされているとは言え、街並みにはまだ空き地も目立つ、なので、大通りに面した部分を主に案内していくことになるだろうか。

「迷宮の分岐点と双方向に移動できるので、冒険者達の中継地点となっています。なので観光客と商人の他には冒険者を多く見かけるかなと」
「なるほどな。あの人だかりは……噂に聞く幻影の劇場か」
「そうなります。席は暫く先まで埋まってしまっているので、陛下を案内する際は通常の上映時間外にての、特別上映となりますが」
「それは楽しみだな」

 と、そんな話をしながら運動公園内部も歩いて展望台や滑走場、遊具場等も見て回り、色々と説明する。滑走場に関しては運動奨励の一環ということで、イグナード王は結構な興味を示しているようにも見えた。エインフェウスという国自体、自己鍛練を奨励しているからな。

「楽しみながら鍛練を行うという発想は良いな。手段ではなく鍛練自体を自身の娯楽として目的にできるのなら、それは大成することも多くなろう。エインフェウスの王としては感心させられる施設だ」

 ん……。論語か何かでそんな言葉を習ったような。知る者は好む者に及ばず、好む者は楽しむ者に及ばない……というような意味だったか。確かに……何事であれそうなのかも知れない。
 そういった施設や街中のあれこれを見て回り、色々質問をされたりそれに対して答えたりしている内に、イグナード王の感情の機微も少しずつ分かるような気がしてくる。多分、リラックスしている、と思うのだが……。
 そうして城へ通じる街の広場まで来たところで、イグナード王がふと尋ねてくる。

「ふむ。あれは?」
「神殿になります。月女神と精霊のもの。それから――戦いの中で没した高位魔人を祀る祠ですね」
「……魔人を祀る、か。それは、何ゆえになのかな」

 イグナード王が足を止め、俺を真っ直ぐ見て尋ねてくる。
 なん、だろうか。雰囲気が先程までの弛緩したものとは少し……いや、明らかに違う。これは、真剣な眼差しで尋ねてきている……で合っているのだろうか。だが、圧力めいたものは感じない。
 だとするなら、イグナード王の訪問の目的は魔人に絡んだことか? ならば、獣人達の王であるイグナード王が魔人とどう絡んでくる?

 ……頭の中に浮かんでくる疑問は一旦他所に置く。
 聞かれたのは俺だ。ならば、それに答えなければならない。魔人について問われるなら、駆け引きや方便でなく堂々と俺の考えと方針を述べるだけの話だ。それで誰に反目されようが共感されようが、俺自身の考えは変わらないし、そうしなければならない、ような気がする。

「話せば、長くなりますが」
「是非聞かせて欲しい」

 イグナード王の返答には迷いが無かった。頷いて、魔人を祀る祠へと向かう。祭壇と鎮魂を祈る言葉が刻まれた石碑がそこにはある。
 フォルセトも祠の管理人として控えており、俺達を見ると静かに一礼してきた。

「お初にお目にかかります。イグナード陛下。私はこの祠の管理を任されている、フォルセトと申します」
「うむ。エインフェウスの獣王、イグナードだ。少しの間だけ、失礼する」

 と、イグナード王とフォルセトを引き合わせて紹介し、それから話を始める。

「僕は――戦いの最中でヴァルロスとベリスティオという、2人の高位魔人に先々のことを託されたからです。先々の事……それは僕達の事や魔人達のことだけでなく、様々な物を含めてのことだったと、そう思います」

 この話をするのなら、魔人達の性質やイシュトルムについても触れなければなるまい。

「魔人達は、強大な力と長い寿命を得る代わりに、他者の負の感情を食らうという性質を得ます。それを……どう見るかは人それぞれでしょう。僕は……結局のところそれは、力を得た代償や呪いに近い物だと思っています」

 覚醒に至らない魔人達は己の飢えを満たすために好んで他者に破壊を齎すし、長生した高位魔人はその強さ故に敵がおらず、何もしなくても他者の恐怖を食う事が出来る。故に生きることに飽きてしまって、戦いの中に死に場所を求めていた。
 ガルディニスは少し毛色が違ったが……色々話を聞いて今振り返って考えてみれば、他の高位魔人のようになるのが嫌で、世俗的な目標を意識的に立ててそれを追求していたようにも思える。

 奴――イシュトルムとて、力の代償としてああなったのかも知れない。だからと言って、奴のしてきたことを擁護するつもりにもならないけれど。
 母さんの事。死睡の王の事。街で暴れた魔人リネットとの戦いに自ら身を投じた事。それからの戦いについてを、話していく。迷宮の秘密については流石に話せない部分もあるが、俺と魔人に関することなら何だって話せる。

「――そうして……魔人達の性質故に破滅を望むようになった最古参の高位魔人の1人――死睡の王、イシュトルムが、人も魔人も精霊をも滅ぼしてしまうような、大規模な破壊を画策したのです。魔人達を率いていたヴァルロスを土壇場で裏切りました。ヴァルロスは最後の最後に、奴を止めるようにと、僕に力と技を託しました。ヴァルロスは、変革を望んでいても破滅など望んではいなかったからでしょう」

 そして、同時にヴァルロスの思い描いていた未来も託された。奴は魔人としての立場からの変革を望んだ。だけれど俺はそうはなれない。俺は俺として、形を変えてヴァルロスの思いを引き継ぐことしかできない。

「死睡の王の望む破滅を止めようとしたのは、封印されていた魔人達の盟主ベリスティオも同じ。封印から解放された彼もまた僕達と敵対する道を選ばず、イシュトルムの残した大規模破壊の術を止めるために、自分の命を投げ出した」

 だから、戦いの中に散った魔人達の鎮魂を祈る。今も地上と月が存続しているのは、彼らの遺志によるものでもあるから。イシュトルムやラストガーディアンとの戦いはぎりぎりで……ヴァルロスやベリスティオの協力がなければどうなっていたか分からない。

「だから……そなたは魔人と共存を考えている、と? いや、これは噂話で耳にしたのだが、な」

 噂というか……まあ、その立場は明確にしている。
 これを今いる魔人達がどう思うかは分からない。警戒もされるだろうし、そもそもそんなことを望まないという者もいるだろうが……互いに手を伸ばすことはできるはずだ。

「はい。ヴァルロスの側近であった魔人2名が、彼の遺志を引き継いで僕に協力してくれています。現時点では魔人としての性質を封印することで、負の感情を食らうという業を押さえている段階ですが……将来的には不老や瘴気、感情を食らうと言った、魔人化そのものを解除することを目標に動いています。それならば……彼らも他種族と共に歩む事ができるようになるでしょう」
「協力、か。その者達と話をすることは――いや、違うな」

 イグナード王は言いかけてかぶりを振った。

「そなたは己の心の内を含めて思いを聞かせてくれたのだ。儂もまた言葉を尽くさねば、これ以上そなたと話をする資格はあるまい」

 そんなふうに言うイグナード王の口調は……落ち着いた静かなものであった。
 ああ、そうか。イグナード王が何かを隠しているように感じられたのは、俺に対して自分の抱えている事情を明かせるかどうか、判断つきかねていたから、だろうか?

 おいそれと明かせない事情を抱えながら、それを話せる相手かどうか。俺の人格を判断しようとしていたから、今までのような接触の仕方になった……とか? 迂遠な方法を取らざるを得なかったから周囲の者がイグナード王の意図を誤解した可能性はあるな。

 確かに魔人絡みの事ならば、慎重になるというのも分かるが……。
 獣王と魔人。そして俺と。どう繋がってくる話なのかはまだ分からない。だが少なくとも、ここまでのイグナード王に悪意めいたものは感じられない。まずは、話を聞いてみることにしよう。
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