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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外46 大魔術師の遺志

 机やら椅子やらが司書と共に活動を停止。
 魔法の罠も、魔力の反応が小さくなっていって、やがて消失する。機構式、複合式の罠がまだ生きているかは分からないが……ここに来るまでに垣間見えていたワグナーの考え方などからすると、これで罠の類も止まったと考えて良いのだろうか。

「みんな、怪我はない?」

 一先ずの安全は確保できたようなので、みんなが怪我などをしていないか確認する。
 彼女達はお互いに顔を見合わせて大丈夫、というように頷き合う。ラヴィーネやエクレール、コルリスら動物組もそれぞれの主に状態を確認される形である。
 どうやら……皆は大丈夫そうだ。かすり傷程度でもしっかりアシュレイが治療してくれるしな。

「テオドール様のお怪我はありませんか?」

 アシュレイが心配そうな表情で尋ねてくる。
 あー。ほんの僅かな間とは言え、振動波の中に飛び込んだからな。

「シールドを張ってた側の腕が、少し痺れるぐらいかな。威力を発揮するのに、時間が必要な技だったみたいだから……」

 共振で粉砕する性質の技だ。振動波に晒されるのが長ければダメージも大きくなったのだろうが、強行突破して力技で寸断させたから、まあ、この程度で済んでいる。魔力循環で調べてみても……後に残る問題などは無さそうだ。
 だがアシュレイに治癒魔法も用いてもらう。魔法の光が腕を照らすと、痺れのような感覚もすぐに引いていった。

「ん。ありがとう。大丈夫そうだ」
「はい。ご無事で何よりです」

 アシュレイが胸のあたりに手をやって、にっこりと笑みを浮かべた。うむ……。

「相当な代物だったわね。召喚術を用いてくるとは」

 ローズマリーは俺の治療が済んだところで小さく頷くと、そんなふうに言って動かなくなった司書に視線を向ける。

「そうだな。ワグナー公が存命だったら、意見交換をしてみたかったとは思う」
「ん。テオドールとは色々、気が合いそう」
「確かに。アル達と一緒になって色々作ったりしていたかも知れないな」

 シーラの言葉に苦笑してそんなふうに答えると、ステファニアも目を閉じて頷いていた。

 司書は……番人として考えるなら、その戦力はかなりのものだった。
 ワグナー自身の戦い方等も窺えるものだったし……罠の仕掛け方やらなにやら、後世に遺したもので人柄が窺えるというか。
 戦いにはなったけれど、ドラフデニアで見た悪霊絡みの時とは受ける印象が全然違う。さて……。後は扉の向こうにあるものを調べないといけないな。



 扉の向こうは――正しく魔術師の書斎と研究施設という印象だった。
 大鍋や実験器具の数々。書棚に収められた魔法に関する書物――。
 こじんまりとした厨房に寝室、風呂にトイレまで完備していて、この内部で生活が完結できるようにも見えるな。

「……学術的な価値は相当なものね。魔術書に罠がないとも限らないから、迂闊に色々見て回るわけにもいかないけれど」

 クラウディアが目を閉じて言う。確かにな。ローズマリーが本の中に精神を囚われた時のような罠が、残っていないとも限らない。妙な魔力反応がある本は慎重に取り扱った方が良いだろう。
 小部屋の中を覗く。そこにも魔法陣が描かれていて、中心に置かれた水晶は――内側から弾けたように周囲に破片が飛び散っている。ここでグラズヘイムを封印していた……のだろうか。

「ここの魔法陣は機能停止しているようですが……隣の部屋の魔法陣はまだ生きているようです。何というか……上手く機能していないようですが」

 フォルセトがペンデュラムを揺らしながら言った。
 まだ生きている魔法陣……か。隣の部屋を覗くと、床に描かれた魔法陣がぼんやりと光を放っていた。
 描いてある魔法陣から、その意味や実際の魔力の動きを片眼鏡で見て、働き等を類推していく。

「これは――司書と連動しているのかな。封印術で齟齬を起こしてるんだと思う」

 魔法陣の前に作られた小さな祭壇のところまで行く。台座に収められた大きな魔石が、ぼんやりと光を放っている。祭壇には開かれたままになって置かれている手帳のようなものが置いてあった。

 手帳そのものは随分古びているが、妙な魔力反応はない。
 手に取って見てみれば……魔法陣の意味や起動と停止の手順について書かれている。これは……ワグナーの手記か。

 どうやら、グラズヘイムはこれを参考に、レスリーを操って魔法陣を動かして、古城の罠を起動させたらしい。
 手順に従って詠唱すると、魔法陣が光を失っていく。これで……今度こそ正規の方法で完全に古城の仕掛けを停止できた、かな?
 しかしこれは……手記の内容をみんなに話す必要があるだろうな。

「ワグナー公の手記を見つけたよ。地下設備を作った意味とか罠に関することとか……色々書かれてる」

 そうみんなに言うと、視線がこちらに集まった。まず、開かれていた頁に書かれていた司書と罠を動かすための魔法陣とその意味について。
 地下区画の仕掛けについては、ワグナーは最終的に公爵家のものであれば反応しない設定にしていたらしい。しかしグラズヘイムは、地下区画を完全に侵入禁止の設定にしてしまったようだ。
 だが、だからこそこんな手記が残っている。この手記には……ワグナーの真の書斎を、後の世に訪れてくる者に宛てたメッセージが書かれているのである。

「今、これを読む者は我が子孫であろうか。それとも他の誰かであろうか。いずれにしても……これを読む者に請い願う。願わくば私の成し遂げることのできなかった仕事の後始末を頼みたい。勝手な願いとは、分かってはいるが」

 手記は、そんな言葉から始まっていた。
 それからワグナー自身の人生の回顧。今に至る経緯についての記述。

 ワグナーは――シルヴァトリアから招聘した高名な魔術師を師と仰ぎ、セオレムの隠し書庫の製作にも関わりを持っていたようだ。
 王族の血に反応する隠し扉やら何やら。そこに公開はできなくとも後世に伝えなければならない魔人絡みの情報を収めたり、余計な人間がそれを手にしないようにトラップを仕掛けたり。
 ローズマリーが引っかかった本の世界を統治していたオルジウスは……ワグナーの師匠が契約していた悪魔、という話だった。
 本来なら王に口伝として触れてはいけない本のことも伝わっていたらしいが……それも長い年月の間に失伝してしまったようだ。何代か前に、国守りの儀を怠った暗君などもいたからな……。

 ワグナーの手記によれば悪魔とは負の想念から生まれる悪しき精霊のようなもの、と見ているようで……。召喚術でそれらと契約し、使役する方法はあると記されている。人に害を成す悪魔の力を殺いで封印する術もある。
 しかしその性質は悪であることに間違いはなく、魔人に対抗する手段として悪魔を用いるのは諸刃の剣であると危険性を説いていた。

 グラズヘイムは……暴れ回っていたのをどうにかワグナーが封印したが、夢魔を殺し切るような術までは行使することができなかったそうだ。
 結局、精神に影響を与えるその特性を、別の脅威となる魔人への対策として使えないか、悪魔を打ち滅ぼすためのもっと強力な術は開発できないかと、封印したまま新しい魔法の研究などを進めていたらしい。

「――私も、もう随分と歳老いた。良くできた妻を迎え、子にも孫にも囲まれて、上等な人生であったと思う。しかし、悲しいかな。魔術の後継者には恵まれなかった。私の弟子も子孫らも、いや……当代の戦士や魔術師を眺めてみても、あの狡猾な悪魔を滅ぼすことは疎か、御することもできまい。だから、私は決断した。このまま全てを、この海の底に眠らせておこうと」

 番人である司書に自意識を持たせなかったのは――もしもの時のグラズヘイム対策だったのかも知れない。しかしグラズヘイムはレスリーを操っていたためにそれも回避されてしまった。
 どうも……奴は封印も内側から自力で破ったようだしな。グラズヘイムの執念が勝ったというべきか。それとも封印が近年になるまでよくもったと見るべきか。
 ここを訪れた者が最初に目にするであろう手記を見たのは、皮肉なことにグラズヘイム当人だったというわけだ。

「何時の日か、我が子孫がここを訪れた時のために、今これを記している。我が子孫でなくとも良い。封印された夢魔を打ち滅ぼすことのできる誰かに、私のやり残した仕事の後始末を頼みたい。力無き者は禁忌に触れるなかれ。志と才ある者がこの場に訪れたならば……後始末を成し、残された我が遺産を受け取ると良い。我が術を平和のために役立てて貰えれば――これ以上はあるまい」

 そんな言葉で手記は結ばれていた。
 後は、書斎内部にある取り扱い注意の危険物リストだな。これは、色々助かる。
 ワグナーは……子孫がこれを見つけて、封印されているものの危険性に気付いたならば、それを何とかできる誰かに助力を仰ぐように、と考えていたらしい。
 研究成果を預けるにしても、公爵家の面々が仲介して相応しい人格者を連れて来れるなら……というわけだ。何というか……先にグラズヘイムを倒してその後始末をしたわけだから、順番としては逆になってしまった気がするが。

 皆は俺が読み上げる手記の内容を静かに聞いていた。色々思うところがあるのか、聞き入っていたようだ。
 とりあえずは……そうだな。罠は停止して安全も確保されたわけだし、公爵達にもワグナーの手記と書斎を見てもらう必要があるだろう。
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