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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外42 古城の開かずの間

 古城は静まり返っている。人が長い間立ち入らなかった静謐な空気、と言えば良いのか。
 大貴族の別荘という割に調度品が少なく感じるのも、普段人が立ち入らないからだろう。

 それよりも注目するべきは……建物自体だろうか。派手な装飾は少なめだが、細かな部分の細工はしっかりとしてある。見るものが見れば高い価値を見出すであろう品の良さがあるように思えるが、あまり奇をてらってはいない。

「やっぱり、魔法で手が加えてあるみたいだな。魔法建築であることは前面に出していないようだけど」

 床のタイルや階段の手摺の装飾などは魔法で手掛けたのだろう。大規模な建築であるために継ぎ目が出ないように、通常の建築様式に則った上で魔法を用いているようだ。

「古城の主であるワグナーの人柄を類推する材料にはなるわね」

 ローズマリーが柱を見ながら言う。そうだな。作った者の人柄を推測しておくというのは、罠の傾向や趣向などにも繋がってくる。その材料になるのなら、古城の建築様式や細かな装飾を観察しておくというのも重要だろう。

「テオドール公はどう見ますかな?」

 と、公爵が尋ねてくる。

「ここを見る限りでは質実剛健で名より実を取る性格、そして完璧主義的なところがあったのではないかと。装飾は基本に忠実であまり奇抜なものはありませんし、このあたりは貴族の別邸としての体裁を整えるために必要だと思ったからそうした、という印象を受けます」
「ふむ。確かに」
「但し……そこまでは領主としての表面上なところで、体外的な顔に合わせたものなのではないかと。隠された区画を見てみなければ本当のところはまだ断言はできませんね。そちらは完全に自分用の空間なので、遊び心を入れているかも知れませんし」
「秘密の研究施設を表も裏も完璧にしたいというのは、まあ、やっていて楽しそうではあるわよね」

 と、ステファニア。確かに。手間暇をかけるならしっかりとしたものを作りたいというのは分かる。

「偽装だとしても、細部までしっかり仕事をするあたり、仕事に手は抜かないというのは窺えるわね。そうなると罠も然り、かしら」
「技術力も高くて手抜きもしない職人肌が仕掛ける罠、ですか」
「んー。中々厄介そう」

 クラウディアの言葉に、グレイスが表情を曇らせてシーラがかぶりを振った。

「やはり、私達が同行すると足手纏いになってしまいそうですな」
「ここまで、ですか」

 公爵が言うと、レスリーが目を閉じた。それでも取り決め通りだからか、すぐに決然とした表情になって頷く。

「我が家のことでありながら、あまりお力になれずに申し訳ない。どうか御武運を」
「ありがとうございます。通信機で助言を頂くこともあるかも知れません。鍵と見取り図も助かります」

 そう言って一礼する。公爵とレスリーはエントランスホールから出て船着き場へと戻っていった。ベリウスも2人に付き添うように、くっ付いていく。その姿を見送ったところで、皆に向き直る。

「さて。それじゃあ、まずは怪しそうな所を重点的に調べていくようにしようか」
「怪しそうな所と言いますと……やはり隠し扉などを作るなら、城主が密接に関わってくるような場所になってくるでしょうか?」

 アシュレイが首を傾げる。

「そうだね。主寝室、執務室、書斎あたりは最初の候補になるかな。後は……普段使われていない場所っていうのも有力な候補になる」

 例えば物置に宝物庫、屋根裏部屋のようなところ。
 他には……複数同じような部屋が存在し、役割が被っていて普段は片方しか使っていない、なんて所もありだ。あまり余人が立ち入らない場所である方が望ましい。何かの拍子に発見されてしまうという事故を減らせる。
 そうなると……数ある客室の内の、どれか1つ、なんて線も考えられるか。
 そういった考えをみんなに説明するとマクスウェルが感心したように言う。

「流石は主殿だ。魔法建築家は魔法建築家を知る、か。うむ」

 そんな言葉に、みんなしてうんうんと頷いているが。

「いや……。まだ推測でしかないからさ」

 既にいくつも候補を挙げているわけだし、数撃ちゃ当たる状態だろう。
 候補や方向性が合っているかはともかくとして、とりあえず今挙げたものから調べていくという指針でしかない。
 見取り図と鍵束も預かって来ているし、早速有力候補から調べていこう。

 恐らく、隠し区画に行かない範囲内でなら色々と行動の自由の余地があるはずだ。そうでなければ使用人が掃除をする事さえできなくなってしまう。正規の鍵束を持って行動する限り、通常区画内での行動は安全だろうと予想しているが、さて――。



 壁、床、天井に柱、そして家具の裏――。こういったところが隠し扉を仕込みやすい個所だ。魔力反応などがないか、機械的な仕掛けが無いかなどを見ながら、ピエトロの分身まで動員して隅々まで調べていく。
 主寝室、執務室、それから書斎。これらを真っ先に調べてみたが、芳しい成果は得られなかった。ふむ。このへんが空振りとなると……。

「んー。後世の事も考えてたのかな」

 古城の廊下を歩きながら言う。

「代替わりすれば後継者が主寝室や執務室を使うことになるから、でしょうか」
「そう、かも知れませんね。グラズヘイムみたいな危険な存在も封印していたわけですし」

 フォルセトの問いに頷く。

「セラフィナちゃんは、何か感じる?」
「私は……今のところ特に何も感じないかな」

 マルセスカに尋ねられてセラフィナが首を横に振る。ふむ。あれだけ主寝室や執務室等を調べて罠の類も発動条件を満たしていない、と。

「じゃあ、次は使われていない設備で人が立ち入らないって線、で行ってみようか」

 通信機でそういうところに心当たりがないかを公爵とレスリーに尋ねつつ、幾つもある客室を見てみることにした。
 古城の客室は何やら趣向が凝らされていた。
 何というか客室ごとに雰囲気が違うというのが売りらしい。カーテンや寝具の色が部屋ごとに違って統一されていて、緑の部屋、青の部屋、赤の部屋、白の部屋などと……コンセプトカラーがあるという仕様のようだ。

 赤の部屋といってもそれほどどぎつい色でなく、上品さを保ちつつ客室として寛いで過ごせる程度ではあるが。客を楽しませつつ、好みの部屋を選んでもらうという形なのだろう。

「……あれ?」
「どうかしましたか?」
「いや。扉が開かない」

 客室の扉が開かない。鍵は合っていると思うのだが。
 と、そこで通信機に連絡が入った。

『泊まった者は必ず悪い夢を見るとか、使用人がすすり泣く女の声を聞いたとかで、家人にも使用人にも不吉だと敬遠されている客室なら有りますぞ』

 との返答だった。黒の部屋と呼ばれる部屋らしいが……。見取り図を見ると……やはりここだな。どうやら鍵が壊れてしまって、不吉と呼ばれていることもあって、それっきりにされてしまっているらしい。

「んー。怪しそうな感じ?」

 シーラが尋ねてくる。

「幽霊と見せかけて、そういう魔道具を仕込んで人を遠ざけているって線は有り得るね」

 要するに心理的に忌避させる作戦だ。マルレーンが感心したような表情でこくこくと頷く。
 客室はまだいくつもあるからわざわざ縁起の悪い部屋に客人を通したりもしないだろうしな。鍵穴や扉に、不審な魔力反応はない。となると、シーラの出番だろうか?
 それで駄目なら多少強引な手で鍵を開けさせてもらうことになるが……。

 というわけで、シーラに見てもらう。鍵穴の構造が分かっていると開錠もしやすいということで、客室の鍵もシーラに渡して、様子を見る。

「……これは、面白い」

 盗賊ギルドご用達のツールで鍵穴を弄っていたシーラだったが、そんな言葉を漏らした。

「何か分かった?」
「罠ではないけど……変な仕掛けがあって、その仕掛けが動作した後だと、正規の鍵でも開かなくなるようにできてる。でも――」

 シーラはドアノブに手を掛け、慎重に回していく。そうして回し切らないところで手を止め、鍵穴に客室の鍵を入れ、また半端な角度まで回してからドアノブを逆方向に捻った。
 ガチャリと音がして扉が呆気なく開く。

「仕組みとしては、金庫みたいな感じ。鍵を直そうとして、取っ手自体を取り外そうとすると、今度は鍵自体が丸ごと回転して入れ替わって……普通の扉と鍵穴に見せかけられるようになってる」

 と、シーラ。なるほどな……。鍵穴を直そうとした場合、いきなり直ってしまう。原因は幽霊、と思わせられる、というような。
 取っ手を取り外そうとすれば、通常の状態に戻ると言っていたが……そうすると今度は隠し扉が開かなくなるようにできているのかも知れない。面倒な手順で開けること自体が隠し扉に連動する開錠条件になっている、とか……?

「これは……当たりを引いたかな」

 わざわざこんな仕掛けをすること自体が怪しいというか。更にこの扉に連動する仕掛けなんていう、面倒臭いのも予想されたが、客室自体から人を遠ざけるようにしている事を考えると、ここが最有力候補になる。

 部屋の中は――黒の部屋の名に相応しく、カーテンや天蓋付の寝台等が光沢のある黒いもので統一されていた。雰囲気は良いが……怪しげな魔力反応が寝台に光っていたりする。
 魔力反応を追ってつぶさに見てみると、何やら寝台の目立たない部分に魔石が嵌っていた。多分、悪夢を見せたりすすり泣く声を聞かせたりといった術式が仕込まれているのだろう。

 最初にいわくがあるなんて言われれば、黒い家具の部屋なんて不気味に感じるから、余計に忌避されるだろう。しかし実際の環境魔力自体は正常で清浄だから……そもそも幽霊が出るような状態ではない。

 疑わしい部屋ということで調度品も含めて隅々まで見ていく。
 その中で――シオンが壁の装飾に触れて調べていたが回転させると、床のタイル何枚かが纏めて跳ね上がり、階下へ続く階段が出現した。機械的な仕掛けだ。

「うわっ。僕が作動させちゃったんですか?」

 と、当人であるシオンは目を白黒させている。

「やっぱり客室の扉と連動してる。多分、扉が通常の状態だと、こっちに鍵がかかって開かない」

 入り口の機構を調べながらシーラが言った。……なるほどな。
 しかしレスリーの記憶は曖昧だそうだが……やっぱりグラズヘイムに誘われたか。それともいわくつきの部屋だったからこそ調べていて偶然迷い込んだという線もあるな。
 いずれにしても、これで隠し区画への道が開いたわけだ。
 地下。地下か。島の内部に構造が広がっている可能性が高い。少なくとも見取り図を見る限りでは不審なデッドスペースなどはなかったからだ。
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