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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外13裏 悪霊と魔物と・後編

 グレイスとグレンデルが対峙する。グレイスは火花を散らしながら闘気を高めていく。
 それを見ていたグレンデルは何を思ったか――近くにいた仲間。オークの足を引っ掴むとグレイス目掛けて投げつけてきた。
 グレイスは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、砲弾のような勢いで迫るそれを、闘気を纏った裏拳で無造作に払って弾き飛ばす。

 グレンデルはその手応えでグレイスを強敵と見定めたのか、喜悦の表情を浮かべて足元に掌を翳した。足元の土が泥のように変化したかと思うと盛り上がり、巨大な石の棍棒になって固まる。巨人に見合う大きさの得物であるために、それは棍棒というよりも柱と呼ぶ方が正しいだろう。

 双斧を構えて間合いを測りながらも、グレイスは思う。

 悪霊達が憑依して沼地の巨人をこの場に連れてきた。それは間違いない。
 だが、ゴブリンやオーク達が軍隊じみた行動を取っているのに対し、先程の行動は、余りに協調性がない。
 見ればジュエルタランテラにしても、不用意に近付いた別の魔物を、糸でがんじがらめにして体液を吸い尽くしているような有様だった。

 集団の中にあって、明らかに異質だ。

 近付くと戦力を削られると考えたのか、ジュエルタランテラから他の者達は距離を取っているが……逆に言えばその程度の対策で足りるということでもある。
 つまりそれの意味するところは――。

「……悪霊達があれだけ憑依して、制御し切れていない」

 そのくせ、悪霊達の怨念による力の増幅の恩恵は受けているのか。グレンデルの纏う闘気は異常だ。いつぞやのグランティオスで見た、エッケルス達の使っていたような邪気を放っている。それは――悪霊達の纏う怨念を源泉とする力。
 これではどちらが利用していると言えるのか。だがこの場にやって来たことを考えれば、悪霊達が憑依している影響もある、と見ておくべきなのだろう。

 ならば、自分のするべきことは1つ。沼地の巨人をこの場で仕留めることだけだ。
 蹴り足で地面を割り砕いて、静止した状態から爆発的な速度で踏み込む。暗黒の闘気を纏った斧を叩き込めばグレンデルもまた石の柱を無造作に振るって叩き付けてきた。

 激突――重い音と衝撃が響く。

 悪霊達の放つ渦巻く怨念と、巨人の闘気を帯びた石の柱は――グレイスの斧と叩き付け合って尚、砕けることもない。
 斧と石柱とが、そのまま影さえ留めない猛烈な勢いで振り回された。風を引き裂く重い音と激突音。地を揺るがす衝撃が立て続けに巻き起こる。

 双斧を縦横に振るう。黒い闘気を纏うグレイスの一撃は、ただの牽制すら必殺と呼べるほどの破壊力を秘めている。それを無造作に叩き込んでいくグレイス。巨人はそれを石柱で受け、力任せに打ち払う。グレイスの一撃が僅かに攻防の上を行き、巨人の頬を掠めるが――薄皮一枚を切り裂いただけだった。

 頬を掠めた斧を意にも介さずすぐさま反撃に転じてくる。石柱を斧に叩き付け、そのまま力任せに振り払う。間合いが開いたその瞬間。
 グレンデルが掌を地面に翳すとそこに泥濘が生まれた。そのまま腕を振るえば飛沫が尖った散弾となってグレイスに迫る。

 グレイスの足元から立ち昇った暗黒の闘気が渦を巻いて散弾を弾き散らす。間髪を容れずに踏み込む彼女を泥濘の壁が迎え撃つ。急速に硬質化して石壁に変化。
 闘気を纏った拳で砕き散らして――突破した彼女を迎え撃ったのは、2体に分裂したグレンデルであった。振り下ろされる石柱の一撃を斧で受け、もう一体からの攻撃を蹴撃で迎え撃つ。余波だけで片方の半身は吹き飛ぶも、すぐに泥が盛り上がって再生する。そのままグレイスとの距離を詰めてきた。もう一体はその間に後ろに下がっていく。

「これは――」

 本体と偽者と。両者ともが泥を鎧のように纏っている。闘気を纏う武器も泥濘で覆い隠し、見た目からは本物と偽者の区別がつかない。さながらゴーレムを操るかのように泥人形を操っているのだ。ステファニアとコルリスの戦法もそうだが――土魔法の本領は実体が存在しているところにある。同時多面的な制御能力は、悪霊達の協力があってこそのものか。



 ――背中に宝石を負う巨大蜘蛛。その宝石の正体は、言い伝えによれば魔石であるらしい。
 魔物を食らって魔石を生み出し、そこに自らの知った魔法を組み込んで利用する。魔法技師もかくやという行動を本能的に行う高位の魔物。それがジュエルタランテラだ。
 但し、術式そのものの制御は得意ではない、とは言う。だからこそ、魔石に術式を組み込んでの即時発動を行っているのだろう。

 ローズマリーとしては興味の尽きない魔物ではあるが、この場合そう悠長なことも言っていられない。周囲に被害を出す前にあれを倒すのが自分の役目だからだ。

 まずは小手調べ、とばかりイグニスを突っ込ませる。
 それをジュエルタランテラは強靭な前足で迎え撃った。鋼のような硬質な足に、闘気を纏って器用にイグニスと打ち合う。先端に鋭利な爪も備わっており――関節の可動域も相当なもののようだ。イグニスと互角に打ち合うあたり、正面からの斬り合いには滅法強いように思える。近接戦に持ち込まれればローズマリーの上を行くだろう。

 ローズマリーは冷徹な目で分析をしながら、ワンドから爆発する光弾を飛ばしてイグニスの援護を行う。偏差射撃。回避する方向を潰すように、弾速に変化を加えて3発。弾を飛ばしていない空間はイグニスが制圧する。

 しかしその攻撃は、あっさりと避けられていた。巨体にそぐわぬ凄まじい速度で疾駆し、不可解な方向転換をする。地面を引っ掻きながら回転。空中に浮かぶローズマリーに、感情の無い丸い目を向けてくる。

 ローズマリーに気圧されたところはない。真正面からタランテラを見据える。
 八本の足からなる独特の動き。それは――巨大蜘蛛が生まれてより、長い年月で研鑽してきた体術と呼んでいいのかも知れない。高い知性を持ち、年月を重ねただけ様々な術を操る巨大蜘蛛。強敵と呼んで間違いはないだろう。

 蜘蛛が高速で地面を走り、ローズマリー目掛けて突進してくる。同時に、イグニスが横から踏み込む。胴薙ぎ。打ち込まれた戦鎚の一撃を片側の足で大きく跳躍して避ける。空中に跳び上がりながら、口から猛烈な速度で何かを飛ばしてきた。

 イグニスではなく、ローズマリーに向かってだ。イグニスが生き物ではないこと。ローズマリーがその主であることを見切っているらしかった。
 ローズマリーもローズマリーで戦いながら分析を続ける。身を躱しながらマジックシールドを広く薄く展開し、その威力のほどを確かめる。

 薄く展開したシールドを易々と貫く威力。飛び道具の正体は――闘気を纏った糸の弾丸か。
 普通蜘蛛は尻から糸を出すとローズマリーは理解していたが、この蜘蛛はどちらからも、ということらしい。

 背中のジュエルが発光し、あちらこちらに不完全ながらも結界のようなものが生まれていた。そこに――ジュエルタランテラは口から尻からも、光る糸を飛ばして張り付けていく。あっという間に糸の結界が形成されていく。糸が輝くのは何かしらのエンチャントを受けているからだ。背中で発光するジュエルの数が増えている。あの青い発光。恐らくは、耐火の術だろう。

「……徘徊型と待ち伏せ型の蜘蛛の、良い所取りということかしらね。積極的に狩りに出かけながら、その先で自身の有利な空間を作り出す――というのは」

 魔力溜まりを独占する主になり得るわけだとローズマリーは感心する。空中での動きも得意としていて近接戦闘でも強いというのなら、イグニスと共に連係して戦った方が良い。イグニスの身体を盾にも使えるし、糸で空間を制圧され、主従を分断される心配もなくなる。更に互いの身動きが糸で封じられた時に補い合うことも可能だ。

 イグニスを目の前に戻し、そうしてローズマリーはマジックスレイブを展開する。

 そのまま、準備と分析が完了したところで互いに突っかけた。宝石蜘蛛は変則的な挙動で空中を糸から糸へと飛び回りながらシールドを蹴って飛ぶイグニスと打ち合う。

 8本の足の内、2本はイグニスと切り結ぶために使い、糸を渡る体術のために4本の足を用いる。そして残る2本を器用に動かし、闘気を纏わせた糸を斬撃のように飛ばしてきた。

 ローズマリーはイグニスを盾にするような位置取りで飛び回る。
 糸に対して耐火のエンチャントが用いられていることをローズマリーは予期している。イグニスを盾にしながら、マジックスレイブより氷の散弾をばら撒く。
 それを踊るようにジュエルタランテラは避ける。

 糸の斬撃を受けたイグニスに、傷はない。しかしその度に薄い刀で切りつけられているような衝撃が走る。攻撃は糸故に軽いが、相当な切れ味を誇っているのだろう。生身で食らえばただでは済まない感触。

 本体とマジックスレイブ。そしてイグニス。そこにスターソーサラーの衛星を加えて。同時多面的に攻撃を仕掛けるが、ジュエルタランテラはどういうわけだか凄まじく反応速度が早い。

 目で見ていない位置の攻撃も見切っているらしかった。口から弾丸を吐き出してローズマリーを狙撃しつつ、蜘蛛の足が不可解な動きを見せる。風を切る音。嫌な予感に全方位にマジックシールドを展開すれば、糸の斬撃が斜め後方からシールドを叩く。

 踏み込んで弾丸を弾き、振り下ろしたイグニスの一撃は空を切っていた。蜘蛛の身体が不可解に斜め上に飛んでいく。投げ縄のように放った糸が足場の糸に付着。ゴムのように伸縮して飛んだのだ。

 弾性や伸縮率の変化。先程の死角からの攻撃はこれだろう。
 糸同士を干渉させ、弾き出すように立体的な攻撃を繰り出したり、糸そのものの性質を変化させて反動で飛んだり。

 ジュエルタランテラが空中の足場に陣取り、その場から複数の足を指揮者のように躍らせる。

「これは――!?」

 無数の斬撃や、丸められた糸の弾丸が、四方八方からローズマリーとイグニスに降り注いでくる。糸の結界。それは内部に捕えた相手を狩り殺すための空間だ。

 シールドを広く、大きく展開。攻撃方向と種類を特定しながらイグニスと同時に右に左に飛んで、避ける。避ける。
 避けながら間合いを詰める。イグニスの陰に身を隠し、魔法の鞄から薬瓶を取り出し、魔力糸を利用し、側面からぶつかるように弧を描くように投げつけた時には――ジュエルタランテラはそこから遠ざかるように糸の弾力を利用して違う方向へと飛んでいた。

 何を感知して動いているのか。視覚ではない。有り得ない。目線は衛星に引き付けて、完全に死角から攻撃したはずだった。だというのに、反応速度が異常極まりない。こちらが薬瓶に魔法糸を括りつけるよりも早く反応していた。

 コルリスと同様、魔力感知の能力がある? それとも別の能力か?
 魔力感知というのはあり得ない。イグニスにはそういった手札から動きの先を読めないように、ハルバロニスの技術を応用して内部魔力の動きを隠蔽しているのだ。
 対策を施しているのに凄まじい反応速度を持っているのだから、それは魔力感知によるものではないということになる。

 思考を巡らす。それを看破し、対策を練らない限り、ジュエルタランテラにまともに攻撃は当てられまい。自分のほうは同時多面的な攻撃を繰り返されれば、いつまでも捌き続けられる自信はない。
 先程から攻撃の精度が増しているのを感じている。狩人としての本能からローズマリーの動きの癖等を見切っているとするのなら、より防御に意識配分をして意図的に回避方法を変えたりといった手を打たなければならない。攻撃面ではマイナスだ。意識をそちらに割く分、どうしても手数が減る。

 マジックスレイブで後を追い、多角的な弾幕を張りながらも相手からの立体的な攻撃を避けて回る。
 考えろ、とローズマリーは自分に言い聞かせる。
 蜘蛛の生態から推測するのなら――? 何を以ってイグニスが生物ではないとすぐさま看破したのか? そこに――答えに至る道がある。

「行きなさい!」

 複数のマジックスレイブがローズマリーから放たれた。糸の結界。その内部に広く広く展開させて、ジュエルタランテラがどこに逃げても効果が及ぶように。

 ジュエルタランテラは間合いを詰めてくる。何か広範囲に及ぶ攻撃を仕掛けるというのなら至近へと詰めれば自分諸共等という攻撃は繰り出せないだろうという理屈だ。

 それは――正しい。

 だがローズマリーはお構いなしだった。マジックサークルが多重展開。操り糸が複数のマジックスレイブに接続される。そして――!

「弾け飛べッ!」

 風魔法、レゾナンスマインの応用型。複数のマジックスレイブがあちらこちらで音響の爆弾となって、糸の結界内部を大音響で揺るがした。指向性を持たせ、振動を一点の座標に重ねることで内部破壊を行う術だが、この場合指向はてんでバラバラだ。

 蜘蛛の動きが目に見えておかしくなった。ローズマリーの聴覚も大音響によって痺れてはいるが、ジュエルタランテラの感覚の混乱はそれ以上らしい。
 それはそうだろう。糸と体毛と。そこに伝わる振動や音を感知しているのならば――!

 イグニスの背中に操り糸が接続される。魔力光が噴出し、空間に張り巡らされた糸ごと引きちぎってジュエルタランテラへと最短距離で猛進した。
 それでも視覚は生きている。大上段に振り抜かれる戦鎚をジュエルタランテラは前足で受けたが――イグニスはそれをあっさりと手放す。手放して直下へと滑り込み、魔力光をあちらこちらから噴出させて身体を回転させて急制動をかける。鉤爪を叩き込み、引っ掛ける。
 闘気での防御。それをも織り込み済みだとばかりに、鉤爪に仕込まれたパイルバンカーが炸裂。ジュエルタランテラの胴体を貫いた。杭に仕込まれた魔法は爆炎。打ち込まれた杭から爆風が炸裂して内部から爆裂、四散させる。

 燃え落ちていく蜘蛛の残骸を眼下に眺めながら、ローズマリーは聴覚の痛みと、レビテーションでも殺し切れなかった急制動の反動に顔を顰めるのであった。



「なるほど、沼地の巨人、ですか!」

 グレンデルを中心に、泥の沼地が急速に拡大していく。自身の纏う鎧から泥人形を分裂させるように生産しながら、後ろへ後ろへと。シャッフルするように右に左に揺らぐように動きながら間合いを広げていく。
 グレイスは最後尾の相手目掛けて黒い闘気の斬撃を飛ばす。だが、頭部を吹き飛ばしてもその中には何もない。最後尾ではなく、それより前のどこかに紛れたということだ。距離を取ることが目的ではなく、あくまで幻惑のための分裂。

 そうしてグレンデルは何体もの偽者を作り出して見せると、そのまま打ち掛かってきた。ある者は石柱で。ある者は泥の弾丸を。
 動きの鋭さから本体の潜む泥人形を見切ることはできない。
 本体が動きのレベルを泥人形側に合わせているからだ。グレイスの消耗を狙ってのものか。それともそう見せかけて隙を見せたところに一撃を叩き込むためか。恐らくは狙いは両方にあるというのが正しい。

 そして、仮にグレイスが高空を飛んだりと有利な位置を取ろうとすれば、グレンデルは代わりに地上の将兵達を蹂躙することでグレイスを誘い込もうとするはずだ。
 だから、グレイスはこの場に留まって戦わざるを得ない。

 泥人形が腕を振るって放つ弾丸が、急速に硬化。尖った石の弾丸となって飛んでくる。
 グレイスの闘気による守りを突破する程の威力はないが、かと言って攻防全てに闘気を用いるわけにもいかない。相手の狙いが消耗にあるというのならなおさらだ。地面から僅かに離れた高度を保ちながら、舞踏するようにグレイスが右に左に飛んで弾丸を避け、間隙を縫って正確に泥人形の首を刎ねていく。

 敵の固まっている只中に飛び込み、闘気を纏った斧を一閃。周囲の泥人形が纏めて吹き飛ぶが、グレイスから一定の距離を取った場所から新たに泥人形が作り出される。一度に操作できる数には限界があるのか、その数は一定だ。

 新たに生産された人形に視線が向いたその瞬間、グレイスの真後ろから泥人形の胴体をぶち破り、猛烈な勢いでグレンデルの得物が叩き込まれる。跳躍してそれを避け――転身して反撃に転じようとした瞬間には、本体は他の泥人形達と身体を混ぜるようにして下がっていくところだった。
 シャッフルしてどこかに紛れる。グレンデルのやっていることはそれだ。

 シャッフルのための動きを、そのまま追う。追いながらその軌道上にいる泥人形に斬撃を叩き込み、泥人形も本体も関係ないとばかりに一切合財切り裂いていく。

 その動きが――本体に追い付く。本体の潜む個体が斧の重い一撃を受け止めた――その瞬間にグレイスの身体から闘気が噴出する。
 双斧が黒い尾を引いて斬撃が矢継ぎ早に繰り出された。後ろに下がろうとしていた沼地の巨人が、勢いの分だけグレイスに押し込まれる。或いは――特殊能力を抜きにした、純粋な近接戦闘ではグレイスに分があるか。

 猛烈な打ち合いの中で、グレンデルが仕切り直しをするために取った戦術は、身を躱しながらの特殊能力の行使であった。踏み込みと同時に叩き込まれる大上段の一撃を上体を逸らして避ける。グレンデルの胸板を切り裂く、が、それは薄皮とその下を僅かに切り裂いただけのかすり傷だ。浅い。

 泥が巨大な腕のような形になってグレイスの後ろから迫ってきていた。握るように巨大な手が動き、包み込む前に硬化。グレイスを覆う即席の檻のような物体に変化する。
 それを斧の一閃で打ち砕く。打ち砕いた時には、もうグレンデルは泥人形のなかに紛れていた。左右に広がるように泥人形が次々と作り出され、2択3択を生み出し、軌道を追うだけでは捕まえられなくしている。

 そうして数を増やしたかと思うと一斉に打ち掛かってくる。今度はその中の一体に、本物が混じっていた。事前に背後からの奇襲を見せておいてからの、真正面からの攻撃。

 重い衝撃がグレイスの身体を突き抜けていく。斧で受け止めてはいる。しかし、本命の一撃に対して充分な力で受け損ねた。
 グレイスの身体が、後ろに大きく弾き飛ばされ、そこに泥人形達が大挙して追い縋る。人形同士の身体を一旦重ねて。正面と真上、そして左右に飛ぶように分かれる。同時4方向からの攻撃――。
 到達までの僅かな時間差を見切り、シールドを蹴って反転。真正面から来る泥人形へと最短距離で間合いを詰めて迎撃。胴体を切り裂いて突破すると、振り向きざま十文字に闘気の刃を飛ばす。

 それで残った泥人形3体を纏めて切り裂くが、その中に本体はいない。攻撃と見せかけての消耗狙い。攻める気があるのかないのか。今度は間合いを取りながら弾丸を飛ばしてきた。
 闘気を抑えて斧で弾き散らし、大きく後方に飛ぶ。
 まだまだグレイスにも余力はある。しかし、相手は怨念を源泉としているからか、消耗したように見えない。持久戦では恐らく、向こうに分があるだろうとグレイスは見積もっていた。
 闘気の質で押している近距離戦も、消耗してしまえば行方が分からなくなってくる。それでも――グレイスは牙を見せて笑った。

「確かに――厄介な能力ですが。そろそろ私にも自分の新しい力の性質について、分かってきたことがあります」

 そう言って。グレイスの全身から膨大な量の暗黒闘気が立ち昇る。グレイスは――他の者には目もくれず、一体の泥人形を見据えて突っ込んでいった。

 泥人形の首を斧で刎ねようかというその寸前。グレイスは空中で急制動をかけると足元の泥濘目掛けて闘気の砲弾を叩き込む。弾け飛ぶ泥沼の底に――本体が潜んでいた。
 シャッフルも泥人形に紛れての攻撃も、見つかったかのように見せかけたのも。
 全ては目くらましだ。足元に沈み込み、その中から泥人形の中へと移動して攻撃を仕掛けて来ていた。

 グレンデルは、何故見つけられてしまったのかが理解できない。驚愕の表情のままで、闘気砲弾の衝撃に耐える。偽装は――完璧だったはずだ。

 グレイスは言う。笑いながら。

「既にあなたの血の臭いは覚えました」

 グレイスの纏う暗黒の闘気は――切り離した吸血鬼としての性質、力を転化したものだ。そして吸血鬼は血の臭いを一度覚えてしまえば対象の位置を把握できる。即ち、立ち昇る闘気の揺らぎを感じ取ることで、その先に本体を見出すことができる。

 闘気の奔流を身に纏い、真上からグレンデルに打ち掛かる。それはまさしく、グレイスの全力全開。
 雨あられと双斧からの斬撃が降り注ぐ。
 耐える。闘気を纏った石柱で耐える。泥濘に魔力を送り込み、そこから反撃の糸口を掴もうとするが――形を成さない。

 グレイスが周囲に放射する闘気がエナジードレインの性質を発現し、泥への干渉を妨害しているのだ。
 同化と侵食、そこからの支配が吸血鬼の本領。その闘気はエナジードレインの性質を有してはいるものの、吸血鬼性を外部に発散しているグレイス自身に還元されるわけではない。
 グレイスの消耗は余計な能力を使っている分、純粋に上乗せされている。かなり燃費が悪い、と感じた。だから。だからこそ――。

「ここで――削り切ります!」

 グレンデルはそれ以上の速度で削られていく。闘気も邪気も。魔力も石柱も。あっという間にグレンデルの身体からあらゆる力が喪失していき、得物の強度を支えていたものが無くなっていく。
 耐えきれなくなった石柱が切り刻まれ、闘気と悪霊の防御を貫いて。沼地の巨人の身体に、暗黒の闘気を纏うグレイスの斧が叩き込まれた。
 地を揺るがす衝撃と共に、穴の底からグレイスが飛び出してくる。戦闘の衝撃で飛び散った泥が――ゆっくりと動かなくなったグレンデルの肉体の上に覆いかぶさっていくのであった。
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