挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
756/1152

番外13裏 悪霊と魔物と・中編

 高位の魔物に戦力を割いた分、オーガ達に意識を向けなければならない、とステファニアは感じていた。
 オーガは元々怪力とタフネスを誇る魔物であることに加え、悪霊の憑依によって痛覚も恐れもないとなれば……本来よりも凶悪な性質であるからだ。そんなものが4体もいる。オーガが本来単独で動いている事を考えれば、相当な地上戦力であると言えた。

 広範囲の空間制圧能力はアシュレイが自分達の中でも随一だ。加えて治癒魔法も持つ。ならば将兵達の支援に回るのは彼女が適任。
 飛行魔物の攻撃はコルリスの巨体と結晶鎧の防御力なら通さない。ならば空からオーガを牽制することで釘付けにし、将兵達に向かわせないのが自分の仕事だろう。そうステファニアは判断する。

「私がオーガを抑えるわ!」
「分かりました!」

 ステファニアはコルリスと共にオーガ達目掛けて飛行する。コルリスが水晶槍を伸ばして動きを阻害。同時に、ステファニアからマジックスレイブが幾つも放たれた。マジックスレイブはすぐに攻撃を仕掛けず、オーガ達の周囲に浮遊する。

 コルリスの水晶槍と、ステファニアの光魔法の光弾。狙いを付けられたオーガがそれらを避けた瞬間――地面付近に漂っていたマジックスレイブの1つから、爆発的な勢いで巨大な石の槍が飛び出す。回避した先の空間を制圧するような攻撃。オーガはもんどりうって倒れる。

 ステファニアの攻撃は、空からの直線的なものと、地上から炸裂する、というものだ。全くの別方向から来る2種の攻撃を避け続けるのは困難を極めるだろう。
 それを見せつける様にステファニアから放たれたマジックスレイブは、オーガ達の周囲を舞ってはいるが攻撃を仕掛けてこない。遅延戦闘。足止めが目的。

 その間にも状況は刻一刻と悪霊達に悪い方向へと進んでいる。イルムヒルト、デュラハン、ヘルヴォルテと、悪霊そのものを叩き潰す手札が豊富にあるからだ。
 彼らにしてみれば完全に誤算だったと言えよう。だからこそ、オーガに憑依した彼ら(・・)は戦い方を変える必要に迫られた。

 多数の頭数よりも少数精鋭が必要とされる。そういう戦いだ。相手の大駒を減らさなければ戦力そのものが削られていく。

「これは――!?」

 示し合わせたかのように周囲のオークやゴブリンらから悪霊が抜け出し、オーガ達に憑依し直していく。オーガの頑強な器なら、複数体の憑依にも耐えられるはずだと。
 悪霊達の黒い靄がオーガに纏わりつく。背中から黒い靄が翼のように展開したかと思うと、次々と空中に飛び立った。最初に足を奪ったオーガの器は既に悪霊達から放棄されている。だから、残りは3体。

「上等だわ! かかって来なさい!」

 複数体の悪霊によって強化されたオーガを、ステファニアは空中で迎え撃つ。空中戦と連係の精度ならコルリス共々訓練してきている。

 闘気を四肢に纏わせ突っ込んでくるオーガを回避。コルリスが爪と槍による近接戦で1体を引き受け、ステファニア本人とマジックスレイブからの弾幕を張りながらコルリスの背中と側面を守る。
 猛烈な勢いで突き込んで来る剛腕を上に飛んで避けながら、回転して爪の一撃を繰り出す。裂傷を負いながらもオーガはお構いなしに突っ込んでくる。
 コルリスが眉間目掛けて水晶槍を放てばオーガは首を傾けて避け、跳ね上がるような蹴りを繰り出してくる。結晶の盾が斜めにそれを逸らし、間合いを詰めたその勢いを迎え撃つかのように、爆発的な結晶の散弾が放たれた。

 全身に散弾を浴びて正面のオーガが後方に吹き飛ばされる。だが、まだだ。吹き飛ばしただけで致命傷には至らない。追撃はさせないとばかりに、すぐさま残りのオーガが矢継ぎ早に切り込んで来る。
 それを――ステファニアがシールドを展開し、光弾を放って迎え撃つ。

 3体のオーガと目まぐるしく空中で入れ替わり立ち変わり――。しかし、ステファニアの近接戦の練り上げはまだ未熟なのか。光弾とマジックシールドを掻い潜り――ステファニアにオーガの強烈な一撃が叩き込まれた。

 へし折れる人型をした結晶。オーガは笑うが、すぐにその瞳が見開かれた。人型をした結晶の中に、ステファニアがいなかったからだ。

「外れよ!」

 コルリスとぴったり背中合わせに張り付いた形でステファニアがマジックサークルを展開していた。コルリスの背中から生えて(・・・)いるのは人型の結晶だけだ。結晶鎧内部で体勢を変え、囮を作り出した。そこから――ステファニアは光魔法を放つ。
 光魔法第6階級。ヒートフラッシャー。指向性を伴った高熱の閃光がオーガの顔面に浴びせられ、視覚を焼き尽くしていた。
 憑依する以上は器の五感を頼らざるを得ない。ならば視覚への攻撃は有効だ。妖精達の幻術が機能している時点で、分かっていたことではある。

 視界を奪われたオーガは――そのまま落下していく。憑依していた悪霊達は役立たずになった器を脱ぎ捨て、残り2体のオーガ達に合流していた。
 オーガをしても限界ぎりぎりの憑依数なのか、身体の筋繊維が肥大して、あちこちから血がしぶく。

「ッ! 行くわよ、コルリス!」

 その光景にステファニアは不快げに眉を顰め、マジックサークルを展開した。コルリスは首をこくんと縦に振る。
 目を閉じて術式の制御に専念。外の情報はコルリスとの五感リンクによって得る。コルリスに感覚を同調させれば、視覚に頼る以上の情報を得られる。

 用いる魔法は――ミラージュボディ。ステファニアの得意とする魔法は土と光――。ミラージュボディの使い方に関してはテオドールという熟練の術者が近くにいるという事もあり、ステファニアも腕前を上げていた。

 結晶鎧を纏ったコルリスの姿が左右に分裂する。一瞬オーガ達が戸惑ったそこへ、シールドを蹴ったコルリスが最高速で突っ込んでいった。光魔法の分身も同様の動きを見せる。
 結晶と闘気で強化されたコルリスの爪は、尋常ならざる凶器と化して、オーガの闘気による防御を突き破る。すれ違いざまの斬撃でオーガは肩口から逆の脇腹にかけて大きな裂傷を負っていた。

 それでも痛みがなければ問題がないとばかりに、咆哮。闘気を漲らせてコルリスを追う。2体のオーガは左右に分かれて分身と本体それぞれに当たる構えのようだ。
 ステファニアは更に魔法を行使。コルリスが結晶を更に生み出して――それをゴーレムとして操る。
 鎧を纏ったコルリスと、全く同じ形をした結晶のゴーレムが作り出され、ミラージュボディを含めて3体に分裂。転身。余りの事態に目を剥くオーガを強襲する。

 幻影と本体、上下段に分かれて、両手の爪で挟み込むような攻撃を繰り出してくるコルリス。
 上段の攻撃が本物だとオーガに宿る悪霊は勘に従って、自身も両腕に展開した闘気で受け止めようとする。だが――本命はどちらでもない。コルリスの胸のあたりから爪の一撃が飛び出していた。

 これみよがしな両腕の攻撃は、結晶を動かしているだけのダミー。オーガは両腕に闘気を集中させた分、真正面の防御ががら空きになっていた。その一撃で急所を貫かれ、流れるように大岩を真上から叩きつけられて地面へと落ちていく。

 最後の一体となったオーガは――結晶のゴーレムを迎え撃っていた。攻撃を受け止め、反撃を繰り出そうとしたところで――ゴーレムが変形。包み込むようにオーガの身体を拘束していた。

「テオドールみたいに、何体も同時に、なんていうのは難しいけれどね」

 そんな、ステファニアの声と共に。主従の放つ弾幕が雨あられと降り注いで、最後のオーガを圧倒的な物量で呑み込んでいった。



 沼地の巨人グレンデルはグレイスが相手取り、巨大蜘蛛ジュエルタランテラはローズマリーとイグニスが対応する。となれば残るソードリザードはシーラが相手をすることになる。
 ソードリザードは――他の高位種の魔物に比べて図体こそ小さいものの、それでも尚、高位種とされるだけの力を秘めている。
 最大の特徴はその鱗にあるだろうか。両手の甲に生えた鱗が長く伸びて、その名の通り双剣と化した。そう言った鱗の特性もさることながら、俊敏な動きに加えて、闘気を操る。非常に高い戦闘能力を持つ魔物、とされていた。

 自身に迫ってくるシーラを見て取ると、ソードリザードは手の甲から生やした剣を、騎士が決闘前にするように眼前に構えてみせた。
 憑依している悪霊の中で主導権を握っている個体は――もしかすると生前は騎士だったのかも知れない。他の者より生前の意識を強く留めている、ようにも見える。

 シーラはそんな感想を抱きながらも一瞬眉を顰め――姿を瞬かせながら突っ込んだ。両者ともに突っ込んでいき、そのままの勢いで切り結ぶ。闘気を纏う双剣と双剣が猛烈な速度で相手目掛けて叩き込まれる。
 だが、当たらない。互いに超人じみた反射速度で身を躱しながら反撃に反撃を重ねて、舞うように斬撃を応酬しながらも剣戟の音1つ響かない。

 憑依した悪霊の群れが、自ら翼となってソードリザードの身体を宙に押し上げる。地上から空中へと場を移しながらも、一瞬たりとも止まることなく。紙一重、皮一枚の距離を4本の剣の切っ先が薙いでいく。

 至近より放たれた闘気の斬撃波が周囲に飛んでいく。闘気を飛ばす武技の一種だ。
 紙一重で避ける相手へ、斬撃の間合いを伸ばして一撃を叩き込もうという狙いだが、シーラにしてもソードリザードにしても、それにすらも反応できるらしい。

 無数の攻防のやり取りの中で――初めて剣戟の音が響く。一瞬両者共に動きを止める。
 が、シーラは激突の勢いに乗るように後ろに跳び退っていた。下方からソードリザードの尾が跳ね上がったのだ。

 そのままリザードは転身しながら鱗を剣のように伸ばし、抜き取りながら投げ放ってきた。シーラは粘着糸でそれを絡め取り、己の武器として振り回すようにして逆用して応じた。鞭のようにしなって迫ってくる一撃がリザードの顎先を掠める。
 意に介さず踏み込む。闘気剣の一閃で粘着糸を斬り落とし、互いに踏み込んですれ違いざまに斬撃を見舞う。

 一瞬の交差。血をしぶいたのはリザードの方だった。振り返るリザード。シーラは真珠剣の刀身から血を払って肩越しに振り返り、そして言った。

「大体、分かった。半端に生前の戦い方に拘るから力を活かし切れていない。きっと魔物の意識に主導させた方が剣技に拘らない、もっと強い戦い方をする。そういうふうに身体ができてる」

 そんな静かなシーラの言葉に、ソードリザードの身体を駆る悪霊は、目を見開いた。その言葉を否定するように、ソードリザードが牙を剥く。
 シーラの言葉はグレンデルやジュエルタランテラの事を指しているのだろう。だが、そんなことを認められるものか。そう悪霊は歯噛みした。研鑽を重ねた己がこれに取り付いた意味がない。魔物の意識に引き摺られた方が強いなどと、認めない。認められるわけがない。

「誰かの身体を無理やり奪って騎士道を気取るなんて、滑稽なだけ。ベリスティオは同じような力を持ってたけど……多分もっと――仲間の器を引き継いで、上に立つことに真面目だった」

 悪霊には理解しがたい、そんな言葉を残して。
 シーラの身体が風に舞う。
 右に左に跳びながらあちらこちらで瞬いて。その中で一瞬、シールドを蹴ってシーラが切り込んでくるような動きを見せた。ソードリザードはその動きに斬撃を合わせるが、虚しく空を切る。

 リザードが完全に振り切ったそこに。シーラが姿を現して真珠剣の一撃を繰り出してくる。寸でのところで回避するが肩口が浅く斬られた。姿を見せたり消したりしながら突進の速度を変えてくる。
 肉体が優れた反射速度を持つが故、そして生前の経験があるからこそ、逆に釣られてしまう。そんな幻惑的な動き。

 間合いの内側へと踏み込んで浅く小さく刻んで、反撃に転じた時にはそこにはいない。それはシーラ生来の動きをそのまま鍛え上げ、練り上げた戦法――。

 斬られて尚、前に出る。シーラの身体を斬撃にて捕捉しようと剣を振る。それは痛みを感じないからできる動き。それは生前ならば。真っ当な人間ならばしないような動き。だから、ぎこちない。
 皮一枚の距離で見切られ、至近から反撃とばかりに魔力の雷撃を浴びせられた。一瞬、主導権を握る悪霊の意識が遠のく。その時だ。支配力が弱まった分、眠っていたソードリザードの意識が表層に出て、悪霊達が逆にその闘争本能に引き摺られる形となった。

「ルオオオオッ!」

 苛立たしげな咆哮。駒のようにソードリザードの身体が回転すれば、シーラが闘気を集中させた真珠剣二刀で受けて、大きく吹き飛ばされる。
 無数の斬撃が空間を薙いでいった。鱗全てが剣となり、闘気を纏う身体の動き全てが恐るべき斬撃と化す。その攻撃密度は双剣の比ではない。

 闘気を身体のあちこちに瞬かせ、攻撃衝動のままに躍り掛かる。腕の斬撃。くねる身体から尾の先端に至るまで。流れるように攻撃が連なる。それでも尚、殺せない獲物であることが嬉しくて仕方がないと。悪霊達を差し置いてソードリザードの意識が口の端を歪ませる。

 先程まで通用していたシーラの幻惑の動きさえも。野生的な本能によるものなのか、来た攻撃のみに確実に反応して剣鱗を合わせていく。

 その変化を――シーラもまた小さく笑って応じた。ソードリザードは魔に堕ちた魔物。その中にあって非常に好戦的だ。捕食や護身のためではなく、戦いそのものを目的として戦いを仕掛ける。そんな、非常に危険な魔物である。だから、シーラとしても倒すことに躊躇いはない。
 それでも、意に添わぬ戦いに身を投じているよりは、今の活き活きとしている姿の方が、随分と小気味良いと。シーラは、そんなふうに思う。

 真珠剣と身体に水の渦を纏って応じる。それは攻防一体の技。闘気を纏った水の渦で攻撃を受け流し、真珠剣の渦で相手の防御を弾き散らす。幾度もすれ違いざまに剣戟の音を響かせる。
 咆哮。真正面から突っ込んでくるソードリザードに、牽制等と言う言葉はない。全ての攻撃が全力。乾坤一擲。

 尾の先端から回転しながら繰り出されるソードリザードの身体全体を使った斬撃を、シールドと二刀の渦を用いて真っ向から受け止める。シールドを切り裂かれながらも修復し、ありったけの闘気と魔力と注ぎ込んでソードリザードの全霊を凌ぐ。
 最後に打ち下ろされたソードリザードの両腕を渦と闘気剣の動きで流して弾き飛ばす。幾多の戦いで研鑽されたシーラの技量と経験が、ソードリザードの闘争本能と身体能力を凌駕した瞬間であった。
 弾かれるように下から再度跳ね上がる尾の一撃をもすり抜けて。がら空きになった胴体へ返す刀で胴薙ぎを見舞う。

 悪霊がその身体から抜け落ちていく。容赦のないイルムヒルトの音響矢がそれらを消し散らし――ソードリザードは口元に笑みを浮かべたまま満足そうに地面へと落ちていくのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ