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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外12 陽動作戦

 後方を見やれば――立ち込める黒い霧が視界を覆っていた。
 その霧の向こうから悪霊の本体が迫って来ている。蠢き渦巻く暗黒の塊と、その中から覗き込む目、目、目――。

「ブラウヘイムの黒き悪霊は、あれほどの規模では無かったと聞いているが……!」
「あれがグエンゴールが目指したものなんでしょう!」

 隣を飛ぶゼファードに跨るレアンドル王とやり取りを交わしながら、互いに回避行動を取る。暗黒の塊の中から放物線を描いて、手のような形をした物体が射出され、俺達を捕えようと迫ってきたからだ。

 尖った指先が空を引き裂く。右に左にリンドブルムとゼファードが軌道を変えて。引っ切り無しに無数の黒い腕が降り注ぐ。

 射出される腕は相当な勢いで飛来してくるが、肝心の悪霊本体はこちらの飛行速度よりは遅いようだ。距離を詰められず、だからと言って引き離し過ぎずの飛行速度を見極めながら、回避運動を取りつつ森の上空を疾駆する。

 応射。距離を取っているので威力は劣るが、雷撃などを後方へ放って牽制する。
 そうやって注意を引き付けても、俺とレアンドル王に対する攻撃の割合は丁度半々といったところか。本来ならレアンドル王にしか目もくれないところを、半分は引き受けられていると考えれば、目覚めの一撃を叩き込んだ甲斐があるというものだ。

 並走するシリウス号にすぐさま避難しなければならない、という状態ではない。それは良い。問題はそこではない。眼下の妖精の森が騒がしいのだ。

 勿論、悪霊が上空を通過しているからというのもあるのだろうが、それだけではない。異常の正体は――木々の間に垣間見えた。
 俺達目掛けて放物線を描いて飛んでくる黒い腕が、そのまま森の中に着弾する。そこで森に潜む魔物を手当たり次第に捕えているのだ。

 捕えた魔物の身体を侵食、悪霊の一部を憑依させて兵隊と成す。
 憑依された魔物は悪霊の意に従って、俺達への追撃に加わる。行きがけの駄賃とばかりに自分の手駒を増やしているのだ。
 これが……黒き悪霊の能力の1つ。アケイレス王とグエンゴールの他にもいくつもの意識が悪霊には宿っていたようだが、それらが本体から離れて憑依しているのかも知れない。

 過去にブラウヘイムという都市に現れた時は――憑依によって民衆や死体を操り、相当厄介な事態を引き起こしたそうだ。だから、そういう意味でも妖精の森で戦うのは不利だ。魔物だけでなく、動植物もお構いなしの能力だったようで、木々が根で襲ってきたなんて伝承も残っている。

 つまり森に居座られてしまえば森そのものが敵になるようなものだ。だからこそ、レアンドル王はその事態を避けるためにも自ら囮になったのだろう。

 当然、都市部で迎え撃つというのも論外。
 対応に兵力が必要というのはこのあたりの性質によるものだ。憑依された魔物への対処をする戦力もまた必要となる。将兵達への憑依対策は巫女の祝福や破邪の首飾り等でどうにかなるとしても、民衆全体までは手が回らない。大軍を動員できないのも同じ理由だ。

 いずれにせよ、本体が撒き散らす腐食の霧や憑依など、厄介な能力が目白押しだ。

 撃ち出される腕、腕、腕。速度を落とさないよう回転しながら避けて、避けきれないならウロボロスで払う。バロールが雷撃を放って飛来してきた黒い腕を撃ち落とす。
 その間にもゴブリンやオーク等の魔物が憑依されて、追走に加わる数を増していく。移動の途中で戦力を増やされてしまう分は、必要経費と割り切っている。

 胴体に穴を穿たれた鳥の魔物――の死体が追い縋ってくる。小さな竜巻を放って弾き散らし、レアンドル王も抜き放った剣に闘気を纏って一刀の下に斬り捨てた。

「伝承通りだな、死者をも操るとは!」

 そう言いながらもレアンドル王が眉を顰める。悪霊の性質、やり口が気に入らないと、はっきり表情に出ている。

「確かに! しかし、陛下の剣捌きとゼファードとの息の合わせ方はお見事ですね!」
「はっはっは! 天下の境界公にそう言って貰えるとはな! まだまだ余の腕も捨てたものではないか!」

 互いに回避しながら応戦。軽口を叩き合う。悪霊――アケイレス王とグエンゴールのやり口は確かに気に入らない。気に入らないが、感情的になり過ぎても隙が生まれる。

「しかし、グエンゴールは完成形を目指したと言っていたが――。今のところは伝承にある行動ばかりではあるな!」
「他に何か、隠し玉があるかも知れません! 充分お気を付けを!」
「いや、待て。あれを――!」

 言っている傍から、後方から追い縋ってくる悪霊本体に変化が生まれた。幾つもの目が並んでいるその下部が大きく開き――巨大な口が作り出される。尖った牙がてんでバラバラの方向に生えているが――その奥に、不気味な色の輝きが生まれた。

「来ます!」

 マジックサークルを展開しながら回避行動を取る。直後に悪霊の口から放たれた巨大な光線が俺達のいた空間を薙ぎ払っていった。小さな口が幾つも悪霊の身体に作られる。その口1つ1つに光が宿り――そこから光線がぶっ放される。
 雷魔法ライトニングブラストで応射。攻撃がレアンドル王に集中しないように注意を引き付ける。雨あられと降り注ぐ腕と光線とを縦横無尽に飛び回りながら避ける、避ける。
 リンドブルムもゼファードも、正面に飛び続けているわけだから、回避行動においては俺達の指示や誘導も大きなウェイトを占めてくる。
 その点、レアンドル王の手綱捌きは一級品。生まれた時から一緒に育ってきたというだけあって、互いへの信頼がその動きから見て取れる。国王という立場でありながら、ドラフデニアでも五指に入ると言われているそうだが、その技量を見れば納得だ。囮役を他の者に任せられないと言ったのも、こういう背景があるのだろう。

 俺は俺で、循環錬気で回避方向をリンドブルムに示す。リンドブルムはこちらの期待する以上の動きでそれに応えてくれた。
 悪霊から引っ切り無しに放たれる攻撃を回避しながら風を切って突き進んで行けば――やがて森の終わりが見えてくる。

 平原の向こうに、将兵達が展開しているのも見えた。
 俺達の現在の速度と最高の速度。悪霊の飛行速度。戦場までの距離等を計算に入れてタイミングを計る。

 森の上空から俺達も悪霊も完全に抜け出た、その瞬間。

「今ッ!」

 合図を送って、レアンドル王と同時に懐から取り出した魔道具を後方に投げつける。アルフレッド特製、音響閃光弾――!

 投げつけられた物体を迎撃しようと動いた悪霊の眼前でそれが炸裂する。
 大音響と真っ白に視界が染まる程の閃光。後方から響く咆哮を尻目に、リンドブルムとゼファードを最高速で飛行させる。

 俺はその場に留まり、レアンドル王はシリウス号へと。
 同時に、戦場に5つの光の柱が立ち昇り、ティエーラと精霊王達が待ちかねていたとばかりに顕現した。

「行くよっ!」
「いつでも!」

 風の精霊王ルスキニアの合図。シリウス号から飛び立ったクラウディアが答える。頂点にクラウディア。直下にティエーラ。四方に精霊王。
 悪霊本体を中心に巨大な結界が形成されていく。正八面体――四角錐を上下に貼り合わせたような形の、月女神と高位精霊からなる大結界だ。
 高位精霊達は影響範囲が大きすぎて直接戦闘こそできないものの、こうして協力して大結界を展開するような力の使い方をする分には問題ない。
 精霊王達は魔人戦で儀式を行っていたから動けなかった分、喜んで協力する、と言ってくれた。

 遅れて、森の奥から悪霊の生み出した憑依魔物の軍勢が押し寄せてきた。魔物の群れは――森の奥地にいた強力な個体も混じっているようだ。あれらはみんなやドラフデニアの精鋭達に任せるとして――。

 悪霊はようやく音響閃光弾のダメージから回復したのか、周囲を無数の目で見回し、状況を理解して眼前に立ち塞がる俺への憎しみの咆哮を上げた。
 望んだ戦況への誘導は完了した。さて――では、戦闘開始と行こうか。
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