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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外9 それぞれの矜持

「一先ず、場所を移しましょうか。ここはあまり考え事をするのに良い環境とは思えませんし」

 グエンゴールの手記の内容を読み終えたところで、そう言った。
 俺の提案に、レアンドル王は苦笑し、ロベリアはうんうんと頷いた。

「確かに、な。この場所では気が滅入る」
「うむ。この場所は空気が悪い」

 問題は……黒き悪霊こと――アケイレスの最後の王にどう対処するかだ。
 手記を読んで分かったことも多い。この墓所の性質についてもグエンゴールは記述の中で言及していたが……玄室の状態に照らし合わせるとその内容にも信憑性が出てくる。

 とりあえずグエンゴールの手記は持ち帰るとして。

「蔵書の様子はどう?」
「古いけれど、そこまで貴重なものはないわね。不自然に書物が抜かれている事を考えると……手記の記述に嘘はないんじゃないかしら」

 声をかけるとローズマリーは残念そうに首を横に振った。
 グエンゴールは……自分の死期を悟っていた。ドラフデニア王国への復讐の準備を万端整えたところで、研究の過程を自ら焼き払い、資料から対策をできないようにしたらしい。
 要するにこの手記以外には、グエンゴールの手の内を知る術はない、ということだ。

 それでも手記を残したのは……いつか復活する王に宛ててのものか。それとも誰にも自分の仕事だと悟られずに死んでいくのが嫌だったから、証を残したかったのか。
 だから……自分のアジトに罠の類も仕掛けなかったのかも知れない。この墓所に封印されている物自体が罠だと言えばそうだしな。

 他に貴重なものも見付からないようなので、手記だけ持ってグエンゴールのアジトから玄室へ。
 それから玄室の内部をもう一度確認してから外へと出る。外に出る前に、玄室奥にある棺に振り返った。棺全体から立ち昇るように、不穏な魔力が外に漏れ出している。
 ……悪王とその腹心の妄執が行き着いた先がこれ、か。



 シリウス号の艦橋に場所を移し、アケイレス王の墓所に付いて分かったこと、その対策などを話し合う。

「この状態を維持したり、再度封印してしまうような事はできないのかの?」

 ロベリアが尋ねてくる。そうだな。眠っていて動き出していない状態であるなら、今の内にきちんとした封印で外側から封じてしまおうと考えるのは1つの手というか、対策としてはまず考えつくものだが……。

「契約魔法により、封印の可逆を禁じる、と手記の記述にありました。要するに封印を強めようとすると棺の中にいるものは目を覚ますという寸法です」
「実際、契約魔法らしき記述もあの棺には刻まれていたわ。内容は不明だったけれど、グエンゴールの手記を読んだ上で判断するのなら、内容はそういうことなのでしょうね」
「封印は劣化するに任せるしかない、というわけですか」

 俺とクラウディアの言葉に、グレイスが眉根を寄せた。

「年月と共に壊れて目を覚まさせることを前提とした封印に、時間が経てば経つほど魔力を蓄えて強力になっていく存在……厄介なものね」

 ステファニアが瞑目してかぶりを振った。

「だが、それらの前提を踏まえるなら対処法は1つしかあるまいよ」
「そうですね。僕もそう思います。あの封印……もう、いつ力を失ってもおかしくない状態ですし」
「こっちの迎撃準備を整えてから、墓所の封印を、わざと解く、とか?」

 シーラが首を傾げる。

「そう。それで正解」

 目覚めさせるなら早いほうが得策、封印が何時解けるか分からないのなら、こっちが態勢を整えた状態で敢えて封印を解く、しかない。黒き悪霊の出てくるタイミングを、選ぶ余地がまだ存在している、ということだ。

「テオドール卿。そなたは……国元に帰るべきだ。余はこれよりスタインベールに戻り、討伐軍を指揮しなければならぬ」

 レアンドル王が言う。俺に関しては新婚旅行中だし、ドラフデニア王国に対しては命を賭けて戦う義理も理由もないからというわけだ。
 他国の高位貴族に依頼するというわけにもいかないだろうし。レアンドル王の立場としてはそう言うしかないだろう。

 理屈としては――そうなるだろうな。
 ロベリアは……レアンドル王の言葉に一瞬だけ表情を曇らせたものの、決然とした表情を浮かべている。
 そう。ロベリアはレアンドル王と俺を同時に見かけたから何とかできるのではと、知らせてくれたのだ。
 妖精の住む森ではあるが、このままではきっと人の世にも一大事になるからと。

 冒険者なら誰でも良い、とならなかったのは、案内する途中の冒険者達の身を案じたからだろう。半端な冒険者ではあの場に辿り着くのも困難だっただろうし。

 見込んだ相手ではあるが……俺はこの地に住む人間ではなかった。ロベリアはそれを理解している。俺がいようがいまいが、異変が起これば妖精の女王としてそれに立ち向かう。仲間達を守る。ロベリアはそう考えている。だから……俺には何も言わない。

 しかし俺から見ればどうか。友好的な妖精達を見捨てて帰る……というのは、今までやってきたこと、積み重ねてきたものに反する。俺は……みんなとの絆を嘘にしたくない。みんなに視線を向ければ、俺の目を真正面から見て頷いてくる。そんな彼女達の返答に、嬉しくなって口元に笑みが浮かんだ。
 ああ。そうだな。だから、自分の立場、考えをはっきりと伝えておく。

「そのお言葉は分かりますが……他種族と人との友好関係を築くのが境界公としての仕事です。ヴェルドガル王国に連なる貴族としても、貴国との友好関係を維持することを念頭に置いて行動する必要がありましょう。迷惑でなければ協力させて下さい」

 そう言うとロベリアとペトラの表情が明るくなった。ロベリアは抱き着こうとするかのように両手を広げたが、自分の立場を思い出したのか、他の妖精達の手前、自重したようだ。
 レアンドル王はと言えば……深々と頭を下げてくる。

「ドラフデニアを治める者として、今の言葉は何よりも有り難く、万の援軍を得たよりも心強く思う」
「我も感謝している。当然ながら我も共に戦うぞ! 生まれ故郷や小さき者を守れずして何が女王か!」

 と、ロベリアが拳を握って気炎を上げた。うむ。

「というのと、それから……語り継がれている黒き悪霊に、悪王当人ですからね。アンゼルフ王の幻影劇の補完としても確かめておきたいなと」

 そんなふうに冗談めかして言うと、レアンドル王は少し戸惑ったような表情になって、それから愉快そうに笑い声を上げた。

「なるほど、流石の胆力だ!」

 というわけで、更に封印されているものへの対策をみんなで話し合っていく。その傍らで後で問題にならないよう、メルヴィン王にもこちらの状況を伝え、境界公の仕事としてレアンドル王と共闘する旨を伝えておく。

「封印を解いて迎え撃つのなら、こちらの有利になる戦場を選ぶのが得策でしょうか」
「確かに……この森は妖精の住処なわけですし」

 ヘルヴォルテが言うとアシュレイが頷く。マルレーンも同意見なのかこくこくと頷いた。
 妖精の住処である森を荒らしたくないというのもあるしな。

「伝承では倒すのに沢山の兵……頭数が必要になったようね。もしそういった性質を持っているとすれば……やはり兵を展開しにくい森の奥地というのは問題があるわ」
「兵隊さんが連携しようにも、森の中では素早く動けないものね」

 と、ローズマリーとイルムヒルト。

「奴がアケイレスの王だとするのなら、望みの場所に誘き寄せる手段はある。その点に関しては問題あるまい」

 レアンドル王が言った。

「と、仰いますと?」
「何、単純な事だ。余が囮になれば良い。恨み募るドラフデニアの国王、アンゼルフ王の子孫を目の前にすれば、奴とて黙ってはおれまいよ」

 レアンドル王はそう言ってにやりと笑う。あー……。なるほどな。確かにそうだ。

「陛下が囮役とは……宰相様が聞いたら何と仰るやら」

 ペトラが苦笑するも、レアンドル王は笑みを崩さない。

「ま、連中の説得は任せておけ。有無は言わせぬさ」

 その説得はレアンドル王が頑張るとしても……レアンドル王の身の安全を守る意味でも俺も同行させてもらうか。
 後は戦う場所の選定と、更なる対策だな。いずれにせよ、一旦ドラフデニアの王都まで戻る必要がありそうだ。
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