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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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715 そして未来のことを

 伯爵領の散策を終えてダリルと一旦別れ、伯爵領の門から出て母さんの家に向かって歩く。歩きながら、改めて考える。
 俺のお陰だとダリルは言っていたが……。恩人、か。そうだな。俺にも恩を返さないといけない相手がいる。

 俺自身の事。俺ではない俺の事。色々と考えていたのだ。
 誰かに俺自身のことを打ち明けるべきか否かは……絡繰りが分かったとしても、依然難しい問題だと思う。

 前世への干渉という手段は、どう考えても周知されたり、先々の人間に伝えられるべき事柄ではないからだ。
 前提条件がかなり難しいとは言え、不可能ではないというのは俺自身が証明しているし、この方法を悪用しようと思えば、いくらでも悪用できる。要するに、情報そのものは伏せられるべきものであるというのは間違いない。

 だから、俺の前にある選択肢は2つ。このまま俺の転生の経緯を心の内だけに留めて墓まで持っていくか、それとも並行世界に干渉するために研究を行うか。

 あれから考えて……気になっていることが1つある。
 並行世界という構造故に、過去に干渉することによるタイムパラドックスが生まれないから俺がこうして存在している……のだとしても、俺ではない俺自身の歴史はどうなのだろうか。

 並行世界は可能性によって分岐する世界だ。こちらの歴史が変わったとしても、あちらの歴史は変わらない可能性がある。
 しかしその世界に無かった因子が外から加わって干渉すれば……その世界の歴史も変えられるのではないだろうかと思う。

 もしそうであるなら、恩人の世界の歴史を変えるのは俺の役割ということになるだろう。さながら尾を咥える蛇のような構造を完成させてやろうというわけだ。卵が先か鶏が先かというような話だが。



「ええと、みんなに話があるんだけど、良いかな」

 ガートナー伯爵家での歓待も終わり――。七家の長老達はガートナー伯爵家に宿泊して歓待を受け、俺達はみんなと一緒に母さんの家に帰った。
 母さんの家を核として顕現しているフローリアも一緒にいるが……まあ精霊達は古来より契約や約束事は遵守する性質だ。秘密であると約束をしておけば口外することもない。

 少し改まった俺の言葉に、みんなも何かを感じ取ったらしく、こちらに向き直る。

「何か、大事なお話でしょうか?」

 グレイスが尋ねてくる。その問いに、真っ直ぐ彼女を見て頷いた。

「うん。大事な話だよ。結構長くて、突拍子の無い話になると思う。緊急っていうわけではないし、悪い知らせとか悪巧みとか、そんなのでもない。怪我人が出たりすることもないけど……まあ、秘密の話だね」

 そう言って片眼鏡とライフディテクションで周囲を確認しつつ、外部への音を遮断する結界を張る。
 みんながどこか緊張した面持ちで注目しているところで、それじゃあ、と前置きして話をすることにした。

「んー。どこから話をしたものかな――」

 やはり、最初。俺が景久の記憶を覚醒させたところから、かな。景久自身に関することも話さなければならないか。

 前世……別の世界に別の人間として生きていた記憶がある事。その世界では仮想の体験が可能な遊戯があること。その遊戯の中でルーンガルドの未来にあたる歴史を知っていた事等々をみんなに話して聞かせる。

「だけど、自分でもその時は何でそんなことになっているのかが分からなかった。未来が分かるとか、そんなことは喧伝して回ると正気を疑われるし、先々のことにしても大体の大きな流れだけで、詳細が分かってるわけじゃなかったからね。魔法的知識は活用してたけど、そういった事情は伏せることにしたんだ。俺としては、自分の生きる場所が自分で作れれば満足できてたからね」

 そう言うと、皆はある程度納得したようだった。

「魔法知識は、シルヴァトリア由来かなと思っていたのだけれど……そんな絡繰りがあったのね」

 ローズマリーが目を丸くする。

「私も、テオがヘンリー様の書斎で魔法の教本を読んでいらっしゃったのは知っていましたが……」
「詳しいことが話せなかったのは、申し訳ないと思ってる。事情が分かって、理由があるからこうして今、話をしているけど」

 グレイスは俺の顔を真っ直ぐ見て頷く。そうして俺も話の続きをする。
 その知識とて、行動を起こしてしまえば未来が変わっていくから段々とズレが生じていく。並行世界云々についても話さなければならないしな。今の自分の行動次第で未来が変わる、というのは理解しやすい話ではあるが。

 それからの事はみんなも知っての通り。だが理由が分かったのは最近になってだ。
 ラストガーディアンと戦った時の、魔力による歪みで見えたものと、知ったことを語って聞かせる。

「――つまり、未来の俺じゃない俺が、前世の俺の世界に干渉したことでこうなったんだ。目的は……沢山の人が死んだ歴史を変えるため、なのかな。俺――いや、彼は……それで自分達の世界が救われるかは分からないとは思ってたけど、行動せずにはいられなかったみたいだね」
「その世界の私も……協力していたわけね。確かに迷宮中枢のような環境があれば、それも可能だとは思うわ」

 クラウディアは思案しながら呟く。ローズマリーが何かに気付いたように首を傾げた。

「だけれど、不思議ね。未来のテオドールが歴史を変えた、というのなら、今のテオドールが上手くいった場合、過去を変える意味が無くなってしまうわけだから……今の状態に矛盾が生まれたり、ということはないのかしら?」

 何の説明も無しにそこに気付くあたり、ローズマリーは流石だが。

「そう。問題はそこなんだ」

 みんなに可能性によって分岐する世界。並行世界の概念を説明しなければならない。
 花に水をやるか、やらないで、花が枯れた世界。枯れていない世界が生まれる等の例え話をして、未来の俺でない俺の動機と、今の俺が矛盾なく存在することを説明していく。

「つまり、隣り合った場所に、よく似ているけど少しずつ違う世界が、たくさんある、と言うわけですか?」

 アシュレイが首を傾げた。うん。そういう理解で良いだろう。

「前世の世界でもそんな仮説が立てられてたね。その中で生きている俺達には普通、分岐している世界を観測できるわけじゃないから、こうして思考と想像の上で話をするしかないんだけどさ。けど俺も、今の俺の状態を考えると、それが正しいんじゃないかって思う。魔力で空間が歪んだから違う可能性の世界の俺の記憶が流れ込んできたわけだし」
「ん。何だか不思議。混乱してきた」

 シーラが腕組みをしながら耳をぴくぴくと動かす。

「何かの選択の結果で未来が変わっても、基本的には並行世界が新しく生まれるだけで。けど……外から干渉してやることは元々あるものから生まれる因果じゃなくて、新しく因子が増えてるわけだから、歴史も大きく変えられるんじゃないかと思う。俺じゃない俺の世界は、悲劇のままなんじゃないかって考えると……それは結構気がかりでさ」

 そう話すと、みんなの表情が変わる。俺の言いたいことを理解してくれたらしい。

「つまり、テオドールはあっちの世界を助けてあげたいのかしら?」

 ステファニアが尋ねてくる。

「助けるっていうか……恩を返したいっていうのが正しいのかな。そのために研究をして、みんなの力も借りられたらって思ってる。悪用することもできる方法だから、情報を伏せて、墓場まで秘密を持っていくっていうのも有りだった、とは思うんだけどね」

 諸々の事を加味した上でも……返すべき恩というのは、あると思う。俺達の世界が上手くいっているから関係ないと言うには、恩人に対してあまりに不義理だ。
 俺ではない俺とは言え、自分が成したことに恩、というのもおかしな話だが。

 ましてや、向こうの世界が変わらないのではないかという可能性に思い至ってしまったらな。それを確かめて、助力することであちらの世界をより望ましい方向に誘導をするというのは、俺が今度していくべきことだろう。

 話を終えるとみんなは顔を見合わせていたが……やがて頷き合い、俺に向き直った。

「そういうことなら。できることがあるのなら、喜んで協力するわ」

 と、イルムヒルト。マルレーンも真剣な面持ちでこくこくと頷いた。

「それに……お話を最後まで聞いて安心しました。私達の知る、テオはテオということですから」
「そうね。それに、様々な魔法の知識や、大きな力だけがあったとしても……それだけでは足りない。あなたの考えや選択が築いてくれたのが今の世界で……何か一つ違っても今と同じにはならない。今というこの瞬間はきっと……とてもかけがえのないものだわ」

 グレイスとクラウディアがそんなふうに言って。みんなもその言葉に柔らかく笑って頷いた。ああ。そう言って貰えるのは嬉しいな。

「きっと、そのことも……テオドール様となら何とかなります」
「そうね。旅行から帰ったら、色々考えていくとしましょうか」

 そうだな。だから今は、みんなとの時間を大切にしたいと思う。これから先、色々なこともあるだろう。だけれど、みんなと一緒なら何だって乗り越えていけると、そう思う。
 みんなとの穏やかな時間は、そうして……ゆっくりと過ぎていくのであった。
いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

感想、ご指摘、誤字脱字報告、レビュー等々、本当に励みになっております。
気付けば連載を開始し2年を過ぎておりました。
ここまでお話を続けてこれたのも、ひとえに読者の皆様のお陰です。

さて。次回か次々回あたりにて一応の物語の区切りということで
本編のエピローグを投下し、完結のご挨拶をさせていただければと考えております。

あれやこれやと、本編で語った部分で触れられていないところもありますが、
そちらについてはエピローグ後の後日談として語らせていただければ、と考えております。

沢山の貴重なお時間、共にお話に付き合って頂き、本当に感謝しております。
改めてお礼申し上げます。
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