挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
738/1183

712 春の旅

 コルリスの形をしたパンというのは……ステファニアにして見ると不敬どころか嬉しいサプライズだったようで、にこにこと上機嫌な様子であった。ステファニアは結構コルリスを可愛がっているので、みんなから親しみを持ってもらえるというのが嬉しいようだ。

 そうして伯爵領の町中を馬車で巡り、それから郊外に出てミシェル達を家まで送っていった。当然、ミシェルの家に向かうのだから、温室回りも確認していく、という話になる。到着すると早速ミシェルは、家の中から資料を持ってくるのであった。

「では――これが追加の資料になります」
「ありがとうございます。目を通させて貰います」

 ミシェルから紙束を受け取る。温室で栽培している作物の様子や、シルン伯爵領周辺の天気、気候等を毎日事細かに記したものだ。
 積雪量や降雨量まで調べてあったりして。かなり資料的価値は高いと言えよう。同様に、ガートナー伯爵領、ブロデリック侯爵領も気候的には割と似通っているので、あちらに稲作を広げる際にも役に立ちそうだ。

 資料を見る限り、作物そのものは順調に生育中なようだ。

「出来上がった作物はどうしているのですか? 温室で育てているわけですし、季節も関係なく、すぐに大きくなってしまうのでは?」
「ああ。それはですね。収穫したものを近隣の皆さんと試食会をするなどして、ノーブルリーフ農法の有用性を説くために有効活用しているのです」

 グレイスの質問にミシェルが答える。

「その甲斐もありまして、結構みんなからの理解も得られて、期待されているようなんですよ。シルン家にも本格的にノーブルリーフを使った農法が動き出すなら協力したいという申し出や、いつから稲作を始めるのかという質問も、結構来ていますから」

 と、アシュレイが笑みを浮かべた。一石二鳥というか、合理的ながらも丁寧に話が進んでいる感じがあるな。

「ノーブルリーフ達はどうなのかしら?」
「赤リボンの子達も、最近は他の子と同じように懐いてくれて、これが可愛いんですよ」

 クラウディアが首を傾げると、ミシェルが嬉しそうに表情を綻ばせる。

「ん。ハーベスタもそうだけど、結構賢い」
「敵かそうでないかもちゃんと学習しているのね」
「日頃からの信頼関係が大事、ということになるのでしょうけれど」

 シーラの言葉にステファニアとローズマリーが頷く。
 赤リボンのノーブルリーフは、野生種から種を採取して育てたものだが……環境魔力による影響も少ないので凶暴化しているわけではない。
 野生種故の成長の速さや警戒心の高さなどは見受けられたが、時間と共にミシェルに懐いたというわけだ。

 赤リボン達はオルトナにも心を許しているようで。後ろ足で立ち上がり、如雨露で水をやっているオルトナに対して心地良さそうに上を向いて水浴びしていたりする。うむ……。中々シュールな光景ではあるが、見ていて和むのは間違いない。

 ちなみに、オルトナは使い魔であることを示すかのように色鮮やかなスカーフを身に着けていたりする。ミシェルの祖父であるフリッツが営んでいる魔法店の看板と同じ……三角帽子のマークが刺繍されていたりして。

「何となく、コルリスやオルトナの首飾りは気になりますね。こういうのは……ええと、羨ましい、というのでしょうか?」

 と、ヘルヴォルテが言った。

「槍か鎧に紋章でも入れてみる?」
「お許しいただけるならば」

 クラウディアが尋ねるとヘルヴォルテは静かに頷く。

「これからはフォレスタニアにいることも増えるし、それも良いかもね」

 ヘルヴォルテの場合は……フォレスタニア騎士団所属的な意味合いになるのかも知れない。
 オルトナのスカーフの場合は……コルリスと同様の措置というか。元々ヒュプノラクーンが人里に出る魔物であるため、野生種との違いを強調しておく必要があるわけだ。
 もっとも、ヒュプノラクーンは取り立てて騒ぐほど危険な魔物というわけではないし、領民や冒険者ギルドにも通達されている。シルン伯爵領の人達もオルトナにはかなり慣れてきているそうで、微笑ましいものを見るように見守られているそうだ。

 閑話休題。ノーブルリーフ達について話を戻すと、赤リボンのグループでそれなのだから、他のグループはもっと人懐っこい。マルレーンやイルムヒルトに頭を撫でられたりして可愛がられている。

 ノーブルリーフ達自身の観察記録は、春先になってもう少しすると新世代が芽吹く時期だ。そうなればまた色々と進捗があるだろう。



 似たようなスカーフを装備しているということもあり、コルリスとはお互いに何となく親近感が湧くのか、ミシェル達と別れる段になっても名残惜しそうにしている様子が見受けられた。

「ふふ。オルトナも久しぶりにみんなに会えて嬉しかったようですね」
「またオルトナを連れて、タームウィルズやフォレスタニアにも遊びに来てください」
「はい。是非。明日、皆様の出発の際もお祖父ちゃんやオルトナと見送りにいきますので」
「ふうむ。ドラフデニアへの旅行ですか。良いですなあ。儂も若い頃、ドラフデニアへ足を延ばした事がありますぞ」

 と、ミシェルが留守の間温室の面倒を見ていたフリッツが笑みを浮かべる。

「そうだったんですか。いや、アンゼルフ王の足跡を辿れればと」
「物語に語られている史跡も現存しておりますからな。見所は多いかと」
「それはまた……楽しみです」

 何となく。杖術と言いドラフデニアに関することと言い、フリッツとは色々と話題が合う気がするというか。
 というわけで、ドラフデニアのどこそこが名所であるとか、そんな情報をもらって、ミシェル達とは一旦別れた。



 明くる日。今日はガートナー伯爵領へ向かう日ではあるのだが……朝、先代シルン男爵夫妻の墓前を見舞いに行き……イシュトルムを倒して仇を討ったこと、みんなで月から無事に戻ってきたこと、それからエリオットが北方の領主として任ぜられたことや、アシュレイと結婚したことを報告した。

 相変わらず静謐な空気があるが……明るい春の日差しを浴びているシルン家の墓所は、雰囲気が前に来た時とは若干違う気がする。色々と良い報告を持って帰れたから、だろうか。目を閉じてみんなで墓前に祈りを捧げる。

「――私は、もう大丈夫です。父様、母様。これからも領主として精進していきたいと思います」

 静かに目を閉じて両親への祈りを捧げていたアシュレイだったが、やがて顔を上げ、そう言って微笑むのであった。

「めでたいことが多くて、ケンネルめとしても嬉しい限りですぞ。先代と奥方様もさぞかしお喜びでしょう」

 と、ケンネルが穏やかに笑った。
 そうして俺達は屋敷に戻り、朝食を済ませてからお茶を飲んで談笑したり、少しのんびりとしてから出発することになった。
 昨日、話をしていた通り、フリッツやミシェル、オルトナも見送りに来てくれた。動物組もまたオルトナとの別れを惜しんでいるようだ。
 その光景にケンネルは破顔したが、こちらに向き直り、一礼してくる。

「それでは、道中お気を付けて」
「はい。旅行の帰りに、また立ち寄らせて貰います」
「それは領民達も喜びましょう。オルトナも、でしょうか」
「それは確かに」

 ケンネルの言葉に小さく苦笑する。

「爺や。何かあったら通信機に連絡を」
「承知いたしました」

 そんな調子のやり取りを交わし。笑顔のケンネル達に見送られ、シリウス号に乗り込む。甲板から地上のケンネル達と手を振り合って……シルン伯爵領を離れ、シリウス号はガートナー伯爵領へと向かう。

「ああ。ちょっと空けちゃったから、帰ったらリサ様のお墓のお掃除、頑張らないと」
「シルン伯爵家のお墓、きちんと手入れされてて綺麗だったもんね」

 やがて――ケンネル達の姿が見えなくなったところで、ハロルドとシンシアはそんな言葉を交わして頷き合っていた。
 俺達の結婚式に出席するからということで、2人して父さん達に同行してきていたからな。実際はそんなすぐに墓が荒れたりという事はないのだろうが、留守中の事が気にかかっていた、というわけだ。真面目な2人らしい会話で、好感が持てる。

 というより、シルン伯爵家の墓所を見て、尚更そう思ったのだろう。シルン伯爵家の場合は使用人達が毎日墓所を綺麗に掃除しているそうだから、本職であるハロルドとシンシアからしてみると、色々と触発されてしまうものなのかも知れない。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ