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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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711 伯爵領振興のために

「兄には……時々面会に行きますが、前よりは当たりが柔らかくなった気がします」

 シリウス号はヴェルドガル王国の街道を東へ東へと進む。
 艦橋で世間話をしながら船を進めていると、その中でダリルとの会話の中でバイロンについての話が出た。
 バイロンに関しては……ダリルが後継ぎになったことにも批判的だったということもあり、伯爵家での蟄居は未だに継続中、とのことである。
 後継ぎに戻ることはできないにしても、しっかり反省しさえすれば多少の行動の自由も得られるだろう、とは思うのだが。それでも、時間経過でダリルに対しては多少落ち着いてきたのか。

「時間が経って、冷静になってきたのかな」
「冷静になったというか……色々諦めた、という印象ですね。境界公の名を出しても、昔は感情的になっていたのが、何をやっても境界公なら驚くこともない、とか……反応が薄くなっていますし。寧ろ、境界公に憧れて無理をすると失敗した時に大変だから程々にしておけ、などと言われましたが」

 ダリルはバイロンの言動を俺に伝えるにも、礼を失さないように気を付けているようだから……バイロンの元の言葉としては「あいつが何しても俺はもう驚かない。真似をしても無理が出るから止めておけ」とか、そんなところだったのではないだろうか。

「僕はもう……昔の弱くて卑怯な自分に戻るつもりはありません。けれど、兄とは領主や後継ぎとは関係のないところで、もう少し関係を良くする、事ぐらいはできるかも知れない。そう思っているんです」

 そう言って自分の掌を見るダリルの表情には、迷いのようなものがない。
 兄には感化されず、逆に自分の影響で良い方向に変えていきたいという、意思のようなものが感じられた。

「……或いは……ダリル殿のその姿や言動を見て、彼にも何か思うところがあったのかも知れませんね」

 だとするなら、もしかするとバイロンもダリルを応援するような心境になっているのかも知れない。ダリルの言ったバイロンの後半の言動はひねているようでもあるが、弟を気遣っている内容でもあるし……言動が柔らかくなった、というのもそうだろう。
 まあ、そうだな。ダリルのやろうとしていることが上手くいくように、陰ながら応援しておく、ぐらいが良いのかも知れない。
 俺が積極的に関わる話でもないし、下手に前に出ていくことで関係を拗らせるのもよろしくない。

 ふと父さんと視線が合うと、父さんは柔らかく笑って俺に頷いた。そのあたりのことはこっちに任せておけ、というわけだ。
 父さんは問題を把握した以上はそのままにしてはおかないだろうし。そのあたりは頼れるところがある。
 ダリルがこうして頑張っていることや、父さんの意向を見ると……まあ、悪い方向には転ぶまい。



 春の日差しと長閑な街道がモニター越しにゆっくりと流れていく。
 イルムヒルトが楽しそうにリュートを奏でながら歌声を響かせれば、セラフィナも円卓の端に腰かけ、上体を横に揺らしながらイルムヒルトと一緒に合唱をしていた。

 アシュレイ、ローズマリー。そしてミシェルの3人は新しい作物について色々と情報交換したりこれからの事を話し合っているようだ。 

「この絵が……月からの新しい作物ですか。収穫できるようになるのが楽しみですね」

 シグリッタの描いた絵を見ながら、ミシェルが笑みを浮かべる。

「育て方はきちんと聞いて来ていますから、それほど遠くない内に栽培できる場所も増やせるのではないかと思います」
「タームウィルズの植物園も拡張されるわね。何にせよ新しい植物が増えるのは楽しみだわ」

 といった調子で盛り上がっている3人である。
 そうやって色々と話をしながら進んでいくと、やがてシルン伯爵領が見えてきた。



 シルン伯爵領の領民達の歓迎ぶりはかなりのものだった。
 タームウィルズに近いこともあり、俺達が結婚したというのも当然伝わっている。なのでシリウス号の来訪をかなりのお祝いムードで出迎えてくれたのだ。

 エリオットが帰って来てカミラと結婚式を挙げたこと。アシュレイが伯爵位になったこと。そして俺達が結婚したこと等々含めて、めでたいことが重なっているから、シルン伯爵領のお祝いムードというのは理解できる。
 素通りするのも素っ気ないしがっかりさせてしまうだろうからということで、シルン伯爵邸に一泊してから東へ向かう予定だ。

 というわけで、シリウス号は領主の館の裏手にある林の上に停泊させているが……明るい内から屋敷に篭っているのも滞在する意味がない。領内の視察名目とミシェルやオルトナを家に送っていくついでに、みんなで町へと遊びに繰り出すことにした。

 徒歩で行くと騒ぎも大きくなって人集りもできてしまうかと、みんなで乗れる大型の馬車でシルン伯爵邸から出てきたが……領民達は俺達に気付いても道を塞いだりなどせず、俺やアシュレイを称えるような言葉を口にして沿道から笑顔で手を振ってきたりと、中々に和やかな雰囲気で領地を回ることができている。

「シルン伯爵領の人達は明るくていいわね」

 とステファニアが笑みを浮かべる。

「エリオット兄様の結婚が行われてから以降、ずっと雰囲気が良いんですよ。何だか、領地で結婚する領民や、冒険者の皆さんも増えているようで」

 アシュレイは転移でこっちに来れるということもあって、執務でこまめにこっちに足を運んだりもしているからな。領内の事もちゃんと把握しているようだ。
 それに、領地の雰囲気が良いということは、きちんと善政が敷かれているということの裏返しでもある。領民の尊敬を集めていなければそうはならないだろう。

「エリオット様の結婚式もお綺麗でしたからね」

 アシュレイの言葉にグレイスが答えるとマルレーンがニコニコしながら頷いた。

「あれは?」

 と、そこでシーラが馬車の車窓から外を見て言う。
 そこにみんなも視線を向ける。パンの焼ける良い匂いが漂ってくる。どうやらパン職人の店……らしいが。店頭に並んだ商品が目を引く。

「あれは……ラヴィーネかしら?」
「狼だから、多分。あっちはシリウス号だね」

 クラウディアの言葉に答える。狼の横顔をかたどったパンや、シリウス号を模したと思われる形のパン等が並べられている。
 なるほど……。俺やアシュレイにあやかったパンか。穀倉地帯であるシルン伯爵領ならではだと思うが、こういうのはこっちの世界では珍しい試みかも知れない。

「折角だから1つずつ買ってみようか」

 そう言うとみんなが嬉しそうに頷く。お店の売り上げにも貢献しようというわけだ。
 お店の前に馬車を止めて降りると店主であるらしいパン職人が目を丸くした。

「こ、これはアシュレイ様。このような場所へお出でとは」
「面白そうな物が見えたので、少々立ち寄らせてもらいました」

 というアシュレイの言葉に、店主は恐縮し切りといった様子だ。

「そ、その、もしかすると不敬だったでしょうか?」
「そんなことはないですよ。匂いも美味しそうなので、みんなで1つずつ買って食べようかと話をしていたのです」

 そんなふうに答えると、店主の顔に安堵と笑顔が浮かんだ。
 早速パンを見せてもらうと、ラヴィーネやシリウス号をかたどったものの他に、生地をねじって作ったウロボロスらしきパンや……どう見てもコルリスの形をしたパンもあった。

 何だろう……。やはりコルリスは印象に残りやすいからだろうか。当人は馬車の屋根からこちらを覗いて目を瞬かせているが。

 というわけでみんなでパンを1つずつ買って早速食べてみる。ふっくらとしていて香ばしい、品質の良いパンだ。目や鼻の部分にブドウを埋め込んでそれらしく見えるようにしてあったり、色々工夫が見られるという。

「どう、でしょうか?」
「味も良いですね。気に入りました」

 おずおずと尋ねてきた店主にそう答えると、彼は嬉しそうに笑った。みんなにも中々好評なようだ。
 人気にあやかられる、というのは何やら不思議な、というかこそばゆいような感覚ではあるが……。そういうのが地域の振興に繋がるなら別に構わないと思う。ましてや、アシュレイの領地ならなおさらだ。領民も伸び伸びと暮らして欲しいものである。

 それを見ていた近くの工芸品を扱っている店の店主も、何かヒントを得た、というような表情で頷きながら店の中へ戻っていく。

 パン屋の店主も妙に真剣な面持ちでオルトナやエクレール、カドケウスやバロールも観察していたから……うん。今後レパートリーやらパン以外の品目も増えそうな気がするな。次の機会があったらまたこのへんの店を覗きに来てみよう。
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