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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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68表 極熱の死線

 ――やる。近接戦の技術の研鑽がリネットの比ではない。

「行くぞ!」

 錐揉み回転をかけるようにして、ゼヴィオンが切り込んでくる。瘴気剣の出所や軌道が非常に解りにくい挙動だ。
 無理して合わせずに回避を選ぶ。頭の上を熱気が通り過ぎていった。すれ違いざま複数の初級水魔法を展開。俺の頭上、斜め裏にいるであろうゼヴィオンに向けて、氷の弾丸を発射する。

「むっ!」

 着弾する音は聞こえた。距離を取らず、その場で転身して状況を確認すれば、奴は左腕に展開した瘴気の盾で受けたようだ。氷弾が水蒸気となって消えていく。
 瘴気の剣と盾。その姿は竜の甲冑を纏った黒騎士のようだ。

 フレイムアブソーブは役に立たない。地上付近で戦った時に用いてみたが……確かに奴が斬った物に着火した部分の火ならば吸収出来るのだ。しかし、吸い込んだ傍から切断面から何度も炎が上がると言った具合だった。
 その場に澱む高熱瘴気が、斬られた物体を執拗に炎上させ続けるわけだ。生物が傷付けられた場合は――祝福か循環が無ければ死ぬまで傷口から焼かれるだろう。俺なら、普通に燃やされるだけで済むが、そんなものは慰めにはならない。

 ゼヴィオンが纏う、瘴気そのものにも取り立てて変化はなかった。フレイムアブソーブではどうにもならないのは予想が付いている。奴の瘴気が持つ特性はあくまで高熱。炎そのものではないと言う事だ。言うなればマグマのような毒気と言えば良いのか。

 だから高度を高く取った。地上付近で戦っていてはあちこち火の海になりかねない。それは俺に不利にはなりこそすれ、有利に働く事は無いだろう。周囲に燃えるものは何もない方がいい。
 それがそのまま爆発の魔眼対策にもなっている。爆発と言う攻撃の特性上、切り結びながら背後の物品を爆破し、破片を飛ばしてくるというような使い方が出来ると推察される。
 奴がこちらの誘いに乗ったのは――俺と海を離す為だろう。使い魔を逃がすのが目的か、或いは海水を使わせないように、か。

 厄介だ。だからと言って、それで俺の戦い方が変わるわけではないが。
 跳躍するような挙動を見せて、身体にぴったりと重ねておいたミラージュボディを上方に飛ばしながら、風魔法の制御で、自分自身は下方に急降下する。分身と本体で、挟み込むようにゼヴィオン向かって突撃した。

 杖の中ほどを握り、薙刀のように打ち下ろす――ように見せかけ、寸前で切り返して横から掬い上げるような軌道の一撃に変化させる。
 視線、姿勢は、寸前までの頭上からの分身に合わせた動きだ。
 つまり、分身を用いた二択攻撃である。挙動を見て上からの攻撃に合わせようとしていた奴の胸部に、竜杖が直撃した。

 が、まだ浅い。こちらが踏み込んだ時には奴も打ち合いに応じられる体勢を整えている。接近のタイミングに合わせて左手の盾をぶつけるように振り払ってきた。
 シールドバッシュ。しかも触れれば燃える。魔力を集中させた竜杖を瘴気の盾に真っ向から突き込む。スパーク光が上がって互いの身体が弾かれる。

「人間如きでは戦いにさえならないと思っていたが。まさか1対1で、これほどの戦闘が愉しめるとはな!」

 そう言って、楽しそうに肩を震わせる。仲間の魔人が落ちた事は些かも気にしていないようだ。
 奴の目的はあくまで迷宮の調査が主なのだろう。もう一体の魔人がどうかは知らないが、こいつが俺の名前を憶えていなかった理由もこの辺にあるだろうか。魔人殺しと言っても所詮は人間と。そういう前提があったようだな。

 今までのゼヴィオンにはまだ小手調べをしているような印象があった。だからと言って少しも油断出来たものでもなかったが。
 斬り込んで崩してしまえば、後は大技を当てて有無を言わさず殺すだけだからだ。そしてそれはそのまま俺の狙いでもある。

 こちらの大技は――初手では見切られた。奴の戦闘経験から言って、いきなり大きな魔法を使っても対応してくる可能性が高い。つまり奥の手を見せる時は――殺す時、殺される時だ。
 均衡が破られれば一気に天秤が傾く戦い。解りやすくは、ある。
 一瞬、グレイスの方に視線を向ける。彼女はこちらを心配そうに見上げていた。グレイスは勝った。アシュレイだって待っている。だから俺だって勝つ。勝って帰る。
 お前は――邪魔だ。

「――来い!」
「永らく飽いていたのだ! いずれかが死ぬまで付き合うと約束しよう!」

 そのまま、前に出てぶつかり合う。激突の瞬間、俺の身体が文字通りに2つに分かれる。

 ミラージュボディとの連携による、虚実を織り交ぜた上下左右の択一攻撃。BFOで確立された技術だ。これは奴と言えど見切る事は出来ない。
 奴の身体に何度となく攻撃を叩き込むが、致命打にならない。あちこち、軽い傷を表皮に刻んでいるが、ゼヴィオンは意に介さない。
 どちらか一方の俺を本命と定め、フェイントを見ない事で対応してきた。
 有効な手だ。鎧のような表皮が装甲と呼んでも良いほどの、凄まじい防御力持つからこそではあるが、他にもからくりがある。

 俺は熱気でもダメージを受けるから、瘴気剣を避ける時は通常よりも大きく避けねばならない。それで、後一歩が踏み込めずにいる。
 付け入る隙は――ある。奴は純粋な防御技術そのものに、まだ甘い所がある。これだけの防御力と、過剰な攻撃力を備えているのだから解らなくもないが。

 奴も自身の特性は重々承知なのだろう。一撃当たれば全てが終わると、両手の武器を合わせて特大の瘴気剣を生み出し、攻撃を食らいながらもミラージュボディと本体を同時に薙ぎ払うような挙動を見せた。
 これは――避けきれない。
 一旦ミラージュボディに割いている制御能力を戻し、杖を両手で構えて先端に巨大なマジックシールドを展開する。

 直上から振り切られる刃を、正面から受け止める。両腕に重い衝撃。白熱したスパークが飛び散った。
 ウロボロスが鬱陶しそうに唸り声をあげ、更に俺の循環が増幅されていく手ごたえを感じる。

「はあああっ!」
「おおおおっ!」

 互いに吠え、行き場を失ったエネルギーが爆発して弾き飛ばされるが、即座に反転。ゼヴィオンは瘴気剣を2つに分けて、両手の武器で躍り掛かってくる。

 杖の中ほどを握り、双剣と打ち合う。赤い魔眼の輝き。頭上で響く爆音。衝撃を身を屈めて避け、こちらも眉間付近に展開したマジックサークルから氷の槍を反撃に見舞う。
 氷とは言え魔力で強化されたその槍は、自然物とは違う。胸部装甲に直撃し、僅かな手傷を与えたものの、すぐさま蒸発させられた。
 魔法の氷が、蒸発? 瘴気の盾ならまだしも、肉体に当たって――?

「まだだ! まだ死んでくれるなよ!」

 ゼヴィオンの肉体そのものが白く熱を帯びて来ているのが解った。凄まじい熱気の放射。
 風魔法エアスクリーン。多重の空気の層を作り、コートに耐熱のエンチャントをかけて。近寄るだけで焼き焦がすような極熱を遮断しながら更に切り結ぶ。
 その対応に、奴は心底嬉しそうに牙を剥く。俺も奴に呼応するように、笑みを浮かべた。

 天地の感覚もない。周囲の音も聞こえない。細かな火傷の、ひりつくような痛みさえ気にならない。ただただ奴との命のやり取りにだけ没頭していく。

 前髪を切っ先が僅かに掠る。焦げる臭い。打撃と魔法の2点同時攻撃。弾ける火花。空気の層を破って突き込まれてくる瘴気の刃。頬に感じる熱。誰かの哄笑。幾度となく交差する、魔力と瘴気。
 足裏にマジックサークルを展開し、奴の胸に蹴りを叩き込む寸前で氷弾を撃ち込む。

 距離が離れる。左の瘴気剣から闘気が噴出――武技が来る。
 炎熱瘴気と武技の併用。斬撃を飛ばしながら、自身は右手の剣を腰だめに構えて迫ってくる。大きく避けては有効な反撃が出来ない。ここは退かない。前に出る。
 先に跳んでくる斬撃は脇腹に掠らせ、次いで繰り出される奴の突きは頬を掠らせ。

 間近に感じる、焦げるような熱。死線を潜り抜ける事でようやく届く距離。熱波の地獄。刹那の交差。この間合いが、欲しかった。
 竜杖に纏うは冷気の渦。双方の突撃の勢いに、全身の動きの連動を竜杖の刺突に乗せて一点で炸裂させる。

「貫けっ!」
「ぐっ!」

 今までとは異なる、打ち抜いたこちらの手が痺れる程の手応え。渾身の一撃を叩き込み、そのまま一挙動に顎を打ち上げる。胸部の表皮に亀裂が走って、初めて奴が苦悶の声を上げて後ろに下がった。
 勝負を仕掛けるのは今を置いて他にない。

 奴の眼前で杖を構え、前方に巨大なマジックサークルを展開する。だが。

「――惜しかったな!」

 視線を戻した奴の眼が輝き、俺の目の前で爆風が生まれた。俺が砕いたのは――表皮一枚。傷と言うには僅かに浅い。
 爆発する座標は些かズレていたが防御魔法を使う余地は無かった。顔の前で腕を交差させて、それに耐えるような体勢を取って見せる。

 白熱していた全身の熱が、奴の口元に集中して行く。大きく開けた口の中に眩い、太陽のような輝きが生まれ、膨大な熱線――いや、熱の柱となって放射された。
 俺の身体は、一息にそれに呑み込まれる。これが奴の本命。奥の手。切り札なのだろう。骨さえ残らず焼かれて終わる、はずだ。

 当たりさえすれば。

「これは――!?」

 炎熱の柱に呑み込まれた俺の姿は、虚像だ。視線を上に向けさせた時、ミラージュボディをその場に残し、自由落下でその場から離脱している。
 魔法を完成させ、下方から弾かれるように突進する。
 全身に溜めこんだ、ありったけの熱を放射したゼヴィオンは、避ける事すらままならなかった。奴の胸に穿った傷にウロボロスの角を抉り込ませ、完成させた魔法を発動させる。

 第9階級水魔法。グレイシャルフォートレス。
 ゼヴィオンの背を突き破り――氷の樹が空中に生まれた。どこまでもどこまでも。枝葉を、根を伸ばして、軋むような音を立てながら氷の大樹が成長していく。

「砕けろ!」

 成長し切った所で、その内に呑み込んだゼヴィオン諸共、氷樹が微塵に砕け散る。
 轟音と共に無数の煌めきを放ちながら、細かな氷の欠片が地上に降り注ぐ。胸部を内側から砕かれたゼヴィオンが、光の雨と共に地上へと落下していく。その顔には、満足そうな笑みが張り付いているように見えた。
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