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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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68裏 銀の霧

 ――飛竜隊は、ややグレイスより先行していた。

「あれを!」

 騎士の1人が、叫ぶ。
 飛竜の目と騎士の目で上空から捜索しているのだから、不審な人物が目につかないはずがない。
 港の片隅の、桟橋に立つ男。そして海面に覗く大きな背鰭。報告途上であるならば、間に合ったとも取れる状況。同時に、その男も顔を上げて飛竜隊を目視した。

「動くな!」
「騎士団である。その動物、検めさせてもらうぞ!」

 言われた、男の行動は早かった。

「行け!」

 海中にいる鮫のような使い魔に短く指示を下して海洋に解き放つと、自身は上空に舞い上がる。
 その姿にも、変化があった。めきめきと音を立てて、人間の形をしていたものが崩れていく。
 銀色の身体。――卵のようなつるりとした、目も鼻も口も無い顔に、周囲の景色が映り込んでいる。腕と指が異様に細く、長い。足は獣の後足のような構造をしていた。

「やはり、魔人か!」

 銀の魔人――ザルバッシュは騎士団と、使い魔の間に割って立つように、空中に陣取る。

「騎士様ご一行のご到着ってか。報告が中途半端になっちまったが――」

 顔全体が振動するように音を発していた。梟のように――首がぐりん、と横に回る。

 使い魔を追う事は出来なかった。魔人が手の中に瘴気の塊を転がしていて、そちらを優先すれば、海中に気を取られている所を背後から攻撃を放ってくると容易に想像できる。

 目の前の銀の魔人ザルバッシュよりは――報告を握る使い魔の方が優先順位が高いのだろうが、魔人そのものを無視するのも、難しいという状況。

 飛竜に跨った騎士は、問答無用とばかりに闘気を長大な騎乗槍に込めて肉薄する。

 迎え撃つ魔人はつまらなそうに肩を竦めると、鞭のように腕をくねらせて振り払う。槍よりも更に長く伸縮している。騎士はそれを盾で受けようとした――が。

「なんだと!?」

 盾にへばりつくように触れた腕が絡みついてあらぬ方向から騎士の身体を掴む。と、そのまま空中に放り投げていた。

「うぜえんだよ」
「う、お、おっ!?」

 空中に投げ出された騎士に向かって掌から瘴気弾が放たれる。
 だが、それを掻っ攫うようにチェスターが拾って離脱していく。
 主が不在になった飛竜の頭上を平行に飛んで、空になった鞍の上に戻す。

「す、すまない」
「迂闊に突っ込むな! 多人数で攻めるぞ!」

 チェスターの指示の元、4人の騎士がザルバッシュの周囲を旋回するように飛ぶ。近距離で飛び交いながらも仲間に激突しないというのは訓練の賜物であろう。曲芸じみた飛行をしながら騎乗槍を間合いのギリギリから突き込んでいく。が、当たらない。軟体動物のように、細い体をくねらせて避けている。

 チェスターが間合いを詰める。突きでは相性が悪いと瞬時に判断。間隙を縫って槍での薙ぎ払いを見舞う。ザルバッシュは両腕を交差して受けた。

「何っ!?」

 深追いしない、牽制目的の軽い攻撃だった――はずだとチェスターは目を見開く。そのはずなのにザルバッシュはかなりの距離を飛ばされていた。目に見えるダメージはない。飛行術を制御し、チェスターの槍に押されるに任せたのである。
 まんまと包囲を破ると今度は囲まれない為にか、ザルバッシュは速度を出して飛び回り始めた。単純な速度では飛竜に分があるだろうが、魔人が不規則な軌道を描いて飛ぶ為に追いきれない。
 その動きについていけているのは――チェスターだけだった。槍を振るって銀の鞭と打ち合う。

「いきなり――穏やかじゃねえなあ」

 矛を交えながら、ザルバッシュが言う。

「確かに人間どもとは敵同士だけどよ。相手の事情を聴くとか、そういうのはねえのか?」
「貴様ら魔人に、斟酌する事情などあるまい!」
「おいおい。俺達にもワケぐらいあるさ。例えば、餓えてる仲間がいるって言ったらどうだ? 人間に追いやられて、辺鄙な所に住んでよ。そういうのをどうにかしたいって気持ち、お前らには解らねえかなあ?」

 その言葉に、チェスターの眉根が寄った。

「お前なら、どうだ? 餓えてる仲間をどうにかしたいと思わねえのか? 腹を空かしてる相手を、多人数で一方的に踏み潰して、それで正義を語れるのか? なあ、騎士様よ」

 情に訴えかけるような口調。
 その言葉は、毒。魔人というものを知らなければ、交渉する余地がある、とでも思わせるような。
 話し合おう、とばかりにザルバッシュが腕を広げ、一瞬チェスターの動きが鈍った。そこに――。

「まっ、俺は全然、そうは思わねえけどな」

 自身の言葉を自身で否定し――何も無かった頭部に三日月のような亀裂が走る。笑みを浮かべるかのような形の暗い淵の底から、瘴気の弾丸が放たれた。
 驚愕に目を丸くしているチェスターには――避けられない距離であった。

「――戯言を」

 そこに飛来したのは肉厚の金属の塊だ。
 ザルバッシュの瘴気弾を弾き飛ばし、猛烈な勢いで唸りを上げて通り過ぎていく。

「あなた達の空腹が存分に満たされる状況とは、つまり人間を支配して酷く苦しめる、と言う事でしょう? 相容れません」

 グレイスが戦場に追い付いてくる。そのまま斧を引き戻し、ザルバッシュが身を躱した所に踏み込んでいった。ザルバッシュがどう飛び回ろうが、瞬発力のみを武器に直線的に間合いを詰めていく。
 それでもなお、ザルバッシュは笑っていた。

「貴……様!」

 激昂して睨みつけるチェスターをザルバッシュは一瞥する。

「ヒハハハッ! まっ、そういう事だ。てめーら下等生物に憐れんで貰うほど落ちぶれちゃいねーのよ! こっちのお嬢ちゃんはよーくご存じのようだがなあっ!」

 唸りを上げる2本の斧を、ザルバッシュは腕に瘴気を纏わりつかせて受けた。生身で当たるとただでは済まないと判断したのだろう。
 高速で打ち払われる鞭と、両腕の斧。お互いの両手から先が影を留めない程の速度でぶつかり合って、奇妙な金属音めいた音を立てる。

 距離を取ろうとするザルバッシュと、追いかけるグレイス。猛烈な勢いでザルバッシュの銀の鞭が振り回されるために、騎士達は近寄る事が出来ない。
 近距離戦での軍配はグレイスに上がった。鞭を弾き飛ばして踏み込み、胴体を浅く薙いで行く。

「ちっ!」

 忌々しそうに舌打ちしたザルバッシュの口から瘴気の弾丸が放たれるが、グレイスは斧の腹を盾にして受けた。その反動で後ろに飛ばされ、両者の距離が開く。
 グレイスは間合いを詰めようと身を屈めるが――。

「おおっと。待ちな。何か気が付かねえか?」

 言われて、グレイスは怪訝そうな面持ちで周囲を見渡した。それは煌めき。銀色に輝く霧のようなものが、周囲に舞っている。

「戦いながらここいら一帯にバラ撒いてたのよ。てめーらは祝福を受けてりゃ影響を受けないだなんて思ってるみたいだがよ――甘えんだよ」
「な……は、母上?」

 騎士の1人が自身の頭の辺りに手をやりながら、目を見開く。

「ククッ。てめーにはそう見えるってか。母親離れが出来ちゃいねーみたいだなぁ?」

 ザルバッシュのそれは幻術の類。霧を吸い込んだ者に、自身の姿を親しい者の姿に見せかける、と言うような――。影響はグレイスにも及んでいる。眉を顰めてザルバッシュを睨みつけるが、ザルバッシュは肩を震わせて笑う。

「言っておくが、俺が死ぬまで霧の影響は抜けねえ。吸い込み続けてりゃ、視覚だけじゃなく他の感覚も眩んでくるからよ」

 ザルバッシュは、今度は自分からグレイスに向かっていった。先程のように両手の武器でお互い打ち合う形。
 しかし、比して見れば明らかにグレイスの動きが精彩を欠いていた。自身の顔を前に突き出すように迫ってくるザルバッシュから、必要以上に距離を取ろうとする。元々間合いで勝るザルバッシュであるだけに、それでは防戦一方になってしまう。

 霧をそれ以上吸い込まないようにしているのか、それともその顔が――気になるのか。
 横に跳ぼうとしたグレイスを、先回りして飛んできた銀の鞭が打ち払う。間一髪、斧を交差させて受けたが、グレイスの身体が後ろに大きく弾かれた。

「くっ!」
「てめえの動きも種が割れてんだよ。最初はちょいと面食らったが――直線的にしか動けねえんだろ? 蹴った方向にしか跳べねえんだから、慣れちまえば先を読むのは簡単なもんだ。クククッ。時間をかけてなぶり殺してくれるぜ」
「その顔で――」

 その顔で言うな、と。
 グレイスが、眉を顰めた、その時だ。

「グレイス!」

 遥か上空で炎熱の魔人と切り結びながらも、少年が叫んだ。風魔法で声を拡大して彼女の所まで、声を届けている。
 ――見ている。
 そう彼が言った通りだ。魔法の制御能力の一角を割いての並列思考。大凡の状況把握をするだけの簡単なものだと……彼はそうグレイスに語っていた。

「自分の目で、見るな!」
「――はいっ!」

 返事と同時に彼女は目を閉じて微笑みを浮かべた。
 そのまま、ザルバッシュ向かって突っ込む。

「ああ?」

 小馬鹿にするようにザルバッシュは笑った。悠々と身を躱し、グレイスが空を蹴ったその先に回り込むように鞭を叩き込――もうとして。
 グレイスの右腕が、正確にザルバッシュの頭部目掛けて斧を投擲していた。砲弾のような速度で飛来するそれを、辛うじて身を躱す事で避ける。

 ザルバッシュの鞭は虚しく空を切っている。グレイスの位置も見失っている。グレイスの見せた、蹴り足そのものがフェイントである。下手に先読みしてそちらに意識を向けてしまっては、もう追えない。
 引き戻される斧の向かう方向にグレイスがいるはずだと、ザルバッシュはそちらに顔を向けて、驚愕の声を上げた。

「翼――だと!?」

 陽光を背にするグレイスの背中には黒い翼。カドケウスが変形したものだ。
 カドケウスを作る為に用いられた血液。その触媒の半分は――グレイスの物である。
 グレイスもまた、カドケウスの主。少年が仲立ちする事で感覚をリンクさせられる。

「――そう。そちらの姿でいてくれれば、簡単なものです」

 グレイスは自身の意志で翼を制御し、カドケウスの視界で異形のままのザルバッシュの姿を捉える。
 身を屈めたグレイスが全身のバネを使って空中を蹴った。

 全速。乾坤一擲。

「お――」

 紫色に輝く闘気の軌跡を空中に残して、ザルバッシュの身体を薙いで行く。

 ザルバッシュの腰から下が泣き別れになって海面に落下して行った。
 だが、それだけでは終わらない。グレイスの手元から斧が放たれ、大きく弧を描く。その、鎖そのものが闘気を纏っている。
 ザルバッシュの上半身を絡め取り、完全に動きを封じて、引き戻す。
 目を閉じたままで、グレイスは牙を見せて笑う。獰猛な――捕食者としての笑みだ。

「ふ――ふふっ」
「う、おおおっ!?」

 風に乗る涼しげな笑い声と共に、引き戻される。ザルバッシュの口元に亀裂が走り。そこから瘴気弾が放たれるが――。

「ふふっ、あははははっ!」

 お構いなしだった。

 高らかに哄笑を上げるグレイスの斧が振り切られ、瘴気弾ごとザルバッシュの顔面が断ち切られた。軌道さえ目に映らない斧が幾重にも光芒を奔らせ、ザルバッシュの頭部が細切れに四散する。
 一瞬遅れて、鎖で縛られていたザルバッシュの胴体部分が、塵になって空中に散った。
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