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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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693 深淵

 猛烈な速度で泳ぐように突っ込んでくるウイルスを、魔力を込めたウロボロスで迎撃する。激突。火花が散って、ウイルスは斜め後方に弾かれていった。

 物理的な物とは違う、独特の衝撃。振り返りざま、光魔法による光弾をウイルスに向かって叩き込むが、それらはウイルスの展開した光の防壁によって散らされていた。こちらの術を減衰させて阻害するような、奇妙ながらも強固な防御壁。

 本の中の世界での戦い――とは、また少し違う。
 分かっていたことだ。相手を本に閉じ込めるための結界を強固にする方法として、戦闘におけるあらゆる手段が対等に機能するというリスクを、悪魔が意図的に設けていたからああやって違和感無く戦えていただけに過ぎない。

 この空間に、そういった戦いのためのルールは存在しない。よって、物理的な術は機能せず、精神力と魔力による戦いとなる。
 同時に、環境魔力の行使も迷宮核内部への影響を考えると、止めておくのが賢明だろう。

 攻撃手段として有効な術は、光魔法や闇魔法だ。だが、あちらも自身の脅威となるそれらに対抗する強固な防壁を持っているらしい。
 ならば、精神体に魔力を纏って、それを直接叩き付けることでダメージとするまでだ。ウロボロスに魔力を込めて殴ったりする分には何ら問題が無い。だから――突っ込む。こちらも、隔離フィールドの中を泳ぐように突っ込む。

 精神世界であるからこそ、この領域内でなら望みのまま自由に泳ぐように飛べる。これも、現実を模した世界であった本の中とはまた違う点だ。

 透き通る隔離フィールドの向こうは、術式の海。魔法に煌めく星空。
 ウイルスと魔法の光芒を閃かせ合って、光の尾を残しながら絡み合うように激突を繰り返す。ウイルスは多脚の足を器用に用いて、さながら槍の穂先のように繰り出し、薙ぎ払いを見舞ってくる。

 ウロボロスで捌くたびに独特の感触が返って来て、魔力の減衰を感じる。
 魔力を侵食し、術式を阻害する。ならば直接触れるのも得策ではあるまい。この空間で自己防衛機能を有しているというのなら、相手の精神を侵食するような能力を有していたとしても何ら不思議はないからだ。

 ウロボロスにも影響が出ないよう、魔力を強く強く、研ぎ澄ませて纏う。いくつもの火花を散らし、ウイルスと切り結ぶ。
 跳ね上がった足の一本で、俺の握るウロボロスが上に弾かれる。ガードが開いたところに残りの前足が叩き込まれるが――それは誘いだ。

 転身しながら踏み込み、シールドを展開しながら魔力衝撃波を叩き込む。シールド越しでは減衰もあるが、相手も魔力で構成された存在。これならば――!

 打ち込んだウイルスの身体。背中側が弾け飛んだ。だが、手応えがおかしい。感じた違和感の正体を確かめる前に最高速で離脱。
 俺が寸前まで精神体を置いていた領域を、弾け飛んだウイルスの身体が変形しながら槍のように貫いていく。

 各々独立した意志を持つように転身。泳ぐように突っ込んでくる。本体と、分体。同時に魔力を込めたウロボロスとネメア、カペラ、バロールで応じる。小さな個体は戦闘能力も低い。しかし、小さな個体を打ち砕いても、更に小さな光の欠片になって本体のところへ戻っていく。

「――バラバラになっても問題ない、か」

 元々分散してあちこちの術式に取り付いて阻害していたような奴だ。全体の動きを統制する核のようなものがあるのか、それとも微小な群体の集まりか。

 どちらにせよ、相当に厄介だ。何せ、諸共に吹き飛ばしてしまうような大魔法がここでは使えない。

 あちこちに散ったパーツを捌いている間に、最大の個体がいくつもマジックサークルを展開させた。こちらの知らない術式。偽装されているが、恐らくは闇魔法――!

 黒い魔力弾がいくつも飛来する。様子見のために広く展開したマジックシールドを侵食。同化するように食い込むとあちこちで爆ぜる。身体の周りに幾重にも傾斜したシールドを張り巡らして爆風を突破する。

 しかし、流れ弾が内側の隔離フィールドに穴を開けていた。幾重にも隔壁があるので外に被害は出ないが、そのままにしておけない。
 制御能力を割いて修繕しながら間合いを詰める。しかし奴は射撃を止めようとしない。寧ろ狙いを付けず、周囲にばら撒くような挙動に出た。こちらが周囲に被害を出さないように戦っていることを理解しているからか。迷宮の制御術式を積極的に巻き込もうとするかのような戦術が、小賢しいことこの上ない。

「そこッ!」

 弾幕と打撃の間隙を縫って踏み込み、火花を散らす重い一撃をすれ違いざまに叩き込む。胴体の胸から頭部に掛けてが吹き飛ぶが、細かな光の粒になって――ある者は本体に戻り、ある者はそのまま空中で寄り集まってこちらに突っ込んでくる。

 魔力にムラがない。恐らくは群体。であれば、個体の魂に作用する性質を持つ、封印術も効果が薄い。
 ならば、真っ向から殴り合っての削り合いはどうかと言えば。これも分が悪いと言わざるを得ない。
 精神侵食を防ぐために、攻防に纏う魔力は余分に注ぎ込まねばならないし、隔離フィールドの維持と修繕にも魔力は必要だからだ。

 ならば、どうする? 何もかもを吹き飛ばすような大魔法を抜きにし、どんな手札ならこいつを殺せるのか?

 攻撃を捌き、弾雨に身を晒しながら、少しずつ、少しずつ後退していく。攻勢に出る局面と見たか、ウイルスも積極的に圧力をかけてくる。
 黒い弾丸。変形しながらの斬撃。繰り出される足の槍。どれもこれもマジックシールドを貫いてくる性質を有している。

 繰り出される無数の攻撃を捌く。捌く。

 その最中に隔離フィールドの端まで追いつめられる。ウイルスは勝機と見たか、全身から光を放ちながら突っ込んできた。だが――。

「下がれっ!」

 真正面から突っ込んでくるウイルスを、シールドを幾重にも展開して動きを止めて。膨れ上がる魔力を叩き付けるようにして無数の魔力衝撃波を炸裂させた。ウイルスがバラバラになって吹き飛ぶ。それでも致命的なダメージにはならないのか。寄り集まって形を成していく。

 理解できない、というようにウイルスは奇妙な咆哮を上げる。先程まで一方的に押していたのに、突然俺の魔力が、戦闘力が増大したからだ。だがそれは――こちらが戦局をそう誘導したからに過ぎない。

 破壊される隔離フィールドを修繕しながらも、フィールドのある座標そのものを後退に合わせて形成し直して行ったのだ。
 迷宮核内部で環境魔力を下手に集めることができないなら、外部から集めてくればいいだけの話だ。
 迷宮核内部の精神空間との出入口とは、つまり俺の身体との接合点に他ならない。外部からみんなの思いや魔力を取り込み――オリハルコンの仲介と魔力循環にて増幅。

 余剰魔力の放射。巨大な火花が俺の身体から散る。

 そしてこれだけの出力を得ることができれば、奴を殺す魔法も――ある。
 今までの旅と、数々の戦い。迷宮核内部で、様々な術式を見せてもらった。
 魔力からの資源合成。光と闇魔法の複合術式や、保有する術式の数々。ヴァルロスの残した瘴気を元にした技。イシュトルムの力。原初の精霊の力。巨大な魔力が起こす、時空の歪み――。
 様々な術式や現象が見せてくれる魔力の動き。それを術式に落とし込むと、どういう形になるのか。その先にある魔力と魔術の深淵が、今ならば見える。

 俺の足元から巨大なマジックサークルが閃く。しかし、それに比して起こる現象は小さい。掌に蟠る一握り程の白光と、そこから散る稲妻と。

「行くぞッ!」

 光を携えたままで踏み込む。ウイルスもまた、咆哮しながら突っ込んできた。激突する、その瞬間に。
 掌の中にあった白い輝きが、一抱え程に膨れ上がった。ウイルスの繰り出した黒い闇魔法の弾丸と、前足を諸共に呑み込む。呑み込んで――消し去る。

 奇妙な悲鳴を上げてウイルスが退く。退いた分、間合いを詰める。前足が再生するが――ウイルスの身体そのものが小さくなっていた。それはそうだ。白光に触れた分だけ削られたのだから。

 名付けるならディスインテグレートか、ディスアセンブリーか。
 魔法の効果範囲に触れたものを、物理、魔法特性問わず分解、意味を持たない魔力に還元して消失させる、という術。
 大魔法並の魔力を使わせながらも、大して効果範囲も広げられない。この空間と状況では撃ち出すように使うこともできない。
 性質上、加減も利かない。非常に燃費が悪い上に、扱いにくい術だが、攻撃力だけなら無類だ。

 展開したそれを薙ぎ払うように叩き付ければ、そこには手応えも何も無く。ウイルスの防壁ごと消し去り、身体もごっそりと持っていく。怒りの咆哮を放ちながらウイルスが変形しながら反撃。受け止めて切り返す。削り、払い、削り、受け止め、削り――。一旦天秤が傾けばそこからはあっという間だった。

「――消えろ」

 何度か攻防の後で、すれ違いざまに最後の一撃を見舞う。
 それで終わりだ。魔力に還元、分解されて後には何も残らない。術式を解いて行けば、白光も小さくなっていく。そして……後には静寂と術式の海だけが残るばかりであった。
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