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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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692 術式の海にて

 この感覚は……あれだな。VR空間や、いつぞやローズマリーを救出に行った際の、本の中の世界に近い。精神が迷宮核の中で作業をしているという感覚だろうか。
 だが、囚われている感じはしない。いつでも肉体側に戻れるのが本の中とは違う点か。身に着けている魔法生物達も俺と一緒なので……まあ、ウロボロスやオリハルコンには補助役として作業の手伝いをしてもらおうか。

 前後左右、どこを見回しても術式、術式。それは海のようにも見えるし、或いは満天の星の中を漂っているようでもある。全体を見ると幻想的でありながらつぶさに見れば意味と論理の塊で構成された世界。

 そんな膨大な術式の中に身を置き、迷宮の根幹に関わる部分だけを取捨選択し、術式の正しい形に照らし合わせる形で間違っている部分を洗い出し、リスト化していく。
 一部を直しても他の部分に連動しているような内容があると困る。そういう場合は同時に直してやる形が望ましい。

 迷宮の制御術式は……精緻で無駄なところが一切ない。その上、齟齬をきたした場合に全体が破綻しない様に予防策も講じられていたりと、当時の技術力の高さを垣間見ることができる。

「分かってたことだけど……。すごいな、これは……」

 そんな言葉が思わず漏れてしまう。予習は済んでいたのだが、実際に起動しているところを見せられると、また違うというか何というか……。芸術品を扱っているような思いに駆られてくる。

 そうやって解析作業を進めていると、あちこちに術式を改竄しようとした痕跡を発見することができた。
 迷宮の制御術式が綺麗な分、改竄の痕跡が目につくことと言ったらない。

 改竄されている部分もあるが、本来の形とは関係のない術式を張り付け、機能不全を誘発するような処置が多い。精緻な術式に余分なものがくっ付いているので余計に目立つ。

 改竄の痕跡を洗い出してリスト化していくことで、迷宮核に不正に侵入し、干渉を試みた者の意図も段々と見えてくる。
 どうやら……侵入者は術式の形がどうであれ、まず侵入に対して働こうとした術式の流れをせき止めることで、目的の作業を行うための余裕を作ろうとしたらしい。

 防衛機能が正しく機能しない状況に持っていき……その上で迷宮の管理権やラストガーディアンの制御権を奪おうと目指したわけだ。
 しかしその処理も、何もかもが中途半端なところで途切れている。要するに、迷宮の防衛機構が侵入者の処理の上手を行ったということだ。

 ラストガーディアンが目覚め、その反撃に遭って侵入者は死亡。当然、改竄の処理も途絶。ラストガーディアンの戦闘ログめいたものも残っているな。これは……戦闘後にクラウディアに報告を行うためのものか。
 しかし迷宮側の反撃が上手くいったのはそこまで。そこからは月の民の誤算だ。

 ラストガーディアンそのものが、原初の精霊の怒りをその内に秘めていたために暴走してしまった。以後、緊急事態に対応する臨戦態勢のまま、中枢制御部の前に休眠状態で陣取り続け……クラウディア達が近付く度に休眠から目覚め、破壊衝動のままに排除していた。
 その後の事は、俺達が見てきた通りだ。戦闘指揮官が不在だから防衛戦力も動かない。

 まあ……流れは分かった。修正が必要な部分も。
 まず改竄された部分を正しい形に修正。それからノイズを引き剥がして除去することで、全体が正しく動くように調整してやれば良い。

 ウロボロスを構え、オリハルコンに魔力の性質を仲介させ、正しい術式に照らし合わせて改竄された部分を書き換える。そんな作業をこなしていく。
 作業時間の感覚は、俺の中では曖昧だ。外にいるカドケウスがどのぐらい経った、等と教えてくれるのが有り難い。

 あー……。本格的に作業に没頭する前に、進捗状況は伝えておくか。みんなは警戒しながら俺を守ってくれているわけだし。

『こっちは順調だよ。前に行った本の世界に近い感じがする。割と時間がかかりそうだから、交代で休憩を入れたり、のんびりやって欲しい』

 そんな内容を、カドケウスの通信機でみんなに見せる。

「ん。分かった」

 と、シーラがカドケウスに向かって頷いた。

「体力回復等の魔法は必要でしょうか?」

 アシュレイが尋ねてくる。

『そうだね。必要かなって思った時はこっちから連絡するよ。術式の制御をしているから外から魔法の援護を受けるにしても、影響が出ないような時を見計らう必要がありそうだ』
「分かりました。無理はなさらないで下さいね」
『ん。ありがとう』

 そう答えるとアシュレイはにこにことした微笑みを浮かべて頷いた。

「本の中、ねぇ。大丈夫なのかしら?」
『ああ。閉じ込められているわけじゃないから、離脱は何時でもできるよ』

 ローズマリーの質問に答える。ローズマリーは俺の答えに納得したのか、頷くと色々と魔法の鞄からティーセットや食料等を取り出していた。グレイスと手分けして食料を分配していく。

「ありがとう、マルレーン」

 マルレーンが淹れたお茶を受け取るとステファニアが笑顔で礼を言う。マルレーンがこくんと頷いて、と。姉妹の仲は良好なようだ。

 時間がかかるかも知れないというのは予想していたことだ。
 外のみんなには面倒をかけてしまうが、寝袋、食料等々、必要になりそうなものを色々持って来ている。
 さて。では道筋も整ったところで気合を入れていこう。



 ――改竄された部分の修正が終われば、お次は術式の流れをせき止めているノイズの除去作業だ。これにより迷宮核の働きも正常化され、緊急事態の解除もされるはずである。

 その後は都合の良いように改造する予定だったが……迷宮核が正常化されれば、システム的な補助を受けられるようになる。それほど苦労も多くないはずだ。何せ、月の民はクラウディアが管理者を降りた後の事も想定済である。

 邪魔なノイズを引き剥がし、他の術式に影響を与えないようマジックシールドの箱を展開して隔離、その中に放り投げていく。

 と――変化が起こったのはその時だ。シールドの箱の中に放り込んでいた術式のノイズ……断片に過ぎなかったそれが、全体のおおよそ半分を超えたその瞬間、生き物のように蠢き、変化して形を成していくのが見えた。
 それに呼応するかのようにまだ引き剥がしていなかったノイズも集まって形を成し、箱の中で形を成した本体に合流しようと、展開したシールドを侵食して箱の中に潜り込んでいく。

 蟹や蜘蛛を連想させるような多数の脚。人工物であることをうかがわせる幾何学的な形状の頭部と胴体。奇妙なデザインだが――。

「これは――」

 ああ。分かった。術式に対するウイルスのような存在だ。俺が引き剥がして一つ所に集めたので、正体を現したわけか。
 これでまず、侵入に対して反応した術式に機能不全を起こさせた。
 使われている術式の役割を侵入者が把握していなくても、対応する動きに対して選択的な妨害を働くことが可能となる。

 侵入者もまた、卓越した魔法技術を持っていたのだろうが……。だからこそ余計に苛立ちが先に来る。こんなことにしか技術を使えなかったのかと。

 魔法生物。人工精霊。ウイルス。何と呼ぶのが適当かは分からないが……とっくに目的なんて失っているだろうに。そいつは自分の仕事を邪魔されたとばかりに、俺を敵意に篭った眼差しで睨みつけてくる。

 ――捨て置けない。放置すればまた術式に取り付いて齟齬を起こすのだろうし。逆に言うと、こいつを叩き潰せば迷宮の正常化は完了と言える。
 オリハルコンの補助を得て、俺と奴を取り巻くように何重にもマジックシールドを展開。隔離フィールドを形成していく。

 これなら、戦闘の余波は迷宮の術式に影響を及ぼさない。

 奴は自分を閉じ込めているマジックシールドの箱を内側から侵食し、構造を脆くしてから砕き散らすと、俺を真正面に見据えて対峙した。放置すると外側の隔壁も侵食するのだろうが、奴は脱出の前にまず俺を排除するつもりらしい。上等だ。

 精神世界で、術式の妨害や破壊に特化した敵を相手に戦う、ということになる。負ければ精神の死。大魔法もおいそれとぶっ放すわけにもいかない。だが、それがなんだ。きっちりと排除し、過去の因縁を断ち切った上で仕事を完遂する。

「来いッ!」

 ウロボロスを構えて魔力を高めていく。余剰魔力が周囲に放出され、火花を散らした。奴はそれを見て取ると、聞いたこともないような奇妙な咆哮を響かせて、こちらに向かって突っ込んできた。
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