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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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686 酒と精霊と

「祝勝の宴というのは良いものだな。平和がやってきたとなれば尚更だ」

 ファリード王は宴会の席の様子に相好を崩す。

「うむ。このような契機に立ち会えたというのは幸運と言えよう」

 と、エベルバート王も上機嫌な様子である。
 クラウディアの転移魔法で迎えに行って戻ってきたのだ。
 エベルバート王に関しては宴の後でメルヴィン王やハンネス、エスティータ達と月の船に関する話が交わされる予定である。

 そうしてエベルバート王を呼んで来てエルドレーネ女王もいるとなれば、対魔人同盟の王が揃い踏みの方が収まりが良いだろうということで、ファリード王も招待したというわけだ。
 どちらにせよ決戦に勝ったら祝勝の宴を催すからと通達はいっていたらしく、いつでも宴に出向けるように2人とも準備していたらしい。

 メルヴィン王のいる広場近くの塔にファリード王とエベルバート王が案内されていく。

「では、また後でな、テオドール。戦いの話を色々聞かせてくれ」
「分かりました。幻術を交えてお話すれば色々伝わりやすいかも知れませんね」
「ああ、それは実に面白そうだ」

 別れ際にファリード王から声を掛けられ、頷いて答えるとエベルバート王も笑みを浮かべた。一礼して2人の王を見送る。ふむ。後でマルレーンのランタンを借りる必要があるかな。

 俺達は祝勝の宴の主役ということもある。
 いつものように迎賓館等で過ごさせてもらうのも悪くないが、今日は誰からも挨拶したりされたりしやすい広場側に降りて、そこに並べられたテーブルと椅子に座って料理や演奏等を楽しませてもらう形にさせてもらった。
 広場に作られた特設ステージも見やすい位置で中々悪くない。
 周囲に腰を落ち着けるのも知り合いや討魔騎士団や対魔人同盟に参加した騎士達で居心地も悪いものではないし。

「それじゃあ班に分かれて、程良い頃合いで交代ということで」
「分かりました。順番はどうしましょうか?」
「くじを作って、それで」

 長丁場ということもあり、セイレーンとハーピー、迷宮村の住民達は楽士隊と少しずつ交代で酒と料理を楽しみながら歌ったり踊ったりするつもりのようだ。
 決戦の際も呪歌曲を使ったからな。魔力の消費と回復を考えて班を作ったわけだが、その班ごとに分かれて交代で楽士役になったり踊ったりするということで、班の代表らが集まって話し合い、それから楽しそうにくじを引いていた。

 最初に演奏することになった班のセイレーンとハーピー達が嬉しそうにしている。早速楽器を持ってステージ上に移動し、歌を披露する。
 今日は祝勝の宴ということで、歌や踊りが主役になり過ぎず、酒の席を盛り上げられるような楽し気な歌曲を、という方針らしい。

「ごめんね。ちょっと後の方になるかも」

 と、ドミニクが少し残念そうに俺達と一緒に広場の一角にいたユスティアやリリー達のところに戻ってきてくじの結果を報告してくる。

「いいわ。それまでは楽しませてもらう側っていうことで。お酒は順番が来るまで控え目にしたほうが良いかも知れないけど」

 と、ユスティアが笑う。ドミニクも頷くと、椅子に座って運ばれてきた料理を楽しむことにしたようだ。
 対魔人同盟の各国の騎士達も早速酒杯を酌み交わし、楽しそうにしている。
 ああ。そうだ。テスディロス達には一応注意しておくか。

「封印術がかかっていると体質にも影響が出るかも知れない。もしかすると酒に弱くなったりもするかも知れないから、様子を見ながら気を付けて欲しいかな」
「それは――確かにそうだ。酒盛りは傭兵をしていた時分に経験がないわけではないが、気を付けようと思う」

 俺の言葉に、テスディロスとウィンベルグは妙に神妙な面持ちで頷く。

「私達はイシュトルムの討伐隊として肩を並べ、戦った仲だ。種族や過去もあるが、今は戦友として杯を酌み交わし、同じ時間を楽しく過ごせればこれ以上はない」

 と、エリオットが言う。ウェルテスとエッケルスがテスディロス達の杯に酒を注ぎ、イシュトルム討伐に参加した者達でそれを掲げ、まずは一杯、とみんなで酒杯を煽る。

 子供に酒を飲ませるのはヴェルドガルでもあまり感心されないが……大人子供の線引きやらも含めてそこまで厳密ではないし、晴れの日である。こういう時に子供でも楽しめるようにと、果実の汁を発酵させた、アルコールがごくわずかに含まれるような飲み物もあるのだ。例えるなら祭りの日に甘酒やお神酒を貰うというのと似たような感覚だろうか。
 殆どジュースのようなものだが、それを注いでもらって乾杯には加わらせて貰った。何やら炭酸も入っていたりするあたり、改良が加えてあるのが窺えるが。

「……これは――美味いな。酒というのは、こんなに美味いものだったのか」
「どうやら……我等も酔いというのも初めて経験できそうですな」

 テスディロス達の杯に注がれているのは普通の酒だ。それを一杯口にしてから、テスディロスは大きく息を吐いて目を丸くしていた。ウィンベルグが苦笑する。

「ふむ。これは興味からの質問になってしまうのですが、テスディロス殿達も種族としては酒を嗜むのですかな?」
「ああ。酒だけは嗜好品として好む者もいたな。もっとも、酔う者は見たことがなかったが……」
「酔いにも強い耐性があるというわけか。それは……損をしているな」

 エッケルスが笑うと全くだ、と彼らの間で笑いが起こる。うん。テスディロス達やエッケルス達もみんなと一緒に盛り上がっているようで何よりである。
 精霊王達も発酵物は気に入っているという話だったしな。
 精霊に共通する性質を持った荒ぶる御霊と考えれば、魔人が酒を好むというのも不思議ではない気がする。供物として収穫物や酒が供えられるというのはよくあることだし。

「酒か。うむ。楽しそうだが流石に我は酔えんな」

 マクスウェルは少し残念そうではあるが。

「んー。ベリウスみたいに、食事から魔力摂取もできるようにした方が良いのかな?」
「ああ、マクスウェル用に日常過ごしやすくできるような、感覚を同調させられる特殊なゴーレムを作るっていうのは面白いかもね」
「酒でほろ酔いになる感覚も再現してみたりするのかしら?」

 アルバートの言葉にそんなふうに返すとローズマリーが笑いながら言った。

「おお、それは楽しそうだ」

 その言葉にマクスウェルが核を明滅させる。

「悪くないね。話題や感覚が合えば、色々と相互に打ち解けやすくなるだろうし」

 そのへんも今後は要研究ということで。まあ、食事をとりながらも魔法生物の面々にも魔力補給と行こうか。
 バロールやカドケウス、マクスウェルを順々に魔力補給していく。マルレーンもにこにこしながらエクレールを撫でつつ魔力補給をしているようだ。
 使い魔の面々やリンドブルムも骨付き肉に被り付いていた。

「良い雰囲気ですね。こういう雰囲気は好きです。知性の高い生き物達の営みは……地上に初めて現れた時は不思議に思ったものですが。加わって分かるものというのはあるのかも知れません」

 原初の精霊がみんなの様子に笑みを浮かべる。

「原初の精霊様から見て……僕達とか魔法生物のみんなって、どうなんですか?」

 シオンが尋ねると、原初の精霊は静かに答える。

「精霊達や普通の命と何も変わりませんよ。新しい種というのは周りの種や環境が作り出していくものでもあるのですから。地上に生まれた最初の一欠片から……連綿と連なる命が新たなる命を生み出していくのです」

 その言葉に、シオン達は神妙な面持ちで頷く。生まれた過程はどうであれ、本物も偽物もない、というわけだ。
 原初の精霊から見れば、そこに意思や魂が宿る、というのは同じだしな。人も魔物も精霊も。そして魔人も原初の精霊にとっては同じで……。
 だから人が魔法生物を作るというのも、またそれも生態系や環境の内ということだろう。互いに影響を与えあって、新しく生まれたり淘汰されたり……。

「新しい命の形。私は知を武器として繁栄する者達に戸惑うこともあった。しかし……私とていつかは滅びを迎えることもあるでしょう。それでも尚、生き続けることのできる可能性を持った種こそが、もしかすると私にとっての希望なのかも知れません。それは連綿と連なる命が、私のいなくなった後も続いていくということなのですから」

 何というか、原初の精霊と話しているとスケールの大きな方向に行ってしまうな。
 景久の記憶がある身としては星や星系の寿命だとか、そこからの移住だとか。色々SF的な方向に話を広げて考えてしまうところがあるが……。

 星の中で命同士が淘汰しあう中で、殆ど1人で完結してしまえる能力を持ったイシュトルムみたいな奴も生まれてきたが……まあ、それと戦って生き残ったのは俺達だし。
 だからと言って生き残ったなりに何かしなければならない、というわけでもないだろう。日々を暮らしていく中で何か後世の役に立つものが残れば……それで充分なような気がする。

 ……ああ。うん。戦いが終わったからか、何だか取り止めのない思考になっているな。今はこうして生き延びて、皆で過ごせることを素直に喜ぶとしよう。

「あー。もう一杯もらえるかな?」
「はい。飲み過ぎには気を付けて下さいね」

 グレイスがにこにこしながらもう一杯を注いでくれる。

「ん。そうだね。俺も、自分のお酒の強さがよく分からないし」

 かなり弱い酒ではあるが、程々にしておこう。

「そうね。初めて飲むのなら、弱いお酒でも気をつけてね。私は……迷宮絡みのせいで酔わない体質なのだけれど……解放されたら変わるのかしらね」

 と、クラウディア。そうだな。ヘルヴォルテやシオン達等々、酒が初めてという面々は多いので気を付けておこう。

「まあ、もしもの場合は私達もいるし、魔道具もあるから安心していいわよ」
「かも知れません。酔いは覚めてしまうらしいですが」

 と、ロゼッタがアシュレイと顔を見合わせて笑った。
 ああ。クリアブラッドで酔い覚ましをすれば急性アルコール中毒なども無いだろうしな。宴会の強い味方というか何というか。

「私達はあんまり強くないからその分料理と音楽で楽しませてもらう」

 とはシーラの弁。料理は美味いらしくナイフとフォークを手にもぐもぐとやっているシーラである。確かにイルムヒルト共々、あまり酒には強くは無かったかなと記憶しているが。

 逆にアウリアなどは相当なザルだ。上機嫌なままにどんどん酒杯を重ねて終いには何やらドワーフと飲み比べなど始めた。
 ロゼッタは時々アウリアと一緒に飲んだりもということもあるらしいが。しかしドワーフが一目を置く程とは……。
 とまあ、そうして……賑やかな雰囲気のまま祝勝の宴は次の日の明け方まで続いていくのであった。
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