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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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684 凱旋と精霊と

 地上と月の行き来する際は術式によって航路を制御する。
 シリウス号が月に向かった際もクラウディアの乗ってきた船が移動したときのデータを流用させて貰った。なので帰り道もそれと同じく、月の船がタームウィルズ近辺へ降下できるように術式を用い、シリウス号もそれに合わせて調整した術式で降下する形となる。

 月の船にしろシリウス号にしろ、レビテーションで降下の速度を調整できるあたり、地上への帰還の難易度は地球のスペースシャトル等々よりかなり易しい。通常の大気圏突入のように高熱を生じないのだ。

 その分降下にもやや時間がかかってしまうが……まあ、これは仕方がない。安全に降りられる方が良いだろう。

 月に上がった時と同じく、俺やアルフレッド、ジークムント老達が座標や降下速度に術式とズレがないか確認しながらの航行。
 今のところ順調なようなので、月から借りてきた迷宮の制御に用いられている資料等々をクラウディアと共に見せてもらっている。

「迷宮の術式はどうにかなりそうですか?」

 と、そこにグレイスがお茶を淹れながら尋ねてきた。

「うん。正しい形が分かっていれば、間違っている部分を割り出すのはそこまで難しくなさそうだ。迷宮全域に魔物が出る状態を維持しておくのも……何とかなりそうかな」
「必要な区画を戦闘訓練区画に指定してやればいいようね。今はラストガーディアンが動くような非常事態と見做されているから全域に魔物が出るけれど」
「つまり、そこから迷宮村やエンデウィルズを省くこともできると」

 ローズマリーが言う。つまり迷宮村の住民も、感情抑制などせずとも安全に暮らせるわけだ。とはいえ、迷宮村の住民達は外部に出て暮らしていくための準備も進めているわけだが。

「そうだな。何ていうか……術式の構成を見てると、クラウディアが迷宮の管理者を離れた後の事もきちんと想定されているように見える。色々何とかなりそうだよ」

 そう言うと、マルレーンやイルムヒルトが顔を見合わせて嬉しそうな表情を浮かべた。

「父様は――私が管理者を降りた後の事も考えてくれていたのね」

 クラウディアはそんな2人の様子に微笑み、それからどこか遠いところを見るような目をして言った。
 確かに……迷宮から産出される資源がいきなり無くなったら、それに依存した環境であるほど周辺に住む地上の民は困るだろうからな。安定している環境が突然変わったら混乱も起こる。

 だから術式のこういった構成は地上の民のためでもあるし、クラウディアが迷宮の管理者の任務を安心して降りることができるようにするためでもあるのだろう。
 遠い昔の月の王――クラウディアの父親の、思慮深さが感じられるような気がする。

「上手く行きそうで何よりじゃのう。ヴェルドガルへの到着が楽しみじゃな」
「けれど……これでテオドールやみんなとの冒険も終わってしまうのね。平和が一番だけど、少しだけ名残惜しい気もするわ」

 明るい表情のアウリアと、少し残念そうに笑うステファニア姫。
 ステファニア姫は、多忙なメルヴィン王とジョサイア王子に代わり、王の名代として色々な交渉がスムーズに行くようにと、あちらこちらに付き添っていてくれたからな。

「色々なところへ行きましたからね。また……どこかに足を運ぶのも楽しそうですが」
「ああ。それは楽しそうね」

 あちこち足を運んで、戦いやトラブルもあったが……確かに道中賑やかで楽しくもあった。旅を振り返って少しだけしんみりする空気の中で、シーラが言った。

「ん。見覚えのある地形発見」

 みんなの視線がモニターに集まる。
 雲海を抜けて――青い海原と陸地が眼下に広がる。円形に広がる水平線。遠くに見える陸地と、建造物には確かに見覚えがある。この距離から見える建造物……つまりセオレムだ。

「タームウィルズが見えてくると……安心できますね」

 アシュレイの言葉に頷く。

「そうだな。帰ってきたっていう実感が湧いてくる」

 アシュレイの言葉に頷く。どこから帰って来てもセオレムの尖塔が見えると、もう少しでタームウィルズに到着すると分かる。

「凱旋したら、きっとタームウィルズは連日お祭り騒ぎね」

 と、ステファニア姫が笑った。
 凱旋か。ヴァルロスらとの戦いの後に、イシュトルムの一件が立て続けに起こったからな。祝勝と言うわけにもいかず、俺達が無事に帰ってくるのを待つ形だったわけだから……多分そうなるだろう。

 月の結界を越えて、通信機で地上との連絡が取れるようになった時点で月の船も持ち帰るという話をしておいたから、一緒に帰還しても住民を怯えさせてしまうということもあるまい。
 とりあえずセオレム近くの海上に月の船は停泊させておくのがいいだろう。航行だけはできないように鍵だけは回収しておく必要があるが。

「地上は――綺麗ですね」

 エスティータが眼下に見える景色を食い入るように見つめて言う。

「ありがとうございます。身体の重さは大丈夫ですか?」

 重力の違いは結構あるからな。そう尋ねるとハンネスが静かに頷いて答える。

「我等、離宮の管理官――というより月の将兵は皆、地上の重さにも耐えられるように、重い装備を身に着けての訓練を積んでおりますからな。ご心配には及びません」
「そうですね。辛い場合はレビテーションもありますし」

 ふむ。月の将兵達が訓練を積むにしても、敵が地上から攻めてきた場合も想定しているだろう。身体能力で地上生まれの人や魔物に劣っていては不利になってしまう。だから重い装備で訓練を行う……というわけだ。そうすれば後は単純に、重力の軽さに慣れている方が有利になれる。

 そんな話をしている内に、段々とタームウィルズが近付いてくる。
 ――飛竜に跨った騎士と魔術師達が隊列を組んで、火魔法を応用して作り出した火花をポンポンと頭上に打ち上げているのが見えた。
 戦闘用の術……ではなく。花火のように、他者に見せることを意識した術式。あれは魔術師隊の研究成果だろうか。
 祝砲というか何というか。遠くからでも俺達に見えるようにと考えたのだろう。

 更に、街中の様子も見えてくる。沢山の人達が通りという通りに出て、こちらに向かって大きく手を振っている。

「これはまた……すごい歓迎ぶりですね」

 エリオットが破顔する。
 モニターで拡大してみれば、みんな一様に笑顔、笑顔だ。
 冬も終わり、春になろうかという明るい陽射しの中で、こちらに向かって大きく手を振っている。住民達がみんなして着飾っているのは、俺達が帰ってくる前から既にお祭り騒ぎになっている証みたいなものだろう。

「帰ってからもやることは色々あるけれど。そうね。まずはゆっくり休んでから、かしらね」

 その光景を見ながらクラウディアが微笑みを浮かべた。
 帰ってからやること、か。

 月の船の処遇に、魔力送信塔の建造、原初の精霊に関すること、迷宮の修復と改造。確かに色々あるが……クラウディアはまず、このお祝いやお祭り騒ぎを楽しんでから動こうと言ってるわけだ。
 そのあたりは宝珠に封印されている精霊も同じらしく、何となくクラウディアの言葉に頷いているような……そんな気がした。



 そうして――。月の船の航行をタームウィルズの沖合上空で停止させ、鍵を回収してからシリウス号を造船所へと進ませる。
 歓声がタームウィルズに響いている。対魔人同盟に参加している国々の国旗や、討魔騎士団の団旗を振るう人々の姿――。
 シリウス号を護衛するように飛竜に跨った騎士達が随伴しながら、俺達に向かって敬礼をしてくる。

 造船所に到着し、台座の上にシリウス号を降ろしていく。
 それから甲板に出ても街中からの歓声はずっと続いていたし、迎えもまたこれ以上ない程盛大な規模だ。礼装で着飾った騎士団と楽士隊、飾り付けられた馬車。月の民の使者もその歓迎ぶりに目を丸くしている。

 メルヴィン王とジョサイア王子、騎士団長や重鎮達、それからエルドレーネ女王と七家の長老達が揃い踏みで俺達を迎えた。

「死睡の王イシュトルムの討伐、無事に果たしましたことをここに報告致します」

 メルヴィン王に一礼し、まず報告を行う。

「うむ……。良くぞ世界を救い、任務を果たした。どのような言葉もそなた達の偉業に比しては色褪せるであろうが……それでも言わせて欲しい。そなた達が無事に戻ったことを、余は何よりも喜ばしく思う」

 メルヴィン王は穏やかに笑い、そう言って頷いた。

「勿体ないお言葉です」
「では……まずは王城へ向かうとしようか。そなた達の帰りを待ち侘びている者が沢山おるからな」
「はい」

 そう言って、飾り付けられた馬車に乗り込む。街中の移動中も、楽士が先導して高らかに曲を奏で、沿道の人々が歓声を浴びせてくる。
 王城に到着すると、迎賓館前の広場では既に祝宴の準備が進んでいて。街中の俺の知り合いが招待を受けていた。その中にあって、1人見知らぬ人物がいる。
 精霊王と共に佇んでいるその人物――。
 踵まで届く程長い、金色の髪を持った長身の美女だが……その目は閉じられている。
 初めて会うが……その魔力の波長には覚えがあった。そう。ラストガーディアンと戦っている時に感じていた波長だ。

 ルーンガルドで眠っていた原初の精霊だ。地上で……精霊王達のところに顕現したんだな。俺の手の中にある封印の宝珠が、ぼんやりと発光していた。
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