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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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683 地上への帰還

 一晩ゆっくりと身体を休ませてから催された月の離宮での宴会は、討魔騎士団と月の将兵達が混ざっての酒盛りになった。
 勝利の宴に魔力の消費を抑えるというのも無粋、とオーレリア女王が言ったのもあって、中々豪華な宴会である。
 オーレリア女王は積極的に前線に立ったりしていたし、見た目の年齢や立ち居振る舞いの上品さから受ける印象に反して、性格は割と剛毅な印象があるというか。

 イシュトルムの一件で長引くような問題が残らなかったので、予想していたより離宮の魔力資源を消費しなかったこと、採掘場跡に集まった魔力を回収できたので離宮の魔力資源がかなり潤っている等々の背景に、そんなオーレリア女王の言動と性格である。
 というわけで、次々と手の込んだ料理が運ばれてくる感じだ。離宮の料理人達も、久しぶりに潤沢な食材で存分に腕を振るえたと、ほくほくしていた。ローズマリーにこの食材は何か、と質問されて満面の笑顔で色々と説明している。

「んー。美味しい」
「うむ。これは美味いのう」

 シーラとアウリアがもぐもぐと口を動かしながら頷く。みんなも舌鼓を打っているようだ。
 ロブスターだとか七面鳥だとか……色々月では手に入りそうにない食材を用いた料理が出てくるのは、魔力資源が潤沢なら魔物を作り出すのと同じ感覚で食材を作り出せるから、といったところだろうか。このへんは迷宮の魔物の食材と同じだな。
 料理人が気合を入れただけあって、確かに美味い。複雑で芳醇な味わいと香りが口の中に広がる。

「いやはや、凄まじい戦いでしたな!」
「全くです。テオドール卿があの巨大な爆炎に呑まれた時はどうなるかと……」

 といった調子で騎士達と将兵達は戦いを切り抜けた高揚や安堵感を振り返り、一緒に肩を並べて戦ったからか意気投合して盛り上がっている様子だ。
 原初の精霊が宿った宝珠からも嬉しそうな気配が感じられる。何となく周囲の楽しげな雰囲気が伝わっているらしい。

「体調はどうかしら。あなたは戦いにしても特に負担が大きかったし、宴席で無理はさせないようにと、通達はしているのですけれど」

 そんな賑やかな雰囲気を楽しみながらみんなと食事をしていると、オーレリア女王が尋ねてくる。

「一晩休んだのもありますが、悪くはありませんよ。案外身体が軽く感じます」
「精霊達の協力やリサ様のことなどもあったからかも知れませんね」

 と、アシュレイが微笑んで言う。その言葉に頷き、俺も口を開いた。

「かもね。それにアシュレイの治癒魔法もね。戦いの後でアシュレイに魔法を使ってもらう前と後とじゃ、全然違うし」

 そこにそれらが上乗せされての結果だろうと思う。

「そ、そうですか? ありがとうございます」

 俺の言葉にアシュレイは嬉しそうに笑みを浮かべ、頬を赤らめてそう言った。

「テオドールは、月の王家の性質に近付いているのかも知れないわね。あの環境魔力を集めて用いる術式は、テオドールに協力したいと考えている者が多い程力が増すようだし」

 クラウディアが少し思案するような様子を見せながら言った。

「月の王にしても魔人達にしても……他者の感情を力にするところは変わらないわ。魔人化が負の方向でそういった性質を得る形質変化であるなら、月の王と同じ方向性での覚醒があっても、不思議ではない――かも知れません」
「あの術式がそれを促進するということは有り得る、かも知れないわね」

 オーレリア女王が答え、ローズマリーもそれに同意する。

「んん。どうでしょうかね。あまりそういうのは柄じゃないのですが」

 王だとかそういうのは自分でやりたいとは思わないというか。俺としてはのんびり暮らせればそれでいいのだ。そう答えると、クラウディアは口元に笑みを浮かべ、静かに目を閉じて頷く。

「覚醒とか開眼と言えば、グレイスちゃんもね」
「いえ。私のあれは何と言いますか……元々内側にあったものですので」

 イルムヒルトがにこにこしながら言うと、グレイスは苦笑して答える。
 グレイスの身体に関することだけに、循環錬気でもどういったものか見せてもらった。内側に宿る吸血鬼としての力を、別の方向で外に放出し、吸血衝動やらなにやらを消費する手段を見出したようで。グレイス自身の体内魔力等々は正常。精神的にも破壊衝動やら吸血衝動を別の形に転嫁して用いるので割と落ち着いていられるとのことである。

「あれは実質的に、内側にある吸血鬼の力を克服したって言って良いんじゃないかな」

 それは喜ばしいことではあるだろう。マルレーンに屈託のない笑みを向けられて、グレイスも嬉しそうだ。
 とはいえ、あれだけの力を必要とする場面もそう多くはないだろうし、グレイスとしてはやはり俺の血の匂い等には酔ってしまうそうで。循環錬気による解消も必要になる場面も多いだろう。

 そんな話をしているとエスティータが何かを台車に乗せて運んできた。オーレリア女王がそれを待っていた、とばかりに嬉しそうな表情を浮かべた。

「これは……何でしょうか?」

 台車には色々積まれているが……手頃な大きさの四角いブロックのような物が目を引くな。白を基調としているが縁の部分がほのかに発光していて……何やら魔法絡みの品であることは間違いないようだ。

「面白そうだね」

 魔法技師としての魂が刺激されるのかアルフレッドが身を乗り出して覗き込む。ステファニア姫やアドリアーナ姫、それからアウリアも好奇心旺盛なのでそれらに興味津々といった様子だ。

「月の……比較的新しい技術を用いた品々です」
「宴の席での余興や地上へのお土産にもなるかも知れないと、色々持って来てもらったわ。特にこれは、約束の資料を渡す際にも役に立つでしょうから」

 オーレリア女王が四角いブロックを手に取る。軽く魔力を流すと、ブロックの角から光が照射され、空間に文字が浮かんだ。

「これだけで本何十冊分とか、或いは絵画等を移し取って記録しておくことが可能だわ。自由に閲覧ができないように制限をかけることもできるのよ」
「……なるほど。確かに便利ですね」

 記録用の魔道具か。四角いブロック状というのも、割合保管しやすそうな形状だ。文字情報でなく、映像を読み取って記憶する……というのは、色々応用の幅が広そうに思う。
 幻術を記録して後は音声を合わせれば……映画のような娯楽にもなるかも知れない、などと思ってしまうというか。まあ、コストが見合わなければただの贅沢品だろうが。

「僕達も地上から色々持ってきましたよ。魔力で動作する楽器だとか」
「それは面白そうね」

 そんなこんなで互いの魔道具等を見せたりと、酒と料理で交流を深めたり、技術的な話をしたりしながら宴の席は賑やかに過ぎていったのであった。



 そして――記録用の魔道具を用いることで資料等も纏めて渡してもらい、月の離宮を出発して地上に戻る日がやってくる。地上の皆も俺達の帰還を待ち望んでいるだろうと、オーレリア女王が準備を急いでくれたのだ。

 転移用の石碑が機能すれば便利とは思うのだが、地上と月を転移で行き来するのは一度ごとに相当な魔力を浪費するそうだ。少なくとも地上からの魔力転送が無い限り実現は難しそうである。
 他にも月の結界が解除されていなければ転移ができないことなどの問題もある。オリハルコンの管理体制にも関わってくるので、過去の月の王家は地上との直接転移は行わない方向であったらしい。

 差し当たっては地上との交流や、月の船、魔力送信絡みの話が纏まらないと転移絡みの話も進まない。諸々含めて話し合いをしようということで月からの使者も俺達と共に地上に降りることになった。ただ、オーレリア女王は……流石に気軽に月から離れるわけにはいかないそうだ。

「月の船や魔力送信等の道筋がついたら、私もヴェルドガル王国を訪れてみたいわ」

 と、出発前に見送りに来たオーレリア女王はそんなことを言っていた。
 オリハルコンの管理体制と、緊急時の月の民の避難を考えた挙句、転移用の拠点となる石碑を離宮の奥に作ったりしたので……話が纏まって道筋がつけば、また月を訪れたり、地上で顔を合わす機会もそれほど遠くはないのかも知れない。

「それでは、暫しのお別れです、陛下」

 ハンネスやエスティータ、ディーン達がオーレリア女王と別れの挨拶をする。地上への使者として選出されたのだ。エスティータ達はまあ、俺達と初めて会った月の民だし、地上に好意を持ってくれているからこその人選ということだった。

「旅の安全を祈っているわ。無事に帰って来るのですよ」
「はい、陛下。行って参ります」

 ハンネス達の挨拶が終わったところで俺も声をかける。

「それでは、陛下。またお会いできる日を楽しみにしています」
「ええ。私も楽しみにしているわ。できれば……次は地上で会いたいわね」

 笑みを浮かべるオーレリア女王に頷いて。
 それからみんなでオーレリア女王と月の将兵達に見送られ、シリウス号の甲板に上がる。月の船は術式制御で自動操縦だ。タームウィルズの沖合まで独りでに向かってくれるので、シリウス号は月の船に併せて移動すれば良い。

 開いていく離宮の扉。駆動する月の船。シリウス号もゆっくりと離宮から出て月面へと移動する。
 ――さあ、みんなで帰ろう。地上へ。ヴェルドガル王国へ。
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