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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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682 輪廻の竜

 レビテーションで自由落下の速度を更に軽減。月面に向かってゆっくりと落ちていく。そこで達成感と疲労から目を閉じて。
 そして俺はその僅かな時間の合間に夢を見た。

 ――それは煙を上げる瓦礫の街。戦火に焼かれた、のだろうか。鼻をつく異臭があちこちから漂ってくる。

「どうして……こんなことになってしまったのかしら」

 倒れたまま動かない女の子の身体をかき抱く、その少女。
 少女の姿には見覚えがあった。よく知っている人物だ。

「どうして、だろうな……」

 少女に答える誰かの声。知らないような、知っているような声。

「……この戦いで、沢山の者達が死んだ。人も……魔物も、魔人も精霊も。誰も彼もが死んでいった。何もかもを終わらせても、死んだ者は誰も帰って来はしない。もっと上手くやれば、もっと違う結末があったと……。そう、思わない日はない」

 そう言って。そいつは己の掌を見て握り締めた。その、傷だらけの手。
 男を慰めるように、もう片方の手に握られている杖が小さく鳴いた。それは尻尾を咥える竜をあしらった、俺の良く知っている杖であった。
 竜杖ウロボロス。そして女の子の遺体をかき抱いて涙を流す少女は――クラウディアだ。では、この場所は? この時代は? 一体どこで、男は誰なのか?

「……泣き言を――口にするべきではなかったわ。あなたは何時だって頑張って、戦ってくれているのだし。私が弱音を口にしても、何も変わらないもの、ね」

 目を閉じてかぶりを振るクラウディアの言葉。
 その言葉に――男は暫く黙り込んでいたようだが、やがて首を横に振る。

「――いいや」

 その口調が、何か妙案でも思いついたかというようにあまりに熱の篭ったものだったから。今の会話の受け答えの流れとしては少し違和感があったのか、クラウディアは不思議そうな表情でこちらに――男の方へと振り返った。

「そのために手段を選ばず、手を尽くすのならば……結果が変わらない、などということはない。ない、はずだ。――俺達は。そのために必要な知識と駒に既に手が届いている」

 そう言って。男は思案するように瓦礫の上を行ったり来たりしながら、己の考えをクラウディアに吐露していく。
 それは自身の前世の記憶から始まる、壮大な計画だった。

 己の前世に干渉してやれば。今の男自身が前世の記憶を蘇らせたその時に、今保有している数々の魔法的知識や魔力の扱いといった感覚を前もって学習させ、体験させておくことができるのではないか――? そういったことが可能な装置に心当たりがある、と、男は言った。

 そうなれば。そうなればきっと、今という歴史が変わる。
 仮に世界がいくつも並行する可能性の連なる構造で、歴史の改変が自分達に及ばなかったとしても。それらの無数の可能性を導く、礎になればいい。

 しかしそんな干渉を行う環境など、普通は存在しない。
 だが迷宮の深奥――動力炉の魔力を用いれば、膨大な魔力で時間と空間の境界を歪めて自身の因果の糸を辿ることで、前世の世界にまで干渉できると。

 男は……自分の作った竜杖に因果を辿らせて、景久のいる世界に送り込んで望む方向への干渉を行い――それから後は前世と来世の因果を補強する橋渡しの役割を持たせる、というところまで語った。

 目を丸くしながらも男の語る構想に聞き入るクラウディア。
 実際どれだけのことができて、どれほどの結果を導けるのかは分からない。しかし、それでも彼らは行動を開始したのだった。世界から失われた、沢山の何かを取り戻すために。



 ……――ああ。そう言う……ことだったのか。
 白昼夢は一瞬のことだ。緩やかに月面が背中に触れた感触で夢から覚めるように意識が鮮明になる。
 ラストガーディアンの器からこぼれ出る魔法の輝きも、最早残光が消え行くのみだ。

 あれはどこかの世界――そして恐らくは時間的には未来の……俺ではない俺の記憶。
 恐らくこの場に集まった膨大な魔力で一時的に時間や空間の境界が緩んだから、俺やウロボロスに縁の近い風景が流れ込んできたのだろう。夢、ではない。景久の記憶が蘇って来た時によく似た感覚だった。
 だけれど、今度は記憶が蘇った、というのは少し違うのだろうけれど。

「お前は――俺が作ったってことか」

 傍らのウロボロスに語り掛ける。ウロボロスは口の端を小さく笑みの形にして、穏やかに喉を鳴らした。
 ――時空を旅して俺の輪廻転生に付き添い、俺自身の転生の連なりを強化する役割を担う魔導の杖。景久の世界にも渡ったし、そこから俺の世界の過去にも戻ってきた、と。

 何がどうなるとか。色々正確な情報が無かったのは――景久にそういった情報が伝わる前に亡くなってしまったから、だろうか。
 或いは……敵だ味方だと最初から決めてしまうと、未来の可能性も狭まってしまうから、かな? 状況が変われば味方や敵という関係性はその都度変わるのだし、後はその場の判断と、それをどうにかする力だけがあれば、何かが変わる、か。
 そうだな。テスディロス達が仲間に、等と言うのは、全く予想していない出来事でもあったし。

「これからも……よろしくな」

 目を閉じて言う。俺の手の中で、ウロボロスは頷いたらしかった。
 そうして、月面から星空を見上げる俺のところへと、みんなが駆けつけてくる。

「テオ――!」
「ん。俺は大丈夫」

 グレイスの声。心配させないように上体を起こして笑みを向けると、グレイスも目に涙を溜めたままで微笑む。

「テオドール様! 良かった……!」

 アシュレイやマルレーンも涙目である。グレイスに封印を施し、駆けつけてきたみんなと抱き合って、生きていることを互いに喜び合う。
 こんなふうに過去が変わることを、俺ではない俺も望んだのだろうか?



 ――それから。
 みんなにも疲労こそあったものの、イシュトルムとの戦いの後始末をする必要があった。奴の仕掛けが残っていないとも限らない。一息つくにしてもそれからでないと安心できない。

 後始末の内容としては、まず物騒な儀式場の解体。それから採石場跡に集まっていた魔力を月の民の資源として流用できるように誘導。月の船に異常がないかの調査、といった具合だ。

 儀式場の魔法陣を崩したり、原初の精霊が眠る封印の宝珠を、回収するところから作業を始める。

「何だか……暖かい、感じがするわ」

 宝珠は強い精霊の力を感じるが……そこから感じる波長はとても穏やかなものだった。これがあの精霊が俺達に向けてくれる信頼の証明だというのなら……それは有り難い話ではあるが。

「クラウディアにごめんって言ってる、ような気がする」
「私に……? そう。でも……良いわ」

 俺の言葉にクラウディアは少し目を丸くしたが、微笑んで首を横に振った。

「原初の精霊の一部がラストガーディアンに宿ってしまったのは、誰も予期していなかったのだし、私は今、こうしてみんなと一緒にいるもの。それに……原初の精霊の気持ちも、分かる気がするのよ」

 人に裏切られて……それでも見捨てることだけはせずに孤独に眠ることを選んだ。確かに、クラウディアと原初の精霊は境遇が似ている気がする。

 儀式場の始末が終われば、次は……ベリオンドーラと月の船だ。潜入させたシーカー達を回収し、ベリオンドーラ王城の奥から月の船の内部へ移動といった作業に移る。
 月の船の中をあちこち探せば、シルヴァトリアから持ち出された月の船を起動させるための鍵も見つかった。

 月の船に関しては――ベリオンドーラがかつてそうしていたように地上からの魔力送信に用いるにしても、月と地上を行き来するための手段として活用するにしても、一旦地上に返し、七賢者の末裔たるシルヴァトリアに話を通すのが所有権等々を考えても筋だろうと、オーレリア女王は言う。

「地上へ……使者を送る必要があるかしら」

 と、オーレリア女王。そうだな。こうなって来ると一旦途絶した月の民と地上の交流の再開も視野に入ってくるわけで。地上からの魔力送信は必要になってくるし、そういった大規模建築をするとなると国も無関係というわけではいられまい。

「そうなると、一緒に地上に降りたほうが良さそうですね」
「そうね。離宮に帰ったら祝勝の宴をするから、少しの間、月に留まってくれると嬉しいわ。その間に必要な資料を纏めたりと、あなた方には手間がかからないようにしておきます」
「分かりました。ありがとうございます」

 魔力を消費しないようにしているといっても、離宮には色々なものがある。俺としても離宮の中はもっと見せてもらいたいと考えていたところだ。
 ローズマリーもそれはきっと同じで。羽扇で顔を隠してはいるものの、色々な作物が手に入るというのを喜んでいるようにも見えた。そんな姉の仕草にマルレーンもにこにことしている。

 祝勝の宴と聞いてシーラも嬉しそうだ。表情はいつも通りだが耳と尻尾が反応していて、コルリスとハイタッチなどしている。そんなシーラを見て肩を震わせるイルムヒルト。

 やがて月の船のあちこちの点検も終わったところでオーレリア女王はこれでようやく一段落できる、と大きく息をついた。そして俺に向き直ると、優雅な仕草で一礼する。

「これで、ようやく言えそうだわ。貴方のお陰で月は――。いえ、世界は救われました。心より感謝しますテオドール卿」
「僕達自身が生きていくためでもあります。僕達こそ、女王陛下や月の将兵の皆さんが快く協力してくれて……月に来て良かったと、それを何より嬉しく思っています」

 そう答えると、オーレリア女王は微笑んで頷いた。それからエスティータ達、月の将兵に色々と指示を飛ばすのであった。
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