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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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679表 滅光

 ――月面の環境魔力は乏しかったが、互いの儀式のお陰で随分とこの場の魔力が高まってきている。
 唸り声を上げるウロボロスを構えながら、マジックサークルを展開して環境魔力を取り込み、己の力を高めていく。ウロボロスもそこに組み込まれたオリハルコンも、奴を警戒してこそいるが、戦意は充分に感じる。

 こちらの魔力の高まりを見ながらも、笑みを崩さないイシュトルム。

 奴の手札。それは炭素への干渉からなる対応力の広さと、それを実現する制御能力。
 応用法は多過ぎて、個々に想像を巡らせるだけ無駄だろう。
 祝福や魔力循環が無ければ、敵の肉体に直接干渉したり、奴の保有する観測能力で思考や感情を反応そのものから直接読み取ったりもできるはずだが……。その心配だけはしなくて済むのは安心できるところか。
 いずれにせよ、それ以外のあらゆる可能性を否定せず、全身全霊を以って叩き潰す――!

「行くぞ――!」

 シールドを蹴って踏み込む。勢いに乗せて叩き込むウロボロスの打撃が髪の毛で受け止められた。間合いに踏み込んだその瞬間、互いの攻撃の応酬が始まる。
 影さえ留めない速度で繰り出される髪の毛の斬撃と刺突。空間から生成される炭素の槍と、手足から生成される炭素の剣。
 ウロボロスと咆哮を上げるネメア、カペラ、そして全方位に張り巡らせたマジックシールドと、バロールの光弾を駆使して真っ向から切り結ぶ。

 凄まじい速度での攻防。瞬間瞬間に無数に散る火花と衝撃。顔のすぐ近くを掠めていく攻撃。ネメアとカペラ、バロールをも攻撃に回して、それでも尚、奴の手数の方が多い。

 無数の技をやり取りしながら、無詠唱で至近から白光を放ち、視覚を潰して間隙を縫って踏み込む。
 単純な斬撃や刺突よりも広範囲に浸透するような技の方が効果的だろう。

 間合いの内側に踏み込んで掌底を放つが、それすらも奴の誘いであった。掌底を合わせた脇腹から、炭素の槍が飛び出したのだ。

 が、俺の掌底だけが奴の鳩尾に突き刺さっていた。
 そこから魔力衝撃波を叩き込めば、後方に吹き飛ばされながらも髪の毛の反撃を見舞ってくる。迎撃するのが手一杯だ。手数で向こうが勝るので、追撃を行う事ができない。

 光魔法の分身と迷彩。水魔法による温度変化。奴の探知系として予想されるものを掻い潜って一撃を当てたが――。

「確か、ガルディニス老の技でしたね」

 これだ。まるで堪えていない。イシュトルムは笑いながら体勢を立て直してくる。
 衝撃波を通したはずが、返ってくる手応えもおかしかった。
 閃光で視覚を潰したのに幻影の攻撃に正確に合わせてきたあたり、視覚と能力制御用の感覚以外にも複数の探知能力を有しているのは間違いない。

 離れた距離から――奴の腕が不自然に伸びる。槍のように真っ直ぐ俺の心臓目掛けて飛んできたかと思えば、そこから四方八方に炭素の槍が飛び出す、回避を見越しての全方位への攻撃を、命中するものだけをウロボロスで薙ぎ払って防御。
 伸ばした腕側に向かって身体が引き戻されるようにして、変則的な動きで間合いを詰めてくる。そこから繰り出されるのは凄まじい手数の攻撃。

 反撃すらままならない程の圧倒的手数。あらゆる手札を駆使しても尚、防戦を強いられる程の圧力。

 大上段。振り落とされる太い髪の毛の束の斬撃。同時に至近から射出される槍、槍、槍。転身してウロボロスを構え、退路を塞ぐような角度で斬り込まれる炭素の剣を受け止める。炭素の槍や剣は、マジックシールドで受けることさえままならない。恐らくは単分子の切っ先を持っている。これ以上ない程の切れ味を有しているはずだ。ウロボロス以外では迂闊に受けられない。

 問題となるのは、やはりこの手数――! 暴風や要塞を想像させる程の攻撃の数々を何とかしなければ活路はない。リスクは承知。マジックサークルを展開してウロボロスに魔力の炎を宿して至近から爆炎を浴びせれば、髪の毛と炭素の槍や剣が一度に燃え上がる。

 それも一瞬。燃え上がったと思った次の瞬間には火が抑え込まれた。分子単位で操作するというのなら、魔法の炎であれど燃焼を阻止することも容易だろう。

 同時にマジックサークルを展開しながらシールドを蹴って離脱。
 こちらの術と奴の技が成立し、激突するのがほぼ同時。使った術も似たようなものだ。風の戦輪――グラインドダストを操り、奴の放った瘴気混じりの旋風に叩き付ければ、互いの操る気流の中に含まれる硬質の砂塵と炭素粒子がぶつかり合って四方にスパーク光が散る。
 一酸化炭素や二酸化炭素のような気体でも奴は自由に操れるだろう。炭素を含むから燃やしたとしても、状態が変化するだけで炭素はそこにある。奴の支配下にあることは変わらないからだ。

 気流を操作して竜巻を作り、ダイヤモンドの粒子をその中に生成すれば、それでもうグラインドダストのような技を繰り出すことが出来てしまう。

 術の制御はそのまま。奴の操る気流をこちらの操るグラインドダストで迎撃しながらも2度、3度とシールドを蹴って左右に跳んでから、奴の変則的な動きに追い縋り、本体同士でも激突する。

「面白い。では、これはどうでしょうかね!」

 笑うイシュトルム。カメレオンのような体色変化と向こう側の景色が透けるような迷彩能力を攻防の中に織り交ぜてくる。生物的な能力をも自由自在だという馬鹿げた能力。

 非生物的な、先の読めない動きに加えて、視覚を惑わす幻惑能力。ならば目で追うだけ無駄なこと。魔力の揺らぎやシールドの感知で、来る攻撃だけを確実に打ち落とす――!

「焼き払え!」

 火魔法第5階級バーニングウィップ。炎の鞭を作り出して、それを攻撃ではなく、防御用として身に纏う。炎熱の方向を制御し、それでも発生する熱は風魔法のフィールドで遮断。
 空中から作り出される炭素の槍の穂先が――仮に単分子の鋭さを持つというのなら、炎はその切っ先を焼いて鈍らせる効果を持つ。シールドで受け止めることが可能になるのなら、それだけ攻防の手数で追い縋れる。シールドで止められる技が増える分、こちらの四肢や身のこなしが自由になる。

 こちらが詰めた分、奴も髪の毛だけでなく、自身の手足を駆使しての攻撃に比重を置いてきた。髪の毛を用いた変則的な動きと、炭素の剣を振るっての奴自身の真っ当な武芸。炎熱を用いても奴の手から直接作り出されている剣はその鋭さを維持したままだ。シールドでは受けられないが――。

 炭素剣をウロボロスで受け止め、逆端を跳ね上げてイシュトルムの脇腹に打撃を叩き込む。骨を砕くような、充分な手応え。それに反して、イシュトルムは全く下がらない。髪の毛で――身体を支えている。

「吹き飛びなさい」

 神経系を改造しているとすれば痛みを感じないのだろう。食らいながらも全く怯まない。そこから頭上に放たれる瘴気の塊。
 悪寒。飛ぶと同時にその空間から指向性を伴った衝撃波が放たれる。眼下で砕ける月面。気体を操作し、(たわ)ませる反動で圧縮された空気の弾丸――衝撃波を放つ、といった原理だろうか? 爆発にダイヤモンドの散弾が含まれており、凶悪な殺傷能力を有している。
 一々気にしても仕方がない。元よりそういう何でもありな能力だ。瘴気を帯びた空間を炸裂させる技がある、とだけ理解しておけばいい。

 反転して突っ込む。竜杖の攻撃を――奴は避けなかった。身体で受け止めて、そこから即座に反撃してくる。手数で追いついたと思えば自身の不死性を前面に押し出しての戦術――!

 無数の攻防の中に、捨て身の攻撃を平気で織り交ぜてくる。攻め手一辺倒となった奴の斬撃や刺突を掻い潜って幾度かの打撃を叩き込んだが、その度に大きく形成が不利になって押されているのを感じた。
 大振りでは隙を晒してしまうし、かと言って牽制では止められない。細かく、速く、鋭く。一瞬の交差に魔力を注ぎ込んで瘴気の面から削る。だが――!

「捕えましたよッ!」

 イシュトルムが片目を見開き、牙を見せて笑う。

 髪の毛がウロボロスに絡んでいた。そのまま――振り回される。凄まじい膂力。
 武器は離さない。奴は俺を振り回しながら炭素の槍や爆裂をあちらこちらから射出して浴びせてくる。耐える。シールドで耐える。衝撃。衝撃。そのまま、身体ごと月面へと叩き付けるような構えを見せた。
 まだ――まだ力が足りていない。魔力循環の均衡を崩し、更に力を高める。心臓が早鐘を打ち、視界が真っ赤に染まる。それで――ようやくそれに届いた。


「おおおおっ!」

 気合と共に、月面に叩き付けられる前に奴の髪の毛を内側から切り裂く。
 手元からウロボロスの先端へと走り、そして噴出するのは火花を散らす黒紫の刃。切り裂くための力を纏う斥力の剣。
 シールドを蹴ってすれ違いざまに振り抜く。反動すら感じない程の凄まじい切れ味。不意をついての胴薙ぎの一撃。

 身体を深々と切り裂かれた奴の表情に浮かぶのは、驚愕であった。即座に反転。もう一撃を繰り出すが瘴気の剣で受け止められていた。
 胴薙ぎにされたのに、まるで堪えていない。手応えはあったというのに、振り返って追撃を繰り出した時には傷が塞がっている。生物の体など、奴にとっては粘土細工のようなものだろう。

「――ヴァルロス。そう。そうですか。やはり貴方も私を止めようと言うのですね」

 驚愕の表情は一瞬の事。すぐに作り物めいた笑みが張り付く。
 そのまま切り結ぶ。繰り出される髪の毛を、斥力の剣で切り払い焼き払って制御を奪う。重力場を作り出し奴の変則的な動きを縛る。
 通用しないとなれば用無しとばかりに髪の毛を途中から纏めて自切。ダイヤモンドの塊のようなものに再変換すると、空中で四足の獣のように変形させて突っ込ませて来る。

 生き物ではない。自律する生物を作り出す力は、母さんによって封じられているから。ならば瘴気によって変形させながら操っている、ダイヤモンドの人形のようなもの。
 バロールを射出。光弾でダイヤモンドの従者を迎撃。
 風と風。光弾と従者。あちらこちらで戦いを繰り広げながら本体同士でも切り結ぶ。

 斥力の剣の一撃ならば肉体は問答無用で切り裂ける。捨て身の戦術も最早用を成さない。炭素剣は諸共に切り裂けても瘴気剣は斥力の剣でも切り裂けない。
 だから――自然と闘いは真っ当な攻撃の応酬へと帰結する。月の民やハルバロニスの武官にも通じるそれは、奴の出自を物語るものだ。

 四方八方から降り注ぐ炭素槍の雨、爆裂する空間の中に身を晒し、至近へと飛び込んで瘴気の剣と切り結び、技と技とを応酬する。
 胴薙ぎの一撃を受け止め、跳ね上げるように繰り出した反撃を受け流され、流れた身体に叩き込まれる切り上げの一撃を跳んで避けながら反転して攻撃を繰り出す。掠める一撃。目まぐるしく飛び交う攻防。

 瘴気剣の斬撃を斥力の剣で受け止め、それを消失させて空振りさせながらも間合いの内側へと踏み込む。掌底と共に重力球を作り出し、握り潰すように抉り取る。抉り取って圧縮。焼き払って風に散らす。

「ちいっ!」

 痛みを感じなくとも。不死に近い存在であろうと。
 体組織を抉り取られるように破壊されれば攻防に支障は出る。再生にしても切り裂かれたものを結合させるだけでは済ませない。瘴気の量が即ち奴の活動に直結している。不死性もそのまま、奴の能力や生存本能に直結したものだ。

 ならば奴に打ち勝つには瘴気を残らず削り切るか、それに準じる方法を取る必要がある。
 今まで見た中ではっきりと奴のダメージとなっていたのは、盟主の封印を強引に解放する際の負荷だったことからも、それは明らかだ。

「おおおおおっ!」

 身体の再生が終わる前に、崩した均衡をついて更に踏み込む。身体の動きと魔力を連動させ、螺旋衝撃波を叩き込めばイシュトルムの身体が吹き飛ばされた。
 迷わず追う。このまま叩き潰す。魔力光術式で踏み込んで追い縋りすれ違いざまにウロボロスの打撃を叩き込みながらも重力球で削り取る。反転してもう一撃。二度、三度と跳ね飛ばし、更にもう一撃を加えようとしたところで、吹き飛ばされていく奴の手中に、凄まじい瘴気と共にマジックサークルが閃いた。

 中級の風――魔法? 月の希薄な大気の中で、わざわざ真空空間を作り出す? 何故そんなものを? あれほどの瘴気を用いなければ生成できないとでも?
 幾つかの疑問符が恐ろしい可能性を提示する。瘴気を噴出するその手の中で雷が散り、何か得体の知れないものが生まれる。

 突撃のための機動力を、全て離脱と回避に回す。味方を巻き込まない方向へと逃れる。

 奴は身体の再生をも後回しにして――イシュトルムは掌だけをこちらに向けて、それを撃ち出してきた。真空空間の結界が、解かれたその瞬間――!
 ちっぽけな欠片を中心に、凄まじいエネルギーが生まれた。何かに触れた瞬間に爆裂する性質。対消滅。反物質。

 円錐型のマジックシールドを展開。爆発そのものまでは奴の制御下にはないはずだ。
 絶望的な熱量と爆風が、他のみんなに被害を拡げないよう、そして俺自身が生き残るために。火魔法と風魔法、雷魔法で、生じる衝撃波と熱量、熱線を制御し、指向性を持たせて後方に逸らす。

「はあああああああっ!」

 シールドごと力の奔流に押し流さそうになる。魔力循環を全開にして瞬間的な力を高めて踏み止まり、その爆裂を無人の荒野へと押し流す。ウロボロスの唸り声。膨大な負荷に手足の細かな血管が千切れる。構わない。味方に被害が出ないならそれで構わない――!

 爆圧が後方へと流れて行ったその瞬間に、イシュトルムが突っ込んできた。身体の再生もまだだ。だが、拳を重ね合わせて叩き付けるように振り下ろされたそれを、受け止めるも俺もまた身体を支え切れなかった。月面。眼下の採掘場跡の大穴へと叩き付けられる。

「がはっ!」

 息の止まりそうな衝撃。遠のく意識を繋ぎ留め、跳ね上がるようにして立ち上がる。杖を支えにして、降りてくる奴と対峙する。

「くく……。削り合いは、私に軍配が上がったようですね。味方を庇わなければ、もっと状況は好転していたでしょうに」

 奴の身体は――削り取られた部分の再生が進んでいない。あちこちから血がしぶいているのを見るに、今の一撃を繰り出すのには、相当な瘴気を必要とするらしい。何度も撃てないというのは有り難い情報ではあるが。

 戦闘そのものに支障はないらしい。そうだろうさ。奴は痛みを消し去ることができる。
 循環の均衡を崩して無理をしたことで……全身にダメージを受けたのは俺も同じことだ。その痛みは――今は忘れろ。呼吸を整えながら魔力を練る。

「お前と違って……軽々しく見切りをつけたり裏切ったりしないんだよ」
「クク。面白い。確かにまだ諦めていないようですね」

 俺の言葉に奴は目を見開き、笑いながら突っ込んできた。
 立て直す時間は与えてもらえない。瘴気剣を作り出して突っ込んでくる。ウロボロスで受け止め、振り切られて吹き飛ばされる。石柱に激突する衝撃をレビテーションとシールドで和らげ反転してウロボロスによる反撃。躱される。掌底を叩き込まれて後方に飛ばされる。

 力ではもう受け切れない。技と魔力を用いて対抗しなければ――。術。術を使えればそれだけで足りる。戦える。
 シールドを支えにして一撃を受け流し、魔力を叩き込んで後ろに飛ぶ。痛痒を与えていない。突っ込んでくるイシュトルム。斬撃を叩き込んで来る。シールドで逸らしてやれば、流されるに身を任せそこから炭素の槍を打ち込んで来た。転身。反撃には転じられない。

 シールドからシールドへ。飛んで飛んで。追い縋られて切り結んで、吹っ飛ばされては転がって立ち上がって跳ぶ。互いに消耗しているからか、奴の動きにも遊びがない。正確に頭や心臓を狙って、仕留めに来ている。

 魔力だけは整った。こちらも――限界が近い。勝負を仕掛けるように真っ向から突っ込む。首を刎ねるように繰り出される瘴気剣を掻い潜り、奴に掌底を叩き込もうとした――そこで。

「残念でしたね!」

 後方から射出された一本の炭素の槍が、背中から胸板を刺し貫いていた。正確に心臓を貫いている。独特の痛みが胸から広がる。これまでにない程の死の気配。

 だが――俺の動きは止まらなかった。刺されてそのまま間合いに踏み込み、笑う奴の眉間に練り上げた魔力を解き放つ。膨れ上がる魔力から、無数の衝撃波を放って頭蓋を揺さぶる。もう一撃――! マジックサークルを展開しながら渾身の一撃を叩き込んで、反撃が来ない内にシールドを蹴って後方へ飛んだ。

 ぐらりと、イシュトルムの身体が揺れる。揺れて踏み止まり、驚愕の表情で俺を見やった。

「な、に? 確かに、心臓を撃ち抜いた、はずが――?」
「急所を狙ってるのは分かってたからな」

 心臓は全身に血液を送る器官であって、例え一撃を食らったとしても、水魔法で血流を操作しておけば活動に支障はない。後は不意をついて、意識を奪えるだけの一撃を叩き込み、そして仕留めるための一撃を打ち込むだけだ。瘴気を削られて弱った今の奴ならば、それで事足りる。

「私に、何、を――何をした?」

 イシュトルムは打たれた胸を押さえてよろめく。
 それは――母さんが命を懸けて死睡の王へと打ち込んだ封印術。
 追加された術式がイシュトルムに穿たれた楔を改変していく。普通は、そんなことはできない。他人の用いた術を解除もせずに後から改変するだなんて。だけれど、母さんの意志がイシュトルムの能力を封印したまま、今も尚、繋ぎ止めているというのなら――。

 光り輝く鎖が、胸に打ち込まれた楔から幾重にもイシュトルムに巻き付いていく。同時にイシュトルムは、口から大量の血反吐を吐き出して膝を突いた。わなわなと震える掌を見て、信じられないという顔をしている。

 魔人としての力を奪い、奴の能力を封印するということは、その不死性をも奪い去るということ。まして、身体のダメージを再生していないのなら。ヴァルロスの術で抉り取られた箇所とて、普通ならば戦闘不能に陥る程の深手なのだから。

 膝をついたままこちらを睨む――イシュトルムを中心に巨大なマジックサークルが展開する。なるほど、確かに魔人としての能力はなくとも、月の民であった頃に戻っただけと考えれば、魔法を行使することは可能だろう。

 だが――正面切っての大魔法の撃ち合いなら望むところだ。ウロボロスを地面に突き立てるようにして、こちらも巨大なマジックサークルを展開していた。

「馬鹿、な。どこから、それほどの――!」

 イシュトルムが目を見開く。

「お前に、分かるはずがない」

 封印術で、奴の縛り付けていたものが、場の均衡が崩れたのだ。
 だから――ルーンガルドの皆の声が。歌が。祈りが聞こえる。一緒に戦い、世界の存続を願うみんなの想いがこの戦場に満ちて、力を与えてくれる。
 ここに満ちる力は俺の味方だ。猛烈な勢いで力が流れ込んで、俺の身体に集まってくる。

 これは母さんがやり残し、ヴァルロスから託された仕事でもある。だから俺が、今こそ遂行する。
 用いるのは、特別な魔法だ。解析されたデュラハンの能力から、魂に干渉する術式を組み上げ、スターライトノヴァとスターレスバスターの応用発展形として新たに開発した攻撃魔法。光闇、複合術式――スピリットバニッシャー。

「消え失せろ――」

 奴が魔法を放つよりも、こちらが術式を解放する方が早かった。ウロボロスを振り上げると、奴の身体を中心として天を貫くほどの白光の柱が噴き上がる。

「ぐ、おおおおおおああぁっ!」

 イシュトルムの放った術も、その身体も魂も。諸共に吹き上げられ形を失う。無尽の光の中に吹き散らされて、一切合財が消え去っていく。
 何もかも。塵一つ、魂の一欠片すら世界のどこにも残さない。 
+注意+
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