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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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674 出陣に向けて

 ――月を砕き、地上に落とす。
 言うまでもなく……実行されれば取り返しのつかない被害が巻き起こるだろう。どれ程の災害が月を襲い、地上がどの程度の規模の被害を受けるか想像もつかない。

「こ、近衛であった者達も目覚めさせ、一刻も早くイシュトルムを討伐しなければ……!」

 ハンネスが立ち上がるが、それをオーレリア女王が手で制する。

「まだイシュトルムの場所さえ特定できていないわ。月と地上の命運がかかっているからこそ、討伐の失敗は許されない。冷静に行動し、必ず企てを阻止しなければならないわ」
「は、はい。陛下」

 そうだな……。焦って行動して戦力を目覚めさせれば、食料にしろ魔力にしろ、離宮にある限られた資源を不必要に消費してしまう。
 幸い先程の地震は落ち着いたし、片眼鏡で見ている限りでは精霊達も落ち着きを取り戻しているようだ。なら彼我の戦力を把握した上で、どう攻略するかの見通しを立てて、それから動かなければならない。
 但し……それらは迅速に行う必要がある。返り討ちに遭うのは言うに及ばず、周到に準備したとしても、間に合わなければ本末転倒だし。

「奴が精霊に干渉しようというのなら、こちらも精霊と交信することでどこからそれを起こしているのかを辿ることは難しくないと思われます。原初の精霊をどうにかしなければならないことは分かっていましたから、専門家にも同行してもらっていますので」
「それは……助かるわ」
「この際です。みんなで作戦会議と行きましょうか」

 そう言うと、オーレリア女王は真剣な表情で頷くのであった。



「精霊達への干渉がどの方角から起こされたかは分かるぞ。今いる場所がここじゃから――この方向じゃな」

 すぐにみんなにも来て貰ってアウリアに話を聞くと、彼女はそう言って地形図を指で辿っていく。
 精霊達への干渉はかなり乱暴なものだったらしく、アウリアの表情は珍しく険しいものであった。

「――古い、オリハルコンの採掘場があるわ」

 オーレリア女王が地形図を見ながら言った。

「光の精霊と闇の精霊はおるからのう。問題が無ければその場所に斥候を放つが」
「では、よろしくお願いします」
「うむ」

 頷くとアウリアが早速精霊を使役し、斥候として飛ばしていた。

「採掘場跡……。そこに月の船で陣取っている可能性もあるわね」
「連中は自由に拠点の場所を変えることができます。陣取るなら陣取るで、何かしら理由があると思います」

 古い採掘場そのものには……そこまでの利用価値はあるまい。
 足を止める理由があるとするなら……ラストガーディアンや瘴珠の制御をしやすくし、精霊への干渉力を強化するために、魔法陣などを描いて、儀式場などを構築している、というのはどうだろうか。
 それなら……邪魔の入りにくい古い採掘場等はお誂え向きだろう。そういった考えを説明すると、アウリアが頷く。

「儀式場……というのは有り得る話じゃな。儂が奴だったとしても、地に直接魔法陣を描いて目的を達成しやすい環境を構築するじゃろうよ」
「となると……イシュトルムはその儀式場を守ろうとする可能性が高いわね」

 ローズマリーが眉根を寄せて言った。

「浮遊城がまだ魔物を抱えていることを考えると、近付く者をそれで排除しようとするだろうな。一定の領域に踏み込んできた者の排除を行わせて、後はベリオンドーラの城や採掘場そのものを、奴の能力で防衛拠点にする、だとか」
「……奴が籠城している場所に攻め込むのは危険度が高い、というのは言っておく。数多くの魔人が、手もなく一方的に殺された」

 と、テスディロス。覚醒魔人をして危険と断言させるだけの防衛能力。侮るわけにはいかないな。1対1で覚醒魔人を退けたグレイスやシーラ達でも危険、という意味だから。
 直接乗り込んでいって攻めるのは難しく、時間を与えれば大惨事が起こる、か。

「魔物は……月で活動できるのかしら?」
「原初の精霊を操っているのなら……連中にも高位精霊の守りがあるのと同じと思った方が良いかも知れませんよ」
「厄介ね……。全く」

 ロゼッタの疑問に答えると、彼女はかぶりを振った。
 イシュトルムの保有している戦力全てが月面で自由に活動可能と想定しておくべきだ。決戦からそこまで時間が開いていないし、航行に船の魔力を使っていたから戦力の補充はそこまで進んでいないだろう。それでも、ヴェルドガルの決戦から城に戻れた魔物は結構な数がいる。
 数の力というのは無視できない要素だ。前の決戦の時のように用意周到な準備を進める時間も、援軍もない。
 こちらの大駒が消耗を強いられた状況でイシュトルムやラストガーディアンの相手をするなどという状況は避けたいな。

「我等の時のように、拠点に大魔法を叩き込み、籠城や悠長な儀式等が成立しない状況を作る――というのはどうだろうか?」

 エッケルスが言った。その作戦を実行した時、相手がどう動くかを想定してみる。
 仮に……安全な距離から動力炉ごと吹き飛ばし、儀式場などの一切合財を吹き飛ばすことができても……イシュトルムとラストガーディアンだけは、仕留められないだろうな、恐らく。

「あの方法で儀式場や城を破壊できたとしても、早い段階で完全に計画を台無しにすることで、イシュトルムとラストガーディアンの両方同時に出て来られるのも拙いかと」
「確かに……」

 イシュトルムの思惑を考えるなら、ラストガーディアンは計画の要だ。だから積極的に前に出したくはない、というのは想像がつく。

「理想としては、イシュトルムとラストガーディアンの各個撃破。それも籠城させないように。それから、敵の大駒に対抗できる戦力へ、魔物の邪魔が入らないように、という感じでしょうか」
「……中々に無理難題ね」

 オーレリア女王が思案するように目を閉じる。

「まず状況を整理しましょう。僕達と月の民の戦力や手札、奴の持っている戦力や手札を照らし合わせ、敵の動きを想定して、その上で計画を叩き潰せるような策を練る必要があります」
「そうね。敗北が許されない戦いだわ。始まってしまえば退くこともできないものね」

 クラウディアの言葉に、マルレーンが真剣な面持ちでこくこくと頷く。

「少し長引きそうだし、食事を用意させましょう。ハンネス。作戦会議に加わる将兵も目覚めさせて」
「畏まりました」

 女王の命を受けて、ハンネスが出ていく。

「ええと。僕達の食料は船で持ってきていますが」
「それは気にしないで。食料に関しては多少の蓄えもあるし……何よりこれから共闘しようというのに、私達が客人を持て成さないわけにはいかないもの」

 オーレリア女王が笑みを浮かべた。まあ……それもそうか。では――。

「ええと。米があるのでしたら、それに合った調味料も持ってきていますよ。互いに交流ということで、食材を出し合うのも良いかも知れませんね」

 そう言うと、オーレリア女王は目を瞬かせるのであった。



 というわけで、食事の準備をしながらもああでもないこうでもないとイシュトルムに対抗する計画を練る。かと言って時間がかかり過ぎても駄目だ。
 月の重臣、将兵達も交えて話し合い、こちらの用意してきたものや、月にあるもの等々を照らし合わせて計画が段々と形になっていく。

「しかし女王陛下――」
「あなた達がどう言おうと、私も戦場に出ます。確かに、月の民の衰退と共に王家の力も衰えた。とはいえ、私とて月の女王。このような時に戦場に立てぬ者を、民も将兵も、主君と仰ぎはしないわ」

 オーレリア女王は自分の武器を用意させた上で戦装束を身に纏って髪を束ね、すぐにでも戦場に出られるような出で立ちであった。
 管理担当官達は元々月の将兵達という者が多いらしく、主だった者をオーレリア女王が戦場に出るために説得しているようだ。

 腰に吊るしたオリハルコンの細剣……。これがオーレリア女王の武器だろう。オーレリア女王の魔力も相当なものがあるし、身のこなしから相当な訓練を積んでいることも窺える。月の民の窮状を乗り越えてきたことを考えれば心構えや精神力も十分だろう。

 だが……これは言っておこう。

「イシュトルムは僕が相手をします。分体とは言え、奴の戦いを一度目にしていますから」
「しかし、それでは……」
「魔人との戦いも、一度や二度ではありません。それに奴は、母の仇でもあります」

 オーレリア女王の顔を真っ直ぐ見て言う。女王は暫く俺を見ていたが、やがて諦めたと言うように目を閉じた。

「分かりました。イシュトルムと同格の魔人を退けた、あなたの言葉を信じます。私は私にできることをしましょう。あなた方も、それで良いわね?」
「はっ……!」

 女王の言葉に、将兵達も頷く。話し合いで計画も形になってきたからな。後は――。

「ふむ。敵のいる場所は、採掘場の跡地で間違いないようじゃな」

 やってきた闇の精霊の言葉に耳を傾けていたアウリアが頷き、そう報告してきた。
 後は、そう。練った計画を実行に移すだけだ。戦いの前の腹ごしらえを済ませたら出陣となるだろう。
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