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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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672 月の女王

 月の民の事情や、イシュトルムやオリハルコンの塊が地上に落ちた経緯は分かった。月の民にとっても奴は不倶戴天の敵ということだ。
 そして、月の王達とイシュトルムの戦いは……はっきり言えば敗北だろう。船や重要設備を破壊され、滅亡一歩手前の状態まで追い込まれ、今尚、尾を引いているということだから。

 だから……七賢者がその反省から魔人に対抗するため、循環錬気や封印術のように様々な技術を編み出した理由も分かる。
 彼らがベリスティオ絡みの事件に首を突っ込んでいったのも、魔人そのものに危険性を見出していたからに他ならないだろう。魔人は他者の負の感情を自らの糧とするからか、凶暴性、好戦性、残虐性まで高めてしまう。だからこそ七賢者はベリスティオ達を止めようとしたのだ。

 その過程でベリスティオの特性を知り、七賢者はベリスティオを封印した。もしかするとこの封印は、本来はイシュトルムに対抗するためのものであったのかも知れない。
 地上に落ちたイシュトルムは生死不明だっただろうが、また現れる可能性を否定できない。実際、生きていたわけだしな。

「俺はテスディロスという。先程の話で出た……決戦の生き残りの魔人の1人だ」
「ウィンベルグと申します」

 テスディロスとウィンベルグも2人に紹介する。
 どちらにせよ、これは話さなければならないことではある。魔人であることはイシュトルムとの戦いが始まれば分かることだし、その段階になって味方に疑惑の目を向けられても連係に齟齬が生じてしまうからな。
 だったら、彼らが同行している経緯やイシュトルム相手に戦う理由。人との共存を考えていること。施されている封印術や、魔法的に行動が縛られている事。それに、将来的には魔人化を解除する方向で考えている事等々、きっちりと説明した方が良い。

「ま、魔人ですか」
「封印術を受けているから、今は……何もできないがな」
「封印術……。最後の船で地上に降りた王家の方々が作り上げた術の流れを汲むものですね」

 些か緊張していたエスティータであったが、その言葉に目を丸くした。中々魔法に詳しいようだ。

「種族特性を封印する術です。私もダンピーラなのですが、吸血衝動や攻撃性、腕力等も抑制してくれて……だから、普通の暮らしができています。リサ様が遺してくれた術で……私にとっても大切な絆なのです」
「私もテオドール様から、封印の巫女であったリサ様の遺して下さった術について学んでいるのです。その、皆さんの言っていることは本当で……!」

 グレイスとシャルロッテが、封印術について説明する。姉弟は真剣な表情で2人の言葉に耳を傾けていた。

「ヴァルロスと……最期に言葉を交わしました。彼の考えていた構想とは形が少し変わりましたが、テスディロス達が遺言を受けて、共存を実現しようと考えていることには変わりはありません。僕も将来的には、魔人化を解除できるような術を開発できればと考えていますが」
「俺としても他人事ではないな。俺も元は海王の眷属でテオドール卿と剣を交えたが、こうして仲間として受け入れてもらい、共にあの戦いをくぐり抜けた」

 と、エッケルスが言う。

「そう……なのですか。ああ。月の王族が遺した封印術で魔人達との共存をとは……王族の方々は、それを知ったら喜ぶ、かも知れません」

 エスティータは目を閉じて、天を仰ぐ。封印術の開発された経緯と、その使われ方には、色々と思うところがあるようだ。

「リーディングマインドを使える方はいますか? 必要であれば、僕に対してそういった術を使ってもらっても構いません」

 リーディングマインドは魔法審問で使われる術だ。

「そういう術を用いることができる者も確かにいますが……どうなるかはまだ何とも」
「では、そのようにお伝え下さい。みんなに信用してもらうにはそれも必要かなと」

 そう俺が言うと、姉弟が頷いた。



「――で、ここを弄ると、遠くの景色が拡大できる」
「これは便利だな……」
「その……。水晶板の向こうから大きな何かが手を振っているのですが……」
「それはコルリス。向こうからも艦橋が見えてるから、挨拶を返すと喜ぶ」

 目的の場所へ移動しながら、シーラが船の設備やコルリスらをエスティータ達に紹介している。エスティータとディーンがモニターに向かって手を振ると、コルリスもこくんと首を縦に振っていた。
 そうしている間にクラウディアやステファニア姫達を交え、今後の方針について話し合う。その上で纏まった話を、エスティータに切り出した。

「提案があります」
「何、でしょうか?」

 エスティータがやや不安そうに首を傾げる。

「地上から月へ魔力を送信する設備が必要なら、イシュトルムの事が片付いて地上に戻った後、それを建造することをお約束できます。代わりと言っては何ですが、イシュトルムの討伐や他の厄介事の解決に、力を貸していただけないでしょうか? これもみんなを説得する材料にもなればと」
「それは願ってもないことです。元より、イシュトルムは私達の問題ですから、それは勿論ですが……その、他の厄介事と申しますと?」

 エスティータは一瞬表情を綻ばせたが、他の厄介事という部分に引っ掛かりを覚えたのか、若干不安げに尋ねてくる。

「クラウディアの迷宮からの解放にあたり、迷宮の機能と方向性を維持したいと考えていまして。その改造のための情報提供を取り付けたいと。後は……先程も触れましたが魔人化した者、魔人として生まれた者の状態を元に戻す術式を開発するための、協力のお願いでしょうか」

 月の民に協力して貰えれば、このへんの話も一気に進むからな。
 特に迷宮改造に関しては製作者側だし。イシュトルムが望んでいるのが世界の破滅だけに、奴への対抗策として共闘するのは交換条件以前の問題なのだが、地上からの魔力送信については今の月の民達にとっての悲願だからな。
 月の民に協力して貰いたいことを伝えると、エスティータは暫くその内容を吟味するように思案した後、俺を見て頷く。

「――そう言うことでしたら。私の一存だけではお約束できませんが、私個人としては賛成です。しかし、あなたはクラウディア様とは随分親しげですが……」
「テオドールは私の大切な婚約者よ」

 と、クラウディアがにっこりと微笑んで言うと、エスティータとディーンの表情が固まった。少しの間を置いて、2人が再起動する。

「そ、そうだったのですか」
「ええ。私は信頼しているわ。このことも交換条件の承諾に繋がればと思うのだけれど」
「わ、分かりました。みんなにもお伝えします」

 そんな話をしている間に、目的の場所に到達した。
 月の旧都からも、その後に移り住んで再度放棄された地下都市からも、結構離れた場所にそこはあった。魔力を集めやすい場所を優先して選んだと言っていたが。

 山岳地帯。その中でも一際標高の高い山の麓に入口が作られているようだ。
 ……山か。確かに、象徴的な場所ではあるかな。テフラ山もそうだが、霊峰と呼ばれて信仰の対象等にもなりやすい場所でもあるし。

「ふむ。確かに他の場所よりは精霊達の動きも活発じゃな」

 と、アウリアが言う。

「まず私達が行って、みんなに話を通してきます。上手く説得できたら、こう、片手を挙げて合図しますので、暫く待っていて頂けますか?」
「勿論です。合図を受けたら船の迷彩を解きますね」

 エスティータとディーン達を見送りに甲板まで付いていく。2人は宇宙服のヘルメットを再び被ると、船外に出て浮石に乗った。
 浮石は上下移動も問題無いらしい。搭乗員の魔力で動くわけだ。中々便利そうな乗り物ではあるが。
 甲板からゆっくりと垂直に地上まで降り、そして滑るように入口の前まで行くと、エスティータがマジックサークルを展開した。
 術式に呼応して山肌が開いていく。その中へと姉弟は浮石ごと進んでいった。浮石が内部に入ると、一旦扉が閉ざされる。

 入口から中は随分広い空間があったな。シリウス号を収容できそうなくらいの……。
 まあ、月の船を新たに建造する予定があるなら、造船所に相当するスペースも最初から確保しておくか。屋内で建造する方が楽に決まっているし。

「説得が上手くいくと良いのですが」
「そうだな……。向こうがこっちの話を信用してくれればと思うんだけど」

 少し心配そうなグレイスの言葉に頷く。

「もし、俺の首が必要ならばイシュトルムとの戦いの後にして貰えると嬉しいのだがな。それも俺だけで済ませて貰えれば、ヴァルロス殿との約束も履行できるか」

 テスディロスが言った。ウィンベルグがその言葉に血相を変えるが、その前に口を開く。

「そんな要求をされた場合は、共闘そのものを断念する。月の民が生きていたのは確かに嬉しいけれど……それとこれとは別だ。テスディロス達を仲間としてここまで連れてきたからには、差し出すような真似はしない。色々出した交換条件だって、元々は自力で進めるつもりだったんだからな」
「そうね。私もテオドールの意見に賛成するわ。ヴァルロスとは敵として戦ったけれど、状況を見て約束を反故にするなんて、浅ましい真似をしたくはないもの」

 テスディロスとウィンベルグは、俺とクラウディアがそう言い切ったことに少し目を丸くしていたが、やがて2人で深々と頭を下げてくる。

「……その言葉、この命尽きるまで忘れまい」
「――感謝します」

 そんなテスディロス達を見て、ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら肩を竦めた。

「月の民がそんなことを言い出さないことを祈るばかりではあるわね」

 マルレーンがこくこくと頷く。
 そうだな。とは言えクラウディアやハルバロニスの人々、封印を受けたテスディロス達を見ていると……月の民は本来、そういう事はあまり言わない気性なのではないかという期待もあるのだが。

 そうして暫くの間、そこで待っていると、再び入口が開いて何人も出てくる。全員同じ服を着ているので分からないが、先導しているのは恐らくエスティータとディーンだろう。
 2人が片手を挙げてこちらに合図してきた。では、こちらもシリウス号の迷彩を解くとしよう。

 光魔法のフィールドを解除してシリウス号の姿を見せると一緒に出てきた者達は面食らったようだが、すぐに整列すると、敬礼を以ってこちらを迎えてきた。

 エスティータとディーンが甲板に上がってくる。

『船を、入口から中へ入れてもらうことは可能ですか?』

 と、マジックサークルの応用で伝えてくる。
 頷くと、エスティータがマジックサークルを展開した。入口が先程よりも大きく開いていく。ゆっくりとその中へシリウス号を進めていく。

 全員で内部へ入ると、再び入口が閉ざされていく。内部に入ると――そこには既に空気があった。精霊王の加護が、自動的に収まっていく。
 多分、結界で空気が漏れないように封じ込めているのだろう。床に魔法陣が輝いていたが、入口が閉ざされるとその魔法陣も輝きを失う。

 なるほど。入口が開いている時だけ、空気を閉じ込める仕掛けが作動する、と。エアロックとは若干仕組みが違うが、省エネにはなっているな。

 浮石の乗り物も、いくつか見受けられる。外の調査に行く際はあれに乗っていくと。

 彼らはヘルメットを次々と脱いで、顔を見せてくれた。こちらも甲板に出て、顔を合わせる。向こうから甲板に上がっても良いか聞いて来たので、タラップを降ろし、登って来てもらう。
 年代も性別もばらばらだが……エスティータやディーンに近い雰囲気を持っている者もいるように見えるな。

「お……おお。こ、この魔力は……」
「王家のものに相違ない……。貴き姫君のご帰還とは……」

 と、クラウディアを見るなり彼らは一様に驚きの表情を浮かべた。
 やがて彼らが落ち着きを取り戻すと、1人が一歩前に出る。

「失礼いたしました。ようこそいらっしゃいました、貴き姫君、クラウディア殿下。そして……ルーンガルドからの客人方。私はこの離宮ソムニウムの、現在の管理担当官の1人、ハンネスと申します」

 一番年配の人物が丁寧に挨拶をして頭を下げると、集まった者達もそれに倣い、自己紹介をしてくる。
 エスティータ含め、この場に集まった者は全員が管理担当官ということらしい。ディーンに関しては見習い、が付くようだが。
 魔術師か武官か。管理を任されるだけあって、しっかり訓練を受けた面々のようだ。一度に起きている管理担当官は全部で15名ということらしいが……。

「他にも、目を覚まして作物の面倒を見たりと活動している者もおりますが……彼らは月の臣民という扱いでしてな。担当官に近しい者などと共に、日々をのんびりと暮らしておりました」

 なるほど。小規模なコミュニティを作って、交代で目覚めたりしているわけだ。家族や恋人等が一緒であった方が……心穏やかに過ごせるだろうしな。
 というわけで、こちらも主だった者達から自己紹介をしていく。

「――クラウディア殿下の婚約者に、地上の王家の名代までお越しとは……」

 と、管理担当官達は畏まっている様子だ。
 続いて使い魔や魔法生物達も紹介する。そういった顔触れがいることもエスティータ達から聞いていたからか、心構えはできていたようではあるが、握手を求めるコルリスやお辞儀をするマクスウェルには流石に若干面食らっている印象もあるかな。
 だが、一通りの紹介や握手といった挨拶が終わると、担当官達は気を取り直すかのように表情を引き締め、俺達に向き直った。

「エスティータとディーンから、事情はお伺いしました。しかし、事が事だけに今の代の管理担当官が代表して答える、というわけにも参りません」
「魔人イシュトルムの襲来。そして貴き姫君の帰還、更には共闘の話と我等の悲願……。女王陛下にお目覚めになっていただくのに足る事態であると判断しました」

 女王陛下……。王族の魔力の波長を知っているということは、王族がいるということでもあるか。

「我等については――」

 テスディロスが尋ねるとハンネスは目を閉じた。

「私達はあなた方を知りません。しかし、貴き姫君のお言葉や高位精霊の加護を受けているという事を考えれば……信じるに値するものと判断致しました。先程お目覚めになられた女王陛下も、丁重に迎えるようにと仰られました」

 ……なるほどな。



 そんなわけで、ハンネスやエスティータ達に案内されて、離宮の奥へと向かうことになった。
 討魔騎士団にシリウス号を預け、クラウディアと各国の名代である面々に、俺達パーティーメンバーが護衛としてついていく形だ。他の面々とは俺達と話をしてからまた改めて、ということだそうで。まあ、それは当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 入口から扉を開いて奥へと向かう。何回かに分けて扉を開いて奥に進む形なのは、どこかの壁が壊れても空気を外に逃がさないためだろう。何重にも隔壁を設けているのと同じだ。
 こうした扉も浮石の乗り物もそうだが、魔法絡みのほとんどの物品は、操作する者が魔力を送る形で動作する形式らしい。資源に乏しい月では、個々人の魔力も重要なリソースというわけだ。

 何度か扉を潜ると、開けた明るい場所に出た。今まで通ってきた外部に通じる通路は無骨な印象だったが……このあたりは建築様式もなかなか壮麗だ。調度品などは少ないが、気品と風格に関しては離宮と呼ぶのに相応しい佇まいではあるな。
 柱が立ち並ぶ廊下から、広い空間が見通せるようになっていて……そこは水田もあれば普通の畑もあったりと、色々な作物を育てているのが分かる。

 全体としてはこじんまりとしているが、小川が流れていたりとどこか長閑な雰囲気で……迷宮村やハルバロニスを彷彿とさせる光景だ。
 物珍しそうな作物もあったりで色々と気になるところだが、その中でも気になるのは――。

「……霊樹……?」

 月光神殿で見た巨木に似た木々が生い茂っている。

「ご存知でしたか。あれは様々な穢れを吸い取り、浄化する霊木です。魔人に対抗するために木魔法で品種改良して作られたものではありますが……ここでの暮らしにも欠かせぬ植物でしてな」

 なるほどな。空気や水の浄化も行えると。
 畑や霊樹畑、果樹園等の様子を横目に見ながら更に奥へと進む。

 そうして大きな扉の前に辿り着く。

「この扉の向こうで、女王陛下がお待ちです」

 控えの間や謁見の間がある、というわけではないらしい。
 訪れてくる者もいないし、小人数しか活動していないという事を考えれば、そうもなるかな。

「貴き姫君と、客人方をお連れしました」
「お通しして」

 と部屋の中から返答があった。その中へ進むと――。雪のような白髪に、金色の瞳という容姿の少女がそこにいた。

「歓迎します、クラウディア様。そしてテオドール様。私は当代の月の女王オーレリア=シュアストラスです」

 と、少女は言ってから、苦笑する。

「こんな見た目で……驚かせてしまったかしら。王位を継いだのが、この見た目ぐらいの年頃だったものだから……。それ以来、髪の色ぐらいしか変化がなくて」

 月の王は月の民の信仰というか忠誠を受けて祝福を返す、というようなことができるのだったか。
 魔人とはある面で近しい性質を持つようだから、王位を継いだものが不老に近くなるというのは理解できる話ではあるかな。
 そして確かに……クラウディアに良く似た波長の魔力を感じる。
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