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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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671 地上と月の歴史

『もう1人いるんだ』

 もう1人のほうは散々迷っていたようだが、物陰から身体を出して、マジックサークルによる文字でそんなふうに伝えてきた。
 先に姿を見せてくれた人物は若干怒ったような仕草を見せるが、すぐに気を取り直すように首を横に振って、俺に向き直った。

 ああ。もう1人は別行動をしておいて、何かあった時に本拠地に報告に戻ったりと、保険になっておく手筈だったのか。2人の間の打ち合わせが不十分だったのかも知れないな。
 或いは、相棒を心配して出てきてしまったというのなら、それはそれで人柄に好感は持てるけれど。

 まあ、いずれにしても姿を見せてくれたのなら、2人ともシリウス号に招待するだけだ。ただ、その前にライフディテクションや片眼鏡で生命反応や魔力反応を確かめ、異常がないことを確認しておかなければならない。

「念のため、身体検査と言いますか、生命反応や魔力反応などを見せてもらっても良いでしょうか? 月の民とは接触したいのですが、敵がイシュトルムなのでこちらも若干警戒しているのです」

 そう言うと、最初に出てきた方が頷いた。イシュトルムに関して、彼らがどの程度のことを知っているのか。こうして話を聞いてくれるように出て来てくれた事を考えると……案外こちらの知らない事情を語り継いでいるかも知れない。

「ご理解いただけて助かります」

 そう言ってから、ライフディテクションを用いる。
 どうやら身に着けているのは宇宙服に類する物であるのは間違いないようだ……。宇宙服の内部に通常の生命反応があった。
 魔力反応は……宇宙服らしきもの全体に防護関係の魔法が施されているようだな。かなり高度な魔道具の類と思っておいて良さそうだ。

「では、僕達の船に案内します。ええと、光魔法での迷彩が可能なので、姿を現しても驚かないで下さいね」

 そう言って、シリウス号に合図を送ると、偽装が解けて姿を現す。2人は突然姿を見せた大きな船を見て、思わず身を仰け反らせる。

「偽装を解いている時間は極力短くしたいので、まずは甲板までどうぞ。レビテーションの類の魔法は使えますか?」

 そう尋ねると、頷いて空中に浮かぶ。流石は月の民というべきか。魔法はお手のものらしい。

 マクスウェル達も連れて、甲板へと戻る。カドケウスも、もう1人が出てきたのであれば潜伏させて置く理由もなくなったので戻ってもらう。

 まずは甲板で事情を話したり、こちらの面々の紹介をと思っていたのだが、片方の人物は既に腹をくくっているらしく、ヘルメットに当たる部分を外して直接言葉で話をしたいと告げてきた。

 確かにマジックサークルの伝達では不便そうだ。というわけでまず船内に通す。その時点でさっさと光魔法の迷彩を用いて姿を隠してしまう。

 船内に空気があることを確認したのか、2人は揃って宇宙服のヘルメットを持ち上げた。
 後ろに向かって倒れるようにヘルメットが動いて、2人の顔が露わになった。片方は年齢10代後半から20代ぐらいの若い女。もう1人はそれより年下の男だ。
 容姿が似ているので、姉弟かもしれない。先に出てきた方が姉で、後から出てきた方が弟、ということになるのかな。

「エスティータ=グレイビアと言います」
「えっと……俺はディーン=グレイビア」

 エスティータとディーンね。苗字が同じだから、やはり姉弟かな。

「全く、ディーンと来たら。隠れてなさいって言ったのに!」
「しょうがないだろ。姉さん1人で行かせられるかよ。調査だって、1人で大丈夫だなんて言ってさ」

 と、姉弟はそんな会話を交わしている。ふむ。姉はどちらかというとこういうことを仕事にしている感じかな。そんな姉を心配して、弟が仕事についてきた……という感じだろうか。姉弟共に、武術のたしなみがあるな。身のこなしというか、2人とも体幹がしっかりとしている。
 ……年齢が若いのが気になるが。もしかすると人的なリソースに乏しいのかな?

「改めて自己紹介を。テオドール=ガートナ―と申します」
「我はマクスウェルだ。この者はイグニス、それから――」
「や、やっぱり斧が喋ってる……」

 ディーンはマクスウェルを見て絶句している。エスティータも驚いたような表情であった。

「まあ……魔法生物の面々ですね」

 さて。どこから話したものか。



「――クラウディア……シュアストラス……様? シュ、シュアストラス家の姫君……ッ!? 古代に地上へ降りたという、あのッ!?」

 艦橋に通してお茶を出し、それからこちらの自己紹介をしていくと、やはりクラウディアを紹介したところで2人は目を剥いた。
 エスティータは座席から身体を浮かせて、弟の方は茶が気管に入ったらしく思い切り咽っている。
 クラウディアは2人の反応に苦笑しつつも、どこか嬉しそうにも見えた。月の民がこうして生きていたわけだからな。
 月の民の生存が確認できたということで、みんなもクラウディアの反応に安堵している様子が窺える。

「そうね。その話に間違いはないわ。月に戻って来た時に、結界を解いたのも私よ」
「……た、確かに……貴き姫君なら結界を解くことぐらいは……。ですが、何故……?」

 何故、という言葉には色々な意味が篭っていそうではあるが。

「話をするとかなり長いことになってしまうのだけれど……」
「ええと。その前に確認しておきたいのですが、まだ月では緊急の事態というのは起こっていませんね? イシュトルムが攻撃を仕掛けているという状況にも見えませんので」

 そう尋ねると、エスティータは頷いた。

「既に私達の間では大きな騒動になっていて、結界絡みのことでかなり警戒はしていますが……緊急事態と断定するような事件はまだ起こっていません。そのイシュトルムという人物は月の王様に対して反乱を起こして……後に復活して月を滅ぼそうとした人物のこと……ですよね?」

 私達ね。他にも人がいるのは間違いない。イシュトルムについても知識があるようだ。
 処刑された、というのはハルバロニスからの情報だったか。奴は自身を不死と言っていたが……復活してから油断しているところに攻撃を仕掛けた、というところかな?

 一方でエスティータ達は警戒しているから調査を出したが、相手がイシュトルムだと知っていたらまた対応も変わっていたかも知れない。
 しかし、まだ……時間的な余裕があるのかな。なら、説明できる範囲を話せるだけ話して信用してもらうしかない。

「では、こちらの事情を話せるだけ話してしまいます」
「分かりました。全て聞いた後でこちらの事情もお話します。本当にイシュトルムが戻ってきたというのならすぐに本拠地に案内しなければなりませんが……私達もあなた達を信用するための判断材料が欲しいので……申し訳ありません」

 そうだな。クラウディアだからと言われて、はいそうですかと全面的に信用して、仲間のところへ案内する……というわけにもいかないだろう。2人にも責任があるだろうし。

 というわけで、月の民と魔人絡みの話をしていく。
 ラストガーディアンの暴走によってクラウディアがまだ迷宮に囚われた存在であることから始め、ベリオンドーラと七賢者が地上に降りてきた話。ハルバロニスと盟主の話。その盟主が七賢者によってヴェルドガルの迷宮とベリオンドーラに分割されて封印されたことや、後にベリオンドーラがガルディニスらによって滅ぼされ、シルヴァトリアが建国したこと。

 それから……最近になってからの一連の事件の話だ。タームウィルズでの魔人の暗躍。盟主を復活させようとしている動きが明らかになったこと。魔人達との決戦。そして決戦後のイシュトルムの行動……。
 判明している範囲で時系列ごとに纏めて分かりやすくしたつもりではあるのだが。イシュトルムの発言やら行動、ラストガーディアンを支配下に置いていることに話が及ぶと、2人の表情に深刻さが増していく。

「大変な……お話ですね。こちらの事情を話しながらでも、私達の拠点に案内したいのですが……」
「それは助かるのですが。大丈夫ですか? その、他にも人がいらっしゃるようですが」
「私は、信用することに決めました。皆に危険を知らせなければなりませんから、あまり時間を無駄にもできません。それに……皆さんからは高位精霊の加護も感じられますし、王族の魔力の波長もこれだけ近ければ感知できます。みんなは……私から説得します」

 ……そうか。精霊王の加護やクラウディアの魔力で色々と助けられているな。
 では地形図から移動先を指定してもらって、移動しながら話を聞かせてもらうことにしよう。

「その前に……俺達が乗ってきた浮石――乗り物があるんです。それも持って行かなくちゃ」

 移動用の浮石ね。中々便利そうだな。

「甲板に置けそうですか?」
「大丈夫、だと思います」

 ふむ。では、浮石を回収したら月の民の拠点へ移動することにしよう。



「――かつて、繁栄を極めた時代には、地上から月へ魔力を送ったり、物資を運んだりしていたそうです。しかし、その繁栄も魔力嵐の災害で終わりを迎えました。地上に建てられていた魔力転送のための塔や、物資を輸送するために地上に降りていた船も……災害によって失われたと伝えられています」

 シリウス号を目的地へ向けて動かしながら、エスティータの話に耳を傾ける。
 魔力資源と物資の輸送の停滞。状況を建て直したくてもルーンガルドは大災害の真っ最中、か。

「そして災害を鎮め、地上を立て直すために、王家の姫君が旅立たれたと。これは古い伝承ですが、かつてあったことと私達は教わっています。月は地上の再建が進み、再び魔力の転送ができる状況になるまで耐え忍ぶために、月の地下に都市を建造し、そこに移り住みました」
「地下都市……ですか」

 フォルセトがその言葉に目を閉じる。ハルバロニスが地下に都市を作ったのも、ノウハウがあったから、ということになるか。
 確かに、月面に都市を作るよりも環境維持のためのコストは安くなりそうだ。空気にしても物理的に閉じ込めやすくなるわけだから、後は地下で循環させて浄化していればいいわけだし。

 とにかく、月の民は地下都市に移住した。前よりは不便な生活ではあったようだが、それでも何とか回ってはいたらしい。
 クラウディアの迷宮も、地上の魔力嵐の災害を鎮めることが最優先の作りであるが、星々から魔力集める際に月を通り道にするような仕組みが組み込まれているようで。
 最低限のところはそれで維持できるような仕組みを構築していたとか。それもあって何とか月の生活は維持されていたらしい。

 しかし――月に、イシュトルムが生まれる。奴は月では名家の出で、役人の1人だったらしい。魔人化することで少ない物資でも感情を食って自由に生きられると唱え、王に反旗を翻した。
 が……その時は月の王に敗れる。イシュトルムは処刑され、同調した者達は地上へ追放。
 このあたりの事情は俺達も知っている。問題は、その後、ということになる。

「魔人は……それから長い年月の後に、突然復活したって伝えられてる。地上に拠点を再建するために残っていた月の船を残らず破壊して、あちこちにあった重要な設備を壊し、沢山の人を殺して……当時の月の王様と戦いになった」
「蘇った魔人は、前よりもずっとずっと強くなっていたそうです。虚ろの海での戦い……。王様が魔人討伐のために作り上げた、千里先をも撃ち貫くオリハルコンの宝玉をも砕かれたと。そして――相打ちになって地上へ落ちていったそうです」

 オリハルコンの、宝玉……。みんなの視線がウロボロスと俺に集まる。
 そうか。空から落ちてきたオリハルコンの塊というのは……。

「魔人の脅威は去りましたが、私達は更に困窮しました。災害が終わった後に、地上から魔力を送ってもらうために進めていた準備が全て水の泡となってしまったからです」
「魔人が色々壊したから地上に降りるどころじゃなくなってしまって。とりあえずの現状を維持するために、すごく大変だったって、色んな話が伝わってる」

 姉弟が語っているのは、月の民に伝わっている歴史なのだろう。皆真剣な表情で聞き入っている。

「そうして、月の民は少ない資源をやりくりし、船の残骸を掻き集め……戦火を免れた古い月の船を改造し、ようやく新たな船を作り上げました」

 ああ。それがベリオンドーラの下に埋まっていた……。恐らく、最後の月の船ということになるのか。
 地上に降りた七賢者は、イシュトルムの生存も疑ったのかな。ハルバロニスに足を運び、魔人撃退に尽力することになる、と。

「王族と、それに連なる貴族達が地上に降りて……月へとりあえず必要になるだけの最低限の魔力を送るっていう計画だったんだ」
「この時、地上に移住したいという者と、月から離れたくないという者。色々いましたが、前者は彼らについていきました。人数が減ったこともあって、それで、しばらくの間は月も環境の維持や魔力変換による物資の供給が上手くいっていたんです。新たな船の建造計画も進んでいたのですが……地上からの魔力の転送は、原因不明の途絶をしてしまうことになりました」

 それは……ガルディニス達にベリオンドーラが攻め落とされたからか?
 俺の言いたいことを察したのか、ディーンが頷く。

「多分、さっきの話にあった……魔人達に城を攻め落とされたから、だと思います」

 そうだな……。地上の歴史と、月の歴史とが連動しているわけだ。

「私達はいよいよ追い詰められて、最後の選択をしました。大多数が長い眠りについて、少数が交代で起きることで、活動に必要な魔力を最小限に留めるという方法を選んだのです」
「それなら星々から流れてくる魔力を集めてるだけでみんなが生きられるし、誰も犠牲にならなくて良いから……。少しずつ余った魔力を溜め込んで、また地上に渡る船を作るって決めて……今は俺達が起きて管理する番なんだ」

 ああ。そういうことか。人手が少ないのかも知れないと思っていたが、そういう背景があったわけだ。イメージ的にはコールドスリープで凌いでから船を作り、地上に移住するか魔力転送設備を作る……という感じかな? また大変だな。壮大な計画だ。

「地下都市の場所と、みんなが眠っている場所は?」
「別の場所です。地下都市ではなく、時間経過によって星の魔力を集めておくのに最も適した場所に私達は再度の移住をし、そこでみんなで眠りについたのです」

 ……なるほど。では、その場所はイシュトルムも知らない場所ということになるな。
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