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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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668 蒼穹の旅路

 高度を上げていくと、シリウス号の船体やその中に乗っている俺達の身体がぼんやりとした光に包まれた。
 暖かく、落ち着くような感覚。何か大きなものに守られているという、安心感めいたものがあった。
 精霊王の加護だ。気密性は確保されているが、高度が上がったことで段々と周囲の環境が過酷になっているということだろう。

「加護を纏っておらず、体調不良を感じるという者はいますか?」

 俺が守りたいものに加護は及ぶ、という話だ。もし加護が届いていない者がいるなら、その者はタームウィルズに帰ってもらわなければならない。虚ろの海を渡るには危険過ぎるからだ。
 一旦高度を上げるのを止めて、状況を確認する。

「点呼と確認を。人命に関わる事だから、手抜かりのないように。特に戦いの場に向かえない等と、無茶をする者も出るかも知れない」
「はっ」

 エリオットの指示によって討魔騎士団達の状態が調べられる。
 こちらはこちらでみんなに確認だ。

「私達は問題有りません」
「ん。アルフレッド達も大丈夫」
「僕達も平気です」

 パーティーメンバーに工房組、フォルセトやシオン達。艦橋にいるみんなの確認が進んでいく。

「私達も大丈夫よ。コルリス達も、今確認しているけれど……うん。大丈夫そうね」

 と、ステファニア姫が笑みを浮かべた。モニターで見てみれば、厩舎のコルリスやリンドブルム達も加護をきちんと纏っているのが見える。
 自身の身体を見やってキョロキョロとしている飛竜達である。

「テスディロス達は?」
「我等も問題ない」

 テスディロスとウィンベルグ。2人にも精霊の加護は届いているようだ。目下、一番の懸念であったが……。2人が大丈夫ということならば問題はあるまい。
 ふむ。バロールもカドケウスも問題無し、と。

「討魔騎士団総員の確認も終了しました。加護は全員に届いているようです」

 エリオットの言葉に頷く。

「では、これより船を段々と加速させていきます。最大速度での安定飛行に移るまではしっかりと身体を座席に固定し、できるだけ安全を心掛けて下さい」

 そう言って、伝声管によるベルト装着の確認と報告が終わるまで待ち――準備が終わったところで制御球に触れ、航行用の術式に従ってシリウス号を動かしていく。
 魔力光が各所から噴出し、身体にかかる負荷と共に外の光景が動いていく。

 既に相当な高度だ。モニターから見えるのは海や空の青や、霞んだ雲の白で構成された世界。より高度の高い場所は群青色で、雲すらない。

 雲が無くなっているあたりは対流圏界面――対流圏と成層圏との境目に当たる高度だ。確か、ジェット気流が流れていて、地球では旅客機が飛ぶぐらいの高度だったかな。まあ、月までと言うと、まだまだ旅路の先は長いのだが――。

 眼下に広がる雲海が、猛烈な勢いで遠ざかって後方へと流れていくのが見える。高度が上がっているのに加え、船自体が相当な速度を出しているのだ。

 既に術式に従って船が航行している。俺のするべきことは時間経過や進行方向の記録などから月や船の座標を確認し、予定通りに航行が進んでいるか確認することである。間違いがあればそれを再計算して修正する、というのも仕事の内だが……特に今のところは異常も見られないし、アルファも落ち着いた様子で操船席の近くに控えている。船体に負荷がかかっているなら変換された魔力が発生するので、大きな異常があればすぐに感知できる。
 とは言え、普通の旅とは違う。緊張感を維持して仕事に臨むべきだろう。

 外の景色は群青から黒に近い青へ。次第に景色も変わっていき、眼下に見える景色も、陸地や海原とか雲海というより……ルーンガルドそのものの全景、と呼べるものに変化していく。大陸の形や、緩やかな曲線を描く地平線と水平線の彼方――。

「これがルーンガルド……」
「綺麗ですね……」

 ローズマリーとアシュレイが呟く。みんなもモニターから見える光景に目を奪われているようだった。確かに、こういう景色は他では見られないからな。



「シリウス号は予定通りに動いています。安定飛行に入りましたので、座席からある程度は動いても大丈夫ですよ。但し、船外に出ることは禁止します。外には空気がありませんので、加護がなければ命にかかわる場所であることをくれぐれもお忘れなく。用事を済ませて座席に戻ったら、身体を固定することを忘れないように」

 既にシリウス号は最高速度に達している。現在の状況を伝えるアナウンスを入れて、一息つく。旅路は順調だ。
 3基連動の浮遊炉が船体そのものを持ち上げ、魔力光の噴出が猛烈な勢いを与えて……月に向かっての高速飛行中である。
 魔力光推進は魔力も相応に消費するが、魔力補給をできる人材も豊富で、マジックポーションも在庫は充分ある。物理的な衝撃を魔力変換することも可能……と、燃料関係での不安はない。

「安定飛行に入った、ということは、今は少し話をしても大丈夫だろうか?」

 と、テスディロスが声をかけてくる。

「そうだな。異常が出なければ話せるよ」

 予定での正しい座標と、実際のリアルタイムの座標は水晶板に表示される形だ。俺だけが術式が正常に動いているか、目を皿のようにしている必要はない。
 ジークムント老やヴァレンティナ、シャルロッテとアルフレッド、そしてカドケウスといった面々が、そのあたりの数値を見てくれている。

「では……。話というのは他でもない。イシュトルムの事だ」

 そうだな。話を聞きたいと俺もテスディロスには言ったし。
 話の前に軽く深呼吸をして心を落ち着ける。少しだけ心配そうに見てくるみんなを見て、大丈夫というように頷くと、彼女達もまた頷いた。
 奴とは、因縁がある。あるからこそ冷静であることを心がけるべきだ。
 冷静に。確実に。奴への引導を渡すための思考をしろ。

 ……――よし。では、話を聞くとしよう。イシュトルムに限らず、色々と魔人達の事情や動きも聞いておきたい。
 イシュトルムに関してはヴァルロス一派に協力しつつも別の思惑も抱えていたわけだから、その行動の全てをテスディロス達が知っているというわけではないのだろうけれど。

「奴は、ベリオンドーラにある霊樹園に封印された、瘴珠の封印解放を担当する4人の魔人の内の1人でな」
「4人、というと……」
「無明のヴァルロス殿と、舞剣のルセリアージュ殿、黒骸のガルディニス、そしてイシュトルムだ」

 ……なるほどな。奴らの一派には他の高位魔人として、炎熱のゼヴィオンや蝕姫のアルヴェリンデがいたが……。
 ゼヴィオンはそれらの仕事についていなかったから、リネットがいなくなった穴を埋める要員として真っ先にタームウィルズにやって来たのだろう。
 そしてゼヴィオンが戻ってこなかったことで、方針を宝珠の入手による再封印の妨害から、瘴珠による結界の破壊に変更。ルセリアージュとガルディニスは、どちらでもいけるようにと、宝珠を狙って精霊殿まで侵入してきた。

 一方でアルヴェリンデは、シルヴァトリアの元王太子……ザディアスの信用を得るなり籠絡するなりで協力を取り付け、月の船を起動させる鍵を入手する役回りだった。
 海王ウォルドムはヴァルロス一派というよりは協力者ぐらいの位置付けだし、どちらにせよ封印中で動けずにいたからな。
 こうして見ると、幹部と呼べる高位魔人達は数が少なく、色々と手一杯だったわけだ。ゼヴィオンが負けてしまっては、覚醒魔人クラスをタームウィルズに送り込んでも、どうにもならないしな。

「やがて瘴珠の封印は全て解けたが……その頃にはガルディニスを失い、その腹心達が焦りから暴走し、鍵の間、と呼ばれる重要施設を占拠してヴァルロス殿とイシュトルムに粛清された」
「それにより、我等は結束を固めたという一面もありますが……」

 ……そんなことがあったのか。ガルディニスの腹心、ね。

「イシュトルムの戦い方は?」
「我等はその場にいなかったのでその時は直接見てはいない。腹心達に呼応した魔人達が他にもいて、別の場所でその連中を制圧していた。だから伝聞になってしまうのだが……些か問題がある」
「能力を見たからと、他の魔人に軽々しく吹聴して回るのは我等の間では禁忌でしてな。特に、イシュトルムの能力は相当悍ましいものだったようで……」

 その言葉に、クラウディアとローズマリーが頷く。

「それはまあ……そうでしょうね。能力が知られるというのは、弱点を知られるのと同義だもの」
「ヴァルロスも共に戦ったとか、粛清の直後では尚更かしら。単なる噂話で済ませてもらえずに、自分も粛清されてしまう可能性もあるものねぇ」

 そうだな。魔人達をしてそう言わしめる能力、それにイシュトルムの性格、状況等々を考えると、噂話をしているだけでも腹に一物有りと思われて、命が幾つあっても足りないと、皆で口を噤んでも不思議ではない。
 となると、決戦の際に奴が魔人達を殺した時の戦い方以外は分からない、ということになるか。

「済まないな。奴にもっと目を向けていればと後悔している」
「いや。何もかも見通すなんて無理な話だ」

 そう答えると、テスディロスは目を閉じた。それから再び口を開く。

「そう、かも知れないな。他に奴に関係することでは……。そうだな。その事件以後、イシュトルムは幾つかの仕事を担当している」
「というと?」
「まず、城の補修だ。過去の戦いと年月によって破損、劣化した個所をあの黒い建材で穴埋めし、外殻を覆うことで黒い城に作り替えた。これは、城を修繕し防衛力を高めるためだったと聞いている」

 ああ。それはまあ……そうだな。破壊されたままでは移動要塞の役割には不足だ。イシュトルムは能力によるものか錬金術等によるものは分からないが、城を補強し、そして魔法によってライフディテクションやシーカーの通信を阻害してきた。

「幾つかということは、他にも何か仕事を?」
「ああ。月の船の設備を使って、魔物達を作る仕事を担当していた。これはヴァルロス殿から俺が直接聞いた話だから、間違いはない」

 アシュレイが尋ねると、テスディロスはそんなふうに答えた。

「……なるほど」

 ……魔物を作る仕事ね。こちらが最初に立てた予想よりも敵の戦力が多かったのも、イシュトルムが絡んでいたからか。
 設備に魔力なり瘴気なりを送り込んで高効率化していたか。それとも奴の能力が関係しているのか。

 奴が死睡の王本体であることを考えれば、そういう芸当ができたとしても不思議はない。しかし母さんによって能力の一部を封印されていることを考えると……それが能力であるとも、知識的な補助によるものとも、断言が難しくなってくる。
 イシュトルムは元々月の民そのものであるのだし、効率化する手段を知っていたとして不思議ではないからだ。
 能力に起因するものか、知識に起因するものか。現時点で断定はできないが、いずれにせよ油断ならない。今の情報は心に留めておくべきものだろう。
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